第168話 vs勝ち負け

 思い返してみれば、自分の人生は常に画面の中を睨みっぱなしだ。

 蛍石スバル、16歳。

 住み込みバイトと共に長い間過ごしてきたが、その視線は常にゲームを注視していた。

 本音で語り合った事もあるが、ぶつかったことはない。

 当たり前だ。

 自分と彼とでは経験値が違い過ぎる。

 スバルがレバーを動かしている間、カイトは生きる為に様々な所業をおこなってきたのだ。

 XXXの身体育成はそれだけえげつなく、確かなものだ。

 始めてやったゲームでさえも活かされる程に。


「……もしかして、あの時の台詞ってそういう意味?」


 頭を抱え、決闘宣言を受け入れたカイトの言葉を思い出す。

 偶にはお前と真剣に興じてみるのも悪くないとか、とんな感じのことを言ってた気がする。

 若干上から目線なのが非常に気に入らないが、長い付き合いの中で遊んだことがないのは確かだった。

 少なくとも、それらしいことをした記憶がない。


「よく知らないけど、あの人何者なんだ? 前のオフ会には来てなかったけど」

「ウチの店で働いてたバイト」


 赤猿の疑問に簡潔に答えつつ、スバルは思う。

 共に生活してきたと言っても、カイトはアルバイトだった。

 勉強を教えて貰ったり、雑談したことはあっても遊んだことはない。

 スバルが学校から解放されれるまでの間、彼は仕事をしてるし、解放された後も同じだ。


「あれ、レジスタンスとか聞いてたけどな。だから、てっきりお前もそういう組織に組み込まれたのかなとか思ってたけど」

「……悪い。この辺はあんまり深く話せないんだ」

「なんだ。内緒って奴か?」

「というより、話せば日が暮れる」


 ただの住み込みバイトと店主の息子でしかなかった関係に変化があったのは、あの運命の日からだったとスバルは認識する。

 アーガスが、メラニーが、マシュラがやってきて、父が死んだ。

 その時、何が起こったのかは細かくは知らない。

 スバルはその時、バトルロイドに連れられて大使館へと運ばれていった。

 そんなスバルを解放しに来たのがカイトだ。

 彼は王国最恐と呼ばれる鎧を前にしても怯むことなく、スバルを逃がすことに全力を注いでいたのである。

 そしてスバルは、彼を助ける為に武器をとった。

 ただの店主の息子とアルバイトは、お互いに助け合う間柄へとシフトしていったのだ。

 あまり自覚は無かったが、シンジュクからアキハバラにかけて妙に距離が縮んだ気がする。


「それならそれでいいけどよ。お前、難しく考えすぎなんじゃねぇの?」


 返してもらったスマートフォンをポケットにしまい、赤猿はベンチから立ち上がる。


「隈が凄い姉ちゃんから聞いたんだけど、喧嘩したんだって?」

「……うん」


 俯き、スバルは頷く。

 いつも隣にいた威圧感のある兄貴分は、気付けば自分の一番大切なものを脅かそうとしていた。

 それも天然で、だ。


「俺も実際その場にいたわけじゃないから偉そうなことは言えないけどよ。お前、このままでいいのかよ」

「このままって?」

「気付いてないのか? どうしたらいいのかわかんねぇって顔してるぞ」


 その辺に関しては自覚がある。

 だが、一度導火線に火がついてしまった以上、引っ込みがつかなくなってしまったのも事実だった。

 火はスバルが抱える見えない爆弾に一直線に進んでいく。

 

