第178話 vs教頭先生と若人たち
ゲーリマルタアイランド国際学園。
なんとも捻りのないネーミングだが、小さな島国に唯一存在しているのがこの学園である。
大学の類はなし。
初等部から高等部までを一身に背負い、学生を育成するのがここでの仕事だ。
ヘリオン・ノックバーンは去年から。
アーガス・ダートシルヴィーは数か月前から。
神鷹カイトは今日からそんな場所で仕事をすることになる。
そして蛍石スバルは、育成を受ける立場としてこの学園に足を踏み入れた。
彼は祖国の基準で言えば高校2年生になる。
しかしこの学園では高等部の学生という括りで纏められるのだ。
ここにはクラスもないのである。
「ようこそ国際学園へ。我々はおふたりを歓迎します」
学園長室に案内されたカイトとスバルは、さっそく学園の基本的なルールを叩き込まれていた。
まず渡されたのは学園のパンフレット。
もともと島にひとつしかない学園だけあって、受け入れ可能な生徒数は多い。
彼らを収納する為の施設もまた広大だった。
道案内がなければ道に迷ってしまうところである。
「実際に案内するのは、おいおい代表生徒を」
「いや、不要だ。知り合いがいるからそいつに頼む」
「おや、そうですか」
学園長相手でも物怖じすることなく、普段通りのマイペースな言葉遣いのカイト。
隣でぴしっと背伸びしているスバルは怒られないかとひやひやしていたが、当の学園長は特に気にした素振りも見せない。
ふっくらとしたお腹が目立つ、どこか温和な雰囲気のある学園長は苛立つ様子も無く話し続ける。
「では、予定通り新任教師の顔見せを行おうと思います。全校生徒が校庭に集まるので、そこで何か挨拶をお願いしますね」
「何人いるんだ、ここ」
「教師を含めて2000人ほどでしょうかね」
「2000!?」
スバルが驚き、声をあげる。
彼が在籍していたヒメヅル高等学校は、故郷の少子高齢化によって生徒数が3桁に届かないんじゃないかと危ぶまれていたほどの小さな学び舎だ。
ここの生徒を全員ヒメヅルに送り込むと、学校がパンクするんじゃないかと想像する。
「意外と少ないな」
ところが、スバルと同じ環境で暮らしていたカイトはそんな風には思わなかったらしい。
「島民の数を考えれば、もっといるかと思ったが」
「その島民も今や大半が避難民ですからね。永住する気は無く、騒ぎが静まるまで滞在する方の数が多いみたいです。短い期間、学校に通わせる余裕もないでしょうから」
島にひとつしかない学園とは言え、教師として働く以上、給料はとる。
学費という形で、だ。
避難した者の全員がそれを承諾できるわけではない。
「先に職員への挨拶を行いましょう。ではふたりともこちらへ」
職員室へと続く扉を開き、カイトとスバルは中へと案内される。
各々作業している教師たちが一斉に彼らに視線を向けた。
スバルは居心地の悪そうな表情を作りつつ、教師たちを順番に眺める。
ヘリオンと目が合った。
彼は僅かに苦笑すると、小さく手を振ってくる。
彼の関係者という名義で学園に来ているので、若干居心地の悪さを感じているのかもしれない。
「えー、みなさんおはようございます」
学園長がお辞儀をすると、スバルもそれにつられて頭を下げる。
カイトは我関せずと言う態度のまま、直立不動だった。
「おはようございます!」
学園長に呼応するようにして教員たちも挨拶をする。
その間、カイトはずっとふてぶてしい態度を維持し続けている。何様なんだコイツ。
「諸君、美しくおはよう!」
窓の外をみやると、用務員のアーガス・ダートシルヴィーが片手に如雨露を携えつつも、もう片方の手をぶんぶんと振っている。
職員の誰もが彼の存在を不信がらないことを考えるに、意外と馴染んでいるようだ。
愉快な学園だった。
「さて、皆さんには先日お話しましたが、芸術担当のクロムメイル先生が暫く休職することになりました」
レジーナ・クロムメイル。
その名を聞いた瞬間、何人かの教員の表情に陰りができた。
もっとも陰りが濃いのはヘリオンだったが、それ以外の教師たちはきっと事情を知っている側なのだろう。
カイトは彼らの顔を脳内に刷り込んでおくと、学園長の次の言葉を待つ。
「なので、彼女が復帰するまでの間は臨時教師を雇うことになりました。紹介しましょう」
その言葉を待っていた。
