第138話 vs理想の戦士

 ――――まだカイトが新人類王国に勤務している頃。

 

 カノン・シルヴェリアとアウラ・シルヴェリアはカイトの管轄のもと、スパーリングをおこなっていた。

 相手は同期のアトラスとアキナ。

 一見、ふたりとも同期を相手にハイレベルな攻防を繰り広げているように見える。

 アトラスとカノン、アウラとアキナで別れたリング上では、訓練と言う名の直接対決が行われていた。

 幼いながらも残像が残るその動きは、とても子供が出す技には見えない。

 

 ただ、カイトは彼女たちの戦う姿を見ながら思う。

 個人の戦闘能力において、カノンとアウラは他のメンバーよりも劣る、と。

 今回の訓練は能力の使用を封じた、身体能力のみの実戦想定テストである。

 カイトはエリーゼに代わり、部下たちを評価していた。

 カノンとアウラは下位をキープしている。


「やあ、首尾はどうだい」

「……ヘリオンか」


 評価シートを片手にボールペンを握るカイトに声をかける若者がいる。

 ヘリオン、と呼ばれた金髪の少年は気さくに笑いながらも近づいてきた。


「何の用だ」

「後輩の成績をつけてるって聞いたから、それの見学。ついでに言えば、君が人手不足だと感じたら僕を使ってくれとエリーゼが言った」

「そうか」


 目も合わせないままカイトは返答した。

 ヘリオンは相変わらずな少年の態度に溜息をつきつつも、話題を戻す。


「それで、実際のところどうなんだ。この4人は」

「総合的に一番理想的な数値を叩きだしてるのはアトラスだ。奴は呑み込みが早いし、手がかからない」

「へぇ。君がそんな評価を出すとは、相当できると見ていいね」


 第二期の中では唯一の男性である。

 同じ環境ではどうしても男女の差という物がでてきやすい。

 しかし、それを抜きにしてもアトラスは『出来る奴』だった。


「学力試験も最高得点でパスしている。文句のつけようがない」

「アキナはどうだい。かなり個人練習をせがまれているようだが」

「あれはただの狂犬だ」


 不機嫌そうな表情を隠そうともせず、カイトは断言する。

 

