第197話 vs凶鳥

 海面から黒い影が浮かび上がる。

 勢いよく飛び出し、水飛沫を撒き散らしながらもダークストーカーは再びゲーリマルタアイランド上空へと飛翔した。

 カメラアイが輝き、周辺の機影をチェックしていく。


「残りは3機!」


 ガデュウデンとヴァルハラが機能しない今、残る脅威は街で暴れる紅孔雀のみである。

 脅威とっても、それは街にとってだ。

 今のスバルには脅威でもなんでもない。

 識別信号はここにきてもまだ味方機のままだ。

 人工知能を操作する人間がいないのかは知らないが、向こうから攻撃してこないのなら負けることはない。


「よし!」


 海から飛び出したばかりのダークストーカーが構える。

 いざ、動く的を破壊しようと身を屈めた。

 直後、狙いを定めた3体の紅孔雀を光の矢が射抜く。


「え?」


 引き金を引いた覚えのないスバルが間抜けな声を上げる。

 紅孔雀を射抜いた3つの光がダークストーカーの横を通り過ぎて行った。

 胴体に穴が開いた深紅の巨体が機能を停止し、動かなくなる。

 モニターを確認してみた。

 新たな熱源反応が3つ、紅孔雀の後ろから接近してきている。

 移動しながら銃を撃ったのだろう。

 熱源から届く識別信号には『旧人類連合』とあった。


『あー、聞こえるか。王国所属機』


 混乱するスバルを余所に、通信が入る。

 慌ててマイクをオンにすると、スバルは口を開いた。


「は、はい! こちらダークストーカー!」


 条件反射で畏まり、コックピット内で敬礼し始める。

 短い期間とは言え、軍に所属していた頃に染みついた悲しい習性だった。


『こちらは旧人類連合のオズワルド・リュム少佐だ。そちらの行動は把握している。我々と敵対するつもりがないなら武装を解除し、投降してもらいたい』

「オズワルドさん!?」

『む?』


 その名前には聞き覚えがある。

 遊園地突入作戦の際、スバルと共に山の中へと突入した先発メンバーのひとりだ。

 あの時は事実上の指揮も執っていた気がする。


『もしかして、スバル君かい?』

「ミハエル君もいるのか!?」

『スバル、なぜお前がここにいる。王国に連れ去られた後、脱走したと聞いているが』


 遊園地へ共に突入したミハエルとカルロの声が続く。

 どうやら当時のメンバーがそのままチームを組んでいるようだ。

 知り合いであることに軽い安堵感を覚えつつ、スバルは改めて彼らの機体を確認する。

 紅孔雀とは対照的な青いブレイカーだった。

 外装が紅孔雀に酷似している為、遊園地で使った機体をそのまま改装したのだろう。


「まあ、色々とあったんだ」

『答えになってないぞ』


 カルロの問いに投げやりに答えると、冷たい視線を投げつけられた。

 だが、スバルとしては彼らに事情を説明するよりも前にやっておきたいことがある。


「悪いけど、先にやることがあるんだ。ちょっと待ってて」


 武装解除を宣告されたことなどすっかり忘れ、ダークストーカーが飛翔。

 ゆっくりと学園へと飛んでくと、近くの道路に着地。

 ハッチを開け、外へと飛び出した。

 向かう先にいるのは別行動を取っていたカイト達だ。

 幸いにもエイジやシデン、アーガスに大家のおばちゃんまで勢揃いしている。


「みんな、一通り倒したよ!」


 駆けていくスバル。

