第169話 vs挨拶

 時間が過ぎるのは何時だってあっという間だ。

 1週間と指定しても、7日寝ればすぐにやってくる。

 決闘当日。

 スバルは最高の目覚めを迎えていた。


「気分は?」

「超最高」


 部屋を提供してくれたヘリオンに礼をすると、スバルは朝食をとる。

 当初の予定だと休日の朝一でカイトと戦う予定だったが、店側が営業時間を過ぎた後に貸し切りの状態を作ってくれた。

 赤猿が根回しした結果だった。

 一介の学生の癖になんでこんな発言力があるのか疑問だが、好意は素直に受け取っておくに限る。


「閉店時間は夜の22時。それまでの間、どうするつもりだい?」

「もちろん、練習」


 この1週間、やれるだけのことはやった。

 自分の気持ちにも向き合ってきた。

 残りわずかな時間でできることがあるとすれば、自分の調子を上げる以外にない。

 やることがはっきりしてくると、妙にすっきりしてきた。


「……僕の気苦労だったかな」

「何か言った?」

「いや、別に」


 1週間前に比べて、明らかに影が無くなってきたスバル少年の顔を見てヘリオンは安堵の溜息をつく。

 何があったのかは知らないが、赤猿とかいう友人と会ってきてから妙に明るくなった気がする。

 気持ち、前向きになったとでも言ったらいいのだろうか。

 いずれにせよ、この様子ならヘリオンが危惧したようなことにはならないだろう。


「とりあえず、悔いのないように吐き出して来い。それができれば僕からは言う事はないよ」

「うん。ありがとう」


 食器を片づけると、スバルはお礼を言ってから部屋から出ていった。

 飛び出すようにしてドアを開け放った少年の背中を眺めつつ、ヘリオンは思う。


 アイツは良い友人に恵まれたな、と。


 本音を言えば、不安だった。

 新人類の存在自体が受け入れられつつあるとはいえ、XXXの面々は更に化物じみた力を持っている。

 一度は受け入れられたとはいえ、折角外に逃げ出してまで手に入れた関係が崩れていくのは、見ていられなかった。

 傍から見れば、超人爪男が暴れる姿なんて卒倒ものだろう。

 特に戦う姿とあればなおさらだ。

 彼は身体をえぐられても、中身を露呈したまま突進していく。

 グロテスク極まりない光景を晒すだけだ。

 避けられて当然なこともしている。


 それを知っていても尚、受け入れてくれる人間がいる。

 ヘリオンはそんな現実がある事に、安堵していた。


 一番心配だったカイトでも上手くやっている。

 本人にも良い傾向の変化があった。

 仲間たちは上手くやっている。


 それなら、今度は自分が勇気を出す番だろう。

 ヘリオンは自室のある空間に目を向けた。

 スバルを中に入れた事がない、正真正銘の自分の部屋である。

 普段は仕事用のデスクとして使っているが、その上には写真立てが置かれていた。

 ヘリオンと女性が腕を組みながら、笑顔で映っている写真である。

 

