第143話 vs主張
扉の向こうにはまた一本道が続いており、一番奥にはまた扉がある。
本当に終わりなんかあるのかな、と思いながらもスバルは廊下を歩き続けた。
道中、飽きることはない。
なぜなら、彼の隣に陣取ったお姫様がやたらと質問してくるからだ。
「あなた、勉強はできるの?」
「いや、特には」
「見かけによらず、強いとか?」
「まさか。そこのふたりにかかったら瞬殺されるよ」
「スパイとかかしら」
「ジェームズ・ボンドを頼ってくれ」
ペルゼニアの質問は、その大半がスバル個人に対する興味から来るものであった。
自分の国に喧嘩を吹っ掛けてきたのだ。
旧人類ながら相当な猛者なのだろうと勝手に考えていたのだが、彼女の期待はことごとく外れていった。
「じゃあ、あなた何が得意なの?」
「ゲーム」
「は?」
やっと引っ張ってこれた得意分野は、ペルゼニアの想像とは大分違う物だった。
彼女はやや考え込んだ後、首をひねる。
「サバイバルゲーム、とか?」
「違うよ。俺、インドア派だからさ」
「……もしかして、ブレイカーズ・オンライン?」
「ああ、大得意!」
なるほど、とペルゼニアは納得する。
ブレイカーズ・オンラインの存在は彼女も知っていた。
巨大兵器、ブレイカーを動かす為のシミュレーションソフトを、一般向けに出荷したゲームである。
この少年はそのゲームを得意分野としていた。
あのゲームを達人級までやり込んでいたとすれば、確かに新人類王国にとっては厄介なパイロットになるのかもしれない。
納得すると、笑みがこぼれた。
「何を考えているのかは知らねぇけど、俺はゲーセンの筐体専門だからな」
「へ?」
ゲームセンターの筐体。
それがなんなのかを理解できないペルゼニアではない。
問題は本物のブレイカーではなく、ゲームセンターの方が得意だと言ってのけたことであった。
彼は純粋な遊び人だったのである。
「因みに、本物のブレイカーに乗った経験は?」
「半年くらいかなぁ」
頭を掻きながら言ってのけたスバル。
実戦経験の内容が濃すぎる為か、あまり長くは感じない。
彼の態度はどこまでも呑気であった。
しかし、ペルゼニアは違う。
本物のブレイカーに乗った経験が僅かに半年。
逆に言えば、彼はたった半年で新人類王国を脅かす戦士に成長したということになる。
「因みに捕捉しておくが、彼が始めてブレイカーに乗って戦ったとき、既に評価はかなり高かった」
「な、なんですって!?」
前を歩くアーガスが付け加えると、ペルゼニアは露骨に驚いた。
今にも目玉が飛び出さんばかりの勢いでびっくりしている。
「そんな驚くべきこと?」
「アンハッピー! あなたは普通の新人類兵がどのくらいの訓練期間を積むと思ってるの?」
「でも、俺は何年もゲーセンで鍛えてきたわけだし」
「ゲームセンターの筐体と、本物の感覚は違うわ」
「ほら。俺は回避には自信があるから」
「そんな答えで納得できないんだけど」
ペルゼニアはジト目でスバルを見る。
自分よりも少しだけ年上の少年だ。
兄のディアマットに比べて頼りが無く、だらしのない顔である。
得意分野はあくまでゲーム。
ブレイカーの操縦よりも、ゲームセンターの筐体の方が専門なのだという。
こんな奴に、自分の国は追い詰められたのと言うのか。
傍から見れば、ただのゲーム好きなガキである。
自分が能力を振りかざせば、たちまち微塵切りになってしまいそうだ。
結論から言おう。
ペルゼニアが想像していた以上に、彼は貧弱だった。
周りに強力な仲間を従えている以上、実は隠された実力なんかがあるんじゃないかと勘繰っていたのだが、それも全て空振りに終わったのである。
しかしながら、それならそれで疑問も残る。
彼はブレイカーに乗れば戦える人間に変貌する。
そこは事実らしいので認めるとしよう。
だが、今は生身だ。
ペルゼニアが暴れればそれだけで彼は胴体を真っ二つにされる。
「どうして、そんなに堂々としてるの?」
思い切って、聞いてみた。
スバルは顎に手を当て、深く考え込む。
「ううん、何て言えばいいのかな。上手く言葉にできねぇ」
「あなた、おかしいわ。ここでうろついてたら、新人類軍に殺されるわよ」
「でも、ペルゼニアは襲ってこないだろ?」
「それは……」
痛い点をつかれ、ペルゼニアは口籠る。
彼女は知っているのだ。
