第144話 vs交代

 神鷹カイト。

 御柳エイジ。

 六道シデン。

 

 いずれもXXXに所属している新人類として名を馳せた兵達だ。

 カイトは身体能力と不死身の兵として。

 エイジはパワーマンとして。

 シデンは強力な能力者として、それぞれ力を伸ばしてきたのだ。

 

『冷静に考えてみれば、君たちのクローンを作っていても何ら不思議は無かったわけだ。君の部下がいたくらいなんだからね』

「……ふん」


 頭の中でエレノアがぼやくと、カイトはそっぽを向く。

 砕かれた右腕が、徐々に感覚を取り戻しつつあった。

 何度か拳を握りしめることで感覚を確かめつつも、眼前に降り立った3人の鎧を睨みつける。


「そういえば、訓練で1on1をするときはあったけど、こうして数人がかりなのは初めてだな」

『そりゃそうだ。君が君と戦えるわけがないんだ』


 幼少期、よくつるんでいた3人だった。

 今の身長の半分くらいしかない頃は、毎日キャッチボールに興じていたもんである。

 それしか遊ぶものがなかったとはいえ、よくもまあ、飽きることなく投げ続けていたと思う。

 あの時、ずっとそんな関係が続くのだと信じていた。

 疑う事もせずに、ただ純粋に毎日を過ごし続ける。

 ところが、そんな日にも終わりがきた。

 彼らと対立してしまったのだ。

 仲直りをしたのはそれから9年後のことである。


 もしもあの時、仲違いをせずにもっと素直になれていたら、こんな感じで並んでいたのだろうか。

 

 3人の鎧が、やけにダブってしまう。

 

