第232話 vs水晶騎士

 時間の話をしよう。

 神鷹カイトがウィリアム・エデンと対立して1時間も経過していない。

 イルマ・クリムゾンとの戦闘時間だけを数えたとしても30分未満だ。

 その短い時間で、ゼッペルは全員倒したと言ってのけたのである。

 このワシントン基地に連れてきた仲間は6人。


 蛍石スバル。

 御柳エイジ。

 六道シデン。

 アーガス・ダートシルヴィー。

 カノン・シルヴェリア。

 アウラ・シルヴェリア。


 ひとりはブレイカーが無ければ無力にも等しい少年とはいえ、新人類軍の中でも特に力のあった人間たちをこの短時間で全滅させたというのか。

 しかも、全員と一度に戦ったわけではない。

 先に先行させたカノンとアウラ。

 そしてフィティング艦内に残してきたスバル達の距離のことを思えば、これがどれだけの難題かは自然とご理解していただけるだろう。

 付け加えるのであれば、ゼッペルは疲労の様子さえ感じさせていない。


「……まさか」


 あまりに非現実的な話だ。

 基地の全貌を把握していたとしても、殆ど一撃でなければ成立しない。

 訝しげに見るカイトの疑念に気付き、ゼッペルは言う。


「証拠なら幾つもあるだろう」


 言い終えると、ゼッペルはドアの陰へと手を伸ばす。

 ゼッペルによって倒されたカノンとアウラが、廊下に引きずり出された。


「それだけじゃない。先程、御柳エイジがそちらの様子を伺っていた筈だ」

「……」

「暫く身動きは出来ないだろう。他の新人類にしてもそうだ」

「……スバルは」

「ん?」

「ひとり、旧人類がいた筈だ。アイツはどうした」


 ゼッペルの発言から察するに、彼は新人類としか交戦していないように思える。

 とはいえ、スバルがゼッペルと戦ったところで結果は見えているのだが。


「ウィリアムが引き取ったよ」


 出てきた答えは、カイトの予想を遥かに超えた物だった。


「彼は最初からあの少年を使うつもりだったらしい」

「アイツが旧人類に何の用だ」

「大体見当はつくさ」


 蛍石スバル、17歳。

 彼はウィリアムの目に留まる程の戦果を残している。

 先日のペルゼニア撃破がいい例だ。

 正確な結末は少し異なるが、それでもスバルが決着をつけた事実には変わりない。


「たぶん、乗せるんだろう」

「何に」

「新型に」


 それだけで大体察することができる。

 新型ブレイカーにスバルを乗せる。

 それだけの為に、ウィリアムはスバルを使おうとしているのだ。


「新型のミラージュタイプだと聞いている。詳細は知らない。どちらかと言えば、そういうのは彼女の方が詳しい」


 ゼッペルに与えられた役割は周辺を壊滅する破壊者であり、味方を絶対守護する騎士である。

 要は戦い、勝利さえすればそれでいいのだ。

 他のことは基本的にイルマに任せている。


「お喋りはここまでだ」


 まだ不服そうな顔をしているカイトに向けてゼッペルが言うと、彼は両手を大きく広げる。

 掌から青白い光が溢れ出し、アルマガニウム特有の怪現象が発生した。


「1年だ。1年間、私はこの時を待っていた」


 これまで戦った誰もが、ゼッペルの渇きを潤さない。

 期待できるのは彼しかいない。


「いい勝負をしよう」


 一方的な勝負のふっかけであると理解している。

 だが、もう止められないのだ。

 ウィリアムは『時間を稼げ』と言っていたが、そんなものはどうでもいい。

 今はただ純粋に戦うだけだ。

 例え彼が承諾しなくとも、その気になってもらう。

 その為に先に仲間たちを倒したのだ。

 ゼッペルの両手が床に押し付けられる。

 直後、廊下の四方八方から透明の槍が飛んできた。

 瞬間、シデンのように氷を具現化させて飛ばしてきているのかと思ったが、違う。


「あれ、冷たくないんだけど!」


 隣のエレノアも同じ感想を持ったようだ。

 彼女は冷たくない氷のような物体を目の当たりにし、呟く。


「ガラス……いや、水晶!?」


 水晶。

 二酸化ケイ素が結晶化して完成する鉱物だ。


「あの時、俺の爪を受け止めた奴か」


 以前、ゼッペルと衝突した出来事を思い出す。

 アルマガニウム製の爪と衝突し、ひびひとつすら入っていなかったゼッペルの爪。

 透明な刃が伸びているように見えたが、あれはゼッペルの能力によって生成された水晶だった。


「君の爪を受け止めるクリスタルだって!?」


 エレノアが驚愕した顔で叫ぶ。


