第121話 vs黒眼

 銀女と名付けられた女がカイトとシャオランに迫る。

 既に満身創痍のシャオランは立ち上がる事もせず、カイトに敵の撃退を托した。


「物理攻撃はあまり効果がありません」

「だろうな」


 悩む間もなく、カイトは納得する。

 何を隠そう、星喰いの頭上で銀女を切断したのはカイトなのだ。

 それで復活してきたのであれば、物理はあまり役に立たないのだろう。


 しかし、カイトには物理しかない。

 アトラスのように敵を爆発させることができるわけではない。

 エイジのように火をコントロールするわけでもない。

 シデンのように氷漬けにできるわけでもない。

 神鷹カイトは再生能力と圧倒的身体能力で勝ち続けた男なのだ。

 しかも今回は、相手の目を見てはならない。

 もしも目と目が合ったとき、カイトはミッチェル・グレイの後を追う事になる。


「剣に触れたら、一撃で砕かれると思います。私がそうだったので」

「アドバイスどうも」


 貴重なアドバイスであった。

 カイトは素直に感謝をすると、改めて銀女に構えを取る。

 目を閉じた状態で、だ。


「流石に厳しくない?」


 右腕が話しかけてくる。

 カイトは振り降ろされた刀身を避けつつも、その問いに答える。

 刀身が叩きつけられた大地が、大きく爆ぜた。


「まあ、厳しいな」

「どうするの。君の仲間が助けてくれるのを期待するかい?」


 山脈は吹っ飛び、仲間たちは全員突撃してこれる状態だ。

 それをしないのは、アトラスがひとりで大怪獣を倒してしまいかねない猛攻とプレッシャーを放っているからに他ならない。

 逆に言えば、アトラスの性格や能力を把握しているチームメイト達なら、もしかすると来てくれるかもしれなかった。

 ただ、同じ土台に立てるかと言えば話は別だ。


「期待しても、一番戦えるのは多分俺だ」


 銀女の鎧で覆われた頭部。

 その隙間から黒い瞳をギョロつかせている。

 直接視界に認識せずに高速戦闘を繰り広げるなんて芸当は、カイトにしかできなかった。

 だからこそ、カイトはスバル達に助けを求めない。


「だから、弱点を見つけて俺がやる」

「いやぁ、素敵な決意表明だね。感動して涙が出てきそうだよ」

「腕の癖になに言ってるんだ」


 気配を頼りに、左の手刀を突きだす。

 が、銀女は己の身体を霧状にすることでこれを回避。


「ぬ!?」


 それを直接見ていないカイトは、空振りに違和感を覚えつつも周囲を警戒する。

 だが、彼が銀女の襲撃に気付いたのは右腕のアドバイスがあってのことであった。


「正面、来るよ」

「ちぃ!」


 黒い霧が眼前に回り込んでくる。

 黒くて丸い物体が見えた瞬間、カイトは身体を無理やり捻った。

 サーカスの数回転ジャンプのようにして繰り出された跳躍は、銀女との距離を一気に突き放す。


「今、何があった」

「教えてほしいなら、後で私の頭をなでなでしてくれ」

「ならいいや」


 憤慨する右腕を余所に、カイトは考える。

 敵は確かに間近にいた。

 当たる方向に突きも繰り出した。

 だが、結果はこの通りである。

 身体を貫かんばかりの勢いで突き出された一撃はあっさりと空振りし、銀女はカイトの目の前にいた。

 しかも霧状になって、だ。


「これは、中々骨が折れるな」

「いかに君でも、厳しいかな?」


 エレノアが話しかけてくる。

 カイトは首を横に振り、己の出した結論を簡単に伝えた。


「最低でも、ダメージを与えることは出来る筈だ」

「へぇ、意外だね。物理攻撃が通じる相手とは思えないけど……何か考えがあるのかい?」

「ある」


 あっさりと言ってのけたカイトに向かい、再び銀女が突撃する。

 カイトは後ろを振り向いたまま、淡々と口を動かした。


「さっき、霧が俺の前に出た時だ」


 背後から迫る斬撃を避けつつ、背中を向けたままカイトは言う。


「目玉がちらっとだけ見えたが、あれは霧が集まった姿じゃない」


 紡がれた言葉が響いた瞬間、銀女の動きが止まった。

 カイトに向けられた激しい斬撃の雨は勢いを止め、距離を取る。

