第139話 vs判断
『くくっ……そりゃあ驚くよねぇ。こんなの見せられたら』
ジェムニの視界を介して、ノアが笑いを堪えながら言う。
紫色の鎧、ジェムニ。
その特性は複数への分裂が可能なことにある。
過去にカイトがシルヴェリア姉妹の評価をレポートにして提出したが、そこには『双子として生まれたことが足を引っ張っている』と記述されていた。
あんまりな評価である。
双子として生まれた事が罪とでも言わんばかりの勢いであった。
ただ、事実としてシルヴェリア姉妹は双子であるがゆえにお互いに依存しきっている。
その傾向は、今も治っていない。
戦いの場において、ふたりのどちらがやられたら著しく戦力低下することが見込まれる『兵器』を投入するのは馬鹿がやる事だ。
それを使うくらいであれば、コスパのいい優秀な戦闘機を出す。
当たり前の話だ。
しかし、だ。
もしもその弱点を排除したらどうなるだろう。
ノアは思う。
彼女たちの弱点は、ふたりでいることなのではない。
共依存してしまうメンタル面の脆さにあるのだ、と。
『XXXでは、個人での戦闘力が重要視される。確かにそのとおりだ。エリーゼが望んだのは、ひとりで解決できる英雄だからね』
だが、鎧は違う。
彼女たちは何をしても、どんな手段を使ってでも勝ちに行くクローン集団である。
個人技だろうがコンビネーションだろうが、なんだっていいのだ。
『もちろん、ジェムニにお互いを頼りあう依存精神は無い』
そういう、不要な物は全部排除した。
彼女は最高のポテンシャルのまま分離し、ふたりがかりで攻める事が出来る。
恐らく直接対決でやりあって勝率が高いのは、不死身の戦士であるゲイザーか、このジェムニであろう。
実際、ジェムニの視界を通じて見ても彼女たちの猛攻は凄まじい物であった。
全身麻痺したままのカイトに執拗な攻撃を仕掛け、反撃を許さない。
ひとりがローラースケートで隙を作ると、すかさずもうひとりが致命傷を与える。
「がぁっ――――!」
カイトが壁に叩きつけられた。
両腕をナイフで刺し貫かれ、磔にされる。
力任せに引き抜こうと、彼は腕を引っ張った。
だが引き抜くよりも前に、ふたりのジェムニがローラースケートを履いた足でカイトの腹を蹴りつける。
チェーンソーのように回転する車輪が、肉を抉った。
「はははははっ!」
「うふふふふっ!」
部下の面影を残すふたりのジェムニが笑う。
武器庫に響く笑い声は、まるで音楽を奏でるかのようにして車輪の回転音と交わっていく。
「うお、おおおおおおおおおおおおっ!」
腹を抉られながらも、カイトは磔にされた両腕を引き抜いた。
力任せにナイフから引き千切った両手から、おびただしい量の血が流れる。
まだくっついているのが不思議なくらいだった。
爪をジェムニの足に向けて振りかざす。
が、振り降ろされるよりも前に鎧は足をひっこめた。
代わりに突き出されたのは、左右の腕。
「くるよ!」
「わかってる!」
ふたりのジェムニがそれぞれ突き出している腕。
そこからばちん、と音を立てながら電流が迸った。
紫色の光がジェムニから放たれる。
カイトには避ける力が残っていなかった。
両手を串刺しにされ、腹の肉を削がれた状態では満足に動けないのだ。
いかに彼が再生能力を持っていても、である。
強烈な光のストレートが、カイトに突き刺さった。
紫の光がカイトを覆い込む。
焼き焦げるにおいが充満していく中、お札を介してノアはジェムニに命令した。
『出力を上げろ』
電撃の勢いが増した。
ホースから水を流すかのようにして浴びせられる電流が、ジェット噴射のような激しさに変わる。
ジェムニの腕から零れる電流の水飛沫が、床に落ちた。
「――――!」
カイトの悲鳴にも似た雄叫びが響き渡る。
正しく聞き取る事も出来ないそれは、彼が痛みを受けている証拠でもあった。
『君の部下は凄いね。その気になれば、君をここまで追い詰める事が出来るんだ』
ひとりだと負ける。
ならば、ふたりにすればいい。
攻略法としてはいささかお粗末である。
だがその分、非常にシンプルで強力だった。
「……痛っ!」
ただ、単純に強力でもカイトの戦闘意欲は失われていない。
彼は電撃を受けたままの体勢で、一歩前に出る。
「痛いぞ、この野郎」
そのままふたりのジェムニに飛びかかる。
電流を浴びながらも真っ直ぐ突っ込んでくるそれを前にして、ジェムニは怯える様子も無くただ突っ立っているだけだった。
