第207話 vs新人類女王

 カルロ・シュバイカーには夢があった。

 地元の英雄、プロサッカーチームの一員として加わる事だ。

 彼が生まれた街では、子供達の遊びは球蹴りが定番である。

 カルロの人生は幼い頃からサッカーボールと共にあり、大人になってもそれが当然だと信じていた。

 カルロは自室にサッカーボールを飾っている。

 幼い頃、憧れだったエースストライカーからのサイン入りだ。

 自慢の宝物である。


 そんなエースストライカーは、今では時の人だ。

 新人類の本格的なスポーツ参戦で旧人類のスターは次々と出番を失っていったのだ。

 スポーツに限った話ではないが、そうやって新人類がどんどん幅を利かせ、旧人類を追いやっている現実がある。

 

 カルロはそれが我慢ならなかった。

 旧人類連合に参加し始めたのは、エースストライカーが引退してから僅かに数か月後の話である。

 勢いだけの参加だった。

 テレビの中で涙を飲み、姿を消していった英雄の姿。

 彼と入れ違いになって現れた新たな英雄のへらへらとした笑み。

 それらが入り混じり、興奮していたのは覚えている。


 後にカルロに続いて旧人類連合に参加したミハエルとは比べ物にならない程、馬鹿らしい理由だと思う。

 聞けば、彼やスバルは新人類軍の戦争に巻き込まれて両親を失ったのだそうだ。


 立派な戦士であると、カルロは思う。

 ファンタジー映画の主人公のような境遇だ。

 本人達はヒロイックさを鼻にかけることはないが、共に戦っているとどうしても意識してしまう。


 今、この場でさえもそうだ。


 相手は新人類王国の女王。

 数はたったの1。

 本来指揮を執るべきオズワルドは倒れ、次に年配者である自分が指示を出している。

 真面目にやってこなかったわけではない。

 カルロなりに懸命に考えたうえで行動指針を出したし、ベストな判断だと思っている。


 それでも、きっと同じくらい経験を積めばミハエルの方がいい采配を出すようになるのだろう。

 ダークストーカーの新人類なんかは、経験だけで言えば自分よりも上だ。

 単独で動いた方がきっと戦いやすいと考えてしまう。


『5分だ!』


 カルロは叫ぶ。

 行動指針を立て、この戦いに勝利する為に。


『出力は向こうが上だ。SYSTEM Xの活動時間が切れるまでの5分間、なんとか耐えきるんだ!』

『りょ、了解!』


 ミハエルが困惑を隠せない声で言う。

 当然だ。

 相手は突風。

 自然現象そのものである。

 意思を持つハリケーンに巻き込まれないように注意しろと言ってるようなものだ。

 我ながら無茶な注文である。

 