『一応、聞いておこう。戦えるんだろうね』


 身体に寄生しきったエレノアが尋ねる。

 彼女は危惧していた。

 下手に自分たちの姿を重ねあわせて、攻撃を躊躇うのではないかと。


『今、君たちは超仲良しだからね』

「そうだな。お前よりもあのふたりと融合したかった」

『なんですと!?』


 想定外の返事を受けて、エレノアはちょっとだけ動揺した。


「だが、それとこれとは話が別だ」


 ようやく動き出した右腕を掲げ、爪を伸ばす。

 3体の鎧がそれぞれカイトを見る。


「敵なら倒すよ。相手はあくまでクローンだ」


 体勢が僅かに屈む。

 床が一面氷漬けなので、靴が若干滑るのが難点であった。


「地上はまずいな。あいつがいる」


 横一列に並ぶ鎧たち。

 その右端にいるアクエリオを視界に入れる。

 カイトは思う。

 もしも自分が3人で戦いを仕掛ける場合、シデンを主軸にするであろう、と。

 彼の能力は広範囲に影響する。

 いかに王の間が馬鹿みたいに広いとはいえ、覆い尽くすのは容易い。

 いずれは床だけではなく、壁にすら冷気が侵食し、部屋の中が猛吹雪で覆い尽くす事だろう。


「エレノア。狙いはあいつだ」

『青いのだね。他は?』

「金ぴかは一撃も貰うな。どれだけ素早い動きでもだ」

『白いのは?』

「あいつは……俺に代われ。なんとかする」


 真中に陣取るゲイザーを睨む。

 あれが誰のクローンなのかは、半年前に知った。

 同時に、動きやプラスアルファの能力も知っている。

 エレノアに任せるよりかは、経験がある自分がやった方が効率がいい。


『死にかけたって話を聞いてるけど?』

「誰が言った」

『王子とスバル君』

「よし、スバルは後で久しぶりにコブラツイストを決めてやる」

『あら、大胆。私にもやっておくれよ』


 今となっては高度なプレイ以外の何者でもないので、カイトは敢えてスルー。

 その代わり、エレノアには交代を要求する。


「なるだけ床は避ける。上に足場を作れ」

『了解』


 左目から霧が溢れ出る。

 螺旋階段のようにカイトを取り囲んでいくソレは、次第に身体全体を覆い尽くす。

 直後、霧の中から腕が伸びた。

 五指の先から細い光が走り、王の間を駆け抜ける。


「う――――っ!」


 霧が晴れたと同時、鎧たちは動いた。

 氷の床の上を難なく走り抜けるゲイザーとトゥロス。

 彼らは真っ直ぐ霧の中へと向かい、それぞれ一撃を振りかざす。

 ゲイザーは剣で。

 トゥロスは拳で黒い霧を切り裂いた。


「あっぶな!」


 霧の中から女の声が響く。

 霧散した黒の中から、エレノアが飛び出した。

 2人の鎧の一撃をかわしたエレノアは両腕を前に突き出した状態で糸をのばし、天井へと貼り付ける。

 天井にかかった糸が回転し、エレノアの身体を持ち上げた。

 ゲイザーはそれを確認した直後、跳躍。

 自身の身の丈よりも長い長剣を振りかざし、王の間に張り巡らされた糸を切り落していく。


「急場で足場は作った! 壊される前にあいつを何とかして!」

『わかった』


 まるでサーカスの綱渡りのように張り巡らされた、糸の足場。

 その中のひとつに着地すると、再びエレノアを霧が多い囲む。

 彼女と交代したカイトは、すぐさま霧の中から飛び出していくと、長い剣を振り回すゲイザーへと向かっていった。

 細い糸の綱を渡り、カイトは疾走する。

 