『やれ』
ノアが命じる。
彼女は思う。
恐れるに値しなかった、と。
電撃を受けても向かってくる姿勢と体力。
その点においては流石だと思う。
しかし動きにキレが残っていない。
一歩を踏み出しただけで台風が襲ってきたのかとでも錯覚しそうな暴風を巻きあげる。
それが彼だ。
弱々しい踏込では、カエルだって潰せない。
「あはは」
「うふふ」
ジェムニが微笑する。
彼女たちは電撃を流すのを止めると、カイトの横へと回り込んだ。
左右のジェムニが両腕を支え、そのままへし折る。
直後、ふたりの鎧は左右反転の踊りを披露した。
流れるようにしてカイトの背後に回り込んだ彼女たちは、勢いを殺さぬままに蹴りを放つ。
「ぐっ――――!」
ローラースケートの車輪が、背中を抉る。
背後に回るふたりのジェムニの足が交差された。
背中に赤い×の字を描かれつつも、カイトは今度こそ地に伏せる。
「はぁ……はぁ……」
だがその意識は、なおも健在であった。
我ながら呆れた体力だと思いつつも、カイトは呼吸を整える。
「ね、ねえ。勝てそう?」
右肩に乗ったままのエレノアが問う。
「……正直、厳しい」
本音だった。
再生能力があるとはいえ、今の彼は満身創痍である。
武器庫に入った時の状態でふたりに挑むのであれば、まだ話は別だ。
しかし、カイトはジェムニ単体と戦った際、電流を浴びてしまっている。
その時の身体の麻痺が、どんどん戦いに影響を出してきているのだ。
再生を待ちたい所ではあるが、敵はお構いなしに攻撃してくる。
しかもオリジナルに比べて『隙』がない。
正直に言おう。
同じ状況でシルヴェリア姉妹を相手にするよりも、はるかに手強い相手だ。
お互いに全く同じスペックを持っているのが大きい。
弱点を無くした彼女たちは、オリジナルが成せなかった完全な放電能力を身に着けてきたのである。
それがふたりがかり。
全く同じ武装で襲い掛かってくるのもあり、面倒くささは段違いである。
「……あれ?」
そんな中、カイトはぼんやりと思う。
「なんでお前、ぴんぴんしてるんだ」
右肩に乗ったまま話しかけてくる蜘蛛の人形。
記憶違いでなければ、エレノアはずっと肩に乗ったままだった。
当然、自分が受けたのと同じ分だけ、彼女も痺れた筈だ。
それなのに、人形は焼け跡さえ残っていない。
「前の人形は、カノンに簡単にやられた筈だぞ」
「彼女にやられちゃったからこそ、電撃に耐性をつけたんだよ。同じ痛みを受けるのは御免だからね」
そんな簡単にできるものなのか、と問おうとしたが止めた。
新人類にそれを聞くだけ無駄なのは、カイトもよく知っている。
「もしかして、本体も?」
「当然。だけど――――」
エレノアがちらり、と背後を見やる。
ふたりのジェムニの後ろに転がる巨大な棺桶。
あの中に同じ処理を施された本体があった。
ただ、今の彼女はそれを使えない。
「君も知ってるだろう。私と君は、5メートル以上離れられない」
そのうえ、敵が持っているのはアルマガニウム製のナイフである。
お世辞抜きでいって、エレノアはXXXの面々と比べて身体能力が高い訳ではない。
糸で絡めるのが失敗したら、確実に命はない。
「それに、本体に憑依したところで私じゃ君の動きについてこれない。残念だけどね」
「……いや」
やや間をおいた後、カイトは口を開く。
心底嫌そうな顔をしながらも、彼は言った。
「手がない訳でもない」
「え?」
「だが、これは……なんというか、賭けだ。かなり分が悪い」
カイトにしては珍しく歯切れが悪かった。
エレノアの知る神鷹カイトは、割と物事をはっきり言ってのける男である。
先程の服の件もあり、彼女は意地悪っぽく聞き返す。
「分が悪くても、今の状況だとやるしかないね。言ってみなよ」
「……――――――る」
「え、なんだって?」
「俺が、人形になってやるって言ってるんだ!」
観念したように、カイトは自分の考えを述べた。
ジェムニ攻略の為には、どこからでも放たれる電撃を浴びても無事な体が必要だ。
カイトでは一時的に耐えられても、その後の後遺症が尾を引いてしまう。
かと言って、電撃に対して抵抗のあるエレノアの本体が出張ったところで状況は変わらない。
エレノアでは鎧の身体能力についていけず、ナイフで刻まれるのが目に見えている。
ならば、どうするか。
エレノアの身体に、神鷹カイトを加える。
これしか、ない。
非常に。
非常に遺憾な話ではあるが!