 彼の放つ言葉に、仲間たちは振り返った。

 あまり喜びのない表情である。

 外の脅威は一通り倒したというのに、どうしたことだろう。


「どうしたの。なんか元気ないけど」


 首を傾げる。

 そんなスバルの疑問を前にして、カイト達は目を背けた。


「あれ」


 彼らの態度に疑問を覚えた直後、スバルは見た。

 囲まれるようにして中心に横たわる少女の姿を、だ。

 スバルの表情が凍り付く。


「マリリス?」

「……」


 スバルの呟きに、仲間たちは何も言わない。

 シデンは歯を食いしばり、エイジは拳を力強く握りしめている。

 おばちゃんは俯いているアーガスの横でハンカチを使い、顔を覆っていた。

 布の奥から僅かにすすり泣く声が聞こえる。


「な、なあ。何の冗談だよ」


 瞼を閉じたまま、起きる気配のないマリリス。

 額からは血が流れている。

 嫌な予感がひしひしと伝わってきた。


「カイトさん!」


 腕を組み、無言で突っ立っている青年へと詰め寄った。

 他の面子に聞くよりかは、ある程度表情に変化のないこの男の方が聞きやすい。


「……すまん」

「なんだよ、なにも悪いことしてないだろ。謝らないでくれよ!」


 縋るように迫るスバルに対し、カイトは僅かに視線を逸らした。

 少々無言の間をおいてから彼は再びスバルへと視線を向ける。


「鎧が来た。真っ先に狙われたのはマリリスだった」


 簡潔に説明し始める。

 あまりに簡単な状況の説明ゆえに、スバルにもじんわりと事実が浸透していった。


「俺達が接触した時には、もう手遅れだった。やれることは全部やった。すまん」

「いや、すまんって……」


 頭を下げられた。

 そのまま動かなくなるカイトの胸倉を掴んだまま、スバルは愕然と項垂れた。

 冗談の雰囲気じゃない。

 だが、それを認めることができるかどうかは話が別だ。


「シデンさん!」

「……ごめんね」


 振り返り、シデンに叫ぶ。

 彼は眼を逸らし、身体を震えさせていた。


「エイジさん!」

「すまねぇ……」

「アーガスさん!」

「許せ、スバル君。私の撒いた種だ」

「お前だけじゃない」


 己の過去の罪を掘り返し始めたアーガスに向かい、カイトが口を開く。


「俺たち全員の責任だ。彼女をひとりにさせてしまったのが、そもそもの間違いだった」


 出会った当初はまだ警戒が出来ていた筈だ。

 この数か月間、平和な日々を過ごしていく内にそれが薄れてしまった。


「俺達が彼女を殺したんだ」


 その言葉が決定打になった。

 スバルが崩れ落ち、マリリスを見やる。

 じんわりと視界がぼやけてきた。

 身体の奥底から湧き上がってくる熱を抑えきれず、滴となって零れ落ちる。


 マリリスには助けられた。

 トラセットでの新生物との決戦。

 思い悩むスバルを支えてくれたのは他ならぬ彼女だった。

 傷付き倒れた自分たちを救ってくれたのも彼女だ。

 一番辛い目にあったというのに。

 星喰いと遭遇した時、戦いたくないのを我慢してSYSTEM Xを使ってくれた。

 あの時彼女が言った言葉はよく覚えている。


 ――――貴方を信じます!


 だというのに、その結果がどうだ。

 信じてくれた彼女を守る事ができなかった。

 支えてやることもできなかった。

 何もできていやしない。

 