 自分の食器を片づけた後、ヘリオンはデスクに座った。

 無言のまま引き出しを開ける。

 中にしまっているのは、丁寧な包装が施されている小箱だった。

 掌に収まるような小さなサイズである。

 小箱を開けた。

 中に入っている指輪を眺め、ヘリオンは一言つぶやいた。


「よし!」


 指輪をもう一度小箱の中にいれると、引き出しの中にしまう。

 カレンダーを見やると、何枚かページをめくり始めた。







 時刻は過ぎ、22時。

 カイトが通い続けたゲームセンターでは、ギャラリーと関係者がごった返していた。

 本来なら閉店時間を告げるアナウンスが流れている筈なのだが、今日に限って言えば特別である。

 今日のイベントを提案した張本人、赤猿がマイクを握る。


「レディース、エェーンドゥ、お前らぁ! 元気かこらぁ!」


 集まったブレイカー乗りたちから割れんばかりの大歓声が湧き上がる。

 男たちの熱気と喧しい大声が響き渡り、ゲームセンターは軽い嵐のような状態だった。

 わざわざ個別モニターをこさえ、筐体前に設置された司会テーブルに着席しつつ、赤猿は言う。


「はっはっは。むさくるしい返事ありがとう。さあ、明日は月曜日。各々思う所はあるだろうが、今日は最高の決戦を見て明日への糧としてほしい」


 言いつつ、赤猿は思う。

 多分、全国大会でも滅多に見れない展開になるのだろう、と。

 この1週間、赤猿は神鷹カイトにできる限りの知恵を授けた。

 そして練習相手を務めていった結果、彼は誰も使用しなかった恐ろしい機体を作り上げたのである。

 赤猿の経験上、あんな機体を動かせるのはカイト以外にいないだろう。文字通りの襲撃者を相手に、赤猿は負け越してしまっている。


 果たして旧人類屈指のプレイヤーであるスバルがあの『The・イレイザー』をやりこめるか否か。

 赤猿はその点に深く注目している。


「今日の実況はこの俺! 島国が誇る赤い閃光、赤猿がお送りするぜ!」


 ギャラリーが湧いた。

 サボり学生は妙な所でカリスマ性を発揮し、絶大な支持を得ていたのである。

 ゲームセンターは既に彼の庭だった。

 そんな彼の横には、イベントを盛り上げる第二のカリスマの存在が。


「そして解説はこの男! 最近街中に現れた謎のマスクメン!」


 会場にやってきた者の視線が赤猿の真横に集中する。

 上半身裸で、プロレスにでも使いそうな白マスクを被った男がいた。

 後頭部から溢れる長い金髪が、男の清潔感を漂わせる。

 逞しい筋肉からは、どういうわけか薔薇が咲いていた。

 会場の熱気と合わさり、フローラルな香りが場を覆い尽くしていく。

 会場にいる何人かが匂いに気圧されてちょっと気持ち悪くなってきた。

 

「天と地と海の狭間から生まれた奇跡のビューティフルウォリアー、石鹸仮面だぁああああああああああああああっ!」

「諸君、美しくよろしく」


 石鹸仮面が右手を挙げる。

 再度、ギャラリーから大歓声が沸く。

 謎の人気だった。

 やや距離のあるところから観察していたエイジとシデンが、汚い物を見るかの様な濁った目を向けた。


「……何やってるんだアイツ」

「どうして脱いでるんだろう」

「あれ、お知り合いですか?」


 ふたりの横で背伸びしているマリリスが、無垢な瞳を向けてきた。

 知り合いどころか、どう見てもあの変質者はマリリスの国が誇る英雄なのだが、敢えて口にしないでおく。

 黙っておいてあげるのも時には優しさなのだ。


「しかし、あんな変質者でも解説に呼ばれたって事はある程度知識はあるんだろうな」

「そりゃあね。多分、ボクらの見てないところでプレイしてたんだよ」


 どういう経緯であの場所にいるのかは知らないが、解説の場にいると言う事はそういうことだ。

 この場所はブレイカーズ・オンラインを使用した決闘所である。

 それ以外の知識が必要になることなど、ない。


「最近、街で悪者をやっつけては警察や近隣住民の皆さんから感謝の言葉が送られている石鹸仮面さんですが、ゲームについてはどうなんでしょうね。石鹸仮面さん、プレイヤースキル的にはどの程度なのでしょうか」

