第161話 vs自己嫌悪

 勢い余って飛び出した後、スバルは自室のベッドの中へと潜り込んだ。

 我ながら子供っぽい行動だと思う。

 そもそもスバルの部屋はカイトとエイジのふたりと共用なのだ。

 夕食を食べ終えれば、必然的にカイトもここにくる。

 非常に気まずい。


「……どうしよう」


 気まずい表情を隠すように毛布を被る。

 今、自分はどんな顔をしているのだうか。

 きっとこの16年で一番カッコ悪い顔をしてるんだろう、と思う。

 完全な八つ当たりであった。

 別にカイトがスバルを追い詰める為にあんなことを言ったわけではないことは十分承知している。

 彼は思った事を素直に口にする人間なのだ。

 だがそれゆえに、敏感に反応してしまう。

 

 本当にカイトの方が操縦が上手いのだろうか、と思うと不安は溢れるだけであった。

 この半年間、懸命にやってきたことが全部否定されたような気がして、嫌な気持ちになる。

 もしもカイトが乗っていれば、獄翼は破壊されなかったのだろうか。

 トラセットの無関係な人間を巻き込まずに、新生物を倒しきれただろうか。

 いや、彼ひとりであればもっと上手く日本から逃げる事が出来た筈だ。

 シンジュクで呑気に『引退式』なんかやっている内に、敵の襲来にあってしまった。

 思い出せば思い出すほど、足を引っ張っている気がする。


 自分自身に嫌気がさしてくると、スバルは目を瞑って無理やり眠りにつくことにした。

 寝れば今日の内はカイトの顔を見ずに済む。

 それだけを希望にして、スバルは力を抜いた。

 

 そんな時だ。

 タイミングを見計らったかのようにして、玄関からノック音が聞こえた。


「ちょっと、いいかな」


 ヘリオンだった。

 その声に反応して起き上がるが、出るべきか迷う。

 もしも玄関から飛び出て、カイトがいたらどうすればいいだろう。

 まともな顔で話せる気がしない。


「大丈夫、カイトは居ない。どうだろう、親睦を深める意味を含めて僕の部屋に来ないか? なんなら、決着がつくまで居座ってくれてもいいけど」


 その提案を聞いた瞬間、スバルは迷うことなく玄関の扉を開けた。

 無言のままドアから飛びだした彼を見て、ヘリオンは苦笑。


「早くないか、決断が」

「即断即決は大事だよ」

「それもそうだ。誘ったのは僕だしね」


 速足で玄関から離れるスバルを見やると、ヘリオンは少年の後を追って自室へと向かう。

 ゆっくりとした歩みを見つつも、スバルは聞いた。


「ねえ、なんで俺に味方するの?」

「僕はみんなの味方だ。XXXはもちろん、大家さんや職場の仲間。生徒たち。そして君も。強いて理由を言えば、偶然目についたからかな。それに、君の方が困ってるように見えた」


