第147話 vs理解と判断と

「カイトさーん!?」


 イゾウが先行した自動ドアを解き放ち、スバルは王の間へ突撃する。

 部屋中を覆い尽くした冷気が、訪問者に襲い掛かった。

 氷の床に足をついた瞬間、スバルはすってんころりんと倒れ込む。


「あいたぁ!?」

「す、スバル君!?」


 一歩遅れて部屋に入ったアーガスが少年を立たせる。

 スバルは頭を擦りながらぼやいた。


「いてて……なんだよこれ!」


 王の間を見渡すまでも無く、この空間は軽い北国であった。

 氷の床。

 凍りついた壁。

 白い吐息。

 どう見ても室内とは思えない。


「小僧、やっと来たか」

「ん?」


 後ろから声をかけられ、スバルは振り向く。

 イゾウだ。

 物怪を求めて先行した包帯侍が刀を構えている。

 相対するのは、半年前に襲い掛かってきた白の鎧。


「いいっ!? あ、あいつは……」

「知ってるのかね?」

「知ってるも何も、俺は半年前こいつに殺されるかと思ったんだよ!」


 ゲイザーを指差し、スバルは訴える。

 思えば、暴力的で超人的な殺し合いを目の当たりにしたのも、同居人とこの鎧が戦ったのが最初だった。

 あの時、同居人は後一歩と言う所でやられてしまったが、果たしてイゾウが勝てる相手なのだろうか。

 よく見れば、周りにはやたらとデカイ黄金の鎧もいる。


「ん?」


 だが、黄金の鎧の他にも見慣れた影が幾つかある。

 金の巨人に近い位置で構える御柳エイジと、倒れているシデンを抱えるカイト。

 そしてやや離れたところで怯えているマリリスである。

 見慣れた面々であった。


「みんな!」

「スバルさん!」

「おお、スバル! 無事だったか!」


 地下に閉じ込められたスバルの無事を確認し、安堵するエイジとマリリス。

 だが無事を歓迎する声だけではない。

 カイトは半目になって問いかける。


「おい、なんでそいつらと一緒にいるんだ」


 アーガスとイゾウを睨む。

 どちらもカイトとしては因縁のある相手だ。

 面倒くさかったと置き換えてもいい。

 正直に言うと、出来る限り相手をしたくないふたりであった。

 しかし、どういうわけかスバルはそのふたりを引き連れて王の間にやってきている。

 心なしか、護衛として。


「パツキンはまだわからんでもない。だが、チョンマゲがなぜ俺達に味方する」

「決めつけはよくないぞ」


 スバルが答えるよりも前に、イゾウ本人がカイトの言葉を否定する。

 彼はあくまで眼前にいる鎧を視界に入れながら、かつての化物の問いかけに返答した。


「某はあくまで物怪を求めるだけ。それらと出会うにはどうすればいいのかを考えた結果だ」

「なるほど。確かにこいつは変なのに好かれやすい」

「アンタにだけは言われたくなかったよ」


 蛍石スバル、16歳。

 ここまで鏡を向けてやりたい場面は無かった。

 確かに、妙なのに懐かれている気はするが、それでもカイトに比べたら話が通じるだけマシというものである。

 少なくとも改造手術やカニバリズム至上主義を持ち出してこないだけ、良心的であると言えた。


「某は目的を果たした。後は心行くまで死合うのみよ」

「勝手に決めるな」


 白の鎧が言葉を発する。

 イゾウが僅かに驚愕するが、すぐに口元の笑みを作った。


「ほう。近頃の鎧は言霊を扱うか」

「コトダマだがなんだか知らんが、俺の標的は貴様じゃない」


 ゲイザーがちらり、とスバルに顔を向ける。

 目を向けられた少年がびびって、再びこけた。


「あのガキとオリジナルが俺の目標だ。貴様はお呼びじゃないんだよ」

「そうはさせん」


 右手で構える名刀が床を一閃する。

 間近で放たれた斬撃を前にして、ゲイザーは反射的に飛びのいた。


「小僧、約束通りこの場は某が貰い受ける!」

「イゾウさん!」

「イゾウ君!」


 イゾウが何を考えて攻撃を仕掛けたのか、スバルとアーガスはよく理解している。

 彼はこの場で、全ての鎧と戦うつもりなのだ。

 少年たちを助ける為ではない。

 あくまで己の欲望の捌け口として。


「でも、あんたひとりで敵う奴らじゃないぜ! ふたりいるし!」

「正確には3人だ」


 カイトが補足を入れる。


「チョンマゲ、そこで寝ている青いのはまだ息がある。いずれ起き上がってくるぞ」

「忠告、かたじけない」


 イゾウが素直に礼をする。

 カイトにはそれが意外だった。

 ぽかん、と口をあけて目を丸くする。


「案外義理堅かったりするのか?」

「馬鹿な話はやめてもらう。某はただ、物怪と戦いたい。貴様が獲物でもよかったのだが、やはり獲物は常に極上であるほうがそそるものよ」


 ゆえに、イゾウはこの場を他の誰にも譲る気はない。

 

