第148話 vsチョンマゲ

 人間の心なんて砂漠のような物だ。

 何を欲し、得たところで欲望が渇くことはない。

 今の自分もそうだ。

 何度敵を斬り倒し、物怪を屠ってきても満足できない。


 月村イゾウは己の30年近い人生を思い返し、不敵に笑う。


「なにがおかしい」


 相対するゲイザーはイゾウの態度に疑問を覚える。

 今のイゾウは一言で言えば、絶体絶命の窮地に立たされているようなものである。

 いかにXXXと戦い負傷しているとはいえ、新人類王国の切り札である鎧3人との戦い。

 笑みを浮かべるような状況ではなかった。

 

「勝てると思ってるのか?」

「某の頭にあるのは、勝つか負けるかではない」


 再度、名刀を構える。

 イゾウの笑みの歪みが増した。


「いかにして斬り捨てるか。それのみよ」

「サイコヤローめ」

「鎧に褒められるとは、光栄だ」

「誰も褒めてねーよ」


 話してみると、意外と鎧は気さくに対応してきた。

 これまでの人生、人形の振りをしてきたことを考えると鬱憤がたまっていたのかもしれない。


「だが」


 ちらり、と横にいる金色の巨人を見やる。

 カイトとエイジにやられた傷がまだ残っていた。

 特に腰回りから流れる血が酷い。

 たぶん、鎧でなければ立っていられないだろう。


「休んでろ。俺がやる」


 ボロボロになって倒れているアクエリオにしてもそうだが、彼らには休養が必要だ。

 ここで倒れてしまっては、ノアに何を言われるかわかったものではない。

 だが、ゲイザーの提案はイゾウを憤慨させる。


「なんだと。貴様、仲間を思いやる気か?」

「まさか。ただ、上が口やかましくてな。これ以上やられたら敵わん」


 それに、


「俺も丁度実験台が欲しいと思ってたところだ」

「なに?」


 ゲイザーが白の鉄仮面に手を付ける。

 かちゃかちゃと音が鳴った後、彼は鉄仮面を脱ぎ捨てた。

 

「ほう、貴様あの男のクローンか」

「ああ」


 その素顔を見たイゾウは驚愕する。

 だが、それ以上の驚きが彼を待っていた。


「これで貴様を倒す」


 直後、ゲイザーは自身の髪の毛を一本引っこ抜いた。

 20センチにも満たない白の毛が、イゾウの前にちらつかせる。


「何の冗談だ」

「冗談じゃない。俺は大まじめだ」


 これが冗談以外の何に見えるだろうか。

 イゾウの武器は刀。

 しかも過去、六道シデンともこれで渡り合っている。

 銃弾をすべてかわしたうえで彼を斬った功績もあった。


 ソレに対し、ゲイザーは髪の毛一本。

 床に落ちた剣を拾う事も無く、選んだのは髪の毛であった。

 しかも味方の手出しを制した上で、である。


「貴様は神鷹カイトのクローンだ。奴の髪は凶器にでもなるのか?」

「冗談は止してくれ。もしそうなら、とっくの昔に散髪させているさ。それに、俺のDNA提供者は奴だけじゃない。7割は奴のものだが、貴様の遺伝子も含まれている」

「なに」

「痛みを感じないんだ。俺は」


 痛覚遮断。

 月村イゾウが持つ、新人類としての能力。

 いかなるダメージを与えても、本人には決して痛みの感覚は無い。

 それに加えてカイトの再生能力までゲイザーは保有している。

 なるほど、組み合わせたら確かに凄そうだ。


「なるほど。さぞかし優秀な子のようだ。だが残念なことに頭が少々弱いらしい」

「どうかな」


 直後、ゲイザーの眼の色が黒に染まった。

 斑模様のようにぽつぽつと斑点したかと思いきや、一瞬にしてゲイザーの白目を黒一色に塗り潰す。


「俺は密かにデータを眺めた。オリジナルに勝つ為にはどうすればいいのか」


 単純に考えれば、同じ手を使えばいい。

 傍から見て勝ったのはゲイザーだ。

 しかし、彼本人がそう思えない理由がある。


「俺達の目は成長しきってない化物から移植したもんだ。意識を揺らがせても、精神を砕くには至らない」


 星喰いと銀女の資料を見た感想でもあった。

 成長しきった目玉を持つ彼らは、カメラ越しでミッチェルを精神崩壊に追い込んでいる。

 しかしゲイザーの場合、効果があるのは1週間程度。


「気に入らんが、俺の目は奴に移植された物に及ばない。だが、使い方次第でこれからもっと強くなれる」

「何が言いたい」


 問うと同時、ゲイザーは不敵に笑う。


「こうするのさ」


 毛を手放す。

 直後、ゲイザーの両目が不気味に輝いた。

 黒の眼に睨まれた髪の毛が伸びた。


「なに!?」


 それだけではない。

 伸びた髪の毛は肥大化し、鋭利な刃となって生まれ変わる。

 全てが一瞬の出来事だった。

 その昔、テレビで見た手品で似たような物を見た記憶があるが、しかし。

 

