第234話 vsアヒルとフクロウとニワトリと
戦艦フィティング。
その脳ともいえるブリッジではアヒルが困惑していた。
彼の名はダック・ケルベロス。
栄えある戦艦フィティングのクルーであり、立派なオペレーターだった。
「クァ、クァ!」
彼は周囲の同胞たちに訴える。
さっきの警報はなんなのだ、と。
長年オペレーターをやっているが、何を知らせる為の警報なのかわからないのは始めてである。
一般的に考えれば敵軍が襲撃してきたのだと思うが、先程からその気配はない。
「ホウ!」
操舵士のオウル・パニッシャーがダックの意見に賛同した。
彼もまた、このワシントンに漂う不気味な空気を羽毛で感じ取っていたのだ。
「ホホーゥ!」
恐らく何かが起きている。
それも外部ではなく、この基地の内部で。
「コケコッコー!」
ダックとオウルの主張に対し、反論を切り出したのは砲撃手のチキンハート・サンサーラである。
トレードマークのトサカを振るい、彼は言った。
だが、俺たちが行動したところでどうするのだ、と。
「コケー! コケ、コケ!」
「ホッホウ!」
チキンハートの言うことも一理ある。
所詮、自分たちは鳥類だ。
いかにアルマガニウムの影響で賢くなった変異種であったとしても、出来ることは限られる。
「クァ、クァー!」
「コケコー!」
「ホウ!」
白熱する議論。
だがこの場で意見を交わしあっただけではこの重苦しい空気は解決されない。
普段ならこういう場をどうするかは艦長が決める。
その艦長も最初の警報が鳴り響いてからどこかに消えてしまった始末だ。
「コケッ!」
いよいよもって読者の皆さんも彼らの会話を直接聞いた方が手っ取り早いかもしれない。
ここからは翻訳された彼らの言葉でお楽しみいただきたい。
「俺は思うんだよ」
チキンハートはふてぶてしく自分の席で羽を休ませると、苛立った口調で同僚たちに向けて言い放つ。
「さっきの警報はきっと人間たちの陰謀だぜ」
「インボー?」
「どういう意味だ、チキンハート」
メンバーの中では割と頭脳派として動くオウルが回答を求める。
「極秘の作戦かなにかだろ。元々、この艦も極秘任務の為に独立行動してたようなものじゃないか」
その極秘任務も実際はウィリアムのお使いでしかないのだが、当然伏せられている。
彼らはあくまで選ばれたプロフェッショナルなのだ。
そのプライドを最大限尊重し、扱いやすそうだとは正直に口にしなかったのである。
間接的に指揮を出していたイルマやカイトにしたって同じだ。
「現にスコットも警報が鳴ったら大人しく出ていった。俺たちはお呼びじゃない。それだけのことだろ」
「扱いが不服なのはわかるが、いくらなんでも投げやりじゃないか?」
「じゃあオウル。お前の考えを聞かせてくれよ」
「……ここだけの話、俺はもっと大きな陰謀だと思ってるよ」
意外な事に、オウルはチキンハートの意見に同調していた。
物騒な物言いを前にして、ダックは慌て始める。
「おい待てよ。さっきから陰謀って言ってるけど、それは俺達を陥れる為の物なのか!? そんなことをしてなんのメリットがある?」
「誰も俺たちを嵌めるための陰謀だなんて言ってないぞ」
自分たちのような鳥を陥れたところでなんのメリットもない。
精々鶏肉が多く手に入るくらいだろうが、そんなことをするならデパートの大安売りにでも行けば済む話だ。
「簡単な消去法さ。俺達じゃないなら、他の乗務員だろ」
「司令官か」
チキンハートが納得したように頷く。
「確かにアイツを迎え入れたら碌な事が起きない。スバルは疫病神だとか言ってたけど、間違っちゃいないな」
「失礼だぞ、チキンハート」
「構いやしないさ。どうせ本人はいやしねぇんだ」
そのまま陰口にでもシフトしそうなところで、フィティングの無線に通信が入る。
二度の警報と比べて控えめに鳴り響くそれを確認すると、ダックは僅かに羽を広げた。
「誰からだ」
「噂の疫病神さんから」
簡潔に言うとダックはマイクのスイッチを起動させ、無線を繋げる。
