第175話 vsテイルマン
大家の手伝いを終えたスバルは、マリリスと共に自室に戻っていた。
エイジの稼ぎで購入したデスクトップPCの電源をつけると、即座にインターネットに接続する。
検索ツールバーにカーソルを合わせると、スバルはキーワードを叩いた。
テイルマン。
流れるような手つきでエンターキーを押下すると、テイルマンに関する情報が一斉に表示される。
「さ、流石に多いですね……」
「歴史の教科書に掲載されるくらいだからな」
表示された検索結果の数は、0の数を数えるだけで嫌になりそうな量だった。
流石に全部を調べるつもりはないのだが、数だけ見ると圧倒されてしまう。
「でも、テイルマンってマリリスが言ってた以上の事情があるのかな?」
スバルが疑問を口にする。
つい先程、カイトからヘリオンの能力について聞かされたばかりの彼らは『テイルマン』についての情報を収集することにした。
結局、カイトから得られた情報はヘリオンがテイルマンであるという情報だけなのだが、それがどういうトラブルにつながるのかが見えないのだ。
彼の言い分を整理すると、ヘリオンの感情が不安定になると危険なことになるらしい。
しかし、テイルマンと言えば尾が生えた人間のことだ。
尻尾が生えているだけの人間が、どんな危険な事をするというのだろう。
「正直、ライオンを倒すくらいなら今まで会ってきた連中の方がえげつなくやれる気がするんだけど」
「リバーラ王の説明によると、テイルマンは尻尾を一振りするだけで戦車を薙ぎ倒すくらいのパワーがあるそうです。このアパートを壊すくらいは出来そうですけど……」
それとカイトの言う『危険』がイコールで結びつくかといえば、答えはNOだった。
テイルマンによる新人類の映像資料はスバルも見たことがある。
彼は器用にライオンを捕縛して見せた。
尻尾のコントロールに関しては問題ないように思える。
インターネットを通じてテイルマンを調べても同じだ。
動画サイトに投稿されている映像資料のリンクが貼り付けられ、当時の新人類王国の歴史を箇条書きにしているサイトが殆どである。
教科書以上の知識を得ることは、中々難しい。
「検索アプローチを変えてみましょう。テイルマンの他の活動をうまく検索できませんか?」
「他の活動ねぇ。と、なるとこんなのかな」
『テイルマン』と『活動』のふたつのキーワードで再度検索をかける。
上位に表示されるサイトに幾つか変化が起こった。
その中でスバルとマリリスが注目したのは『テイルマンの軌跡』と題されるWebサイトである。
スバルは迷うことなくそのサイトにアクセスした。
そのサイトは新人類王国で名を馳せた戦士たちの活動をまとめることを目的とする、一種のファンサイトだった。
新人類の一覧を眺めていると、何人か知っている名前を見かける。
テイルマンの項目はタイラントの真下にあった。
クリックしてページを開くと、テイルマンの歴史を語られていく。
「映像資料に出た後、何度か戦場で確認されてるらしいね」
時期で言えば、新人類王国が宣戦布告をした直後。
今から17年近く前になるが、テイルマンは他の新人類と共に隣国を攻め立てたのだそうだ。
写真も残されている。
小柄な新人類兵達が、市街地で敵兵を攻撃している姿。
その中でも特に目立つのは、鞭のように長い尾を使って敵を叩きつけるテイルマンであった。
カイトはどちらかと言えば地味だと評価していたが、写真で明確に見せつけられると、結構迫力がある。
「他の子供たちはカイトさんたちでしょうか」
「見た感じ、同世代の子供っぽいからね。その可能性は大きいかもしれない」
その辺も気にならないと言えば嘘になるが、今はテイルマンだ。
サイト経営者の説明文によれば、テイルマンはこの後戦場では見かけなくなったらしい。
一説では、死亡したのではないかと考えられているのだそうだ。
「でも、テイルマンってヘリオンさんなんだよね」
「らしいですけど……」
同じXXXとして活動していたカイトが言うのだから、そこは間違いないだろう。
しかし、身体的に目立つヘリオンが途中で姿を見せなくなったと言うのは気になる話だ。
「尾を使わなくても敵を倒せるようになったってことかな」
「どういうことでしょう」
「ほら。第二期の連中も入ってきたら第一期の人達は出番が減ったんじゃない?」
「ううん、そうでしょうか。エイジさん達の様子を見ると、あんまりそんな気はしないんですけど」
このサイトの説明を信じるなら、テイルマンことヘリオンはある日戦場から忽然と姿を消したことになる。
だが、それは脱走時期よりも遥かに前の話だ。
XXXとして活動していたのであれば、ヘリオンも最前線で戦っていた筈である。
「テイルマンの謎、か」
軽く調べてみたら、ヘリオンについてわからないことが増えただけだった。
彼を知るカイト達が近くにいることを考えれば、そこまで深く考える理由はないかもしれない。
だが、不安という感情はいやでも感じてしまう物だ。
一度それを認識すると尚更である。
テイルマンの名称から放たれる不気味な雰囲気が、少年と少女を覆い始めていく。
帰宅後、ヘリオンはカイトたちに呼び出された。
おばちゃんと共に食べる夕食よりも優先して呼び出されるとは、ただの用事ではないのだろう。