カイトは一歩前に踏み出すと、鋭い目つきで職員室を見渡す。
抑えているつもりだが、威圧感が漏れているらしい。
何人かはちょっと怯えている。
スバルがその雰囲気を感じ取り、注意をしようとして一歩踏み出した瞬間、彼は自己紹介を始めた。
「山田・ゴンザレスだ」
踏み出した直後、スバルがずっこけた。
ついでにヘリオンもずっこけた。
窓の外からこちらを眺めているアーガスはなぜか満足げに頷いている。
「コイツは弟の山田・ザンギエフだ」
ずっこけたスバルの袖を掴んで無理やり立たせると、カイトはスバルをそんな風に紹介した。
山田家誕生の瞬間だ。
「兄弟共々、短い間になるかもしれないが宜しく頼む」
簡潔な挨拶を前にして、教員たちから拍手が湧き上がった。
見れば、何名かは目尻に涙を浮かばせている。
妙な兄弟だと思われてなければいいが、きっとそれは叶わないんだろうなとスバルは思う。
「では、この後生徒たちへの案内がありますので皆さんは生徒と校庭へ。山田先生は教頭先生について行ってください」
「了解した。いくぞ、ザンギエフ」
ザンギエフ扱いされたスバルは内心憤慨しながらも、自分の力で立ち上がる。
学園長から教頭の後ろにつくと、スバルは早速カイトに耳打ちをし始めた。
「ねえ、今のは何」
「今の、とは」
「ザンギエフとゴンザレスと兄弟設定!」
何時から自分たちは純粋な日本人ではなくなったのか問いただしたい気分だ。
いや、正直な所カイトの方は血縁がわからないのだが、少なくともズバルの親戚に外国人は居ない。
「その方がセットで行動しやすい」
「あのネーミングセンスはなんなんだ!」
「パツキンに通用したから、それを流用した」
通用しちゃったんだ。
そういえば、アーガスは以前からカイトを山田君と呼んでいたがこれが理由か。
意外に気に入ってしまったのかもしれない。
ただ、アパートに戻ってからアーガスに『お帰り山田ブラザーズ』などと言われるのは御免こうむる。
「まあ、それはともかく」
耳打ちを済ませると、カイトは正面を歩く教頭に話しかける。
「教頭。少しいいだろうか」
「何ですかな?」
教頭が振り向くと、カイトは即座に本題を切り出した。
「クロムメイルのことだ」
カイトは知っている。
学園長がその名を語った瞬間、教頭の表情が僅かに曇ったことに。
だからこそカイトは直接問う。
「随分長い間休職していると聞いたが、何かトラブルが?」
「い、いえ。それはなんというか……」
「心配せずとも、俺たちはヘリオンからある程度の事情は聞いている。昔の友人だ」
聞きたいのはヘリオンがフラれたとかではなく、彼女の身の回りについてである。
要は彼女の休職が、本当にヘリオンに繋がっているのかを確かめたかったのだ。
「俺が知りたいのは、彼女の周辺トラブルだ。ヘリオン以外のな」
もしも他に原因があるのであれば、それはそれでヘリオンのストレスが加速するだけなのだが、大事なのは臨界点を超えないことにある。
ゆえに、彼女のことをよく知る必要があった。
「……残念ですが、今の所そういったお話はお聞きしませんなぁ」
「そうか」
「しかし山田先生。まさかと思いますが、クロムメイル先生にノックバーン先生とのことを問いただすつもりではないでしょうな」
「いずれにせよ、早いうちに会うつもりだ。授業の引継ぎもある」
「なるほど。それを言われたら弱いですね」
教頭は困ったように頭を掻くと、溜息。
「本心で言うと、私も今回の件をどうしたものかと思ってるんですよ」
「と、いうと」
「若人の恋愛事情なんて、我々ではどうしようもありますまい。ましてや口の堅いノックバーン先生なら尚更だ」
その点については心底同情する。
カイトも聞き出すのにそれなりに苦労をした。
電話先で教えていいものか苦悩した数学教師には感謝すべきなのだろう。
「だが、多少強引な手を使わないといけない時もある」
「アンタの場合、強引すぎるんだよ」
「だからお前も一緒に来たんだ。嫌ならブレーキをかけさせるんだな」
当面の目標はレジーナ・クロムメイルだ。
学園長の計らいで臨時教師と言う地位を得た以上、有効活用しない手は無かった。
「……正直、気乗りはしませんがね」
教頭が白い目でカイトを見る。
ガラが悪く、いかにも凶暴そうな性格がそのまま外見に現れていた。
なんとなくだが、野獣と一緒に生活をしているような錯覚を覚える。