 彼の言葉を警戒するかのように、ゆっくりと後ずさる。


「恐らく、目玉は奴の核だ」

「へぇ」


 エレノアが興味深げに相槌を打った。

 もしもそれが正しいのであれば、狙うべき場所は絞られる。

 その上、物理攻撃が通じる唯一の箇所を発見したことになるのだ。

 思えば映像の中の女もゴンドラに溶ける際、身体が溶けるのは確認できたが、目玉が溶けるのは確認していない。

 溶けたまぶたに飲み込まれて、目も溶けたのだと勝手に勘違いしていたのだ。

 しかもシャオランとエレノア以外は、マトモに女の姿を見ることができない状況にある。


「今まで気付けなかったが、もしそうだとすれば勝てる」


 問題があるとすれば。

 それはカイトが銀女の目を見てはいけないということだ。

 勝機を見出しても、状況は何も変わっていないのである。

 いかにカイトが新人類随一のスピード自慢であったとしても、闇雲に攻撃を仕掛けて命中するとは思っていない。


「……不本意だが、頼みがある」

「え?」


 右腕が不思議そうに聞き返してきた。

 カイトは心底嫌そうな顔をしつつも、エレノアに言う。


「見てほしい」

「私はいつだって君を見てるよ。お食事の時も、お風呂の時も、寝るときだって」

「そっちじゃない」


 少々行き違いがあるようなので、カイトは言葉を付け足すことにした。

 面と向かって。

 いや、腕と向かってこんなことを言うのは非常に癪なのだが、頼れるのはエレノアしかいないのだ。

 例え彼女の発言のひとつひとつにツッコミどころがあったとしても、である。

 ゆえに、カイトはプライドを捨てて懇願する。


「俺の代わりに、アイツを見てくれ」

「なにをくれるの?」


 ほらみろ。

 予想通りの返答を貰ったカイトは、半目で右腕を見ながら思う。

 遊園地に突入した時、彼女は色々とねだってきた。

 報酬を与えられたシャオランを見て、心底悔しそうにしていた。

 何度も言うように、エレノアはカイトのストーカーである。

 一緒にいたい人の物は、どんな物であろうとも共有したいのだ。


「……俺の好感度が少しだけ上がる」

「あぁ! それは素晴らしいね!」


 苦し紛れに吐き出された提案に、エレノアは文句も言わずに飛びついた。

 本当になんでもいいんだな、と思いながらカイトは右腕を見やる。

 軽蔑の眼差しを送りながら。


「ああ、その目いいね! ぞくぞく来るよ! 君と私の思い出のアルバムに乾杯!」


 右腕のテンションがやけに高い。

 正直に言うと、付いていけなかった。

 しかし、その気になったエレノアの集中力は凄まじい。

 ひとりで何百体もの人形を操るスキルを持っているのだ。

 少なくとも、手先の器用さと繊細さに関しては彼女の上を行く者は居ないであろう、とカイトは思う。


 だが、これだけはハッキリ言っておきたい。

 カイトは背後に佇んだままこちらの様子を観察している銀女に向けて、右腕を向ける。

 彼は右腕に向かい、叫んだ。


「調子に乗るな!」


 右肘から先の拳が握りしめられ、発射される。

 エレノアの意識を宿した右拳が、銀女に向かって飛んでいく。


「おほほ!」


 それを見た銀女。

 再び身体を霧状にして回避を試みる。

 敵の狙いは、既に明らかだった。

 ゆえに、彼女は頭を横にずらして霧散していく。

 顔面目掛けて飛んできたロケットパンチが、先程まで銀女の首があった位置を通り過ぎていく。


「あはっ」


 だがその直後。

 右腕は大きく指を広げ、その指先から光の線を射出する。

 糸だ。

 エレノア自慢の、アルマガニウム製の糸。

 さりげなくカイトの義手にも仕込んでいたそれを展開させると、糸は銀女の足に絡みつく。

 霧状に姿を変えるよりも先に糸が足を捉え、それを軸として右腕が引っ張られた。


「やっぱり、私がベストパートナーだよ!」


 右腕が叫んだ。

 方向転換した鉄拳が、再び突き出される。

 狙う先は、銀女の顔面があった個所。

 そこに漂う黒い霧。

 より正確に言えば、その中に隠れる黒い目玉。


 次の瞬間。


 鉄拳が霧を貫いた。