「ただ、毎日マンツーマンの戦闘をせがむだけあって、運動神経はいい。これでもう少し大人しくなったら成績は伸びるんだがな」

「じゃあ、残りのふたりは?」


 ヘリオンが双子の姉妹に目を向ける。

 リングの上で同期と向かい合う少女たちは、明らかに劣勢だった。

 既に何度か膝をついている。


「……中途半端だな」

「厳しいコメントだな。間違っても本人達に言うなよ」

「なぜだ」

「なぜでも」


 ヘリオンが強調して言うと、カイトは不思議そうな表情で聞き返してきた。

 ああ、やっぱりと項垂れてからヘリオンは溜息。


「たとえ事実でも、面と向かって言っていい事と悪い事がある」

「俺達はXXXだ。求められるのがなんなのか、お前はよく知ってると思うが」

「……どこが中途半端だというんだ、彼女たちは」

「天性の問題だ」


 双子ゆえの特性なのかはわからないが、シルヴェリア姉妹は強力な異能の力を持ってるにも関わらず、それが綺麗に分散されてしまっている。

 その点が成績低下に拍車をかけていた。


「身体能力では、アキナがとにかくハングリーだ。座学でもアトラスが全教科トップ。他にふたりが勝てるのは能力とコンビネーションしかない」

「その能力も、生まれつき不自由。唯一成績の差をカバーできるコンビネーションも、XXXではそこまで重要視されない」

「わかってるじゃないか。そういうことだ」


 ただ、裏を返してしまえば。

 彼女たちがひとりになってしまえば、その問題は無くなることになる。

 あくまで妄想であることは十分承知なのだが、もしもシルヴェリア姉妹が上半身からも下半身からも電流を流せ、依存する相手を完全になくした時。

 どれほどの戦士が生まれるのだろうか、と想像した。


「どうした、カイト」

「……いや、なんでもない」


 空想の中の戦士は、ヘリオンの一言によってかき消される。

 だがカイトは幼いながらに、その存在は十分脅威であると感じていた。

 果たして弱点を失ったシルヴェリア姉妹に、アトラスとアキナは勝てるだろうか。

 第一期のメンバーは。

 そして、自分は。


 シルヴェリア姉妹は弱点が目立つ新人類である。

 その弱点を克服した時、彼女たちはどこまで強くなれるのだろうか。


 もしかしたら、だが。

 エリーゼの言う最強の人間とは、ふたりをひとりの人間とした存在なのかもしれない。

 再びリングに目を向けたカイトは、必死な表情で同期に食らいつく姉妹を観察しながらもそう思った。








 それから、約8年。

 想像の中の戦士は、あろうことか本当に姿を現した。

 新人類王国が誇る最恐の戦士、鎧のひとりとして。


「どうしたんだい」


 右肩の上に乗ったエレノアが囁く。


「部下のクローンだってわかると、躊躇っちゃう?」

「……かも、な」


 らしくない台詞だ、と自分で思う。

 眼前の存在をイメージしていた頃ならば、こんな言葉は出てこなかった筈なのだが。


「まあ、力だけは確かに強力なんだ。目をつけられない筈がない」


 それに、彼女たちの長所と欠点をレポートに纏めて提出したのは自分だ。

 欠点の欄には『双子として生まれた事』と書いたことは今でも覚えている。

 我ながら、今までの人生で一番ひどい解答だった。

 生まれてくる事の否定とも取れる。


 そんな最低の評価からこの鎧が生まれたのだとしたら、だ。

 果たして彼女は、自分の想像を超える『最強の人間』なのだろうか。

 その点に、興味が湧く。


「……お前が俺を壊すのか?」

「オオオォォォッ――――!」


 野獣のような雄叫びが響き渡る。

 敵の疑問に答えるようにして、紫色の鎧――――ジェムニが突撃する。

 全身の鎧に紫電を流しつつ、ナイフを構えた。


「壊れないよね!?」

「善処するとも」


 エレノアが肩で不安げな声を出した。

 先程のカイトの台詞に一抹の不安を覚えたらしい。

 だが、カイトも当然ながら負けるつもりで戦うわけではなかった。

 彼は両手の爪を伸ばすと、ジェムニに向かって突撃。

 再度、鎧と激突する。


「むっ!?」


 だが、ぶつかる直前。

 ジェムニが僅かに屈んだ。

 そのまま跳躍してもおかしくない姿勢を前にして、カイトは見る。

 鎧の下半身。

 その一番下の、足の裏。

 底が展開すると同時、車輪が出現したのだ。


「それもあるのか!」


 車輪が猛烈な勢いで回転する。

 ばち、と音を鳴らしながらもホイールに電流が巻き付いていく。

 ジェムニがハイキックを放った。

 足の裏から出現した車輪――――紫電が、弧を描く。


 カイトは左腕を構えた。

 ジェムニの蹴りが、左手にクリーンヒットする。

 足から流れた電流が左手を伝い、カイトの身体を襲う。


「づぅっ!」


 強烈な熱と痺れが、左腕から流れ込んでくる。

 明確に痛みを受けたのがわかる、苦痛の表情。

 それでもジェムニの本命は、右のナイフであった。

 

「ナイフが来るよ!」

「わかってる」


 銀の刃が突き出される。

 閃光を放ちながらも飛んでくるそれは、確実にカイトの顔面へと繰り出されていた。

 だが、危うくぶつかるその瞬間。

 ナイフは動きを止めた。

 カイトの歯に挟まれ、動きを停止したのである。


「ちょ、ちょっとぉ!?」


 横のエレノアが喚いた。

 

「そんなことしたら、電流が――――」


 蜘蛛人形の発するであろう言葉を、カイトはある程度予想していた。

 実際、全身がめちゃくちゃ痛い。

 唇に至っては焼けている。

 早く距離をとり、再生しないと危うい。

 そんなことはカイトだって理解している。

 相手はクローンとは言え、よく知った仲なのだ。

 どの程度の力を持っているのかは理解しているつもりだった。

 それでも尚、こんな行動を取ったのには理由がある。


 歯でナイフを掴み、左腕で蹴りを止めた体勢のまま。

 カイトは右手でジェムニの左腕を掴む。

 それに気付いた紫色の鎧が素早く足をひっこめようとするが、


「!」


 カイトの右足が振り上げられた。

 縦に一閃されたソレは、先端から鋭利な爪が5本伸びている。

 ジェムニの身体が縦に切り裂かれた。

 縦に割れた鎧から鮮血が溢れ出す。

 ややあってから、彼女は倒れた。

 それにあわせてカイトは後退。

 全身の痺れを実感しつつも、後ろにさがる。


「無茶するね、君」

「残念だが、こういうやり方しか知らないんだ」

「良いと思うよ。君らしくて」


 焼き焦げた肌を再生させる。

 自動的に作動するその力は、カイトの意思とは関係なく肌を元に戻していく。

 一方、縦の斬撃を思いっきり受けたジェムニは起き上がる気配がない。


「死んだのかな」

「……さあ、な」


 死んだと判断するには、あまりにも早計である。

 鎧はオリジナルには無い能力を持っているのだ。

 カイトはそれを嫌と言うほど味わっている。


「俺の力が付加されてたら、多分起き上がる」

「そうでない場合は?」

「それでもたぶん、起き上がってくる」

「マジで?」

「経験則だ。俺のクローンと戦った時の」

「そりゃあ、君のクローンなら殺したって死にはしないさ」


 本音を言えば。

 単体で戦った感想としては、死なない分ゲイザーの方がえげつなかった。

 しかしながら、カイトは鎧持ちと戦った経験がそれしかない。

 こんな簡単に倒せる存在なのだろうか、と疑問を抱いてしまう。


「……」

「睨んだって無駄だよ。脳天が切り裂かれて生きてる人間なんて、君しかいないんだから」


 酷い言われ草である。

 俺を何だと思ってるんだこいつは、と思いつつもカイトは抗議の声をあけようとした。


 が、


「う、う」


 呻き声が聞こえた。

 カイトとエレノアがジェムニに目を向ける。

 彼女は生きていた。

 縦に割れた身体を無理やり起こし、立ち上がる。


「く、か! ひゃ、ひゃはっ! はははっ!」


 直後、ジェムニが笑う。

 彼女は縦に切り裂かれた己の顔面に両手を突っ込むと、力いっぱい横に引っ張った。

 紫色の鎧が、綺麗にふたつに分断される。


「げっ!?」


 分断された左右の胴体。

 その身体から、それぞれ手足が生えてきた。

 左半身からは右手と右足が。右半身からは左手と左足が出現する。


「嘘……」


 エレノアが呆然とした口調で言った。

 紫色の鎧、ジェムニ。

 彼女は自らを縦に割った後、ふたりに分裂したのである。

 まるでアメーバのような分断だった。

 バランスを失った鉄仮面が床に落ちる。

 長い間面倒を見てきた、オレンジ髪の双子の姉妹。

 左右のジェムニが、部下の顔をそっくりそのまま引っさげて、凶悪な犬歯を向いた。

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