「冗談言うんじゃないよ。君の爪は私の糸どころか、ブレイカーすら切り裂くじゃないか」

「だが、受け止めたのは事実だ」


 ただ、今回に関して言えば前回よりも密度が大きい。

 迫る水晶の雨嵐を前にして、避ける選択肢は無かった。

 狭い廊下では、躱しきる自信がない。

 というよりも、巻き添えにできない人物が後ろにいた。


「エレノア、一度戻れ。逃げるぞ!」

「うん!」


 頷くと同時、エレノアの身体が霧散する。

 黒い霧がカイトに纏わりつくと、彼はそのままイルマの元へと駆けつける。


「痛いかもしれないが、我慢しろ」

「は?」


 意外な言葉だったのだろう。

 きょとん、とした顔でイルマが見上げる。


「私を連れていくのですか?」


 どこかに行けと言った癖に、勝手な物だ。

 非難の眼差しを受け取ると、カイトは跋が悪そうに視線を逸らす。


「状況が変わった。お前には聞きたいことがある」


 イルマを抱えると、カイトは走る。

 直前まで彼らがいた場所を水晶の刃が容赦なく貫いていった。






 蛍石スバルの意識は虚空を見つめている。

 ぼんやりとする頭を抱え、彼は目元を擦った。

 なんだか随分と長い間眠っていたような気がする。

 妙に感じる気怠さと眠気に抗いながら、スバルは辺りを見渡した。

 暗い部屋だった。

 明かりが付いておらず、どこなのかもわからない。

 というよりも、自分がなぜこんなところにいるのかもわからなかった。


 頭を抱え、記憶を辿る。

 覚えている限りだが、最後に見た光景は戦艦フィティングのゲストルームだった筈だ。

 そこで噂のゼッペルの襲撃を受け、エイジたちは次々と倒されていったのだ。

 そして自分だけになった時、ゼッペルの隣にいたウィリアムがこちらに視線を向けた。


『君には是非とも協力してほしいんだ。ついてきてくれるね?』


 お願いとしては単純だが、素直に頷くことはできない状況だ。

 突然襲い掛かってきて、チームメイトであるエイジたちを暴力でねじ伏せる。

 どう考えてもやましい事情があるように見える。

 見えるのだがしかし、スバルの意識とは別に首は縦に頷いていた。

 今にして思えば、あれがカイト達の言っていた『催眠術』なのだろう。

 自分はウィリアムによるマインドコントロールに嵌ってしまったのだ。


 その先は覚えていない。

 一体自分に何をさせるつもりなのだろう。

 

「あー……」


 分からないことは考えても仕方がない。

 今、自分はひとりだ。

 用があると言って連れてこられたなら、その内説明があるのだろう。

 今はその時を待つしかない。

 そう思って俯くと、彼の前方にある物体が急に輝き始めた。


「うわっ」


 急に輝き始めた淡い光に、スバルは目をくらませる。

 だが、その輝き方にはデジャブ―を覚えた。

 淡い青の光。

 1年前、トラセットで目の当たりにした新生物の顔の部位、そこに張り付いていた水晶体の輝き方である。

 まさか、目の前にあの化物がいるのか。

 脳裏によぎった疑問は、光が灯る方向から聞こえる声によって打ち砕かれた。


「誰?」


 女の声だ。

 今までに聞いたことのない人物による問いかけに、スバルは慌てながらも返答する。


「お、俺は怪しい奴じゃないぞ! ここにはウィリアムって人に連れてこられたんだ」

「ウィリアムに?」


 どうやら彼の知り合いらしい。

 目を閉じたままなので詳しい容姿はわからないが、彼女は納得してくれた。


「そう。あなたも災難ね。彼に目を付けられるなんて」

「知り合いなの?」

「ええ」


 目の痛みが退いたので、ゆっくりと瞼を開ける。

 眼前にあったのは巨大なカプセルだった。

 見たところ、人ひとりくらいは軽く入るような大きさである。

 そのカプセルが水に満たされ、青い輝きを発していた。

 水の中から気泡が溢れるのが見える。

 何かがいるように見えるが、しかし実際には誰もいない。

 水の中は気泡以外何もなかった。


「えっと、アンタだれ?」


 多分、カプセルの中にいるのは新人類だ。

 空気が溢れているから、恐らく透明人間かなにかなのだと思う。

 そんな軽い気持ちでいると、声の主は静かに答える。


「……私は、エミリア・ギルダー。もっとも、最後にその名前を呼ばれたのは随分と昔の話だけどね」

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