「!」


 ゲイザーがカイトを睨む。

 彼はオリジナルの姿を確認すると、剣を真上に構えた。

 そのまま突きの体勢で糸の上に着地すると、ピエロも真っ青のバランス感覚で突進する。

 まるで地上にいるかのようにゲイザーは振る舞っていた。


 カイトとゲイザーが糸の上で激突する。

 振り降ろされた長剣をカイトが左手で掴み、もう片方の腕で腹部を刺し貫いた。


「ごあ――――っ!」


 鎧が悶絶する。

 しかし、腹を抉っただけではゲイザーは死なない。

 カイトはそれをよく知っている。

 だからこそ、彼は左目に移植された目玉に命じた。

 浸食しろ、と。

 その命令に応じるようにして左目から黒い霧が溢れ出した。

 同時に、今度は涙を流すようにして痣が浮かび上がる。

 目の下から口元にまで繋がる、切り傷のような黒のライン。

 そのラインが僅かに赤く発光すると同時に、抉られたゲイザーの腹部が爆発を起こした。


 体勢を崩し、床に落ちるゲイザー。

 一度バウンドした後、身体に空いた穴から黒煙が溢れ出した。


『やったの?』

「いや、あれは死なない」


 カイトが断言すると、その発言に応じるかのようにしてゲイザーが起き上がった。

 腹に空いた穴が凄まじい勢いで塞がっていく。


「奴はゾンビだ。たぶん、俺より長生きする」

『じゃあ、どうやってこの場を切り抜ける気なの!?』

「考えはある」


 カイトは思う。

 自分はいかにして殺すことができるのかを。

 そして過去の経験から、それが可能であることを知った。


「体そのものを吹っ飛ばす」

『考えがえぐいんだけど』

「貴様に言われたくはない」


 だが、思いつく方法としてはこれしかなかった。

 半年前にゲイザーが撤退した理由は、全身で受け止めたヒートナイフの熱量に耐えきれないからだ。

 つまり、全身を一気に消し飛ばせば再生は出来ない。


『でも、そんなことができるの?』

「目の力を使って試してみたが、威力を抑えられた。奴の目が防衛本能で働いてるんだろう」


 しかし、それも想定の範囲内だ。

 カイトはラボでゲイザーの姿を見た時から、彼に有効打を与える為の方法を考えていた。

 その結果こそが、


「武器庫で小型爆弾を手に入れてる。あれをさっきの要領で身体の中にぶち込めば、無事では済むまい」


 問題があるとすれば、残りのふたり。

 糸の上から3人の鎧を纏めて見下しつつも、カイトは思う。

 果たして彼らも自分の力が付加されているのだろうか、と。

 持ち運びのこともある為、爆弾はひとつしか持ってきていない。

 もしも他のふたりに同じ力が備わっている場合、高確率で手詰まりになってしまう。


『あのふたりは糸を昇ってこないね』

「金ぴかはあの図体だと難しいだろ。青いのは遠距離でも凍らせてくるだろうが……」


 要は時間との勝負だ。

 糸まで冷気の浸食が及ぶ前にアクエリオを倒し、その後にトゥロスを観察しつつゲイザーを仕留める。


「幸い、糸を登ってきたのは白いのだけだ。青いのは能力専門。金ぴかはパワー要員。バランスはいいかもしれんが、ここだと俺と白いの以外は入ってこれない」


 王の間の天井に張り巡らされた、蜘蛛の巣のような闘技場。

 あまりに細すぎる足場では、人並み外れたバランス感覚が物を言う。

 アクエリオが本気になったらこの足場も凍りつくだろうが、少なくとも3メートルの巨体を持つトゥロスがここまで来れるとは思えない。

 跳躍して届いたところで、まともに近づいてこれる姿はイメージできなかった。


 ――――が、それもイメージの話だ。

 トゥロスが両拳を握りしめ、姿勢を屈める。


『金色が来るよ!』

「わかってる!」


 跳ぶ気だ。

 姿勢を見たカイトは、直観的にそう思った。

 ところが、である。

 黄金の鎧。

 その背部から突起物が飛び出してきた。


「なに?」


 なんだ、あれは。

 そう呟く前に、カイトはその正体を知った。

 翼だ。

 黄金の鎧の背後から、金色の翼が出現したのである。

 大きく広がった翼はゆっくりと羽ばたくと、トゥロスの巨体を宙に浮かばせた。


『あいつ飛べるの!?』

「いかん!」


 猛烈な勢いで金の鎧が突進する。

 そのまま糸で張り巡らされた闘技場を破壊せんばかりの勢いで、トゥロスはカイト目掛けて突撃した。

 兜から飛び出す二本の角が、カイトの身体を貫く。


「うがっ――――!」


 そのまま弾き飛ばされそうになるのを堪えつつも、カイトは上半身を伸ばした。

 トゥロスの巨体。

 その腰回しに両手を伸ばすと、カイトは一気に爪を突き刺した。

 黄金の鎧が悲鳴をあげ、バランスを崩す。


「エレノア、交代だ! 優先順位は青いのだぞ!」

『オーケー!』


 カイトの身体が霧状に変化し、トゥロスの胴体をすり抜けていく。

 黒の霧は黄金の鎧の背部で再生成されると、今度はエレノアの身体を構築する。

 彼女は糸を伸ばすと、躊躇いなくトゥロスの首に巻きつける。


「ちょっと待っててねぇ」


 歪な笑みを浮かべつつも、エレノアは跳躍。

 巨体の背中を蹴り上げ、アクエリオの方へと跳んだ。

 糸に引っ張られ、トゥロスが首を巻きつけられた状態で上昇する。

 アクエリオが右手を構える。

 掌を広げ、氷の球体が出現した。


「本体になった私を嘗めないでよね!」


 指先から光る線が駆け抜ける。

 五指から放たれたソレは容赦なくアクエリオの身体を貫くと、一瞬にして身を縛り付けた。

 そしてエレノアは、トゥロスを締め上げた糸とアクエリオを締め上げた糸を繋ぎ合わせる。

 小さな青の鎧が、天井に吊るされた巨体に引っ張られてた。


「あっ!」


 しかし、アクエリオが天井に辿り着くよりも前に糸が千切れた。

 ゲイザーが起き上がったのだ。

 再生が完全に済んだ白の鎧は即座にアクエリオにひっかけられた糸を切り裂き、救出する。

 それだけではない。

 スケートのようにして氷の床を滑ると、彼はエレノアに向けて長剣を振り抜いた。


『よけろ!』

「くっ!」


 頭の中でカイトの叫びが響くと同時、エレノアは身を引いた。

 切っ先がエレノアの指を掠める。

 木材でできた人形の皮膚からは血は流れないが、糸を切断することには成功した。

 天井に張り巡らされた糸の闘技場が崩れ、吊るされていた黄金の巨体が落下する。


 そこに追い打ちをかけるのは、アクエリオだ。

 糸の束縛から解かれた青の鎧は両手をエレノアに向けて冷気を解き放つ。掌から白の暴風が噴出する。

 