それでも、この場ではそれ以上ベストな答えが出てこない。
神鷹カイト、22歳。
彼はプライドよりも大切なものがある青年だった。
「え? え?」
対し、エレノアは思いっきりきょどっていた。
しかしながら、時間が経つにつれて徐々に状況を飲み込めてくる。
彼の提案は、長年の夢の達成でもあった。
「うっひょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ! マジでえええええええええええええええええええええええええええっ!?」
かつてないテンションの高さである。
やかましい。
思わず耳をふさぎたくなってしまう。
「いいの!? いいんだね!? もう返してあげないからね!」
「できることなら返してくれ!」
「いやだよ! もう絶対に離さないもんね!」
ちくしょう、こうなると思ってたから嫌だったんだ。
カイトはがっくりと項垂れた。
そのまま戦闘不能になりそうな勢いである。
「でも、目の前に敵がいる状態でどうやって一体化するつもりなの?」
エレノアは思う。
贔屓目に見ても、自分は一流の職人である。
本体とカイトの合体くらい、すぐにやってみせよう。
だが、いかんせん敵のド真ん前である。
呑気に作業を許してくれるとは思えなかった。
「それはな」
カイトが無理やり上半身を起こした。
ふたりのジェムニが迫る。
今度こそ確実にトドメを刺さんと、ナイフを握って。
「こうするんだ」
左目に埋め込まれた黒い目玉から、霧が噴出される。
同時に、カイトは残された力を振り絞って右手を構えた。
拳を握る。
肘から先の拳が、ジェムニに向かって放たれた。
反射的に、ジェムニのひとりが鉄拳を避ける。
それでいい。
その光景を目の当たりにしたカイトが、不敵な笑みを浮かべた。
そして溜息をつく。
さようなら、俺の平穏な生活。
ようこそ騒がしい共同生活よ。
黒の目玉は己の思考を読み取り、イメージを具現化する力を持つ。
ヴィクターと戦ったときに学んだことだ。
もしもそれが本当なのだとしたら、エレノアとの一体化は程なく済む。
『なに?』
ジェムニの視界を見るノアが、目を見開く。
カイトの身体が霧になっていった。
まるで目玉が放出する闇に飲み込まれるようにして、溶けていく。
『馬鹿な、奴が消えた!?』
否。
消えたのではない。
カイトの身体は黒の目玉が出した霧と一体化し、ジェムニの間を通り過ぎる。
そして霧は糸を辿り、棺桶へと辿り着く。
ジェムニのひとりが振り返った。
巨大な棺桶に、カイトの右腕が突き刺さっている。
先程はなったロケットパンチだ。
これだけが、霧にならずにそのまま残っている。
棺桶の蓋の中から、黒い煙が溢れ出している。
『なんだ、これは!?』
長いこと地球外生命体の目玉を研究してきたノアでさえも、始めてみる現象だった。
単純に霧になるだけなら、既に銀女がやっている。
しかしカイトがやってのけたことは、それを上回ることだった。
過去に前例のない、全く新しい使い方。
カイトだけではない。
エレノアもいたからこそできる、究極の荒業。
その答えが、棺桶の中から姿を現す。
蓋が開かれた。
黒い霧に紛れて、銀の光が一斉に解き放たれる。
棺桶の中からゆっくりと伸びてくる人形の腕。
その先端についている五本の指から、無数の糸が武器庫を支配する。
棺桶を叩き潰そうと動くジェムニも、一瞬で絡め取られた。
お互いに持つナイフを近づかせ、糸を切ろうともがく。
「あははははははははははははははははっ!」
やたらと機嫌のいい、歓喜に満ちた笑い声が木霊する。
棺桶の中から二本目の腕が飛び出した。