 だが、現状はそれが一番現実的であると言えた。

 ミハエルやカノン、アウラもカルロの言う事は正しいと考えている。

 だからこそ、反対意見を出さなかった。

 実際、接近戦を挑んだオズワルドは風に飲み込まれ、機能停止に陥っている。

 接近戦を仕掛けるのは無謀だと、思い知らされる形になってしまった。


『攻撃はなるだけライフルでやれ! 向こうが接近してきたら絶対に逃げろ。敵う相手じゃない』


 これが摂理だ。

 新人類とまともに戦ったら負ける。

 相手が特化された人間なら尚更だ。

 憧れのエースプレイヤーも、そうやってポジション争いに負けた。


『加速力は向こうが上ですよ!』

『それでも、風に飲まれるな!』


 追いかけてくる獄翼に振り向き、引き金を何度か引いた。

 銃口から光の弾丸が飛び出し、黒い旋風に向かって飛んでいく。

 当たれば儲けもの。

 命中することに期待なんかしちゃいけない。


『飲まれたらオズワルド機と同じ目に会うぞ!』


 そうなったら一巻の終わりだ。

 ブレイカーを破壊されれば、敵と戦う術は無い。

 カルロは言いつつも、もう一度獄翼へと振り向いた。

 するとどうだろう。

 威嚇のつもりで放った銃弾が脚部に命中しているのが見えた。


『え?』


 カルロにとって、それは予想外の光景だった。

 当たるなんて微塵も思ってなかったのだ。

 獄翼はこの短時間で4機分の攻撃をすべて躱しつづけている。

 当然、この攻撃も避けられる前提のものになっていく。


『あ、当たった!?』

『やった!』


 カルロと同じく、信じられないと言わんばかりに驚くカノン。

 一方、獄翼が被弾したことで素直に喜ぶミハエル。


『カルロさん、チャンスです!』

『あ、ああ!』


 その言葉に、カルロは我を取り戻す。

 空を飛んでいるとはいえ、脚部を破壊されたことで獄翼はバランスを崩している。

 この隙こそがチャンスだ。

 敵のボスを倒す絶好の機会である。


『各機、奴が体勢を整える前に撃ち落せ!』


 ただ、接近するのが危険なのは変わらない。

 確実に倒す為、カルロは遠距離攻撃を提案した。

 彼の声に合わせ、ダークストーカーと2体の蒼孔雀がライフルを構える。

 各々が引き金に指をかける。


『食らえ!』


 いち早く引き金を引いたミハエルが叫ぶ。

 同時に、彼が搭乗する蒼孔雀が大破した。

 ノイズ混じりの絶叫が、残された機体のコックピットに響き渡る。


『え!?』

『なんだと!?』


 頭から股間にかけて真っ二つにされた蒼孔雀。

 最終的には大破し、跡形もなく消し飛んだ。

 脱出した形跡は、ない。


『カルロさん、一旦離脱しましょう!』

『りょ、了解だ!』


 突然のことに混乱するカルロの脳を叩き起こしたのは、カノンの提案である。

 彼女は機動力を生かし、獄翼から一気に距離をとった。

 後部座席に乗る妹に意見を求める。


『アウラ、今なにがあったの!?』

『しゅ、手刀です……』


 信じられない、とでも言わんばかりに声が震えていた。

 後部座席で獄翼の行動を解析していたアウラは、先程起こった超常現象を解説する。


『バランスを崩した直後、獄翼は手刀を振るいました。多分、それです』

『そんな馬鹿な!』


 あまりに破天荒な意見である。

 遠くから、手刀で機械を破壊する。

 考えただけで馬鹿馬鹿しい。


 だが、カルロは知らない。

 

 眼前に佇む化物が、街の人間の首を落としたことを。

 距離がある場所から、真空の刃を飛ばして殺していったことを。

 その技が、新人類王国の王子の腰すら切断した実績があることを、彼は知らない。


『じゃあ、奴は遠くからでも手刀で敵を切断できるっていうのか!?』

『おそらく』

『ふざけんな!』


 あまりに凶悪。

 同時に、恐ろしさが忍びよってきた。

 背筋から覆い被さるようにしてやってきたそれを振り払うようにして、カルロは怒鳴る。


『じゃあ、俺たちはどうやってアレに勝てばいいんだ!?』

『それでも戦うしかないでしょう!』


 ノイズ混じりの音声が、カルロに鳴り響く。


『目を凝らして、見えない刃を見る。そうでないと!』


 獄翼が体勢を整え、右手を振り上げる。

 空気を切り裂き、見えない何かが迫ってきた。

 ブレイカーに搭載されている警報も機能しない、機械殺しの技である。


『今度は私たちが殺されます』


 迫ってくる刃の軌道は見えない。

 だが、予想することはできる。

 振りかざされた腕の軌道。

 それをじっくりと観察すれば、どの位置に飛んでくるのかは予測できる。


『アンハッピー、トゥーユー』


 獄翼から無線が飛んでくる。

 コックピットに座っているであろう新人類王国、女王からのメッセージがカノンに届けられた。


『ひとりずつ。ひとりずつ殺してあげる。私から逃げたアイツを絶望に追い込んでやる』


 モニターに獄翼のコックピットが表示された。

 その中にいると思われていたペルゼニアの姿は、そこにはない。

 代わりに座っていたのは、深紅の鎧。

 全身真っ赤に染まった甲冑の戦士が、操縦桿を握っている。


『彼を待ってるの?』


 時間を稼いでいるのがバレたのだろう。

 ペルゼニアは――――カプリコは僅かに首を傾げ、カノンを挑発する。


『来ないよ。どんなに待っても』

『師匠やリーダーになにをした!?』


 反射的に問うた。

 彼女の口ぶりから察するに、別行動してたメンバーになにかが起こったのは確かである。


『安心して。まだそのふたりは手を付けてないから。我が国を侮辱した罪を償う為にも、彼らは最後まで絶望しなきゃいけないの』


 だから、最初に刃向ったスバルとカイトを仕留めるのは後回しだ。

 その前に仲間たちを全員片付ける。

 生かして帰すつもりは、ない。


『あなたは彼らのなぁに? まあ、なんでもいいんだけどね』


 ひとりずつ。

 ひとりずつ。


 確実に殺して、どこかで見ているであろうスバルに見せつける。

 ゆえに、味方をしているのであれば誰でも構わない。

 彼は、ほんのちょっとだけしか付き合いがない自分を倒すのですら躊躇うようなお人好しなのだから。

 そんな奴なら、例え顔も知らない奴でも効果は抜群だろう。

 さっき切断したパイロットでも、きっと心を痛めてくれた筈だ。


『次は、あなたが死んでよ』


 アンハッピー、キルユー。

 ダークストーカーに、突風が襲い掛かる。

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