「うわぁっ!?」


 とっさに腕を交差させて猛吹雪をガード。

 腕が凍り付いていくのを感じつつも、エレノアはカイトに言った。


「ごめん、しくった!」

『糸を張れるか!?』

「流石にこの風の中で新しく張るのは無理!」


 今、王の間は強烈な猛吹雪が交差していた。

 縦横無尽に駆け巡る寒さがエレノアの人形の身体に襲い掛かり、身体の自由を奪っていく。

 逃げることは出来ない。

 既に足下が凍り付いている。

 エレノアのパワーでは、凍りついた床から脱出することができないのだ。


『交代だ! 俺が脱出する』

「いや、どっちが出ても……今の状態は辛いと思う」


 エレノアは真っ白になった視界を見て、思う。

 この部屋は今、何度なんだろう、と。


「君の身体で、この空気に長時間さらされるのは……危険だね」

『鼻から氷柱できてる状態で言われても説得力がないぞ』

「それでも、だよ。こう見えても私は尽くす女なんだ。せめてあの青いのに目に物見せてやるとも」

『手はあるのか?』

「あるとも」


 言うと、エレノアの脚部が展開した。

 直後、下半身だけを切り離し、上半身が射出される。

 それだけではない。

 凍りついた両腕を外すと、彼女は歯をもって糸に噛みついた。

 アクエリオの首に括り付けられていた糸だ。

 吹雪の中でも未だに吹き飛ばされていなかったそれに噛みつくと、エレノアは左目に命じる。


「弾け飛べ!」


 左目を介し、糸を伝って黒い霧がアクエリオに向かう。

 導火線のようにして終点に向かうそれは、吹雪の中邪魔されることなくアクエリオへと到着した。

 黒の霧がアクエリオの鎧の中に浸透する。

 

 爆発。


 青の鎧が木端微塵に砕け散った。

 鉄仮面だけになったアクエリオが床に叩きつけられる。


「後……よろしく」

『任せろ!』


 上半身だけになったエレノアの身体が黒に包まれ、カイトとなる。

 満身創痍のエレノアと違い、下半身も両腕もそのままのカイトは氷の床を疾走した。


 倒れたアクエリオに向かい、爪を伸ばす。

 吼えた。

 獣のような咆哮を轟かせつつ、カイトは爪を振りかざす。


 爪がアクエリオに振り降ろされる直前、破砕音が聞こえた。

 横目で確認する。

 トゥロスだ。

 氷の床を突き破り、黄金の鎧が立ち上がったのだ。

 腰から出血しているにも関わらずに構えを取ると、黄金の巨体はカイト目掛けて突進する。


 それでも、カイトは狙いを変えなかった。

 トゥロスがカイトに激突するよりも先に、アクエリオに爪が当たる。

 確信していた。

 それが十分可能な距離である。

 例え背中の黄金の羽を羽ばたかせようと、素早さではこちらが一枚上手だった。


「おお――――!」


 だが、鎧の素早さ担当も黙っていない。

 再び破砕音が響き渡った。

 鎧についた氷を粉砕した後、ゲイザーがカイトに迫ったのである。

 彼はトゥロスが辿り着く前に、カイトの影と重なっていた。

 振り降ろされるカイトの右腕を掴み、頭突き。


「がっ――!」


 そのまま膝蹴りを食らわせると、ゲイザーは盾にするようにしてカイトを抱きかかえた。

 痛みを堪えつつも、カイトは見る。

 真正面に映る黄金の角を。


「くそっ!」


 抵抗を試みるが、ゲイザーのパワーの前ではびくともしない。

 腕はがっちりと固定され、足も組み伏せられている。

 このままではゲイザーもトゥロスによって串刺しにされるか、吹っ飛ばされてしまう状態だった。

 だが、彼はそれが問題にならないのだ。

 ゲイザーは痛みを捨てた戦士である。

 再生し、痛みも感じない身体を酷使し、積極的に敵を捕まえに来た。


「離せ!」

「…………」


 リアクションが返ってくるわけでもなく、ゲイザーはカイトを固定し続ける。

 そして直後。

 黄金の角がカイトに襲い掛かった。

 勢いよくぶつかってきた巨体はカイトとゲイザーを抉りつつも、上空へ吹っ飛ばす。


「お……あ……」


 宙に飛ばされつつも、カイトは全身に感じる痛みに抗い続けていた。

 床に激突する前に体勢を整えようとするが、間に合わない。

 身体が言う事を聞かない。

 全身に痺れるような痛みを帯びたまま、カイトはゲイザーと共に床に激突した。

 氷の床が弾け飛び、破片が散る。

 頭から激突したカイトの血が、氷を赤く染め上げた。


「く……」


 騒いできそうなエレノアの声が聞こえない。

 先程の猛吹雪を浴びて、意識が飛んでしまったのだろうか。

 これでは交代もできない。

 

 そんな彼を追い詰めるようにして、立ち上がる影があった。

 ゲイザーだ。

 痛みを感じない白の鎧は、足の骨が繋がると同時に起き上がってきたのである。

 そのまま長剣を抱えると、ゲイザーは大きく振りかぶった。

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