「ま、俺に言えるアドバイスはひとつだけだ」


 赤猿はにやりと笑みを浮かべると、親指を立てながら腕をスバルに突き付ける。


「迷ったら、一番やりたいことをやるんだよ!」

「一番やりたいこと?」

「そうさ。例えば目の前にお近づきになりたい綺麗なお姉さんがいるとする。俺はその人と仲良くなりたい。だから話しかけるんだ。どうよ、簡単だろ」

「……そうだね」


 ちょっとだけかっこよかったのに、自分でぶち壊していった気がした。

 ただ、彼が言わんとしていることについては理解できる。

 悔しいが、納得もできる。

 もしも自分が赤猿の立場でアドバイスをするなら、同じような事を言ってる気がした。


「今日知り合ったばかりだけどさ。あの人、本気だぜ」


 赤猿の目つきが険しい物に変わる。

 危険を訴える物ではなく、あくまで真面目に伝える態度であった。

 割とだらしのない彼がここまでマジ顔になるのも珍しい。

 サル顔のイケメン面だ。


「俺も結構長い間、いろんなプレイヤーを見てきたけどよ。1週間で全国区に追いつこうとしてる奴は初めて見たわ」


 そりゃあ、普通に考えたらそんな奴は居ない。

 経験や技量が違うのだ。

 どんなに短く見積もったとしても、1週間では無理がある。

 だが、それをやろうとしているとんでもない奴がいるのだ。

 しかも手先の器用さと反射神経、動体視力に関しては新人類トップクラスなのだから困った。

 教える事が日に日に少なくなっていくだけである。

 このままいけば、数日後には赤猿もカイトにごぼう抜きされるだろう。


「折角レクチャーしてやってるんだが、このままいくと俺が負けるな」

「……悔しくないの?」

「そりゃあ、悔しい」


 スバルほど執着を持っていないとはいえ、赤猿もブレイカーズ・オンラインにはかなりの時間とお金をかけている。

 初心者である筈のカイトに簡単に追い抜かれるのは、堪える物があった。

 だが、赤猿はそこまで重く受け止めていない。


「でも、これは勝負だ。ゲームって土台で戦っていれば、絶対に負ける奴が出てくる。例え初心者と全国区だろうが、勝つときは勝つし、負ける時は負ける」


 勝負に必要なのは知識と経験。

 それ以外にも大事な要素があると赤猿は考えている。

 プレイヤー本人の技量と時の運だ。

 特に運が関わってくる以上、例え初心者が相手でも負けることはあると赤猿は考える。


「あの人がすげぇ反射神経と、モノマネが上手い奴だってのは理解できた。でも、後は運だよ。今回の件でどっちが勝つかなんて予想は出来ても、確証は持てない」

「……なんでそんなに割り切れるんだ」

「俺は神様じゃないからな」


 いかに頑張ってデータを揃えようが、

 反復練習をしてコンボの精度を上げようとも、

 

 負ける時は負ける。


 一発勝負なら尚更だ。

 勝負の世界は何時だって一発勝負。

 待ったもなければ、腹痛だなんて言って棄権することもできない。


 相手の行動を予測したって、外れたら手痛い反撃を受ける。

 前日にたっぷり睡眠時間をとっても、具合が悪くなったらそれで終いだ。


 理不尽だとは思う。

 だけども、それが現実として降りかかってくるのだ。

 それを決めるのは自分じゃない。

 もしも全部決める力があるのだとしたら、きっと神様だとか運命って奴の仕業なんだろう。


「なんでお前がそんなに拘ってるのかは知らない。俺はお前じゃないからな」


 赤猿は微笑みかける。


「でも、これはゲームだ。負けたら命が取られるわけじゃない。だったら楽しんだ奴が勝つのさ。画面にWINって出なくてもな」


 だからこそ赤猿は勧める。

 一番やりたいことを実行に移す。

 真剣にやるなら、やりたいことをやれたら勝ちだ。


「折角始めてもらったんだ。あの人には自分の楽しみを見つけて貰って、最高のコンディションでお前と戦ってもらうよ」


 赤猿から言えるのはそれまでだった。

 一応、友人とはいえ今回はカイトのセコンドのような物だ。

 迂闊に口を開くと、情報を漏らしかねない。

 楽しみと奇跡は常に知らないからこそ起きる。

 そういったスリルが、最高のカンフル剤だ。


「じゃ、言いたいことも言ったし俺はそろそろ帰るわ。当日、また会おうぜ」

「あ、おい!」

「心配しなくても、スパイとかおくりゃしないって。安心して励めよ」


 好き勝手言いながら、赤猿は帰路についた。

 嵐のような男であった。

 自由な奴だとは感じていたが、まさかここまで好き放題言って帰っていくとは。

 一応、1年ぶりの再会の筈なのにやけにあっさりとしている。


 ただ、彼の言葉はスバルの中に楔を叩き込んでいた。

 

「負けても命を取られるわけじゃない、か」


 確かにそのとおりだ。

 ここ最近、命のやり取りしかやってこなかったからか物騒な考えに行きつくようになってしまったのかもしれない。

 それに、カイトに負けることに対して恐怖を抱いた理由もなんとなく見当がついた。


 怪物の口の中に消えていった異国の友人の姿を思いだし、スバルは力なく笑う。


「アスプル君、人間って本当に不平等だよな」


 ベンチから夜空を見上げ、スバルは言う。

 もう二度と会えない人に向かって。

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