第127話 vs移植手術

 時間はほんの少しだけ遡る。

 神鷹カイトはノアに連れられ、彼女のラボにやってきていた。

 時刻は午前5時20分。

 ラジオ体操が始まるよりも、もっと早い時間だ。


「さて、早朝だがこれから移植手術を開始しようと思う」

「随分早いな」


 早朝だとは聞いていたが、予想よりも遥かに早い時間である。

 せめて朝食は食べられるんじゃないかと思っていたのだが、期待はあっさりと裏切られた。


「まあ、そう言うな。こっちにも事情があるんだ」

「どんな事情だ」

「私だ」


 ラボの奥。

 椅子に座る、ひとりの青年が立ち上がりカイトを睨む。

 敵意が混じった瞳を受け止め、カイトは男へと振り向いた。

 これまで会ったことがない男である。

 ゆえに、彼は問う。


「誰だ」

「忘れても無理はない。ディアマット王子だ」

「ほう」


 ディアマット。

 あの男がリバーラ王の息子。

 新人類王国の王子様。

 顔を見るのは随分と久しぶりである。

 最後に会ったのは16年近く昔だったろうか。


「久しぶりだな、XXX。君は私を覚えていないかもしれないが、私は君のことをよく覚えている」


 シンジュクでの戦いを思い出す。

 ゲイザーの視界を通じてこの男と戦ったのは、間違いなくディアマット自身だった。

 地球外生命体の目玉が無ければ、確実に負けていた相手である。

 言わば、ディアマットに始めて土をつけた男であった。

 それから連鎖反応の如く王子は敗北を喫し、遂には新人類王国の威信が地に潰えたとまで国王に言われる始末である。


 そんなディアマットが、わざわざこんな朝早くから何をしに来たのか。

 決まっている。

 屈辱の源の末路を見届ける為だ。


「私は君たちと違い、業務がある身だ。外交だってやっている」

「別に付き合う必要はない」

「まあまあ。お互いに思う事はあるだろうが、ちゃっちゃとやることをやらせてくれ」


 王子と新人類最強の男に睨まれても怯むことなく、ノアは割って入る。

 彼女はカイトを手術台へと誘導すると、横になるように促した。


「今更言う必要はないだろうけど、拒否権はない。後、暴れようとも思わない事だ」


 ノアがラボの奥に視線を向ける。

 反射的にカイトもそちらの方向を見やる。

 鎧がいた。

 それも4人。


「ここの守りに鎧を4人?」


 いかに生まれ故郷とは言え、贅沢な使い方であるとカイトは思う。

 彼らはそれぞれが王国トップラスの実力を持っている。

 この場で暴れられれば、新人類王国とてただでは済まないだろう。

 最悪、グスタフやタイラントたちが束になってかかっても潰される可能性すらある。

 彼らの持つポテンシャルは、それほどまでに高いのだ。

 実際に戦った事があるカイトはよく理解しているつもりだった。


「王子様がいるんだ。そんなにおかしい話じゃないとも」

「俺はてっきり、城内をうろついてるんだと思ったが」

「もちろん、城にも何人かいる。もしも君が耐え切れずに死んでしまった場合、お友達を呼んでくれる算段だね」

「頼んだ覚えはないぞ」

「サービスだよ。君たちはエリーゼの忘れ形見だ。それくらいはしてあげないと、天国の彼女が悲しむというものだ」


 エリーゼの名前が出た途端、カイトの顔つきが変わった。

 その表情は、少年時代に表に出していた親愛の情ではない。

 むしろ、聞きたくない。

 これ以上話したくないと言った、無視の姿勢であった。

 ところがどっこい、ノアは捻くれ者である。

 目の前で聞きたくないと言う態度をとる者がいれば、いらないおせっかいを焼きたくなってしまうのだ。


「私はエリーゼと付き合いが長くてね。大学時代、同じ研究テーマを掲げて議論したこともある」


 それこそが、


「最強の人間だ」


 瞼を閉じた筈のカイトの目が、再び開かれる。

 突拍子も無く放たれた話題は彼の興味を掴むには十分すぎる威力を持っていた。


「……最強の人間」

「思い当たる事は多いだろう」


 そりゃあ、そうだ。

 神鷹カイトはソレになる為、様々な訓練や実験を耐えてきた。

 全ては最強の人間になって、エリーゼを喜ばせる為に。

 ただ、それが具体的にどんな人間だったのかと問われれば、カイトは答える事ができない。

 彼自身、最強の人間という存在がどういうものなのか理解できていなかったのだ。

 成長し、世間一般で大人と呼ばれる年になってもそれは変わらない。


「私とエリーゼの目指す物はブレなかった。彼女はスーパーマンを作り上げる為に、新人類王国で成果を出してきたのさ」


 スーパーマン。

 その一言に、カイトの目は丸くなる。


「エリーゼが、スーパーマンを?」

「ああ。彼女はあくまで、迷いながらも勝利をおさめる人間を求めていたようだね」


