第120話 vs銀女

 銀の山が崩壊する。

 その光景は、さながら火山が爆発したかのような状態であった。

 山のてっぺんが爆発し、それを起点として大地が砕けていく。


「やった!」


 作戦の第一段階が成功したのだ。

 外で待機していた戦艦のひとつ、フィティングからもそれは確認できる。


「グァ!」


 オペレーターのダック・ケルベロスが通信を受け取り、報告する。

 僅かなアヒル語を受け取った我らが艦長、スコット・シルバーがビルドアップをしながらも叫んだ。


「星喰い確認! 各員、攻撃態勢に入れ!」


 その言葉を受けた、砲撃担当のニワトリ、チキンハート・サンサーラ。

 嘴をドクロマークがついているボタンに向けて構えると、次の言葉を待った。


「200メートル級の化物か。今、どうなってるんだ」


 ブリッジで事の状況を見守っていたエイジとシデンが、食い入るようにして映像を注視した。

 彼らだけではない。

 共に突入することが叶わなかったイルマもまた、ボスの無事を祈りながらも紫煙を眺めている。


 煙の中から、巨大な影が浮かび上がった。

 山脈があった場所から現れたそれは、大きさから考えて人間の物ではない。


「あいつか、星喰いってのは!」

「オウル・パニッシャー! 奴の攻撃が来るかもわからん。厳重に注意しろよ!」


 スコットの命令を受けた操舵担当のフクロウが僅かに頷き、足で器用に操縦桿を固定する。

 だが、間もなくして現れた大怪獣の姿は彼らの想像とはかけ離れた姿だった。


「なんじゃありゃあ」


 唖然とした表情でエイジが呟く。

 200メートルを超えた巨体は、確かに目の前にいた。

 だが、驚いたのはそんな周知の事実ではない。

 既にその巨体が、崩れる一歩手前にまでダメージを受けている事であった。


「再生は?」


 半年前に戦った新生物の特徴を思い出し、シデンが問う。

 星喰いは新生物と同種だと考えられている。

 あれと同じ特性を持っているのであれば、ここから一気に元通りになる事も可能だろう。

 ところが、それを防ぐ一手があった。

 爆発である。

 傷口を塞ごうと活性化する星喰いの皮膚が、休むことなく爆発を受ける事で傷ついているのだ。

 結果として、星喰いは身体が崩れる一歩手前まで来ている。


「あれは」

「間違いない。アトラスだ」


 エイジとシデンは、それが可能であろう新人類の存在を知っていた。

 アトラス・ゼミルガー。

 自分たちの後輩であり、今の新人類王国においてXXXの代表を務めている男――――女である。


「でも、あんなに連射できたっけ?」


 シデンは知っていた。

 アトラスの能力は爆発。

 とらえた対象を爆発させ、吹き飛ばす恐るべき能力だ。

 例えて言うのなら、ダイナマイトを至る所に設置できる力だと思っていい。


 しかし、その力は一撃が重い分、ロスタイムが必ずある。

 この6年間で弱点を克服したのかは知らないが、それにしたって連射が利きすぎていた。

 以前がライフルだとすれば、今はマシンガンばりの連射である。


『こちらスバル! フィティング、応答願う。緊急事態だ!』


 後輩の呆気にとられる大活躍を前にして唖然とするメンバーに、少年の声が響いた。

 通信回線を繋いだダック・ケルベロスがブリッジ全体に繋げたのである。


「どうしたスバル! 中で何があった!?」

『カイトさんが倒れたまま動いてない! 酸欠だ!』

「なに、あいつが!?」

『後、なんかよくわかんないんだけど、右腕がうねうねと動いてる!』

「なに、あいつの腕が!?」

『もっと言っちゃうと、キスした後アトラスって人が凄い元気になって、シャオランさんが露骨にがっかりしてる!』

「なに、あいつの唇が!?」

「ねえ、状況が大変なのは伝わるんだけど、詳しい事情が全く見えないよ」


 恐らく、スバルも混乱しているのだろう。

 ただ、スバルの様子を見るに、とにかくカイトが大変なことになっているようだ。

 想像を超えるような何かが遊園地で起きたに違いない。


「纏めると」


 スバルから伝わる混乱がブリッジに溶け込んでいく中。

 ただひとり、顔色を変えないまま一歩を踏み出す影があった。

 イルマ・クリムゾンだ。

 いつもの鉄仮面スマイルをモニターに向け、彼女は確認する。


「ボスが危機的状況にある、と。そう捉えていいのですね?」

『ああ! 星喰いもまだ健在だ。応援を頼む!』

「応援って言っても、もう放っておけば死にそうだけど」


 シデンが改めてモニターに映る星喰いを眺めつつ、言う。

 アトラスによる猛攻は今も健在だ。

 これを受け続ける限り、星喰いに勝機は無い。

 新人類軍側も同じ判断をしているのだろう。

 下手に割って入れば、爆発に巻き込まれて無用なダメージを受けるだけだ。


『女の方は、まだぴんぴんしてるよ!』


 その言葉を聞いた瞬間。

 エイジとシデンはブリッジから飛び出した。

 





