第188話 vs怪人尻尾男

 アトラスはヘリオンが戦う姿を指で数える程度しか見たことがない。

 それも訓練している姿限定だ。

 第二期XXXとして編入された頃、彼は既に一歩引いた位置で戦っていたのだ。

 どうしてヘリオンだけがそんな立場にいるのかとカイトに聞いてみると、彼はこう答えた。


『色々あるんだ』


 答えになっちゃいない。

 しかし、彼が言うのだから色々あるんだと自分を納得させた。

 彼が言う事に疑問を抱いてはいけない。

 アトラスは彼の駒でなければならないと頑なに決意しているのだ。

 ゆえに、カイトの答えに異論はない。


 ただ、訓練を行っているヘリオンを見て勿体ないと思ったことはある。

 彼の力は新人類でも特異なものだ。

 指をさされ、黒い言葉を囁かれたこともある。

 しかし、それ以上に彼はポテンシャルが高い。

 身体能力と鋭利な矛先である尻尾は使い方次第で立派な脅威となる。

 そんな彼が、ただ訓練だけを行っているのはいささか場違いであると感じた。


 感じていたのだが、しかし。

 こうして目の前に殺意を持って立たれると中々威圧感がある。

 全身を鱗で覆った姿を見るのも久々だ。


「なるほど。ここを隠れ蓑にしていたわけですね」


 くすり、と笑みを浮かべてアトラスは眼前の異形を見やる。

 長い尻尾。

 剥き出しの牙。

 敵を威圧する眼光。

 皮膚を覆う堅い鱗。

 力強く伸びる爪。

 大地を一歩踏むだけで校庭が揺れる。


「ひぃ!」

「うわぁ!」


 あまりの衝撃的光景を目の当たりにし、避難民や生徒たち、教師の何人かが尻餅をついた。


「あまり失礼なことを言ってはいけませんよ」


 彼らに対し、アトラスは諭すように呟く。


「君たちの為に彼は出てきてくれたのです。さっきの台詞、聞きませんでした?」


 生徒に手を出した。

 島から出ていけ。


 なるほど。

 王国では戦いの舞台から一歩退いた彼も、ここでは島を守る守護者というわけか。


「アトラス。僕の言葉が聞こえなかったのか?」

「いえ。ばっちり聞こえてましたよ。同時に、あなたのこの島での立場もある程度理解したつもりです」


 避難民たちがヘリオンの姿を見て怯えている。

 彼らはテイルマンの正体を知らず、あくまで一個人のヘリオン・ノックバーンしか知らないのだろう。

 上っ面だけ見て全部を知った気になる、なんとも人間らしい態度だ。

 アトラスは避難民たちを軽く見下しつつ、ヘリオンに問う。


「しかし、私も司令官としてここに来た以上、後退はできません。あなたもご存知でしょう」

「そうだな。だが、退いてもらわないと困る」

「そうでしょうね。なので、取引しませんか?」

「取引?」

「ええ」


 突然の提案にヘリオンがきょとんとする。

 恐竜が呆然とするのも妙な話だ。

 学者が見れば、きっと興味深げに観察しているのだろう。


「サムタックの稼働には成功しました。実戦テストも兼ねているので、そういう意味では今回の作戦は成功したと言えるでしょう」


 しかし、アトラスには別の目的がある。


「蛍石スバル君。私はどうしても彼を消し炭に……いえ、この地球上から存在そのものを消し去ってしまいたいとすら思っています」

「……それで?」

「彼の居場所を教えてください。学園にいたってことは、あなたは此処の関係者でしょう?」


 その一言に周囲の生徒や教師たちがわずかにざわついた。

 ヘリオンは己の鼓動が僅かに早まるのを感じつつも、アトラスを睨む。

 学園の瓦礫のお陰で変身するのに身を隠せたのはいいが、アトラスはヘリオンの正体を知っている。

 ここで名前を公表されれば、1年で築き上げた信頼はすべて水泡となってしまうかもしれない。


 だが、自分の立場と島民の立場を天秤にかけた場合、傾くのはどちらなのか。

 ヘリオンはそれを理解した上で、アトラスの対応を行う。


