第146話 vs無能な王様

「へぇ……」


 3枚のお札を額に当てた状態で、ノアは唇を尖らせる。

 明らかに不機嫌な表情だった。

 普段は比較的マイペースに振る舞う彼女が苛立ちの感情を見せるとは珍しい。


「どうした」

「鎧にしてやられました。ゲイザーは意思を持っている」

「なに!? 何時からだ!」

「生まれた時からです」


 白の鎧、ゲイザー。

 半年前、ディアマットも彼の操作をしている。


「私も一度動かしたが、そんな素振りは……」


 言ってからディアマットは気づく。

 いかに王子と呼ばれていようと、彼が鎧を操作したのは半年前のカイト戦が最初で最後なのだ。

 比較対象がいないのであれば、自分の発言は意味がないものである。


「いや、いい。問題はゲイザーの目的だ」


 管理者のノアとしては面白くない結果だろう。

 彼女は意思のない、人が操作する鎧こそが最高だと信じている。

 だが、ディアマットにしてみればどちらでも構わない。

 彼が味方ならばよし。

 敵ならば排除する対象になるだけなのだ。


「我々に敵意は?」

「今はありません。むしろ、半年前にやられたことを強く根に持っているようです」

「ほう、ならば都合がいい。早速許しを出してやれ。殺せとな」

『いらん』


 お札から男の声が響いて来た。

 つい先ほども聞いたことがある、カイトと同じ声質。

 驚き、ノアがその札を額から外す。


「貴様、我々の会話を聞いていたのか」

『聞かれたくないなら、とっととその紙を処分するんだな』


 なんとも生意気な口の利き方であった。

 口ぶりがやや暴力的である事をふまえても、オリジナルより気品が無い。


「それよりも、どういう意味だ。折角思う存分に戦わせてやろうと言うのに」

『貴様に許しを請う必要はない。俺は戦いたい奴と戦う』

「なんだと」


 生意気なのは口の利き方だけではなかった。

 態度も含めて、ゲイザーは新人類王国に対する敬意や畏怖といった感情がない。

 どちらかといえば、暴れたい時に暴れるというチンピラ的な発想である。


「では、これまで言う事を聞いていた理由は何だ?」

『自分の身体を知る為だ』


 ゲイザーは言う。

 物心ついた時、彼は偶然耳にしていた。

 自分たちがクローンであり、同時に意思を持つべき存在ではないことに。

 彼は考えた。

 意思を奪われるとはどういうことなのだろう、と。

 正直な所、よくわからない。

 ただ、本能が危険だと察知していた。

 ゲイザーはその直感に従い、自身の感情を隠すことにしたのだ。


『幸いにも、周りは木偶人形だらけだ。モノマネするのには事欠かさん。そうやって時間を稼ぐ間に、俺は自分のことを知っていった』

「知ってどうする」

『俺がなんなのかを知りたい』

「貴様は鎧だ。考える力を失う代わりに、我らに勝利を与えてくれる最強の兵器なんだ」


 ノアの発言は、己の願望を表現していた。

 しかしゲイザーは、親の発言を正面から叩き斬る。


『糞食らえだね』

「なに」

『俺はそんなもんに興味はない。興味があるのは、俺をタイマンで追いつめたあの野郎とデカブツを叩き潰す事だけだ』


 ゆえに、ゲイザーは願う。

 神鷹カイトとの再戦を。

 蛍石スバルとの再戦を。

 彼らの信頼する仲間との決戦を、ただひたすらに望んだ。

 白の鎧が渇望するのは、国の勝利ではない。


「なぜ、彼らに拘る。お前が始めて戦った敵だからか? それとも、オリジナルだからか?」

『さあ。上手く言葉にはまとめられない。ただ、そのどっちも正解なんだろう』


 ノアは理解する。

 ゲイザーは戦いに飢えているのだ、と。

 鎧に課した調整がそうさせたのか、DNA提供者の月村イゾウの本能がそうさせるのかはわからない。

 ただ、どんな理由があったにせよ彼が強敵との戦いを望み、そして見つけたのであろうことが予想できた。


「……いいだろう。研究には異端分子も必要だ」


 ゲイザーのお札を丸めると、ノアはどこか諦めたように呟く。