 連続爆発の猛攻を受けて、よろける大怪獣。

 もはや星喰いを倒す為にアトラスに加勢する必要はない。

 巨体の横を羽ばたくシャオランはそう思っていた。

 その代わり、別の仕事がある。

 一度カイトに縦に切断された、銀の鎧。

 あれが星喰いの頭上で再び立ち上がったのだ。


「ターゲット、再度確認」


 本来、女と星喰いは同一の扱いとして一斉に砲撃するつもりだった。

 だが、予想は外れた。

 蓋を開けてみれば、女と星喰いは別個体だったのだ。

 今思い返せば、ミラーハウスでは『我々』と言っていたので、そういう意味だったのだろう。


 シャオランの視界に、銀の女が映り込む。目標がロックされ、対象名称が表示される。

 未登録だったので、『???』となっていた。

 面倒なので、シャオランは適当に名前を付けることにする。

 個体名、銀女と命名されたそれは背部を溶かし、翼を構築して飛翔した。

 彼女はシャオランを認識すると、そのまま突撃していく。


「敵対個体と認識します」


 銀女の登録データを各機に送ると、銀女は正式に個別の敵だと認識される。

 シャオランは剣を作り、迎撃に入った。

 白と銀が激突する。

 鉄仮面で包まれた銀女が黒い目玉をぎょろつかせるのを見ながら、シャオランは思う。

 斬撃は効果がないだろう、と。

 既にカイトによって真っ二つにされたことがあるのだ。

 それでも尚、生きている。

 そんな相手を倒すのであれば、斬撃は無用だ。

 最低限、防御に使う程度でいい。


『高エネルギー反応察知』


 シャオランの頭に緊急警報が入る。

 見れば、視界に映る黒の刀身から赤い湯気のようなオーラが溢れ出ていた。

 かつてアキハバラに共に出動したサイキネルを思い出しつつ、彼女は危機感を覚える。

 ぶつかる剣を弾き、銀女から距離を離す。


 だが、銀女はシャオランを逃さない。

 銀の翼を大きく広げ、突撃。

 黒の剣を構え、槍の如く突撃する。


 ぶつかる。

 その後起こるであろう、己の悲惨な姿を回避する為に彼女は剣を振るった。

 刀身同士がぶつかる。

 直後、シャオランの腕がもげた。


「あっ」

『損傷!』


 視界の端っこに、被ダメージを伝える小さなポップアップ画面が開く。

 普段なら『問題なし』と呟いてもう片方の腕を構えようとするが、銀女は眼前に居ない。

 彼女の身体が黒い霧になり、シャオランの背後へと回り込んでいたのだ。

 霧が背後に集い、再び銀女の姿を形成する。


『背後注意!』

「バースト!」


 背後から空を切る気配を感じた。

 縦に一閃される嫌な音を耳で受け止めつつも、シャオランの純白の羽が爆発した。

 銀女の視界を、羽毛が埋め尽くす。

 だが、女の一撃は止まらない。

 無数の刃となった羽が突き刺さる前に彼女の身体に突き刺さる直前、シャオランの背中は大きく抉られた。

 黒の剣に叩きつけられたシャオランは羽のコントロールを失い、落下。

 そのまま地面へと叩きつけられた。


「あぐ……」

『背部ウィング損傷。飛行不可。修復を推奨します』


 推奨しますと言われても困るのだ。

 背中に受けた斬撃は、剣と言うよりはドリルに近い。

 触れた物を問答無用で抉る獲物だと考えなければならないのだ。

 過去の戦いでカイトの爪と同等の戦いを繰り広げた剣でさえも、一撃でへし折られてしまった。