 神鷹カイトの記憶に、そんな光景は無かった。

 彼女の口からそんな単語を聞いた記憶もない。

 疑問に思うカイトに、ノアは続けた。


「まあ、勝利を掴んできたという意味で言ってしまえば君は間違いなくスーパーマンだ」


 だからエリーゼの夢は叶えられた。

 ノアはそう言った。

 だがカイトは、その言葉に首を縦に振る事ができない。


 本当に、彼女の夢が叶えられたのだろうか。

 カイトは昔の自分が、完成形だったとは思っていない。

 それに、彼は知らない。

 エリーゼの凶行。

 その意味に。

 あれもスーパーマンを作り出す為に必要なプロセスだったのだろうか。

 今の話を聞く限りだと、それが一番近いように思える。

 だが何の為に。

 疑問は湧き出ても、答えは出てこなかった。


「だが、スーパーマンでも負ける時がある」


 カイトの意識が、ノアの言葉によって引き戻される。


「君は一度、これに負けた」


 瓶の中で不気味な輝きを放つ、黒い目玉。

 シンジュクでやられた手痛い思い出が、カイトの苛立ちを加速させていく。

 よく見れば、待機している鎧持ちの中にはあの時と同じ白の鎧がいた。


「勝つ手段は簡単だ。同じ土俵に立てばいい。そうすれば君が負ける道理はない」

「スーパーマンにしては悪役の目玉だな」

「今は私の目標の為に身体を張ってもらう事を忘れないでほしい」


 言い終えると同時、横になったカイトの四肢が封じ込められる。

 手術台から出現したアルマガニウム製の錠である。

 がっしりと肢体を捕まえる特殊金属の鍵が、カイトの自由を奪った。


「気分は悪いだろうが、我慢してほしい。そうしないと、被験者が暴れて何をしでかすか分からないから」


 瓶の中から目玉が取り出され、手術台の横にあるデスクに乗せられる。


「まず、片目だけ移植する。身体が慣れてきたら、今度はもう片方だ。どっちからがいい?」

「好きにしろ」

「なら、そうさせてもらおう」


 カイトの顔面にラボの明かりが集中する。

 あまりの眩しさに目が眩み、反射的に瞼を閉じるが、


「む?」


 何時の間にか手術台から飛び出してきた、金属の腕。

 針金を繋ぎ合わせたような細い腕がカイトの瞼を掴み、無理やり全開にする。


「おい、なんだこいつは」

「私の助手だ。これまでクローンの資金のお陰で人件費を削りまくっていったからね。結果的に、最低限のことをやってくれる彼らが残ったわけだ」

「ブラック企業め」

「この会社は私だけがいればいいから、特に問題ないね」


 ノアが白衣を身に纏い、マスクを装着する。

 モニターに向かって行くと、慣れた手つきでキーボードを叩く。


「お待たせしました、ディアマット様。これより移植手術を開始します」

「どのくらい時間がかかりそうだ?」

「これまでの鎧と同じなら30分で片目が慣れ、もう30分で完成するでしょう。問題があるとすれば、最初の目玉を身体に入れた時、この男の肉体が耐えれるか、です」

「いいだろう。その時間なら父上が余計な茶々を入れてくる事もない。やってくれ」

「了解しました」


 手術が開始される。

 全開になったカイトの左目に向かい、またしても針金らしき金属で繋ぎとめられた金属の腕が出現する。

 天井から現れたそれは、先端に取り付けられた3本のアームをゆっくりと開きつつ、カイトの眼球へと迫る。

 アームの狙いはずばり、左目。


「言い忘れたが、麻酔はかけないぞ。君は耐性があるから、使ったところで経費の無駄だ」


 ブラック企業め。

 再度放たれようとした文句は、カイトの口から出てこない。

 代わりに吐き出されたのは、僅かな悶絶。

 3本のアームはカイトの左目に触れると、肉を抉りながら眼球を掴みにかかったのである。


「んん――――っ!?」


 その光景を見たディアマットは思う。

 予想していたよりもずっとエグイな、と。

 同時に、悲鳴すらあげないか、と感心する。


 単に我慢強いのか、あまりの激痛に言葉が出ないのかはわからない。

 ただ、それにしたって異物が眼球を抜きとらんと襲い掛かってきているのだ。

 痛くない筈がない。

 しかしカイトは、それでも無言で耐えてみせていた。

 まるでミミズが地面の中に潜るかのようにして、アームはカイトの左目の中へと入りこんでいく。


 鮮血が飛び散った。

 左目から噴き出した赤い液体がカイトの服を汚し、手術台に滴の痕跡をつけていく。


「……ふん」


 今、神鷹カイトはディアマットの想像を遥かに超える激痛と戦っているのだろう。

 目玉を貫かれても尚、気を失わない精神力は大したものだ。

 6年前とはいえ、新人類王国最強の男と謳われたことだけはある。


 だが、ここからが本番だ。

 