「彼はリーダーにとって金魚のフンのようなものだ。あの方が学園に務めているなら、彼もいるんでしょう?」

「金魚のフン、か」


 それはどっちかというと君の方じゃないのかと言いたいところだが、ぐっと堪える。

 言ったところで激怒するのは目に見えていた。

 アトラスの能力は周辺を問答無用で巻きこむ。

 避難民たちのど真ん中にいる以上、下手に刺激したくはない。


「悪いが、この学園に蛍石スバルなどという生徒は居ない」


 強いて言えば、山田ザンギエフがいる。

 彼は蛍石スバルなどという名前で編入していない。

 それがすべてだ。


「そうですか」


 アトラスがゆっくりと右手を挙げる。

 その後の行動は読めていた。

 ヘリオンは素早く身を振りかぶり、尾を校庭へと放りこむ。

 ただでさえ長い尻尾が一気に伸び、近くのバトルロイドの腹部を刺し貫く。


「っ!?」


 指示を出そうとしたアトラスの目が大きく見開かれる。

 彼が次の言葉を出す暇も無く、テイルマンの鋭利な尾は避難民たちの間を駆け回った。

 バトルロイドが一体。

 また一体と串刺しにされていく。

 尻尾を叩きつけると言うよりかは、蛇が高速で体当たりをぶちかましているかのような光景だった。

 避難民たちは狙わず、あくまでバトルロイドのみが対象であることからもそれが伺える。


「はぁっ!」


 校庭に集った最後のバトルロイドを串刺しにすると、ヘリオンの尻尾は大きく跳ね上がる。

 バトルロイドたちを貫いたまま、今度は紅孔雀の胴体へと尻尾を叩きつけた。

 串刺しにされたバトルロイドがコックピット部分に叩きつけられ、外装が大きくへこむ。

 元々装甲が薄い機体だが、尻尾で叩きつけてただけで紅孔雀は転倒した。


「……すっげ」


 アトラスの後ろにいる赤猿がぼそりと漏らす。

 人外と交流を持っている彼だが、実際に彼らの戦いぶりを目の当たりにするのはこれが始めてだった。

 鍛え抜かれた新人類はブレイカーを生身で倒すと言う話は聞いたことがあるが、まさかそれを実践する奴がいるとは驚きである。

 もっとも、彼と交流関係のある人外は揃いも揃って同じような事をやるのだが。


「……どうやら、本気らしいですね」


 アトラスが目を細める。

 彼の周辺にいた学生たちがとっさに距離を置き始めた。

 後ろにいる赤猿でもやばいと理解できる。

 本気でやりあう気だ。

 それこそ、どちらかが倒れるまで。

 ヘリオンとアトラスの間にいた避難民が一斉に横にさがる。

 ふたりの間を隔てる物がなにひとつなくなった。


「ふふふ。空気を読める塵芥で助かりますね」


 蠱惑的な笑みを浮かべ、アトラスが指を向ける。

 親指と人差し指で輪を作った。


「学園長!」

「は、はい!」


 ヘリオンが叫ぶ。

 声をかけられたふっくらおじさんが反射的に背筋を伸ばして返事をした。


「すみません、学園を多少荒します。お許しを!」

「ど、どうぞ!」


 誰ともわからぬ異形が許しをこうてきたので、学園長はやはり考える間もなく許可を出す。

 その言葉を受け取ると、ヘリオンの行動は早かった。

 アトラスの真下に尻尾を伸ばし、足を絡めとる。


「え?」


 足首に巻き付いてきた違和感を察知し、アトラスが下を見やる。

 見えなかったのだ。

 ヘリオンが尻尾を飛ばしてきた瞬間が。

 先程バトルロイドを貫いてきた時よりも遥かに速い。

 まるで風だ。

 風が飛んできたと思えば、ヘリオンの尻尾が絡みついている。


「流石は第一期」


 感嘆の言葉の後は、一気に引っ張られるだけだった。

 尻尾に巻き付かれ、そのままテイルマンの元へと運ばれる。

 地面を引きずられ、アトラスの身体が砂まみれになっていく。


 ヘリオンは大きく右足を上げる。

 アトラスの顔面がヘリオンの右足の真下にまで引きずり込まれた。

 その瞬間を狙い、大きく踏みつける。