「好きにするといい。その代わり、負けたら私が調整する」

『いいだろう』


 その言葉だけで満足したのか、ノアはお札をゴミ箱の中に捨てた。

 ディアマットが慌て、声をかける。


「いいのか?」

「様子だけならトゥロスやアクエリオの視界を通じて見ることができます。それに、今ゲイザーを失ったら我々としては分が悪い」


 アクエリオはほぼ再起不能。

 トゥロスもエイジに抑えられている。

 新生物の因子を受け継いだ娘と、復活しかけているカイト。

 更には乱入してきたイゾウを相手にひとりで立ち向かわせるのは中々厳しいだろう。


「要は月村イゾウと同じ思考なのです。ゲイザーは強者と戦いたい」

「何の為に」

「己の存在を確立させるために」


 あくまでノアの推論である。

 しかし、新人類王国の兵には同じような願望を持つ者がいるのも事実であった。


「月村イゾウや、XXXの真田アキナなんかがそれです。シャオラン・ソル・エリシャルもその気がある」

「野獣のオンパレードだな」

「その通り。奴は野獣そのものです。ですが、ああいうのに限って王は気に入るものなのはご存知かと」


 瞬間、ディアマットがノアを睨んだ。

 彼女は殺意の籠ったメンチに怯むことなく、続ける。


「そういうことなのです。王は彼の存在を容認する可能性が高い。感情の赴くままに行動する、獣のような人間が好きなのです。私とは真逆ですね」


 だからこそ、


「複雑ですよ。今になってようやく獣となった彼の存在を喜んでいいのか、私の理想と遠ざかるのが悔しいか」

「素直に悔しがればいいだろう」

「残念ながらそうはいきません。王は鎧に対し、そこまで良い感情を抱いていないので」


 そういえばそんな話があったな、とディアマットは思い出す。

 リバーラは普段、戦力の出し惜しみはしない方だ。

 逆らう者には容赦なく制裁を下すのだが、その義務を果たすのは大体王国兵達である。

 地球外生命体の力を受け継いだ鎧ではない。


 なぜ鎧を積極的に出さないのか。


 理由はわからなかった。

 昔から鎧は意思のない殺戮人形だと呼ばれ続けている。

 それを使うのが人道的に反する事なのかと、自然に思っていた。


「一応、私も王の許可を貰って研究をしている立場ですので。ある程度のご機嫌とりはしないと」

「それはおかしな話だな」


 ディアマットは思う。

 父、リバーラはわりと素直な性格だ。

 素直すぎて幼稚な面が見れる程である。

 そんな彼が、躊躇する兵の研究に支援を出しているというのだ。

 普段の王であれば、すぐに廃止してもおかしくない。


「なぜ父が鎧に協力するのだ。ただのクローンならいざ知らず、鎧はどういうわけか父も使うことを躊躇している」


 今思えば、ノアが銀女の目玉の移植をディアマットにもちかけたのは、そっちの方がやりやすいからだろう。

 リバーラに提案すれば、却下される可能性が濃厚だったからだ。


「もちろん、リバーラ様が鎧を否定できない理由があるんですよ。あなたはご存じないようですがね」

「是非聞きたいな。あの父がどんな弱みを握られているのか」

「弱みだなんてそんな。ただ、子供の命を私が預かっているだけです」


 予想の斜め上の発言が飛んできた。

 あまりにも物騒な単語を前にして、ディアマットの顔に張り付いていた冷静な笑みは消えうせる。

 代わりにやってきたのは、激昂。


「貴様、私に何かしたのか!?」


 いまにも胸倉を掴まれ、そのまま殴り飛ばされてしまいそうな勢いで近寄ってきた。

 それでもノアの態度は変わらない。

 彼女はゲイザーの本性が露呈した時以来、マイペースさを保ち続けていた。


「くくく……」

「なにがおかしい!?」

「いや、本当に何も知らないんだなぁって思いまして。もう成人もしてますし、リバーラ様から直接お伺いしているかと思いましたが」

「やはり私の身体に何か仕込んだのか!?」

「妹君の方ですよ」


 あっさりと返却されてきた言葉に、ディアマットは力がどんどん抜けていくのを感じた。

 