 間違いなく強敵である。

 マトモに戦っては勝ち目がないと考え、本格的な戦闘モードに姿を変えたのだ。

 身体を霧状に変えたのを見るに、物理攻撃も通用しないと考えていい。


「どうしましょう。司令官」


 困り果てた顔を向け、シャオランは隣に横たわるカイトに尋ねた。

 彼女は偶然ながらもカイトの横に落下したのだ。


「司令官?」


 しかし、カイトはピクリとも反応しない。

 口元から体液が流れ、白目をむいていた。

 先程からずっとこんな感じなのだが、彼はそんなに大きなダメージを受けたのだろうか。

 アトラスとの口付けは彼の想像を絶する衝撃だったのだろう。


「……司令官」


 ただ、その事実を認めるとちょっと腹が立った。

 シャオランはカイトが大好きである。

 自他ともに認めるグルメである彼女は、最近大好物は何かと問われると『カイト』と答えるのだ。

 それもこれも、彼の唇に吸い付いて舌を食い千切ったり、切り落された腕の味が絶品だったからだ。

 あの味を思い出すと、涎が出る。


 ただ、御馳走が他の奴に奪われるのは少々腹が立った。

 ゆえに、シャオランは這う。

 腕の力だけで大地を這いあがり、カイトの元へ向かい続ける。


「しれぇかぁん」


 ノイズが入り混じった声で、シャオランがカイトの顔を見上げる。

 もしも彼が意識を保っていれば、全力で退かしただろう。

 だが、不幸な事にカイトには意識が無かった。

 ゆえに、シャオランは本能のままに彼を求める。

 下を首筋に這わせ、懸命に舐めた。

 アイスクリームを舐めとるようにして顔の味を堪能する。


「う……」


 だが、その感触でカイトの意識は覚醒した。

 アトラスの吸い付き攻撃によって息を止められてしまい、そのままノックダウンしてしまったが、遂に目が覚めたのだ。

 彼はぼんやりとした頭を起こしつつも、状況を確認する。

 シャオランが舌を這わせ、舐めていた。

 訝しげにそれを見やると、カイトは言う。


「……なにしてんだ、おまえ」

「味見です」

「どけ」

「ああっ」


 なぜか凄く残念そうな悲鳴を上げつつ、シャオランをどつく。

 そこでカイトは気づいた。

 シャオランの腕と、背中がなにかに抉られたかのようにして取れているのだ。

 前に彼女と戦ったカイトは知っている。

 シャオランをノックダウンさせることは至難の技なのだ。

 彼は結局、最後まで自分の力ではシャオランを倒す事が出来なかったのである。


「どうしたんだ、それ」

「女です」


 言うと同時、真上から風が吹いた。

 強烈な突風を帯びながら迫りくるは、銀女。

 シャオランを模した銀の翼と黒の剣をひっさげて、そのまま襲い掛かる。


「星喰いはご覧のとおり、アトラスがなんとかしているので。我々は銀女をどうにかしましょう」

「お前、動けないだろ」


 言うと同時、カイトは右腕を叩く。

 エレノアの意識が覚醒するのを待ちつつも、彼は呟いた。


「俺がやる」


 アトラスとの寸劇の間、目を覆っていた目隠しを取り出す暇はない。

 カイトはスバル達に宣言した通り、相手の目を見ないままに戦闘を開始した。

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