そう判断すると、ヘリオンは自室に元XXXの仲間たちを歓迎する。
「飲み物を出そう。コーヒーでいいかな?」
「必要ない」
ばっさりと切り捨てると、カイトは部屋を徘徊し始めた。
そんな彼を訝しげに見やると、シデンとエイジが取り囲むようにヘリオンを椅子に座らせる。
何も悪いことをしていないのに、事情聴取でも受けるかのような連行ぶりだった。
「なんなんだ、これは」
機嫌が悪そうに言うヘリオンの言い分ももっともだ。
カイトは家主の許可も取らず部屋を徘徊し始め、シデンとエイジに至っては無理やりヘリオンを座らせる。
何も行動するな、とでも言わんばかりだ。
「僕が何かしたのか」
「それはこっちの台詞だ」
跋が悪そうに言うと、エイジがヘリオンの目を見る。
「ヘリオン。どうしたんだお前」
「今日、職場に問い合わせたんだ。最近、明らかに元気がないって」
「それがどうかしたのかい。僕だって人間だ。憂鬱になるときだってある」
「1週間もそんな状態が続けばどうなるか、自分が一番理解してる筈だろ」
心配そうに言うエイジに対し、ヘリオンは何の反論もできずにいた。
自分自身、どこかで持ち直さなければならないとは理解しているのだ。
ただ、実際にやろうとするとどうしても時間がかかる。
「XXX時代、ヘリオンが溜息を1000回つくとトレーニングルームが使い物にならなくなるって言われたのを忘れたのか」
「……忘れたかったよ。その不名誉な文句は」
力なく項垂れると、ヘリオンは訝しげに仲間たちを見やる。
「心配してくれる気持ちは嬉しい。だが、幾らなんでも強行軍すぎやしないか」
「お前の為じゃない」
部屋を漁り続けるカイトが、振り向かないまま答える。
彼の返事はあくまで淡々としたものだった。
「ここにはお前を抑えられない人間がいる。学校でも同じだ」
「……随分冷たいんだな」
「当たり前だ。お前はもう自分の生活を築いた。本当ならお前ひとりで感情をコントロールしないといけない」
悔しいが、正論だった。
何も反論が来ないのを確認すると、カイトは己の主張を続ける。
「お前が長い時間悩んでいるのは決まって『テイルマン』関連だ。だが、既にこの島でそれなりに生活を維持しているお前が、今更どうしてテイルマンを引きずるんだ」
「テイルマンじゃないっていう考えはないんだね」
「違うのか?」
「いや、合っているよ。半分くらいは」
いずれにせよ、ヘリオンを苦しめるのはいつだって『テイルマン』という単語だった。
あまりにわかりやすい新人類だった為に資料映像に抜擢されたものの、時間が経ち、自我が確立していくとその呼び名がどんどん嫌になってきたのだ。
有名人であるがゆえに、王国にいた時は大勢の視線を集めた事もある。
彼はそれに耐えきれなかった。
極度のストレスに押し潰されてしまい、能力の暴走が起こるようになってしまったのだ。
「言っちまえ。ここに俺達が流れ着いたのも何かの縁だ」
「そうだよ。昔もそうやって悩みを共有してきたし」
これまでは事前にエイジやシデンたちに相談することで何とかストレスを耐えきってきた。
この島に辿り着いてからは頼りになる先輩教師や大家のおばちゃんに愚痴を言う事でストレスのコントロールに成功している。
しかし、今回に限って言えばヘリオンは渋い顔をしていた。
「……悪いが、今回は言えない」
「言えない!?」
「なんでさ! そんなに深刻なの!?」
自分の能力が暴走した際、何が起こるのかはヘリオンが一番理解している筈だ。
もしもそうなってしまった場合、このアパートに住んでいる大家のおばちゃんや少年少女がどうなるのか。
わからないわけがないだろう。
「それは、」
「言えないというよりは、言いにくいだけだろう」
非難するようにヘリオンを取り囲むふたりに代わり、言葉を投げたのはカイトだった。
彼はヘリオンのワークデスクの上に置いてある写真を手に取り、それを本人に見せつける。
「この女が理由か?」
「あ、こら! 返せ!」
今にも飛びかかってきそうな勢いで身を乗り出すヘリオンに写真立てを渡すと、カイトは溜息。
困惑しているエイジとシデンを見やると、マイペースに説明し始めた。
「お前が帰ってくる前に学校に連絡を入れた。聞いたよ、フラれたんだってな」
「え、そうなの!?」
「マジで!?」
「ただ、理由がわからないって言ってた。可能であれば俺達でフォローしてくれともな」
「思いっきり傷口に塩を塗りこめる真似をしてると思うのは俺だけか?」
エイジが真顔で言うも、カイトはスルー。
代わりに、自分の想像をヘリオンに投げつける。
「お前、彼女に自分がテイルマンだって話したな」
ヘリオンは何も答えない。
彼は写真立てを胸に抱いたまま、仕事用のカバンに片手を突っ込む。
ややあった後、彼が取り出したのは掌に収まりそうな小さな箱だ。
無言のまま、ヘリオンは箱の中身を空ける。
傷ひとつない、綺麗なダイヤの指輪が収められていた。
「受け取ってもらえなかったよ。僕が……テイルマンだから」
俯き、肩を震わせるヘリオンに対し、3人は言葉をかけることができなかった。
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