「行け。行けぬのなら、ここで貴様らに刃を振るうまで」

「死ぬぞ」


 率直に、カイトは言う。

 鎧とイゾウ、両方と戦った事があるからこそ言える結論だった。

 だがイゾウは、カイトの言葉を聞いて笑みを浮かべる。


「それもまた、一興」

「……いいだろう。感謝する!」


 カイトはシデンを抱きかかえ、エイジとマリリスに行動を促した。


「逃げるぞ! マリリスは俺とシデンの治療へ。エイジは先頭を頼む」

「カイトさん!?」


 同居人の判断に憤慨し、スバルはカイトの近くまで歩み寄る。

 すぐ近くには鎧持ちもいたのだが、それを気にする余裕もなかった。

 しかしカイトはスバルの憤りを無視すると、懐から彼の持ち物を渡す。

 ブレイカーの呼び出し機であった。


「これは」

「武器庫で見つけた。これで獄翼を呼べる」


 それがどういう意味を持つか、理解できないスバルではない。

 彼の考えていた脱出プランは、獄翼があってこそだ。

 仲間も勢揃いした今、当初の予定通り逃げればいい。


 しかし、


「でも、イゾウさんが!」

「スバル」


 押し黙らせるような厳しい目を、少年に送る。

 ここでスバルは、カイトの変わり果てた左目を見た。

 銀女と同種の、黒目と赤い瞳孔。

 何があったのかはわからないが、自分の想像を超えるような何かが彼の身に起こったのであろうことは予想できた。


「あいつの意思だ」

「で、でもこのままだと殺されるって!」


 カイトの放つ迫力に押されそうになりつつも、スバルは訴える。

 月村イゾウ。

 半年前に襲撃してきた、新人類王国の兵士兼囚人という変わり種である。

 カイトやエイジ、シデンの中で彼は敵としてカテゴライズされたままなのであろう。

 だが、スバルの中では違う。


「短い間だけど、この人も一緒に戦った仲間なんだ! 助けてやってよ!」


 カイトだけではなく、エイジやアーガスにも顔を向けてスバルは訴える。

 彼も頭の中では理解しているのだ。

 このままイゾウが戦っても殺されるだけであろう、と。

 それを黙って見てられるほど、少年は非情ではなかった。


「小僧」


 そんなスバルに向けて、イゾウが言葉を吐く。


「貴様はおかしな男だ。某はあくまで貴様の案に乗っただけ。貴様は目的を果たし、某は望みを叶える。何の不満があると言うのだ?」

「不満しかねぇよ! 確かに提案したのは俺だけど、あんたを見殺しにしてまで逃げたいと思ったわけじゃねぇ!」

「小僧、貴様良い奴だな」


 褒められた。

 こんな時に何を言ってるんだというツッコミと、褒められて素直に嬉しくなってしまう自分がいて少し悲しくなる。


「だが覚えておけ、小僧。世の中は貴様と同じ考えを持つ人間ばかりがいるわけではない。そして某は、貴様の望みを断とう」


 言うと同時、イゾウは背後に向かって刀を振るった。

 イゾウとスバルの間にある床が切断され、彼らの間に崖を作り出す。


「イゾウさん!」

「小僧、そしてXXXの物怪よ。貴様らが言うように、某は死ぬやもしれぬ」


 言うと、イゾウは僅かに背後を振り向いた。

 包帯越しに見える眼光が、ぎらぎらと輝いている。


「だが、戦いの果てに死ぬのであれば、それもまた某の本望なり」

「なんで!?」

「某の人生だ。某の望みのままに生きる」


 イゾウは思う。

 人生なんて一度きりだ。

 輪廻転生なんて言葉があるが、そんな不確かな話を真に受けて次の人生を全うする気なんて起きない。

 どうせ死ぬなら、思いっきり使い果たしたいのだ。

 己に残る、全てのエネルギーを。


「小僧。よぅく目を凝らし、覚えておけ!」


 視線を鎧たちに向ける。

 ゲイザーが肩を回し、トゥロスが拳を突き合わせて戦闘態勢に入った。


「これこそが、戦いに飢えた者の末路よ!」


 イゾウが走る。

 振り返りもしないまま、鎧に向かってまっすぐ突撃した。

 呆気にとられる少年の肩を叩き、アーガスが呟く。


「スバル君。君には理解できないかもしれない。だが、あれが月村イゾウという男なのだ」

「……戦いって、そんなにいいものなのか?」

「私はそうは思わない。だが、人の求める美とは常に多様なのだ」

「それはわかってるよ! わかってるつもりだけど……簡単に納得なんかできねぇ!」


 拳を震わせ、スバルがイゾウの背中を睨む。

 たぶん、もう彼と会う事はないのだろう。

 短い付き合いであった。

 時間に換算すると、24時間程度でしかない。

 半年前は刀を向けられたこともある。

 

 それでも、この迷宮を共に潜り抜けた仲間だった。

 彼はどう思っているのか知らないが、その仲間ともう二度と会えないと思うと、寂しい。


「スバル君、確かに納得できないのかもしれない。だが、決断も時としては必要だ」

「そうやって、アンタはアスプル君を見殺しにしたのか!」

「では、君は他の仲間を更に危険に巻き込むつもりなのか!?」


 強めの口調で言われた言葉に対し、スバルは何も言い返せなかった。

 アーガスは弟の姿を思いだし、ぐっと拳を震わせながらも続ける。


「君も見ただろう。六道君はやられ、山田君も重傷を負う程の相手だ。御柳君と私が加勢したところで、後ろには君とマリリス君がいる。ここが敵の本拠地である以上、少しモタついただけで危険はすぐにやってくる」

「それは……」


 理解できる。

 今、何をすべきなのか。

 何の為に脱出しようとしているのか。

 我を忘れて感情の吼えるままに戦った結果、悲惨な光景を生み出したことをスバルは忘れない。


「何をしているスバル! 早く来い!」


 先行するカイトが吼えた。


 スバルはやや間をおいてから振り返り、カイトに続いて走りだす。

 最後の自動ドアを潜り抜ける前にもう一度振り返った。


 包帯侍がふたりの鎧を相手に斬りかかっている姿が見えた。

 笑いながらも凶器を振り回すイゾウの姿を目に焼き付け、スバルは同居人たちに続く。


 走り出してややあった後。

 スバルは手渡されたスイッチを押した。

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