「うむ! 全くの初心者だ!」


 自信満々な態度の石鹸仮面の発言に、ギャラリーがずっこけた。

 赤猿も苦笑いしている。

 なんでコイツを呼んだんだ。


「しかし、本物を動かした経験はある」

「おお!」


 取り繕うような石鹸仮面の言葉に、ずっこけたギャラリーたちが復活した。

 割と現金な連中だった。


「そして美しい私は、今回戦うふたりの選手と面識がある。ゲームについては赤猿君には及ばぬが、別のアプローチで解説することができるだろう」

「なるほど。では期待しておきましょう!」


 なんであんなに自信満々なのかは理解できないが、実況と解説の紹介が終わったところでようやく本番だ。

 赤猿が司会席に足を置き、高らかに宣言する。


「それでは我々の自己紹介を終えたところで、早速選手紹介と移りましょう! まずは青コーナー!」


 クラッカーが鳴る音が響き渡った。

 何事かと思って後ろを振り向けば、2階からゆっくりとした足取りでカイトが降りてくる。


「1週間でショッププレイヤーを殲滅した最悪のジェノサイドマシーン! ポッポマスターだ!」

「誰がポッポマスターだ。ちゃんと名前を登録したぞ」

「いや、でもこの方が人気あるぜ?」


 真顔のままで吐き出された文句に、赤猿は冷静に対応する。

 見れば、ギャラリーからは『ポッポマスターコール』が湧き上がっていた。

 楽しそうだったからか、マリリスもその中に混じっている。

 やっぱりあの娘は口を縫い付けておくべきだったか。

 物騒な事を考えながらも、カイトは溜息。

 赤猿に誘導され、筐体の席の前へと移動する。


「続きましてはぁ、赤コーナー!」


 再びクラッカーの音が響いた。

 ギャラリーが首を振り、音がする方向へと視線を向ける。

 男子トイレからスバルが登場した。

 彼は憤りを隠さぬ表情のまま、すたすたと司会席へ向かっていく。


「ポッポマスターと同じく、突如として島にやってきた凄腕プレイヤー! その名も、」

「おい!」


 マイペースに実況を続ける赤猿の胸倉をつかむと、スバルは吼えた。


「なんで俺の待機場所が男子トイレなんだよ!」

「いや、お前。隠れられる場所がそこしか」

「同じ場所で良いだろ! なんで2階じゃないんだ! というか、この演出はなんなの!」


 まるでプロレスだ。

 実況のノリも、ゲームと言うよりかはプロレスのそれに近い。

 余談だが、赤猿の実況をスバルは聞いたことがなかった。


「盛り上がるだろ、この方が!」

「そうだぞ、マスカレイド君」


 反論する赤猿に同調し、石鹸仮面が立ち上がる。

 身体中からオブジェの如く咲いている薔薇が、甘いフレグランスを漂わせてきた。

 露骨に嫌そうな顔をすると、スバルは一歩後ずさる。


「明日が月曜だと言うのに、みんな来てくれたのだ。それならば、少しでも盛り上げていくのが出演者の美しき定めではないのかね?」

「別にここまで盛り上げなくても……」

「馬鹿! エンターテイメントは騒いでなんぼだろ!」


 大分偏ったエンターテイメントの形だと思う。

 できればここまで騒がしい場ではなく、もう少し集中できる環境にしてほしかった。

 とはいえ、この場を貸し切る事が出来たのは素直に感謝している。

 どういう人脈があるのかは知らないが、確実に戦う機会が巡ってきたのだ。

 

「……わかったよ。今回はお前の流れに任せる」

「ありがとう!」

「ありがとう、マスカレイド・ファルコ君!」

「近いのにマイクで喋るな!」


 なんでアーガスと組んでいるのか疑問だが、うざさが倍増したように思える。

 嵐に嵐が重なるときっとこんな感じなのだろうと勝手に納得し、速足でその場から離れるとスバルはカイトの正面に立った。


 住み込みバイトだった男と視線が絡み合う。

 これまで様々な強敵に向けられてきた、威圧感ある眼光が飛んできた。


 反射的に後ずさる。

 わかっている。

 あれは威嚇だ。

 これから戦う相手を睨みつけ、品定めするかのような眼光は何度も見てきている。

 今までは自分を含めた仲間たちの為に放たれてきたあの威圧感を、今度は自分が全部受け止めなければならない。


 息を飲んだ。

 正面からカイトの威圧感を受け、そのまま彼の元へと歩み寄っていく。


「なんだ」


 僅かな身長差によって見下ろされる。

 男子高校生としてはそれなりに背はある方だと自負しているが、残念なことにこんなところでもこの男には負けていた。

 きっと、これから色んなところで劣等感を覚えたり、いらっとすることもあるだろう。

 ただ、それでも。

 今、この時だけは最高の瞬間を送りたい。


 スバルは右手を差しだし、笑顔で言った。


「俺、本気でやるからな」


 それが精一杯だった。

 これ以上の言葉は出てこない。

 だから後は、カイトのリアクション待ちだ。


「……ああ。望むところだ」


 彼もまた、笑顔で右手を差しだす。

 触れあった指ががっしりと繋がり、握手となって膨れ上がる。


「戦闘前の挨拶は大丈夫か!?」

「ああ!」

「問題ない。始めてくれ」


 司会者がふたりの準備終了を確認する。

 直後、握手を解いたふたりは真剣な表情のままそれぞれの筐体へと座った。

 カードをセットし、データが読み取られる。


「さあ、カードからブレイカーのデータが転送される!」


 瞬間、ディスプレイに2機のブレイカーが出現した。

 エイジとシデン、マリリスは改めてふたりのブレイカーを見やる。


「どっちも獄翼とは似ても似つかないな」

「うん。ふたりとも、お互いにとって最善の機体と武器を選んだみたいだね」


 とはいっても、基本的に彼らは似通った戦い方を好んでいる。

 スバルは積極的にSYSTEM Xの作動先をカイトにしていたし、カイトもそれを受け入れていた。

 その上で、自分にはできないことを実現させる仲間たちを同席させている。


「だが、今度は誰かに頼る事なんかできねぇぞ」


 筐体に座るのはあくまでスバルとカイトだ。

 この勝負に関して言えば、カイトの身体に寄生しているエレノアですら手出し無用と注意深く言われている。

 交代なんてありえない。


「それでは開始の宣言をするぞ! レディィィッ――――ゴオオオオオオオオオオオッ!」


 赤猿が吼える。

 スバルとカイトが、ほぼ同時に決定ボタンを押下した。

 ふたりの意思を代弁する鋼の巨人。

 その頭部が大きく画面に映り込み、間に『VS』の文字が入る。

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