「教育方針が途中で大きく変わるのも問題です。クロムメイル先生のお宅は後で教えましょう」
「感謝する」
「ただし、条件があります」
教頭が振り返り、親指を突き付ける。
カイトの動きを御するかのような行動であるとスバルは思う。
「手荒な真似は絶対にしないでいただきたい」
「それは学園のルールか?」
「私のルールです。私が善意で情報提供するのですから、あなたは私の提示する条件を飲んでいただきたい」
「善処する」
「それではいけません」
教頭の目はあくまで真剣そのものだ。
彼がどんな人間なのかは知らないが、個人情報の受け渡しについてかなり神経を使っている。
当然と言えばそのとおりだ。
情報流出は社会的な問題を巻き起こす引き金となる。
いや、それ以前に、
「ノックバーン先生とクロムメイル先生には、どうか幸せになっていただきたいのです。だから安易に傷つけてほしくない」
「どうしてあのふたりにそこまで拘る」
「あのふたりは学園を盛り上げてくれたからですよ」
教頭は頭を上げ、天井を見つめる。
「職員室はご覧になったでしょう。みなさんは長い間ここで勤務していらっしゃる。古株ばっかりだ」
言われてみれば、職員室にいる教師たちは揃って高年齢だ。
たぶん、ヘリオンとカイトが一番若い方なのだろう。
「かと言って、こんな職ですからね。できる人間が自然と限られてるんですよ。信じられますか、人が嫌でも出入りしてくる忙しい環境に老人だけで対応しろっていうんですよ」
避難民の受け入れが始まった当初の苦労は、カイトやスバルには想像も及ばない。
昔はそうでもなかったのだろう。
戦いが起こり、避難避難民が多く入り込んできてから学園は急な変化を迎えなければならなかった。
「そんな時にやってきたのがクロムメイル先生とノックバーン先生でした。ご存知の通り、ここでは教員免許はそこまで重要視されない。そんな暇はありませんからね」
だからこそ教師として迎え入れる人物は厳選しなければならなかった。
誰もが自由に教師をして、それで稼働するのであれば今頃この学園はもっと若人が溢れている。
学園がどんな姿になっているかは想像できないが。
「クロムメイル先生が来てからは、ちょっとずつ賑やかになりましたよ。不慣れながらも一生懸命でね。その後にノックバーン先生がきてくれたのは本当にいい傾向だと思いました。彼もまた、なんとか自分がここの力になれないかと必死だった」
教頭はその姿を知っている。
だからこそ願うのだ。
どうか懸命に進む若者に幸あれ、と。
こんな世の中なのだ。
今は避難民で溢れかえっていても、いつか新人類王国は攻めてくる。
彼らは世界地図をすべて自分たちの色に染め上げるつもりなのだから。
「山田先生。どうか、無意味に傷つけるのだけはやめていただけないでしょうか。彼女はあなたの友人を嘲り笑うような人物ではない。それだけは私が保障します! どうか、どうか――――」
教頭の目から見て。
いや、スバルの目から見てもカイトの優先順位は明らかだった。
あくまで優先するのは自分たちの知り合い。
面識もないレジーナはただのおまけだ。
同時に、きっと教頭はこの男の猛禽類のような獰猛な本性に勘付いたのだろう。
もしもレジーナがヘリオンにとって害しかないと判断した場合、どんな災いが降りかかるかわからない。
教頭はほぼ本能で猛獣教師にしがみついていた。
「……わかった。そっちの条件を飲もう。不安ならアンタも付いてくるといい」
偉そうな態度はそのままで、カイトは教頭の提示した条件を飲むことを約束する。
スバルは意外に思った。
そして少々考え込み、思い出す。
この男がイルマを騙す為に嘘泣きしたことを。
「なあ、まさか嘘じゃないよな」
「本心だ。教頭の態度でクロムメイルの人間性は何となく理解した。学園だけの仮の姿かもしれんがな」
「教頭を連れて行っていいの!?」
「安心しろ。その辺は上手くやる」
本当かよ、と心底思う。
正直な所、不安要素が増えただけだ。
事の発端にはテイルマンが絡んでいる以上、教頭にまでヘリオンの正体を知られる訳にはいかないのだ。
しかし、そんなスバルの不安な表情とは裏腹に、カイトは笑みを浮かべながら呟いた。
「……あいつ、頑張ったんだな」
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