「髪の毛を剣に変えた……!?」


 そんな芸当ができるというのか。

 予想をはるかに超えた超現象を前にして、イゾウは開いた口も塞がらない。

 しかし、呆然と開いた口は自然と笑みにシフトする。


「面白い」

「言うと思った。流石俺のDNA提供者だ……行くぞ!」


 ゲイザーが突撃する。

 足が動いたと同時に、風が吹いたのを肌で感じた。


「なるほど」


 イゾウは思う。

 確かにカイトベースのクローン人間だ。

 走った時に伝わる衝撃まで同じである。


 しかし、ふたりの間に決定的な差があった。

 戦った事があるから、わかる。


「その程度であれば、某の射程範囲!」


 仲直りをした後のカイトの走りは止める事が出来なかった。

 あまりに穏やか過ぎて、敵意を察知できないからだ。

 しかしゲイザーは逆に殺意に満ち溢れている。

 まるで周囲からマシンガンを向けられたかのような感覚だ。

 それなら存分に戦える。

 例え目で追えない速度であろうと、肌で感じられる。


「ぬぅん!」


 風に向かい、刀が振られる。

 がきん、と金属音が鳴り響いた。

 刀と剣がぶつかったのだ。


「どうした。鎧とはその程度か!?」


 斬撃を受け止め、イゾウは心の底から失望していた。

 この程度なのか、と。

 もっと圧倒的なパワーが襲い掛かってくるものかと思えば、案外普通である。

 これならXXXと戦っているのと大差がない。


「それとも、オジリナルに手ひどくやられたか?」

「馬鹿を言うな。確かに一撃を受けたが、俺に物理的ダメージは意味をなさない。それに、貴様はまだ自分の立場ってもんを理解していないようだ」

「随分と口が動くな」

「口を封じてればお喋りになるさ」


 ゲイザーは余裕を含めた笑みを浮かべ、言う。


「貴様は前座だ」

「どういう意味だ」

「そのままの意味だ。これはあくまでデモンストレーションなんだ。見ろ」


 言われ、刀に視線を送る。

 すると、イゾウは見た。

 ゲイザーの剣とぶつかった名刀、レイが刃こぼれしているのを、だ。


「なに!?」


 イゾウは今度こそ驚愕する。

 確かに何度か振るってはいた。

 しかし、ゲイザーの剣とぶつかったのは一度だけ。

 

「馬鹿な! 我が名刀、レイがたった一度の激突で……」

「ふふふ……ぬん!」


 ゲイザーが力強く踏み込んできた。

 振り降ろされた剣が黒いオーラに包まれる。

 剣から放たれたオーラが、次第に刀を覆い込んでいった。

 刀にひびが入る。


「ぬ!」


 名刀、レイが砕け散った。

 木端微塵になった刀身が、イゾウの足下に空しく崩れ去る。


「その程度なのかって聞いたな」


 後ずさりしたイゾウを見下しながら、ゲイザーは言う。


「そのセリフ。そのままそっくり貴様に帰してやるぜ。その程度なのか、お前」

「くっ……」


 イゾウが歯噛みする。

 予想を大きく上回る事態だ。

 まさか髪の毛で刀を砕くとは。

 いったいどんな能力の類なのだろう。


「くくく……」


 考えるだけで、面白い。

 内から溢れ出す歓喜の感情を抑え込むことができず、イゾウはぎらついた眼光を向ける。


「いいぞ。そうでなくては!」

「どうする? なんなら、別の刀を準備してもいいんだぜ。まだまだやれることはたくさんあるんだ」

「いい」

「なに?」


 笑いながら吐き出された言葉に、ゲイザーは反応した。

 驚きの感情を隠さないままこちらを見る鎧に向けて、イゾウは笑みを浮かべながら言う。


「不要だ。今の某が持っているのは、その名刀のみ」

「ならどうするんだ。まさかと思うが、丸腰で俺に挑む気じゃあるまいな」

「そのまさかよ」

「……貴様は素手の方が強かったりするのか?」

「いや。人を殺しやすいのは刀であろうよ」


 眼光の輝きが増した。

 明らかに喜び満ちた表情を前にして、ゲイザーは狼狽える。


 なぜそんな顔を晒すのだ。

 なぜ圧倒的不利な状態で戦おうとする。


「どうした鎧。怯えているぞ」

「俺が怯えているだと? 誰にだ」

「……なるほど。今理解した」


 輝きに満ちた眼光の勢いが止んだ。

 目に見えて歓喜に満ちていた筈のイゾウの表情が、明らかに失望の色に変わって行く。


「貴様の底が見えた」

「なに!?」


 つまらない。

 イゾウの目が、急にそう訴えてきた。


「ふざけるな! 今、この場で優位なのは俺だ!」

「そうだ。違いない。だが、貴様では某は満足できん。寧ろあの金ぴかや青い方が獲物として優れている」

「馬鹿な事を! 貴様を追い込んだのはこの俺だ!」


 正解だ。

 その点において、イゾウは心の底からそう思う。

 だが、戦いの結果とイゾウの求める物は必ずしも比例しない。


「貴様は中途半端だ」

「な……!?」

「鎧は確か、感情を殺されるのであったな。なるほど、これでは確かに底の浅さが知れる」

「黙れ!」

「無念だ。強敵によって屠られたかったが、最期の相手が貴様のような者だとは」

「黙れと言った!」


 ゲイザーが吼える。

 剣が振りかざされた。

 それを見て、イゾウは微動だにしない。

 彼の敗北は、刀を破壊された瞬間に決まっていたのだ。

 