「ペルゼニアに、か?」

「そうです。正確に言えば、ペルゼニア様が直接依頼したのですがね。私はそれを快く承諾したのですよ」

「言え! ペルゼニアは貴様に何を依頼したのだ!?」

「それはですね、」


 続きを紡ごうとした瞬間、ラボの中を強風が包み込んだ。

 ノアの白衣とディアマットの貴族服が風になびく。


「お兄様、こちらにいらしたのですね。丁度良かった」


 風が吹き荒れる中、ディアマットは少女の声を聴く。

 ペルゼニアだ。

 何度か牢屋に食事を運んであげて、会話したことがある。

 この世で血を分けた、ただひとりの妹だ。

 しかし、なぜか彼女がこんあところに。

 妹は自ら牢屋に入って以来、そのままの筈だ。


「ペルゼニアか!? 今、丁度お前の話をしていたところだ」

「まあ、そうでしたか」

「ペルゼニア。なぜここにいる」


 率直に疑問を投げる。

 すると、ペルゼニアは答えることなく後ろからディアマットを抱きしめた。


「ペルゼニア?」

「アンハッピーです、お兄様。こんなことになってしまって、本当にアンハッピー」


 ディアマットの胴に回す腕の力が、僅かに強まった。


「聞きましたよ。今の王国の騒動はお兄様が招き入れた反逆者のせいなんですって」

「……どこでそれを?」

「本人から直接」


 カイトの周りには誰もいなかったとノアは話している。

 それなら、彼の仲間の誰かがペルゼニアを解放して事情を話したのだろう。

 額から脂汗を流しつつも、ディアマットは振り返る。


「ペルゼニア、これは国の為には必要な事だったのだ」


 言い訳じみているのは百の承知だ。

 しかし、そこに偽りがあるかと言われれば答えはNOだ。

 彼は目玉とカイトを直結させ、そのデータをとることができれば王国の安泰に繋がると本気で思っていた。

 そのついでに反逆者一行を死刑にさせてしまえれば御の字でる。


「そうですよね。お兄様がなんの考えも無しにこのようなアンハッピーを招き入れる筈がありません」


 ペルゼニアもその辺は納得している。

 納得しているが、しかし。


「ですが、結果はこの有様」


 囚人には逃げられ、城内では離反したXXXの戦士が好き勝手に大暴れ。

 既に犠牲者すら出ている。


「いかにお兄様と言えど、これではお父様もアンハッピーでしょう」

「父に何か吹き込まれたのか!?」

「ここに来る前、お会いしました。父は仰ってましたよ」


 ディードにはがっかりだ、って。

 

 全身に鳥肌が立つのを感じる。

 強風とは別の、もっと恐ろしいなにかがディアマットを包み込んでいく。


「や、やめろ! ペルゼニア、お前は自分が何をしようとしているのか理解しているのか!?」

「勿論です、お兄様。この国にはアンハッピーで無能な王はいりません」


 後ろから抱きつく妹の顔を見た。

 黒の眼球。

 鎧に移植されたと言う、地球外生命体の目玉があった。


「残念です。他の王位継承者はみんな死んでしまったから、せめてお兄様だけはと思ってこの身を封じたのに。国の為を思い、邪魔者と無能を排除する為に移植手術に志願したというのに!」

「な、なんだと――――!?」


 ディアマットがノアを睨みつける。

 視線からぶつけられる敵意は、紛れもなく本物であった。


「貴様、なぜペルゼニアに移植した!」

「先程も言ったでしょう。本人のお強い要望ですよ。私はそれに応え、ペルゼニア様は耐えられただけです」


 もっとも、その代償として彼女は調整を受け続ける身体となった。

 ペルゼニアはノアがいなければ生きられない。

 新人類王国で目玉について熟知しているのは彼女以外に居ないのだ。


 すべては国の為に。

 愚かな弱者を屠り、よりよい王国を築く為に。


「あなたでは、この国をアンハッピーにします」


 冷たい風がディアマットの身体を通り過ぎる。

 直後、ディアマットの上半身が崩れ落ちた。

 下半身だけを抱きしめたまま、ペルゼニアが呟く。

 全身に兄の返り血を浴びながら。


「さようなら、お兄様。この国はペルゼニアが立派にしてみせますわ。どうか天国で見守っていてください」


 しゃがみ、胴体を刻まれた兄の亡骸に手を触れる。

 見開いたままの瞼を閉じてあげると、彼女はノアに向かって言った。


「ノア、調整を依頼したいんだけど」

「私は構わないのですが、よろしいので? リバーラ様は渋い顔をしますよ」

「お兄様が亡くなられた今、私が完璧になる必要があるの。他の鎧の誰よりも強くならなければ、この国の威信は取り戻せないわ」

「では、もうコードネームは必要ありませんか?」


 問われ、ペルゼニアは僅かに考える素振りをみせる。

 ややあった後、彼女はにっこりとほほ笑んだ。


「いいえ。まだ一度も使っていない名前よ。使ってあげなきゃアンハッピーだと思わない?」

「わかりました。では、『カプリコ』。急ぎ、準備をしましょう」

「お願いね」


 そそくさとノアが準備に入ると、ペルゼニアは俯く。

 つい先ほど談笑した少年の姿を思い出す。

 血塗れの王女は口元にべっとりとついた返り血を舐めとると、静かに呟いた。


「さようなら。アンハッピーボーイ」

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