スバルの周辺にいる『おっかない大人』が強すぎて、雑兵がまるで相手にならないことに。
いや、それだけではない。
彼女自身、スバルに攻撃を仕掛けようと思う気になれなかった。
当初の目的である観察は果たしたと言っていい。
スバルの『程度』は理解できた。
取るに足らない一般人だ。
わざわざ処刑場に立たすまでもない。
反乱した見せしめにするというのなら、そのまま銃で撃ち殺してしまえばいいと思う。
少なくとも、新人類王国全体が、そこまでやけになるような男ではない。
「なんで……」
ところが、だ。
ペルゼニアにはスバルを攻撃できなかった。
イゾウとアーガスが構えていたのもある。
彼女は自国に敵対する者はみんな死ねばいいと思っているくらいの新人類思想だった。
絶対強者主義の元に生まれた彼女は、両親や兄弟たちを自身の能力災害で殺してしまった。
だが、それは仕方がない事なのだ。
だってそれで死んでしまうってことは、弱かったっていう証明だから。
弱い奴はこの国にはいらない。
無能は不要なのだ。
「どうしてあなたを攻撃できないのかしら」
ペルゼニアが悩む。
能力は不完全でも、出すことは出来る。
だが、今はそれさえもできない。
この少年とはつい先ほど出会ったばかりだ。
なんの貸しもなければ、恩義も無い。
「ペルゼニア君。君は気づいていないみたいだね」
アーガスが口を開いた。
「君は彼と話している間、ずっと楽しそうだったよ」
「え……」
言われて、気付いた。
つい数刻前。
スバルのことを知ろうと質問していったとき、頬が緩んでいた。
笑顔だったのだ。
その事実を意識した瞬間、ペルゼニアは真っ赤になって後ずさる。
「……っ!」
「ど、どうしたん?」
きょとん、とした顔を向けられた。
どうしよう。
ペルゼニアは焦る。
スバルの顔を直視できない。
恐るべき話術だ。
まさかたったの数分でこちらの興味心を掴みとるとは。
実際は彼女が勝手に興味を持っただけなのだが、誰もそのことに触れることは無かった。
ただ、ペルゼニアは恥ずかしさを紛らわすために、強めの口調で言う。
「あ、アンハッピー!」
「お、おう」
凄く微妙な顔をされた。
どう返したらいいんだろう、と言った顔である。
思えば、自分とこんなに対等に話してくる人間は彼が始めてだった。
曲がりながらもペルゼニアは王族である。
同時に、人との交流経験が著しく浅い。
そんな彼女にとって、スバルとの会話は全てが新鮮だった。
最近だともっとも充実した時間でもある。
ただ、それを理解できても受け入れることができるかとなると話は別だ。
「アンハッピー……」
ややトーンを落としつつ、ペルゼニアは呟く。
お姫様は痛感した。
人間とは、こんなに人肌を恋しがる物なのか、と。
今の状態に少なからずとも満足感を得ている自分がいることに、衝撃を覚えた。
たぶん、この少年にそれを打ち明けたらこう言うだろう。
『いいじゃん別に! 別にひとりで生きてるわけじゃないんだし、俺でよかったら手助けするぜ』
大凡、こんな感じであろう。
そして最終的には手を差しのばしてくるはずだ。
彼は困ってる人間を見ると、余程のことがない限り手を伸ばそうとする人間である。
ペルゼニアはそう考えていた。
実際、彼は初対面であるペルゼニアを助け出そうとしている。
だが、その手は取ってはならない。
新人類は――――いや、強者は絶対なのだ。
絶対的な存在でなければならない。
そしてスバルは弱者であった。
ブレイカーに乗っていれば話は別だろう。
しかし生身の少年では、ただの蟻にも等しい。
そんな弱者の手を取っては、自分の存在意義を否定することになる。
ペルゼニアは多くの王位継承者の命を奪った。
兄のディアマットが王位を継げなかった場合、自分が覇者とならねばならない。
新人類王国は絶対強者主義だ。
弱者の手をとり、その主張を尊重することは許されない。
ペルゼニアにはそれ以外の道など存在していないのだ。
「おい、どうした」
徐々に肩を震わせ始めるペルゼニアを見て、スバルが心配げに近づく。
だが、その行動をペルゼニアは手で制した。
「近づかないで!」
「えっ?」
突然の拒絶。
立場を考えたら当り前ではある。
だが、先程まではそれなりに普通に話せていた筈だ。
それなのに、今では親の仇を見るような目つきでスバルを見ている。
「ペルゼニア、どうしたんだよ!」