同じく指の先から糸を伸ばし、それがジェムニを更に絡め取る。
動けない。
ただの光の線にしか見えない、細すぎる凶器を前にしてノアは叫ぶ。
『入れ替わったのか!?』
答え合わせをするかのようにして、棺桶の蓋が解き放たれた。
ひとりの女性の人形がいる。
彼女はゆっくりと一歩を踏むと、己の身体の感触を確かめた。
黒い左目。
赤い瞳孔。
伸びるだけ伸びた、手入れのされていないウェーブのかかった紫髪。
三日月形に歪む口元。
前髪に隠れながらもはっきりとわかる、どす黒い隈。
これこそがエレノア・ガーリッシュの本体である。
彼女はカイトから譲り受けたパイロットスーツを身に纏い、呟く。
「さいっこうの気分だ」
ぎょろり、と左目が回る。
その動きに合わせるようにして、彼女は首を回した。
「ねえ、カイト君。どう料理してあげる?」
『気安く君をつけるな』
「そうだね。私と君は、もうそんな距離のある関係じゃないもんね!」
『距離は感じてくれ』
頭の中に彼の声が響く。
なんと甘美な状況だろう。
これは夢の中か。
もしも夢なら醒めないでくれ。
エレノアは願った。
彼が欲しいと。
彼に生きていてほしいと。
己の全てを捧げても構わないとさえも思った。
元はといえば、全てが興味本位から始まった事だ。
しかし、今この瞬間。
彼女の中の魂が昇華されていく。
長い年月をかけて、ようやくたどり着いた理想のカタチ。
これで機嫌が悪いわけがない。
気分は最高。
これ以上上がらないってくらいに高揚しているのが、手に取るようにわかる。
今の気持ちを言葉にするなら、こう言えた。
「今日の私は無敵だよ」
『おい、俺の台詞だ』
「いいねぇ。私たち、相性いいよ!」
そんなやり取りをしている間にも、ジェムニがもがく。
繭のように絡め取られた彼女たちは、お互いにナイフを突き刺すことで脱出を図ろうとしていた。
「逃がさないもんね」
エレノアが両手を引く。
同時に、ふたりのジェムニの身体が宙を浮いた。
糸に絡め取られた肢体は抵抗することも許さないまま、ふたりの鎧を背中合わせにして固定する。
『エレノアが出てきたところで、お前では決定打はないぞ!』
ノアが叫ぶ。
その声はエレノアには届かない。
「んふ」
しかしノアの叫びに対し、反論するかのようにしてエレノアは笑みを浮かべた。
ジェムニの身体が天井へと押し付けられる。
エレノアが跳躍した。
左目から再び黒い霧が溢れだし、彼女の身体を包み込む。
『やばい!』
霧の中から出現した右腕と、その先端から出現する刃を目の当たりにした瞬間。
ノアは思わず身を乗り出していた。
霧からエレノアに代わり、神鷹カイトが出現する。
人形使いの姿はどこにもない。
彼女が操っていた糸は、全てカイトの指から放たれている。
床に押し付けられたジェムニの胸に、カイトの腕が突き刺さった。
鋭利な爪はふたりの心臓を丸ごと抉り、貫く。
「お――――っ!」
ふたりまとめて吊るされたジェムニが、悶絶する。
彼女たちは口と胸から赤い液体を垂らしつつ、ふたり同時に力尽きた。
カイトが着地する。
真上から振りかかる赤いシャワーをその身に浴びつつも、彼は頭の中でエレノアの声を聴いた。
『やっりぃ! やっぱり私たち、相性最高だと思わないかい?』
「うるさい。だまれ」
人生二度目の同居人は、非情にうるさかった。
カイトは切に思う。
スバルは良識がある良い奴だったのに、と。
もう戻ることのない懐かしい思い出に浸りつつも、カイトは己の判断が本当に正しかったのかを疑問視した。
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