 銀女が姿を変えた黒の霧に穴が開き、その中からエレノアが戻ってくる。

 カイトは確かな手応えを掴みながらも、右腕を元に戻した。

 腕と肘が結合する。

 指が動くのを確認すると、カイトはエレノアが掴んだそれを見やった。


 黒の目玉がふたつ。

 赤い瞳孔が生々しい輝きを放つそれを確認しながら、カイトは勝ち誇った笑みを浮かべる。


「期待以上だな」

「まあね。これで君の好感度は私の独り占めってわけさ」


 エレノアの言葉を躱しつつ、掴んだそれを銀女に見せつける。

 目玉を見ても、シンジュクの時のような嫌悪感は感じない。

 具合が悪くもならない。

 トラセットで起きた頭痛もない。

 カイトとエレノアは、『ゴンドラ女』の目玉による精神攻撃を封じたのだ。


「どうした、やけに苦しそうだな」


 そう言うのにも、理由がある。

 目玉をくり抜かれた後、銀女が霧状から元の女の姿に戻ったのである。

 両目を覆い悶えているその光景は、見方によれば苦しみ転がっているように見えなくもない。


「む」


 そんな時。

 異変が起こった。

 銀女の身体から黒い煙が噴き出したのである。

 まるで湯気のように溢れ出したそれは、銀女の身体を削り取っていく。

 身体が崩壊しているのだ。

 液体のように女の身体が溶け始め、断末魔の悲鳴をあげる。


「――――――!」


 この世の物とは思えない、甲高い咆哮だった。

 そしてそれが、銀女の放った最期の言葉になった。

 悲鳴をあげた後、銀女の身体は完全に溶けきり、吹き出していた黒い煙も霧散してしまった。

 後に残されたのは、エレノアの中に握られたふたつの目玉だけ。


「カイト!」


 ふぅ、と一息つこうとした瞬間、背後から声をかけられた。

 振り返ってみると、木々の間からエイジとシデンが駆け寄ってくる。

 彼らは息を切らしつつも、カイトに問う。


「女は?」

「安心しろ。さっき倒した」

「唇は無事!?」

「おい、なぜそれを知っている」


 本題は銀女の撃退の筈なのに、どういうわけか山脈が健在の時に起こったアクシデントに触れられた。

 思い出すとまた窒息してしまいそうなので、カイトは敢えて何も答えずに無視することにする。


『カイトさーん!』


 表情が凍りついたカイトの元に、新たな声がかかる。

 スバルだ。彼を乗せた獄翼がカイト達を見下ろしつつ、次の言葉を放った。


『女はどうなったの!?』

「問題ない」


 左手を高々に掲げ、勝利宣言をするカイト。

 残るは星喰いのみだ。

 爆発する方向に視線を送る。

 アトラスは変わることなく、大怪獣をひとりで抑え込んでいた。

 指ぱっちんから放たれる爆発が星喰いの巨体を揺さぶり、反撃を許さない。


「よし、チャンスだ」


 銀女は当初、予定していないアクシデントであった。

 だが星喰いをアトラスひとりで抑え込んでいるのは嬉しい誤算である。

 その為にカイトのセカンドキスと大切な何かが失われたが、人類の安泰の前には小さいことだ。

 カイトはそう思うことで、無理やり自分を納得させた。


「スバル、回線を繋げ。これで終わらせるぞ」

『オーケー!』


 スバルを通じて、カイトは命令を下す。

 標的は星喰いただひとつのみ。

 全艦、攻撃開始、と。


 その言葉が両軍に伝わってから数分もしない内に、山を取り囲んでいる10の戦艦が一斉に砲撃を開始した。

 獄翼と紅孔雀の攻撃を防いだバリアは展開されなかった。

 星喰いは爆発に加え、10戦艦分の主砲を受けて悶絶する。

 直後、全長200メートルもの巨大な生物が大きく爆ぜた。

 怪物を構成していた銀の肉が、グルスタミトの自然の中に飛び散っていく。


 再生する気配は、まったくなかった。

 数分程様子を見た後、獄翼の中でスバルのサポートを務めていたマリリスが呟く。


『生命反応の消失を確認。星喰い、消滅しました!』


 思ってたよりもずっと呆気ない結末に苦笑しながらも、カイトはふたりの同級生とハイタッチを交わした。

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