第177話 vsカイト先生

 蛍石スバル、"17歳"。

 この日、遂に彼は復学の日を迎えた。

 とはいえ、そこには複雑な事情が絡んでいる。

 同居人、神鷹カイトがヘリオンの務める学園の臨時教師として採用されたのがつい先日。

 彼に続き、ヘリオンのサポートをする為に学生側に入り込む人材として抜擢を受けたのがスバルだった。

 それがなくとも元から復学する予定ではあったのだが、急遽決まったことに内心驚きっぱなしである。

 カイトとアーガスだけでは不安過ぎるという、他のXXXの面々からの強い希望だった。


「す、スバルさん。大丈夫ですか?」

「だ、大丈夫だと思う。多分!」


 緊張から身体が震え、マリリスに心配されてしまう。

 本来ならば彼女も復学する予定だったのだが、既にアルバイトのローテーションを組んでいる為、今回はニート予備軍であるスバルだけが学園に編入されることになっている。

 一応、学園には友人である赤猿がいた。

 学園生活自体はそこまで不安がる要素はない。

 問題は心の整理だ。

 学校に行くとなると、嫌でも故郷の仲間たちの姿を思い出してしまう。


「色々と思う事はあるだろう。だが、夫人の世話になっている手前、引き延ばすわけにはいかない」

「わかってるよ!」


 既にスーツを身にまとったカイトが話しかけると、スバルは猛烈な違和感を感じつつも反応する。

 長い間この男に勉強を見て貰ってきていたとはいえ、学園の教師を務めるとなると不安しかないのだ。

 なにせ、この男は第二期XXXの面倒を見ていても面倒くさいとコメントしている。


「そっちこそ大丈夫なんだろうな。学校の生徒は第二期の連中に比べると我儘なのが多いと思うぞ」


 皮肉ではなく、本音だった。

 スバルの知ってる範囲になるが、カノンやアウラなんかは素直な方だ。

 思秋期の時期の子供は中々面倒な物で、スレたりはみ出したりしたがる傾向が強い。

 一般的に言う、不良と呼ばれる存在だった。


「最近は生徒による教師虐めもあると聞きましたけど」

「それをコイツに心配する?」


 ドラマで見た不安要素を指摘するマリリスに対し、エイジがぼやいた。

 虐めは集団行動の中でおこる問題だ。

 学校だって無縁ではない。

 寧ろ、精神的な幼さを残す学生の集団は虐めが発生しやすい場所であると言える。

 ただ、カイトがそれの標的にされるかと思うと、そんな姿はイメージできなかった。


「正面から虐めの主犯格を追い詰めて、そのまま身長が5センチくらい縮む拳骨が飛ぶとみるね」

「連帯責任とか言って、学生全員に全く同じことをやるかもしれないよ」


 エイジとシデンがなにやら物騒なことを喋りはじめた。

 相手は学生だ。

 どんなトラブルが起こったとしても不思議ではない。

 それを可能な限り回避する為に、スバルと言うフォロー役が必要になったのだ。


「頼むぜ、スバル。俺達は仕事があるから、気になっても学園の様子はわからん」

「君だけが頼りなんだよ、本当に!」

「……俺、魔境に行きたくねぇよ」


 想像ではあるが、話だけを聞いていると動物園の飼育員として選ばれたかのような錯覚を覚える。

 しかも観察対象が全員猛獣なのだから困った。


「案ずるな」


 そんな猛獣の一匹であるカイトが、妙に自信満々な態度で言う。

 コイツに心配するなと言われても説得力が全くない訳だが、彼なりに考えはあるらしい。


「あの学園にはサルもいる。奴と協力して馴染んでいけばいい」

「アイツ、ヘリオンさんの能力を知ってるの?」

「まさか。アイツに話すと面倒になるだけだ」


 酷い言われようだが、反論の余地は無かった。

 前回のゲームセンターでの出来事を思いだし、スバルは脱力。

 なんでもイベントにしたがる男に真実を告げると、無駄な騒ぎにしかならない気がする。


「ただ、今日からお前が学園に通うから仲良くしてやってくれと言ってある。多分、今日はサボらずに行ってるんじゃないのか」

「普段サボってゲーセン行ってるのが問題なんだけどね」


 とはいえ、知人がいるのは素直にありがたかった。

 右も左もわからないよりかは、ある程度知っている人間が隣にいてくれた方がいい。

 彼はカイトとも面識がある。

 最大の不安点は、臨時教師として赴くカイトだ。


「ところで、カイトさんって美術いけるの?」

「ここでは『芸術』という科目で一括りだ。絵なり彫刻なり裁縫なり全部やる」

「裁縫も?」

「それって家庭科なんじゃないの?」

「教師が足りないんだ」


 この島国は人の出入りが激しい。

 生徒も様々な年代が入り混じり、教師もバラつきがある。

 社会や数学等は確保できても実技関係の指導者はなかなか集まらない現実があった。


「だから出来る奴が兼任する。学年もばらつきがあるから、教師の数は多い方が都合がいいんだと聞いた」

「それは理解できたんだけど、どっちかっていうとエレノアさんの得意分野だよね」


 ヘリオンとの会話の中でも出てきたが、芸術と言えばエレノアの得意分野である。

 カイトに憑依し、第二の人格として寄生している彼女だが、今回はその力を大いに活躍させることが出来る気がした。


「相談してみたが、人形作り以外の創作をしたくないんだそうだ」

「なにそれ」

「引き籠りたいんだと」

 