 流石は教師。

 人格破綻者に定評があるXXX出身にして、出会って間もないと言うのに一瞬で悩みを見抜かれた。

 スバルがわかりやすいだけだと言ってしまえばそれまでなのだが。


「着いたよ。どうぞ」


 自室に到着し、鍵を開けるとヘリオンはスバルを歓迎する。

 招かれるがままに部屋の中へと入っていくと、整理整頓された綺麗な一室がスバルを出迎えた。

 ひとり暮らし用のベッド。

 来客が来ても話せるテーブルにテレビ。

 当然ながら、部屋の中に干された洗濯物なんかひとつもない。

 3人でぎゅうぎゅう詰めになりながら寝ている自分たちとはえらい違いだと、スバルは思う。


「飲み物を入れよう。コーヒーでいいかな?」

「う、うん。ありがとう」


 電気をつけた後、ヘリオンはキッチンへ。

 190センチ近い巨体が小さな空間の中に消えていくと同時、スバルはテーブルの席についた。


 ヘリオン・ノックバーン。

 第一期XXXの生き残りにして、カイト達の同級生。

 こうしてふたりっきりになるのは始めてであった。

 今まですっかり忘れていたが、ヘリオンも立派な新人類である。

 どんなびっくり能力があっても不思議ではない。

 こうしてふたりっきりになってしまうと嫌でも意識してしまう。


「お待たせ。お好みで砂糖もどうぞ」

「どうも」


 ヘリオンがコーヒーを持って席に着く。

 スバルは砂糖を軽く振りかけると、早速本人に聞いてみた。


「ねえ、ヘリオンさんってどんな能力者なの?」

「またえらく突然だな……」

「だってみんな何も言わなかったし」


 実際、ここに来てからずっとヘリオンの能力には触れられていない。

 彼の力を知るカイト達ですらも、敢えて触れないようにしている程であった。


「……どうしても言わなきゃダメか?」


 ヘリオンが苦々しく笑みを浮かべ、縮こまる。

 その様子を見るに、あまり触れてほしくない話題なのだろう。

 彼には助けてもらった身だ。

 無暗に嫌がることはしない方がいいだろう、とスバルは自己解決させる。


「いや、いいよ。ちょっと気になっただけだから」

「すまないね。大家さんや生徒たちにも、ただの新人類で通してるから、あんまり力のことは触れないでほしいんだ」

「そこまで徹底して自分のことを隠そうとしているの?」

「どちらかといえば、嫌いなんだよ。XXXも抜けたいと昔から思っていた」


 ただ、自分の能力が嫌なだけで外に出たいと思ったわけではない。

 同じ場所で仲間として育ったXXX。

 彼らと共にまっとうな生活を送りたいと思ったのが大きい。


「脱走計画は僕も絡んでいてね。プランはウィリアムが立てて、準備は他のみんなが手伝う感じ……ウィリアムやエミリアは知っているんだったかな?」

「ウィリアムさんはわかるけど、エミリアさんは会ったことないや」

「……そうか。彼女も無事だといいんだが」


 ブラックコーヒーを口に含み、ヘリオンは仲間の無事を祈る。

 ただ、彼の懸念はまだ行方がわからないままのエミリアだけに留まらない。


「第二期の連中にも会ったことがあるんだっけ?」

「カノンとアウラは友達だよ。他のふたりは……あんまりいい思い出ないや」

「ははっ、そうか。仲良くしてやってくれ。ああ見えて、とても繊細な子達なんだ」


 繊細なのは否定しないが癖が強すぎやしないだろうか。

 カイトもよくあの連中の世話ができたもんである。

 今なら素直に称賛できてしまう。


「……ねえ、ヘリオンさん」

「ん?」


 神鷹カイトの顔が脳裏に浮かんだ瞬間、スバルは俯きながら口を開いた。

 

「カイトさんって、ヘリオンさんから見たらどんな人?」


 その問いに対し、ヘリオンは一瞬驚きながらも腕を組んで考え始める。

 ややあってから、金髪の同級生がカイトに対する評価を語りだす。


「捻くれていたが、素直で頼りになる子だったよ。矛盾してるが、君ならなんとなくわかるだろう?」

「まあ、ね。やっぱりあんまり変わってない?」

「いや、多少は変わった。中身はそこまで激変してないが、心境に変化があったのは間違いない。勿論、彼にとっていい意味でだ」


 ヘリオンが感じる現在の神鷹カイトは、スバルが考えるカイト像とさして変わりがない。

 それを確認したところでスバルは改めて問う。


「じゃあ、あの人がブレイカーを上手く操縦できるって言ったのもマジだよね」

「……まあ、手応えは感じただろうね」


 言うべきか言わないべきか迷ったが、ヘリオンは観念したように喋った。

 そもそも100勝以上してる癖に下手糞なのだと評価しようものなら、自分はどうなんだという話である。

 ヘリオンはそんな評価ができる程ブレイカーについて詳しいわけではない。


「あまり考え過ぎない方がいい。彼だって悪気があったわけじゃないんだ」

「そうだろうね」


 あっさりと認める発言をしたスバルに驚きつつも、ヘリオンは続ける。

 

「じゃあ、なんであんなことを」

「何て言えばいいんだろうな。こう、頭に血が昇ったって奴? だから顔も合わせづらいし、正直助かったって思ってる」


 要は勢い任せの喧嘩だ。

 破壊された獄翼のことや将来について考えてナーバスになっていたところに、得意分野に対してちょっかいを出してこられた。

 それだけの話なのだ。


「今からでも謝った方がいいんじゃないか?」

「絶対にイヤだ!」


 ただ、一度爆発してしまった物はどうしようもない。

 カイトも了承した以上、もう引っ込みはつかないのだ。

 何より、負けたくない。


「ここで謝ったら、なんかカイトさんに負けた気がする。だから勝負の決着がつくまで俺は謝らないし、カイトさんにもこの話題で謝らないでほしい」

「アイツ、謝る気配なかったけど」

「それならそれでいいよ。俺から一方的に振った喧嘩だし」


 近くで見た感想としては、カイトの腕は相当なものだ。

 冷静になってシミュレートしてみても、これまで戦ってきたどの敵とも渡り合える技術があると思う。

 しかし、たったの半年で自分を追い抜いただなんて思って欲しくなかった。

 ただ守られるだけの存在にはなりたくないし、守ってやるだなんて大層な事を言いたくもない。

 

「たぶん、なにか大きな変化があるわけじゃないんだ。でも、どうしようもない不安しかない。そうなっちゃったら、もう向かっていくしかないじゃん」


 だって、それしか取柄が無いんだもん。

 言いつつも、スバルは無理やりはにかんでみせた。

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