「こちらフィティング。ミスター・シンヨウ。何か用か」
『こちらは神鷹カイトだ。緊急事態が発生した』
普段なら『スコットに代われ』と発言するところなのだが、カイトはそれすらせずに淡々を喋り始める。
あまりの勢いに気圧されつつも、フィティングのクルーたちはないがしろにすることができなかった。
『そちらの質問は受け付けない。YESかNOかだけで答えてくれ。YESならオウル・パニッシャーが返事をしろ。NOならそのままダック・ケルベロスが返事だ。OK?』
「了解した、司令官」
オウルがとっさに返事をする。
向こうの声のトーンから察するに、本当の緊急事態が起こっているのは間違いないだろう。
『まず、状況だけ掻い摘んで言う。この世界が滅亡するかもしれない』
「あ?」
あまりに突拍子のない『緊急事態』である。
チキンハートが首を傾げ、反射的に叫んだ。
「何言ってるんだオメー! 頭でも打ったのか!?」
『質問は受け付けないと言った』
「チキンハート、黙っていろ! 俺とダックで会話する」
蚊帳の外に放り出されたチキンハートが面白く無さそうにそっぽを向く。
彼の言いたいことはわからんでもないが、残念なことに神鷹カイトはこちらとのコミュニケーションが完璧なわけではない。
この場は彼の示した会話法を使うしかないのだ。
『まず最初に聞きたい。スコットはそこにいるか?』
「いいや」
ダックが答える。
解答を受け取ったカイトは一瞬考え込むと『わかった』と相槌を打つ。
『ウィリアムの陰謀だ。ここにいる旧人類は全員アイツの支配下にある』
そこから展開される話はオウルたちからしてみればただの世迷言にしか聞こえなかった。
新生物のクローン、その為の餌の用意。
いずれもスケールが大きすぎる。
『言いたいことはわかる。お前らが内心、俺を馬鹿にしてるかもしれない事もな』
「わかってるじゃねぇか」
「チキンハート、黙ってろ!」
『だが、動けるのはお前たちしかいない』
最大の障壁は旧人類連合最強の兵、ゼッペル。
とても彼らがかなう相手ではない。
『ゼッペルは俺がやる。というか、アイツは俺しか眼中にない筈だ』
わざわざ他の仲間たちを先に倒してまで戦いを強いてきたのだ。
ゼッペルとしてはこれ以上遠回りする気はないだろう。
もっとも、彼の保持する『敵』のカテゴライズの中にフィティングのクルーが混じっているかは疑問だったが。
『お前たちはウィリアムを止めろ。できなければ地球上の生物が消滅する』
半ば脅迫めいた言葉である。
選択の余地はない筈なのだが、彼らは返事をすることができなかった。
当然だ。
あまりに突然すぎるし状況が切羽詰っている。
だがクルーの沈黙を受け、カイトはそれを了承と受け取った。
受け取らざるを得なかったのだ。
時間はもう殆どない。
『俺はいく。こうしてる間にも時間は刻一刻と過ぎていく。悩んでいる時間はないぞ』
念を押すように言うとカイトは電話を代わる。
隣にいるイルマが受話器を受け取ると、淡々と説明し始めた。
『一度目の警報は作戦開始の合図です』
ウィリアムの代理をしてきたイルマからの説明だ。
彼女からの説明が入った段階で信憑性がぐっと上がる。
『この警報が鳴った段階で、催眠にかかった人間は一か所に集められます。キャプテンも無言で消えていった筈』
その通りなので何も言えなかった。
だが、彼らにとって衝撃の展開はこの後起こる。
『二度目の警報はSYSTEM Zが起動した合図です』
「システムゼット?」
なんだそれ、とでも言わんばかりに首を傾げる鳥一同。
彼らはウィリアムの作戦など何も知らされておらず、ただ命じられるがままに働いてきただけなのだ。
『簡単に言えば』
疑問を察してくれたのだろう。
イルマは黙っているように命じられたのを思い出しつつも、その命令を振り払った。
『人間を餌にする装置です』
鳥類たちによる仰天の叫びがブリッジに轟いた。
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