第187話 vs贖罪
贖罪だった。
メラニーの力は決して派手ではない。
かと言って、別段強力な訳でもない。
そんな彼女がレオパルド部隊の上位にまで伸し上がれてこれたのは、一重にタイラントの目利きのお陰だった。
メラニーの自慢は能力の多様性にある。
幼少期、さほど注目されてなかった自分が、目をかけて貰えたことは何よりも嬉しい事であり、最大の誉であった。
その日からメラニーはタイラントとレオパルド部隊の為に、身を捧げるかのようにして尽力することになる。
傍から見て、その仕事ぶりには鬼気迫る物があるという意見もあった。
だが、そんな意見もメラニーから言わせてもらえばちゃんと利益が出る仕事をしているだけである。
お前ら、もっと誠意を持って仕事をやれと言いたい。
とは言え、他人と比べても熱意を込めて仕事をしている実感はあった。
同時に、それが自分の自慢でもある。
だから、不満は無かった。
初めての不満は異動を言い渡されたこと。
遠く離れた東洋の地、日本で大使館のサポートを言い渡された。
もちろん、レオパルド部隊の管轄ではない。
大使館に務めているのもナルシストと筋肉馬鹿の2名のみ。
言っちゃあ悪いが、メラニーは男性の趣味にはうるさい。
馬鹿を相手にしている暇があるのなら、レオパルド部隊の為に働いた方が遥かにいい時間を過ごすことができると考えていた。
とはいえ、移動はタイラントの更に上からの命令である。
その命令を断ろう物なら、彼女の名誉に傷がついてしまう事だろう。
王国の顔のひとつともいえるレオパルド部隊の最高責任者でもあるタイラントに命令できる人物は、この国でのトップに他ならない。
彼らがその気になれば、タイラントを切り捨てることなどわけないのだ。
聞けば、彼女の前任者も国王の影響力を強める為に殺されたのだと言う。
卑劣極まりないが、そういうところに務めてしまったのだ。
それならとやかく考える前に手を動かした方がいい。
いずれ時が流れ、元の場所に収まるまでの辛抱だ。
彼女は耐えた。
ストレスが溜まる職場。
元XXXの反乱。
トラセットでの新生物の一件。
いずれも苦労する出来事だったと記憶している。
そんな苦労を経て、メラニーはようやく元の鞘へと戻る事が出来た。
ただ、異動を命じた『上』に良い感情と持てずにいたのも事実である。
寧ろ、どうにかして見返してやることはできないかとさえ考えていた。
そのチャンスは早くにやってくることになる。
脱走だ。
偶然、持ち場の廊下で彼らを発見したメラニーは、それっぽい台詞を言う事で脱走兵を見逃すことにしてやった。
それで王子が困ればいいと、軽い気持ちでの行動だったのだ。
だが、それが彼女にとって残酷な未来を突き付けてしまう。
見逃した御柳エイジがタイラントを打倒してしまったのだ。
正確に言えばアーガスとふたりがかりで倒したのだと聞いたが、それでも彼女自身に落ち度があったと言われれば、返す言葉もない。
見逃した奴がタイラントを倒した事実は変わらないのだ。
敵わない敵なのはわかっている。
メラニーの力は多様性であり、強大なひとりの敵を討ち滅ぼすのには向いていない。
それでも、あの時自分が何か行動していればまた違ったのだろうか。
メラニーは自問する。
答えは出ないまま、彼女はただ呆然と脱走兵への恨みと自責の念を募らせていく。
無力な自分が恨めしい。
弱い自分が恨めしい。
先を見通せない自分が恨めしい。
こんな自分のせいであの方は倒れてしまった。
だから、これは贖罪だ。
あの脱走者達を限界まで追い込んだうえで、困らせてやる。
そして死ねばいいんだ。
リブラの両足が凍結する。
瞬時に冷やされたことで激しい痛みが生じ、鎌を振る事も忘れて悶絶し始めた。
「も、もう少し……」
それを好機と捉え、シデンが一気に全身を凍らせにかかる。
メラニー曰く、寄生虫が頭の中に住みついていると言う話だが、中の温度を一気に冷やしにかかったら這い出てくるのではないかと予想を持っての行動だった。
少なくとも、絶対に脳から出てこないということはないと考えている。
でなければ、リブラの持ち出しすら不可能だった筈だ。
「――――!」
リブラが吼える。
痛みを誤魔化しているか、叫び終えたと同時に彼女の左腕は大きく振るわれた。
「いいっ!?」
慌て、シデンは離れる。
鎌が大地を抉った。
氷漬けになった足を切断し、リブラが前のめりになって倒れ込む。
「マリリス!?」
あまりに身の危険を顧みない行為だった。
だが、心配無用とでも言わんばかりにリブラは両腕を溶かしていく。
溶けた腕が再び固まり、腕として生成された。
足も同様だ。