 容易に発言が想像できてしまったのが悲しかった。

 基本的に、エレノアは自分の欲望が絡むときにしか動かない。

 最大の目的であるカイトへの寄生を果たした後、彼女は表立って動くことは少なくなった。

 今もカイトの身体の中で何をしているかは知らないが、きっと碌でもないことを考えているに違いない。


「ともかく、だ」


 遠回しに自分よりもエレノアが優秀だと言われたことに若干腹を立てたカイトが席を立つ。


「最大の目的はヘリオンの暴走を抑えつつ、それとなくレジーナ・クロムメイルに接触してフォローに回る事にある。その為の臨時教師だ」

「アンタ、フォローできるの?」

「善処する」


 不安な気持ちが加速していく。

 なぜかやる気満々な態度であるが、人選に致命的なミスがあるように思えて仕方がない。

 カイトとエイジが交代した方がいいのではないかとさえ思える。

 しかも、事情を聴く限り今回の問題は恋愛事情だ。

 女性とのお付き合い経験がないスバルと、碌でもない女性にしか絡まれていないカイトで解決できる気がしない。


「自分で言うのも悲しいけど、俺とカイトさんでレジーナって人のフォローは難しい気がするよ。マリリスやシデンさんに任せた方がいいと思うけど」

「あれはあれで不安だ」


 相談会の際、コイバナに飢える同級生の姿を思い出してカイトは溜息。

 話を纏めてしまうと、誰が行ったところで不安要素しかないのだから、暇人である奴らが行くしかないのだ。


「……もう好きにしてくれ」


 自分の話が何時の間にか少年少女にまで漏れている現実を目の当たりにして、ヘリオンが血の涙を流しながら朝食を口に含んだ。

 大家のおばちゃんが無言で肩を叩いてくれる。

 優しい手ではあったが、今はそれが苦痛であった。







 新人類王国。

 数か月前の神鷹カイト及びその他脱走事件で受けた被害により、大きな組織改革を余儀なくされた彼らではあるが、その傷も既に癒えた。

 少なくともアトラス・ゼミルガーはそう判断している。

 長い金髪、深紅の双眸、そして罪の証として己の顔に刻み込んだ傷跡。

 すべてあの時のまま、戦いの準備を整え終えた。

 後は『あいつ』を始末すればいい。


「いいですか、皆さん」


 その為に、アトラスは配下の主要メンバーにこれからの行動を説明し始める。

 集められたのはカノン、アウラ、アキナの3人だ。


「これより、サムタックで侵攻を開始します」

「もう完成したの?」

「ええ。テスト稼働は終わっているので、後は実戦投入するだけです」


 サムタックとは新人類王国が新たに開発した搬送機の呼称である。

 これまで新人類軍はコメットの力で直接戦場に赴いていたのだが、ペルゼニアの意向で拠点となれる搬送機の開発が押し進められることになったのだ。


 ペルゼニア曰く、兵士以外も死を覚悟しなければ勝利はないという理論である。

 サムタックには技術者や衛生兵も搭載されており、ほとんど移動要塞のような扱いだった。

 当然、利用価値については疑問の声が上がったが、そこは弱肉強食の新人類王国。

 ペルゼニアは反対意見を力づくで黙らせると、問答無用でサムタックの作成を急がせた。


「まあ、これまでのように複数の機体を直接転移させるとミスターの負担が増えるだけですからね。彼には国を異次元に固定し続けて貰わないといけないので、やむを得ないでしょう」


 現在、新人類王国は異次元空間の中に存在している。

 カイト達の脱走を拒んだ時のように、土地そのものを空間転移させているのだ。

 これにより、王国は他国の攻撃を回避し続けていた。

 空間転移は新人類王国だけが可能な超技術なのだ。


「サムタックへの搭載戦力は?」

「必要になるかはわかりませんが、実戦テストも兼ねて我々のブレイカーも用意しましょう。それとバトルロイドを30機。人工知能搭載の紅孔雀を10機。搭乗する兵は我々とメラニーさんの5人です」