 綺麗な金髪がめり込み、校庭が揺れた。


「どわぁ!?」


 その振動に赤猿が尻餅をつく。

 ブレイカーなどが暴れた影響で校庭は何度も揺れてているが、彼がこけたのはこれが始めてだった。

 それだけ大きな揺れだったのだ。


「す、すっげぇ」

「でも、本当にあの人はウチの学園の人なの?」


 アトラスがぴくりとも動かなくなったのを尻目に、生徒たちがざわつき始めた。

 彼らにとって絶体絶命な危機を救ってくれた尻尾の生えた怪物は、好奇心と畏怖を混ぜ合わせた複雑な眼差しの対象である。

 教師にしたってそうだ。

 否、寧ろ正体に勘付き始めているのを考えれば生徒より畏怖が勝る。


「が、学園長。やはりノックバーン先生が見当たりません」


 数学教師が慌て、学園長に報告する。

 山田学を認めた太い神経の学園長も、これには汗を流すばかりだった。


「きちんと数えたのでしょうな」

「当たり前です! 残業していた教師はノックバーン先生以外、みんなここに揃っていますよ!」

「お静かに! 例えそうだとしても、まだ決めつけるのは早計でしょう」


 とはいえ、現状を考える限りあの尻尾怪人がヘリオンであることなど教師たちから見れば一目瞭然だった。

 1年とは言え、同じ職場で過ごしたのだ。

 声色などでなんとなくヘリオンなんだと理解できてしまう。


「流石ですね、テイルマン」


 ぞくりとするような冷え切った声が響き渡る。

 ヘリオンの右足に踏みつけられながらも、アトラスは言葉を発していた。

 言霊に込められた異様な迫力が、たった一言で避難民たちを黙らせる。

 もっとも、アトラスの迫力よりも『テイルマン』の単語の方が彼らにとって衝撃的な物だった。

 一度止まったざわつきは、徐々にテイルマンの話題へとシフトしていく。


「ねえ、テイルマンって」

「ええ。歴史の授業で習った……」

「ヘリオン言ってたよな。テイルマンが新人類軍の侵攻の始まりだって」


 ヘリオン・ノックバーンは自身のことでもウソ偽りなく生徒たちに教えている。

 そう言う意味では誠実だった。

 テイルマンの単語を生徒たちに説明する時、あるいはテストの答案用紙にテイルマンの文字を見た瞬間、胸が締め付けられる思いになったのは事実だ。

 その度に、なんとかもっと良い風に紹介できないかと悩んだこともある。


「テイルマン?」

「まさか、ノックバーン先生がテイルマンなんですか?」


 教師たちの囁きが聞こえた。


「ねえ、そういえばさっきからヘリオンいなくない?」

「そういえばそうだな。ここに避難する前、誘導してたからどっかにいる筈なんだけど」


 生徒たちも不審がっている。

 少し前、帰り道まで送った女性の叫びが頭の中でリピートされた。


 ――――化物。


 恐怖に煽がれ、そのまま逃げ去った彼女の姿。

 別に危害を加えたわけではない。

 それでも彼女はヘリオンを『化物』と呼び、逃げるようにして去って行った。

 無性に悲しくなった感情が、再び湧き上がってくる。

 何が優先なのかはわかりきっている筈なのに。


「どうしました、テイルマン。力が抜けていますよ」


 右足をアトラスが捕まえる。

 指先から強烈な力が襲い掛かるが、それも鱗に覆われて本人には届かない。

 代わりに伝わるのは焼けるような熱量だ。


「ねえ、ヘリオンさん!」


 10本の指から膨大な熱量が放たれた。

 湯水のように噴出する爆発エネルギーはヘリオンの身体を押し上げ、異形のテイルマンを天へと放り投げる。

 さながら、火山が爆発しかかのような光景だった。


 鱗を貫通した火傷のダメージを気にしつつも、ヘリオンは宙から避難民たちの顔を見る。

 自分から逃げ去った彼女と同じ顔をしていた。

 体勢を整える間もなく、鱗で覆われた巨体が校舎内に激突する。

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