リブラは腕を再生成するついでに、足も生やしている。
「うっそ!」
あまりの光景に、思わず数歩後ずさった。
新生物の因子を受け継いだマリリスが、身体を自在に再構築できることは知っていた。
知ってたが、しかし。
これはあまりにも強力すぎやしないか。
切断された足すら生やしているのだ。
これではトカゲである。
再生能力を売りにしているカイトですらここまでの復活は出来ない。
まさしく、等身大サイズの新生物と戦っているかのような錯覚を覚える。
なにもできずに音波だけでノックダウンされた嫌な思い出だ。
「シデン、またくるぞ!」
植木鉢を頭にかぶった状態でエイジがフラワーショップから飛び出していく。
その言葉を聞き、シデンは左手をかざした。
掌の上に白い塊が凝縮される。
水晶玉のような結晶が作り上げられていく。
ヒビが入った。
砕け散った白い水晶玉から凝縮された冷気が解き放たれ、猛吹雪となってリブラに襲い掛かる。
今にも飛びかからんとしていたリブラを巻き込み、市街地が白に染まっていく。
少女の身体は冷気に覆われ、その動きを停止した。
両腕からは氷柱が伸びており、傍から見たら氷の塊でしかない。
「か――――はぁ!」
「おい、マリリスは生きてるのか!?」
半ば反射的に反撃に出てしまったシデンの元に、エイジが駆け寄る。
彼はシデンの攻撃を咎める事は無かった。
ただ現状の確認だけを求める。
「生きてはいるけど、話を聞いてる限りは死んだも同然かも」
俯き、乾いた笑みを浮かべてシデンは呟く。
「寄生人間のクローンだって」
「じゃあ、鎧か?」
「うん。話を聞いた限りだと、小さな寄生生物がマリリスの脳に住みついてるらしいんだけど」
そこでシデンは溜息をつく。
どこか諦めたかのような表情だった。
「やられたよ。命令を出せる彼女は自分の命を絶つように誘導した。もう、あの子の脳ごと寄生虫を倒さないと無理かも」
「馬鹿言うな!」
エイジは怒鳴る。
彼は背後に転がるメラニーだった肉体と、リブラを交互に見やってから言う。
「このてるてる女も理解してない寄生人間攻略がある筈だ!」
「そう思って体を冷やしたけど、この再生力じゃね」
寄生虫にとって、これ以上安全な住処は無いだろう。
どんな身体にも造り替える適応力。
そして足を切断しても再生する回復力。
いずれもぴかいちだ。
「マリリスと言うより、等身大の新生物と戦ってるっていうのが近いんじゃないかな」
戦った感想としてはそんな感じだ。
本来なら手加減をして、なんとかマリリスの身体を傷つけないように配慮してあげるべきなのだろうが、その余裕が全くない。
鎧に取り付かれたとはいえ、マリリスのポテンシャルの高さは素直に称賛できるものだった。
「本家新生物って、どうやって倒したんだっけ」
「……マリリスが溶かした」
「ああ、そうだった」
どこかとぼけた口調でシデンが言う。
それが苦し紛れの言葉なのはエイジも理解していた。
脳の中に潜む寄生虫をピンポイントで倒す手段が彼らにはないのだ。
そんな事を考えていると、いいアイデアが出ないままにひびが入る音が聞こえてくる。
氷漬けになったリブラが、中から氷を砕いているのだ。
マリリスの華奢な腕が膨れ上がり、氷を砕いていく。
「女の子の身体を好き勝手操るとは趣味が悪いな」
「本当にそうだよね。これ、後で本人がトラウマになってなければいいけど」
「マリリスを取り戻す手段は考え付いたか?」
「ミクロにでもならないと無理だと思う」
つまりお手上げだ。
このまま戦う限り、いたずらに消耗するだけである。
普段は後ろで隠れるか天然を発揮して和ませるようなポジションだったと記憶しているが、今だけはそれを忘れる。
「後でスバル君にぶたれるかもね」
「諦めんなって」
「でも、そうでもしなきゃここでみんな殺されるんじゃないの?」
本格的に相対したシデンは思う。
彼女はマリリスではなく、鎧だ。
寄生虫による洗脳と言えば不幸に思える。
それでも鎧である以上、放っておけばただの殺戮が行われるだけだ。
1年ほど前に戦った新生物には誰も勝てなかったのだから。
リブラを封じ込めた氷の膜が破れる。
弾け飛んだ氷の破片をお供にし、リブラが再び襲い掛かってきた。
「俺は諦めねぇぞ!」
「できるならボクもそうしたいけどさ! 手加減してたら殺されちゃうよ!」
少女の怨念がとりついた仮面が、大きく鎌を振りかざす。
エイジと左右に分かれた後、シデンはとっさに叫んだ。
「この子、何気に一番面倒くさいんだから!」
「言ってやるな! 本人も気にしそうだからよ!」
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