第160話 vs決闘宣言

 時刻は過ぎ、夜。

 アパートでは大家の部屋に住民たちが集まり、みんなで夕食を食べていた。

 カイト達がやってくる前はヘリオンしか住んでいなかった為、自然と付いた習慣なのだそうだ。

 それなりにお年を重ねていらっしゃる大家のおばちゃんは、久々に入居してきた来訪者をえらく気に入っていたのである。

 おばちゃんにとって、夕食の場は住民たちとのコミュニケーションの場なのである。


「それで、誰なんだいこの女の人」


 そんな夕食の席に、またしてもおばちゃんの知らない人間が現われた。

 カイトに連れてこられた、白い肌とどす黒い隈が印象的で不健康そうな女性である。

 彼女は妙にカイトに近い位置をキープしつつも、


「彼のコレです」


 と言って小指を立てた。

 顔面にカイトの裏拳が炸裂する。

 女性が悶えながら倒れ込むと、カイトは真顔のまま紹介した。


「寄生虫だ。わけあって俺からそんなに遠く離れることができない」

「アンタ、女の子泣かせたのかい。ダメじゃないか、ちゃんと話し合わないと」


 なぜか白い目で見られらた上に叱られてしまった。

 凄まじい勘違いをされている予感がするので、カイトは慌てて訂正に入る。


「夫人、なにを勘違いしているのか知らんがこいつは正真正銘の人間のクズだ。俺を追い込むことを生きがいにしているヤバい奴だぞ」

「人間のクズなんて軽く言えるアンタの方が問題あるんじゃないの?」


 正論であった。

 カイトも自分がまともな人間でない自覚はある為、迂闊に反論できない。

 見れば、席について食事をしている他の仲間たちもみんな頷いていた。


「この子がいるのは構わないから、ちゃんと将来について話し合うんだよ! いい年した男子が婚約破棄なんて世の中どうしちゃったんだい。まったく!」


 ぷんすかと怒りながらおばちゃんが箸を持ち直し、ご飯に手を付ける。

 勘違いが凄まじい勢いで加速していた。

 これは早い所なんとかしないと、エレノアとゴールインしてしまう。

 青い顔で口を開けると、カイトの口に鶏肉が突っ込まれた。

 何時の間にか席についていたエレノアが、にこにこと笑いながら食べさせている。


「んぐ……何の真似だ」

「将来の練習?」

「殺す!」

「まあまあ、落ち着け」


 今にも爪を伸ばしかねないカイトを、後ろからエイジとヘリオンのふたりが抑えにかかる。

 体格でふたりに劣るカイトは観念すると、文句を言いたげに着席した。


「くそっ。まさか一度取り込んだ人形のまま出てくるとは……」


 賭けに勝利した後、カイトはすぐさまエレノアの分離を要求した。

 その結果がこれである。

 分離した後、エレノアは嫌でもカイトの目につく位置に陣取るようになったのだ。

 まあ、移植された化物の目玉の影響で5メートルも離れられないのだ。

 オリジナルの身体ごと出てこられたら、目につくのも当然であると言える。


「それにしても、カイちゃんがゲームねぇ」


 分離した経緯を聞いた後、シデンがぼやく。

 OLとして初勤務を果たした彼は、女性用のビジネススーツで食事をとっていた。

 今更だが、この男がOLをやると聞いて誰もツッコミをいれることはなかった。


「スバル君なら兎も角、あんまり想像つかないなぁ」

「実際、俺もあのゲームは始めてだよ」

「初心者でも勝てる物なのですか?」

「難しいと思うよ。たぶん、本物の操縦経験がなかったら負けてた」


 同じくゲーム初心者のマリリスが問うが、対戦ゲームで初心者と経験者の溝の差というものは大きい。

 詳しくは省くが、知識や経験が違えばそれだけ選択肢も増える。

 なにもかもが新鮮な初心者にとっては、動かすだけで精一杯なのが普通なのだ。


 ところが、カイトの場合は少し状況が違う。

 彼の場合はゲームの操作は未経験なのだが、本物のブレイカーの操縦経験があることが大きかった。