 もう彼女は笑いかけてくれない。

 的外れな質問をしてくることもない。

 時折飛んでくる『不潔です!』は二度と聞けない。

 後ろで必死になって励ましてくれる彼女は、もういない。


 不幸な彼女の為に、何かが出来ればいいと思っていた。

 だが、なにもできなかった。

 もしも彼女がそこにいれば、そんなことはないと励ましてくれたかもしれない。


 しかし、彼女はもう動かないのだ。









 真田アキナは海岸へと飛び出していた。

 機能停止に陥ったヴァルハラのコックピットを蹴り飛ばし、外に出てみた彼女を待っていたのはガデュウデンの敗北シーンである。

 その光景を見た時、己の目を疑った物だ。


 まさかあのアトラスが負けるなんて。


 アキナが知る限りにおいて、アトラス・ゼミルガーは恐ろしい新人類である。

 気に入らない奴がいれば、戦う前に爆破してしまうのだ。

 あれは人間と言うよりかはダイナマイトの化身である。

 怒らせたら一番手が付けられないタイプだ。

 そんなアトラスが負けた。

 激昂したアトラスが、旧人類の少年に負けたのだ。

 カノンやアウラは道端で手当てをしているのを確認している。

 間違いなくダークストーカーの中にはスバル少年しかいなかった。

 その事実に、ただ震えが止まらない。


 歓喜と恐怖の震えだ。

 アトラスが更に怒り狂うのではないかという恐怖と、戦ってみたいという欲求が重なり、アキナの表情は歪んでいた。

 彼女の頭の中にはアトラスの死という事象は含まれていない。

 執念の塊みたいな人間なのだ。

 そういう奴は殺してもしぶとく生きてるものである。

 アキナはそんな風に考えていた。


 海岸に辿り着き、アキナが海を眺める。

 この広大な青の下にガデュウデンは消えてしまった。

 あれを引き上げるのは困難だ。

 なので、アトラスだけを引っ張り出そうとアキナは準備運動をはじめだす。


「その必要はない」


 屈伸運動をするアキナに女の声が投げかけられた。

 アキナの動きが止まる。

 彼女の視界に黒い羽が落ちてきた。


「嘘……」


 歪んでいたアキナの表情が曇っていく。

 額から汗が滴り落ちていくのがわかる。

 ふと、上空を見上げた。

 アキナの真上には黒の軍服を纏った女性が佇んでいる。

 その背中からはカラスを連想させる黒い羽が生えていた。

 一見すればそれに目を奪われがちだが、棘の付いた首輪も十分目立つ。

 あらゆる意味で人目を寄せる女性だった。


「ゼクティス! どうしてここに」

「もちろん、ペルゼニア様の命を受けて」


 悩む間もなくゼクティスは答える。

 しかし、彼女から言わせてもらえばこれ以上ナンセンスな質問はない。

 彼女は新人類王国の女王、ペルゼニアの側近だ。

 彼女の命令以外で動くことはない。


「サムタックの初めての実戦ということで、様子見に来たのだ」

「それなら一言くらい言ってくれてもよかったのに」

「結果オーライだ。お陰でペルゼニア様が探しておられた者も見つかったからな」


 ゼクティスがアキナの眼前に着地する。

 大きな黒い翼が折りたたまれ、彼女の背中に隠れていく。

 彼女は海岸から街を見渡し、一言。


「しかし、なんたる様だ」


 女王側近の目から見ても、サムタックの初実践は成功とはいえない。

 寧ろ大敗を喫したも同然だ。


「紅孔雀は全て大破。オーダーメイドのガデュウデンは海に沈み、ヴァルハラは首を斬られる始末。挙句の果てに鎧も倒されたときたものだ」

「鎧ですって」

「聞いてなかったのか。まあ、いい」


 驚くアキナを余所に、ゼクティスは指をぱちんと鳴らす。

 アキナの背後から足音が響いた。


「なに!?」


 気配も無く、突然後ろに迫ってきた気配にアキナは困惑する。

 振り向くと、そこにはゼクティスと同じ軍服を着た男がいた。

 彼はアトラスが入った培養カプセルを担いだまま、笑みを浮かべる。


「姉ちゃん、アトラスは引っ張り出してきたよ。ま、この様じゃ俺らが制裁を加えるまでもないんだけどな」