 アームが左目からゆっくりと引き抜かれる。

 3本の鉄の爪が、血まみれの眼球を掴んでいた。


「よし」


 それを確認すると、ノアは素早く黒の目玉を掴む。

 荒い呼吸をして息を整えるカイトの頭を固定し、彼女は小さく呟いた。


「いいかい。これから君が体験するのは、過去に受けたことが無いような痛みだ。それに耐えない限り、君は生きて戻ってくることはできない」


 ディアマットとしては別にそれでも構わない。カイトは国の敵だ。

 死んだところでプラスしかない。

 しかしノアにとっては違う。

 彼は大事な研究サンプルであると同時に、夢への片道切符だった。

 もしもカイトがここで激痛に屈し、死んでしまったら。

 その時は、ノアの夢は振出しへと戻る。

 だからこそ彼女はこう言ってカイトを送り出した。


「また会おう」


 黒の眼球がカイトの左瞼に挿入される。

 眼球から根が生えるようにして細胞と繋がって行き、感覚のリンクを行うべくカイトの中へと侵入する。


「うあ――――っ!?」


 その瞬間。

 カイトの身体が手術台から飛びあがった。

 常識を逸する跳ね上がり具合を前にして、見学をしていたディアマットも驚愕する。

 気のせいでなければ、背中が直角に折れ曲がっていた。

 もしも手足を錠で固定していなければ、そのまま天井まで吹っ飛んで行ったのではないかと思う。


「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁっ!」


 その後訪れたのは、怨敵の大絶叫である。

 アームに眼球をくり抜かれた時に比べて、あまりにもオーバーリアクションであった。

 これにはディアマットも呆然と見守るしかない。


「……い、生きているのか?」


 辛うじて、震える声で問う事ができた。

 電気ショックを受けたかのようにしてカイトの身体が痙攣する。

 悲鳴が収まった後、ずっとこんな調子だ。

 もしかすると、既に死んでしまったのではないかとさえ思う。


「生きています。心電図はまだ0になっていない」


 ラボに備えられた幾つものモニター。

 そこに表示されていた光の折れ線グラフが、カイトの生命の無事を表している。

 ノアはこのグラフがただの直線にならない限りは、己の勝利だと信じていた。


「神鷹カイトは死ぬことがない不死身の戦士。彼の細胞を使って生まれたゲイザーが耐えれたのであれば、きっと堪え切れる筈」


 ディアマットは出口を守る白の鎧を見やる。

 他にも3体ほど鎧がいるが、彼らはみんなあのようなことをやって目玉を移植してきたというのか。

 移植の痛みは想像する事しかできない。

 だが、その様子からイメージすることはできる。

 これまで様々な敵と戦い、その度にボロボロになりながらも勝利をおさめてきた新人類。

 その彼が、悲鳴を上げながら懸命に闘っている。

 まるで毒を飲みこんだかのような光景であった。


 もしもあれを自分が受けたら、果たして耐えれるだろうか。

 想像して、首を横に振る。

 そもそも眼球を抜き取るだけでも耐えれる気がしない。

 推測だが、それ以上の痛みを30分近くも耐えるというのは、とても想像できなかった。

 

 だが、カイトは1秒ずつ耐えていた。

 時折唸り声をあげ、歯を食いしばり、両手両足から爪を出現させることで痛みに耐えているのである。

 耐え抜くか、助けが来ると信じて。


「もう少しだ。もう少し!」


 興奮を抑えきれぬ様子でノアが言う。

 移植から既に20分以上経過していた。

 早ければ目玉が身体に順応し、呼吸が安定し始める頃だ。

 早く来い、とノアは念じる。

 目の前まで迫った夢の始まりを前にして、彼女は口元の緩みを抑えきれていなかった。


 そんな時である。


 モニターから不快な電子音が鳴り響いた。

 何かを知らせるかのようにして鳴り響くそれに導かれ、王子は立ち上がる。


「どうした!?」


 警報ではない。

 火災警報装置はもっと喧しく鳴り響き、アナウンスが流れる筈なのだ。

 では、カイトの仲間たちが襲撃してきたのか。

 僅かに視線を出口へと向ける。

 ラボを守る4人の鎧は、誰も身動きしない。


 ディアマットの短い問いに、ノアは答えない。

 立ち尽くしたまま動かない彼女の背中をみやると、王子は背伸びをして遠目で覗き込む。


 心電図の右上に表示されている心拍数が0を表示していた。

 波形を表す光のラインも、まっすぐな直線を描いている。


 呆然とした表情のまま、ディアマットはカイトを見る。

 懸命に抵抗し続けた最強の新人類の腕が、力なく伏した。

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