 そもそも、最初はカイトがブレイカーを操縦してスバルを逃がす予定だったのである。

 激しい動きは出来なくとも、基本的な操縦方法は知っていたのだ。

 そこに加わるのが、半年間観察してきた旧人類屈指のブレイカー乗りであるスバルの操縦だった。


 常に後ろからではあるが、彼がどんなタイミングでなにを操作しているのか、ある程度理解できている。

 なので、本番でもそれを行ってみた。

 最初は決まったモーションでしか動かないことに戸惑いも覚えたが、やってみれば意外となんとかなってしまったのである。

 もちろん、カイトが鍛えてきた反射神経と記憶力と応用力の賜物なのだが、その根本はこれまで生死を共に過ごした少年の技量だ。

 そう言う意味ではスバルに感謝せねばなるまい。

 彼の操縦を見ていなければ、今頃エレノアとの賭けに負けて散々な目にあっているところだ。

 今も大して変わらないが、一緒にお風呂に入るよりは遥かにマシである。


 しかし、当のスバル本人は先程から妙に沈黙していた。

 ブレイカーズ・オンラインの話題ならすぐさま飛びついてきそうなのだが、黙って箸を進めては何か考え込んでいる。


「どうしたのだね、スバル君。元気がないなら私の特性アロマを試してみるといい。朝の目覚めが美しく冴えわたるぞ」

「……いや、いい」


 普段ならすぐさま飛んできそうな文句やツッコミも、今日は冴えが無かった。

 それもその筈。

 彼は今、悩んでいたのだ。


 ブレイカーズ・オンラインの続編が出た事は知っている。

 スバルもゲーセンに立ち寄ったクチだ。

 あまりの人数が立ち込めてプレイは出来なかったが、明日にでも手を付けるつもりでいる。

 問題は、これまでずっと後ろで待機していた神鷹カイトがとてつもなく強かったことだ。

 彼が常識外れの戦士なのは知っている。

 最近は化物の目玉とストーカーを取り込んで人外ぶりに益々磨きがかかってきたものの、以前と変わらず頼りになる兄貴分だと思ってるし、最高の仲間だと思っている。


 しかしブレイカーの操縦まで化物じみてきたとなれば話は違う。

 始めてブレイカーズ・オンラインを触ったのは何時だったか覚えていないが、稼働当初からスバルは楽しんでプレイしていた。

 勝つ為に色んな研究をしてきたし、少ないお小遣いをやりくりして機体データを整えていったのも記憶に新しい。

 スバルは新人類がひしめくこの弱肉強食の世界で、彼らと対等に戦うだけの努力をしてきたのだ。

 それなのに、この男は。

 そんな自分の領域にわずか半年で追いついてきた。

 本当は謙遜してただけで、操縦が物凄く上手だったのかもわからない。


「納得いかねぇ」


 ぼそり、と呟いた言葉にテーブルを取り囲んでいる仲間たちが反応した。

 訝しげな視線に気づくと、スバルは慌てて取り繕う。


「な、なんでもない! いやぁ、いいな! 俺も早く触りたい!」


 我ながら無理のある笑顔だったかもしれない、と思う。

 だが、仲間たちがこれ以上ツッコんでくる事は無かった。

 獄翼やイゾウの件もあり、多少遠慮しているのだろう。

 その証拠に、ゲームセンターにいくだけのお小遣いをエイジたちから貰っている。

 既に働いている身とはいえ、同世代のマリリスにまで貰ってしまったのは情けなかった。

 思い出しただけで溜息をつきそうになってしまう。

 出かかった負の吐息を喉元で抑え込むと、スバルは自然な流れでカイトに話を振った。


「それで、カイトさんは何を選んだの?」

「鳩胸だ」

「へぇ、量産機じゃない。なんだってまた」

「あれしか知ってる機体が無かったんだ。これまで戦ってきたのは殆どが専用機だし、紅孔雀のような最新機種は登録されていなかった」


 だろうな、とスバルは思う。

 彼はカイトが鳩胸を使ってショッププレイヤーたちを虐殺していく姿を見てきたのだ。

 あまりの戦いぶりに言葉を無くした後は、声をかける元気も無いまま帰宅してしまった。

 