 培養カプセルの中で気泡を零すアトラスだが、その身体は満身創痍以外の何者でもない。

 手足をもがれいるのだ。

 こんな状態では立てないし、強みである能力も使えない。


「ご苦労だった、ジャオウ」

「あいよ。いやぁ、大変だったぜ。海の中からこいつを引っ張り出すの」


 空いている手で頭を掻くと、ジャオウはアキナを見やった。


「で、こいつも制裁しておく? 見てた感じ、一番無様にやられたみたいだけど」

「お前はアトラスを運べ。これ以上組織図を変えたら溜まった物ではない。コイツの始末は私がつける」


 瞬間、猛烈な寒気がアキナを包み込んだ。

 反射的に獰猛な笑みを浮かべるも、ゼクティスはそんな物を見ていない。


「さらばだ」

「え」


 アキナの視界が黒に染まった。

 まるで波のように押し寄せてくるそれの正体は、ゼクティスの背中から生える黒い羽そのものである。


「こんなの!」


 身体を鋼鉄に変化させ、アキナは突撃。

 群がる羽に向かい、拳を叩きつけた。

 直後、無数の羽がアキナの身体に覆いかぶさる。


「終わったな」


 ジャオウが笑う。

 黒の羽で埋もれた山の中からは蠢く気配がなかった。


「姉ちゃんの技、相変わらずえぐいねぇ。今頃は亜空間の中か?」

「失礼な事を言う。運が良ければそのうち出れるさ。生きてる保証はないがね」


 十分えぐいよ、とは言わない。

 彼女を怒らせたら自分が同じ技を受けることを知っているからだ。

 ゼクティスの羽は包み込んだ者を異次元空間の彼方へと消し去ってしまう。

 幼少期、実験台として受けたジャオウとしてはトラウマ以外の何物でもなかった。


「制裁は終わった。メラニーも死に、残りのXXXは裏切った」

「なら、あのままアイツらをやっちまうか?」


 ジャオウが軽く顎を向ける。

 彼の顔は街に佇むダークストーカーの方向を向いていた。


「いや。奴らはすぐには手を出さない」

「すぐにはってことは、手は出すんだな」

「ああ。ただし、ペルゼニア様と共にだ」


 ゼクティスの言葉を受け、ジャオウの眼が見開く。

 担いだカプセルを落としそうになるのを堪え、姉に問う。


「ペルゼニア様が自ら出撃するってのか!?」

「そうだ。最早ただの新人類軍の兵では彼らは倒せない。わかるだろう?」

「そりゃあ、そうだけどよ」


 アキナやアトラス、タイラントやグスタフが負けている時点でそれは認めなければならない。

 だが、それにしたって女王が自ら出てくる理由にはならない気がする。


「その為の鎧なんじゃねぇのか」

「あの方も鎧だ。それに、連中に興味を抱いている」

「第一期XXXにか?」

「いや。旧人類の方だ」


 ゼクティスもダークストーカーに視線を向けた。

 地に落ちた自身の羽をかざし、呟く。


「ペルゼニア様は旧人類の少年に強い興味を抱いておられるらしい。ゆえに、不幸を与えるのだそうだ」

「おっかねぇ」

「そう言うな。これもペルゼニア様なりの愛なのだ」


 愛。

 そう言うにはペルゼニアの愛はいささか歪んでいる。

 ゼクティスもジャオウも、彼女が兄を殺したのを知っているのだ。

 ディアマットは愛国心と家族愛ゆえに、ペルゼニアに殺された。


「これから連中は追い込まれていくことになる。じっくりと、ペルゼニア様が痛めつける。我々はその手助けができればいい」

「なるほどねぇ。じゃあ、束の間の勝利を堪能してもらうとするかい」

「ああ。サムタックの回収を終え次第、次の場所へと移動する」

「次の場所って、どこだっけ。日本なのは覚えてるけど、あんまり聞かない場所でよ」


 呑気なことを言うジャオウに呆れつつも、ゼクティスは渋々と答えた。

 次に彼らが行く場所。

 その場所こそが、ペルゼニアが決戦に選んだ場所に他ならない。


「……ヒメヅルだ。この島よりもさらに人口が少なく、小さな街なんだそうだ」

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