「どうしたもこうしたもあるまい」
彼女の態度に疑問を覚えているのはスバルだけだった。
見れば、アーガスとイゾウが鋭い目つきでペルゼニアを見ている。
敵を見る、威嚇の目つきだ。
「忘れたか、小僧。この娘はこの国の血を引く女。たったふたりだけの王位継承者なのだぞ」
「そ、それがどうしたってんだよ!」
「貴様にとっては、知り合いに含まれるやもしれぬ。だが、この女にとっては違う。最大限譲歩してきたが、流石に限界のようだ」
「残念だが」
イゾウの説明に同調し、アーガスが続く。
「新人類がみんな、君のような思想を持ち合わせているわけではない。ましてや、彼女は王位継承者。王国の主義主張が絶対だと、骨の髄まで叩き込まれている」
「そんなことって」
「スバル君。君とて理解している筈だ。トラセットで私が何をしたのか、忘れたわけではあるまい」
「だからって、手を弾いたらずっとそのままだろ! 俺はもう、アスプル君の時みたいなことは御免だ!」
それを言われてしまうと、アーガスは何も口に出せない。
思えば、この少年を見直すことになったのも、今は亡き弟が抱える願望があってこそであった。
「ペルゼニア。俺の存在が許せないか?」
「ええ、正直あなたと出会った事は、私にとってアンハッピーだと思う」
ただ、人間として初めて接してくれたのは他ならぬ彼であったのも事実だ。
そう言う意味では、ハッピーだと思う。
「せめてあなたが新人類なら、こんなに悩む事なんてなかったかもしれない」
「なんでだ!? そんなに大事なのかよ。新人類王国ってのは!」
耳にタコができる程聞いてきた、新人類軍に所属する戦士たちの主張。
ある者は自分たちを家畜といった。
ある者は生意気なんだよと、力づくで消しに来た。
そういった主張は、暴力という形で飛んでくる。
父、マサキもソレに飲み込まれて消えていった。
スバルはその主張を、受け入れる気になれない。
「俺だって勝ちたいって思う。でも、勝負がある以上は負ける奴が出てくるのは当たり前じゃないか。なんで劣ってる奴をしいたげる必要があるんだ!」
「アンハッピー……理解のできない人」
心底呆れたような表情で、ペルゼニアが顔を上げる。
「そういう問題じゃないの」
「じゃあ、何が問題だってんだよ」
「私にはね。選択肢がないのよ」
「どういう意味だね」
スバルの眼前にアーガスが立つ。何時でも彼をカバーできる体勢に入ったところで、彼は問う。
「君は新人類王国の主張以外の生き方を知らないだけだ。だが、外に出れば多少は――――」
「その選択肢が、ないって言ってるの」
ペルゼニアの両肩から空気が渦巻く。
廊下に強風が吹き荒れ、身を打ち始める。
「だって、私は」
ペルゼニアが口を開いた瞬間であった。
城内がどしん、と揺れる。
「むっ!?」
地面から伝わる振動を真っ先に察したのはイゾウだった。
彼は足元のバランスを意識しつつも、廊下の奥へと視線を送る。
「……戦闘だ! この奥から強烈な敵意を感じる!」
間違いない。
イゾウの求める物怪が、この扉の奥にいる。
歓喜の表情に満ち溢れると、イゾウはペルゼニアを無視して扉の方へと突っ込んでいった。
「ちょ、ちょっとイゾウさん!?」
「放っておきたまえ! 彼はもともとそういう約束でついてきた!」
「そうだけどさ! 白状すぎやしない!?」
「淡泊でないと人斬りを楽しみになんてできないとも!」
妙に説得力がある言葉であった。
スバルは脱力すると、改めてペルゼニアを見やる。
だが、そこには既に少女の姿は無かった。
「ペルゼニア!?」
「馬鹿な。イゾウが横を通り過ぎた時には確かに居た筈!」
そのとおりだ。
スバルも、それを目撃している。
だがイゾウがそのまま扉を開けるのに目を向けた瞬間。
その一瞬だけで、彼女の姿は消えてしまった。
壁も、床も、天井も破壊された形跡がない。
吹き荒れる突風も、徐々に勢いが落ちていった。
「ペルゼニアー!」
少女がいなくなった一本道の廊下で、スバルは叫ぶ。
消えた少女に届けばいいと思いながら、彼は言う。
「俺、認めないからな! 優れた奴が、何してもいいなんて主張は!」
少年の声が迷宮に木霊する。
叫びに対し、声が返ってくる事はなかった。
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