「メラニーも?」


 意外な人物の参戦であった。

 ここに呼ばれていない少女の名前を耳にし、アウラが聞き返す。


「レオパルド部隊の代表者なんじゃないの?」

「建前ですよ、そういうのは。雑務はこなせても、彼女の実力ではレオパルド部隊を纏めるのは困難だ。シャオランさんが戻ってくるまでの辛抱といったところでしょうかね」

「じゃあ、なにをしに」

「まあ、いいじゃないですか。人にはそれぞれ事情があるものです」


 疑問を笑顔で押し流すと、アトラスは再び周囲を見渡す。

 他に質問があれば言え、という態度だった。

 そんな空気を汲み取り、今度はカノンがノイズ混じりの音声で問いかける。


『場所は?』

「ゲーリマルタアイランド」


 瞬間、カノンとアウラの表情が険しい物へと変化した。

 が、それも一瞬だ。

 なるだけ悟られまいとしつつも、彼女たちは疑問をアトラスにぶつける。


「どうしてその場所なの?」

「そこにリーダーたちがいるからです」


 致命的な言葉だった。

 虚ろな瞳を向けたまま、アトラスは映像資料を切り替える。

 ハエの図が表示された。


「このハエは新人類軍が完成させた虫型スパイロボです。あらゆる場所に入り込み、映像と音声を収録してくる優れものですね」

「それがリーダーの姿を捉えたってわけ?」

『他人の空似ってことは?』


 苦しい言い訳だが、シルヴェリア姉妹は反論せずにはいられない。

 束の間の平和なのだとわかりきっていたとはいえ、やっと掴んだ平穏の時間なのだ。

 その時間は可能な限り続いてほしいと思う。


「私がリーダーの御姿と御声を間違うとでも? なんなら、皆さんもご覧になりますか?」


 映像が切り替わった。

 ハエ型ロボの代わりにある食卓が映し出され、見知った人間が集まってくる。

 その中に映っているのは他ならぬ神鷹カイトと蛍石スバル、そしてマリリス・キュロであった。

 きっと他にもエイジやシデンもいるのだろうが、ハエカメラの撮影範囲にはこの3人しか映らない。


「う……」


 見間違う筈がない姿であった。

 こんなものを出されてしまっては、カノンとアウラも反論できない。


「姿だけではありません。音声もちゃんと録音されています。確認してみましょう」


 ミュートを切り替え、カメラ映像から会話音が溢れ出す。

 どうやら今後の計画について話しあっているようだ。

 カイトはスバルとマリリスに対し、説明を始める。


『スバル、マリリス。話がある』

『どうしたのさ』

『もしかして、例の件に発展があったんですか?』


 名前まで録音されてしまっていた。

 都合よく編集しているのではないかと指摘できなくもないが、苦しすぎる言いわけだ。

 そこまで庇ってしまっては、逆にカイト達との繋がりを指摘されかねない。

 実際は既にアトラスにバレているわけだが、その事実を認識していない以上、ふたりは困惑するだけである。


「これで納得いただけますか。ゲーリマルタアイランドに彼らは居る」

「……ええ。それで、いつ出るの?」

「2時間後です」

『2時間!?』


 幾らなんでも早すぎる。

 ブレイカーの搬送と装備の調達でそのくらいの時間を要したいほどだ。


「案ずることはありません。既にサムタックには必要な資材は積まれています。後は人員が揃えば問題ありません。メラニーさんもこちら待ちですよ」


 メラニーが準備を終わらせているというのは予想外だった。

 彼女は能力の性質上、最も準備に時間を要する。

 既に現地入りしているのか、と考えたがサムタックで直接現地入りをするのならその線は薄い。


「うふふ。そんなに困った顔をする必要はありませんよ。私なりに考えが――――」


 アトラスが笑みを浮かべながら口を開くが、同時に音声データが続きを再生する。


『教師として働くことになった』

『え、教師!?』

「り、りりりりりリーダーが教師ですって!?」


 データの中のスバルが驚く声を上げた直後、アトラスも反射的に振りむいた。

 

 アトラスは考える。

 そしてひとつの世界を形成した。

 俗に言う妄想である。


 放課後に居残りをしている自分。

 夕日を背景にして行われる補習授業。

 たったひとりだけの居残り。

 それに付き合ってくれる優しいカイト先生。


『先生、この問題がわからないんですけど』

『どれ』


 教卓から自分の席に移動してくるカイト先生。

 自分の横から教科書を覗き込み、問題文を読み始める。

 近い顔。

 スーツ越しで伝わる温もり。

 そして逞しい筋肉。

 それらが自分を包み込むようにして、マンツーマン授業を開始する。


『この問題は2ページ前の基礎問題の応用だな。まずはそこを抑えよう』

『は、はい!』


 近すぎる距離にどきどきしつつも、アトラスはページを捲る。

 心臓がドラムのように激しく高鳴るのを感じた。

 顔に熱が籠っていく。

 ちらり、と視線を横に向けると10センチも無い距離だ。

 間近で見る凛々しいお顔。

 艶のある唇。

 心を射抜いてくる鋭い眼差し。

 それらが間近にあると認識するだけで、身体の熱はどんどん高まっていく。


 どんどん。

 どんどん。

 どんどん――――!


「ぶふぉ!」

「あ、アトラス!?」


 妄想世界がそこまで発達した瞬間、アトラス・ゼミルガーは鼻血を噴き出して倒れ込んだ。

 侵攻予定時刻に大幅な遅れが発生した。

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