 鳩胸は決して悪い機体ではない。

 古今東西、ブレイカーズ・オンラインに登録されている機体についてあらゆる知識を保有しているスバルだが、カイトが使った機体に関してはこんな言葉でしかフォローできない。

 シンジュクで戦った事があるとはいえ、所詮は量産機だ。

 優先されるのは火力や機動力よりもコスパである。

 その為、ゲーム内に置いては初心者専用マシンとまで呼ばれていた。

 動かしやすいのが特徴ではあるが、並み居る専用機を量産機で蹂躙していく姿に戦慄を覚えたのである。

 もしも自分がカイトと同じように鳩胸を使ったとして、あそこまで戦えるだろうか。


「ただ、触って思った事はある」


 スバルの思考を遮るようにして、カイトが口を開いた。

 隣から鶏肉を口移しさせようと迫るエレノアを抑えつつも、彼は言う。


「意外となんとかなるぞ、あれ」

「あ?」


 その一言で、スバルの中の大事な何かに切れ目が入った。

 明らかに口元が引きつっている。

 そんな彼の態度に気付かぬまま、カイトは朝の出来事を思い出す。


「操作は癖があるが、少し動かしていけばそこまで難しくない。鳩胸であれなら、俺が獄翼を操縦しててもそれなりに戦えたはずだ」


 切れ目がぷつん、と音を立てて千切れた。

 スバルは反射的にテーブルを叩く。

 並べられたお皿が僅かに揺れ、後には静寂がやってきた。


「す、スバル君?」


 真正面に位置するアーガスが、俯いたままの少年の顔を覗きこむ。

 笑っていた。

 口元だけを見ればそうなのだが、目が笑っていない。


「そうまで言うなら、勝負しようじゃねぇか」

「は?」


 ゆっくりとカイトに振り向き、スバルは宣言する。


「勝負だよ、勝負! どっちがこの中で一番うまくブレイカーを操縦できるのか!」

「いや、そんなことはやらずとも……」

「ああ、そうかい。XXXのリーダー様は俺みたいな旧人類なんぞ眼中にないってか!」

「誰もそこまで言ってないだろう」

「うるさい! とにかく、アンタがそんな事言うなら、証明しようじゃねーか! 本当にアンタが俺よりも上手く動かせるのかを!」


 その一言で、周りの仲間たちは合点がついたように頷いた。

 要は自分の役目だと思っていたポジションがカイトに奪われそうになっているのを見て、苛立っているのだ。

 カイト自身もそれを匂わせる発言をしてしまった為、爆発してしまったのだろう。


 ところが。


「いいだろう。偶にはお前と真剣勝負をするのも悪くない」

「ええっ!?」


 空気を読んでいるのかいないのか、カイトは勝負を了承してしまった。

 これでは空気が悪くなるだけである。

 困惑する仲間たちを余所に、『決闘』の日付は淡々と決まっていった。


「何時やる?」

「来週の日曜。朝一で」

「ルールは」

「直接対決だ。アンタが今日やったシングル戦でいく。筐体は勿論NEXTで」

「わかった。機体はどうする」

「1週間で好きなの選んだらいいだろ!」


 それだけ言うと、スバルは勢いよく大家の部屋から飛び出していった。

 後に残った者の視線が、自然とカイトに集中していく。


「……どうした」

「あー。なんというか、あれだ。僕は君と彼の関係に詳しくないから大きな声では言えないんだけど」


 ヘリオンが遠慮がちに目を伏せつつ、言う。


「君、もう少しデリカシーを学んだ方がいいぞ」

「そうか? これでも大分人付き合いはよくなったと思ってるんだが」

「嘘つけ」


 その場にいる全員から非難の視線を受け、カイトは僅かにたじろいだ。

 

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