 残念な結果だ、とイゾウは思う。

 しかしこれが自分の末路だ。

 素直に受け入れるしかない。


 失望の眼差しを送り続けたまま、イゾウが貫かれた。









 月村イゾウ。

 その人生は常に名刀、レイと共にあった。

 己を刀に変化させる新人類。

 それこそがレイだ。

 幼馴染だった彼らは、同じ新人類ということもあり、よく剣術道場で組む仲だった。


『イゾウ。聞いたか』


 ある日、特訓中にレイが話しかけてきた。

 彼の言いたいことは、自分もよく知っている。

 道場に通う他の者も同じだろう。

 世間ではあるニュースで賑わっていた。


『……新人類軍が攻めてくる話か』

『そうだ。俺たちも新人類。このままいけば、自衛隊に組み込まれるのは目に見えている』


 いや、その先のことを考えれば新人類軍だ。

 彼らは優秀な人間をスカウトし、自分たちの兵にするのだと聞いたことがある。

 彼らの目に適えばの話だが、イゾウもレイも戦闘向けの能力だ。

 興味を持たれない理由がない。


『なあ、イゾウ。俺たちってこのままでいいのかな』

『どういう意味だ』

『ただ流されるようにして生きているだけの毎日。それって本当に幸せなんだろうか』


 ふたりは親の勧めから道場に通わされた。

 半ば強制的に通わされていたが、幸いにも身体能力はぐんぐん高くなっており、このままいけばオリンピックも夢ではないと言われたこともある。


『戦争になって、勝ったしても負けたとしても、俺達に待っているのはちっぽけな未来だ』


 当時、新人類と旧人類は同じ舞台で争っていた。

 野球にしろ、サッカーにしろ、バスケにしろ、新人類と争ったら旧人類に勝ち目はない。

 実際、前回のオリンピックの優勝者は揃って新人類であったと大きく報道されている。


『自分よりも弱い奴と戦って、楽しいか? 俺は面白くないね』


 レイは飲み干したスポーツ飲料のペットボトルを握り潰した直後、言い放った。


『俺達はまだまだ強くなれる。限りなく、無限に! 俺は最高の刀として。お前は痛み知らずの戦士として!』

『しかし、刀になっている間はお前の意思はないぞ』

『喋る刀なんぞ何の役に立つ。道具は所詮道具だ』


 だからこそ、レイは思う。


『イゾウ。俺達がどこまでやれるのか試してみないか』

『試す?』

『そうだ。俺達がやろうと思えば、ただの新人類如き……いや、戦えば物怪だって倒せるはずだ!』

『モノノケ……』


 物の怪。

 あらゆる怪異や、理解を超えた物のことを、一般的にそう呼んでいる。


『このまま優秀な人間として終わっていいのか。たった一度しかない人生だぞ』

『レイ。お前』

『泣いても笑っても、人は何時か死ぬ。俺は戦争に巻き込まれて、流れ弾で死んでいくのは御免だ』


 イゾウとて同じだ。

 誰だって死にたいとは思わない。

 死にたいとは思わないが、しかし。


『最終的に死んじまうのなら、せめて自分が何処までやれるのかを見てみたい。俺が物怪を斬る事が出来るのか。それとも、できないのか』

『レイ、案ずるな』


 幸いにも、レイの心中はよく理解できた。

 イゾウも前から疑問に思っていた事だからだ。


『某もまた、同じ思い』

『イゾウ!』

『レイ。お前は最高の刀になれ。お前を振るう事で、某は物怪を斬ろう』


 手を差し伸べた。

 ペットボトルを放り投げた親友が握手に応じると、ふたりは自然と笑みになる。


『イゾウ。俺が最強の刀になろう。この意思までも』

『そして某が存分に振るおう。我らは一心同体』

『ああ。どこまでも修羅の道を駆け抜けていくだけ!』


 ふたりは誓い合った。

 例えレイの意思が完全に刀そのものになろうとも。

 イゾウが倒れたとしても、戦いを望もうと。

 物怪を求め続け、戦いの中で生きようと。


 もしもその誓いが砕けることがあったとすれば、それはきっと刀とイゾウが砕け散った時だ。

 その時までは戦い続けよう。

 己の望む理想の敵を探し続けて。


 叶う事なら、最期の時は強大な敵に葬られたい。

 心も体も強さも揺らぐことのないような、強い奴に。

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