第110話 vs女難
アメリカ、ヴァージニア州にはグルスタミトと呼ばれる立入禁止区域が存在している。現在、そこにそびえ立つ銀の山を取り囲むようにして旧人類連合の飛行戦艦と新人類王国の飛行戦艦が並んでいた。
傍から見れば、これから戦争でもおっぱじめるのかと思える光景だが、彼らの敵は共通である。
「発進準備は出来てる。何時でもいけるぞ」
そんな飛行戦艦の中のひとつ、フィティングの格納庫ではスバルが愛機のコックピットに座り、シートベルトを整えたところだった。
背後の後部座席にはマリリスとカイト、エレノアが座っている。
「てか、この人本当にいたんだ」
スバルは振り返らないまま、さも当然のように居座っているエレノアへと言う。少し前、彼女に殺されかけたのだ。そんな相手が背後にいると思うと、気が気ではない。
余談になるが、彼女が憑依している人形はアキハバラやトラセットで現れたのと同じタイプの物である。ゆえに、カイトはこの人形をエレノアだと認識できたのだが、スバルとマリリスは『誰だアンタ』と突っ込んでしまった。
「うふふ、カイト君がいるなら、当然、私もそこにいるんだよ」
笑顔でとんでもないストーカー発言をぶちまけた。
カイトが項垂れているのがわかる。振り返ることなどしなくても、彼女の発言が同居人にどういう影響をもたらすのか、知っているつもりだった。
「カイトさん。この方は恋人さんですか?」
シートベルトを締めたマリリスがエレノアの顔を観察しながら、とんでもない質問をぶちかます。その質問は、ある意味ではミサイル級の破壊力だ。カイトがエレノアのことをどう思っているのか、スバルはよく知っていた。
だが、よく知っているからこそ疑問に思う。
なんでまた、エレノアを乗せることを提案したのか。彼女がここにいることに関しては『カイトのストーカー』だからとしか言いようがないので、深くは考えないことにしたのだが、その辺だけが解せない。
「マリリス、もう一度同じことを聞いたらお前の口を剥ぎ取る」
「ええっ!? え、と……じゃあ、お友達ですか!?」
「帰ったら口を裁縫で縫ってやる」
「そんな!?」
スバルが黙って考察している間にも、カイトはマリリスに対してあんまりな仕打ちを敢行しようとしていた。
まあ、一般的に考えて嫌いな相手と恋人なり友達と勘違いされたら、いい気分はしないだろう。しかし冷静になって考えてみると、そんな相手を同席に乗せるような真似はしない。
「嫌いな奴なんでしょ。なんで乗せたのさ」
「こいつが人間じゃないからだ」
理由としては、比較的あっさりとしたものだった。
あまりに淡々とした言葉を受けてエレノアは肩をすくめる。
「素直じゃないなぁ。みんなの前だからって遠慮することはないよ。言っちゃいな、私と一緒じゃないと不安で仕方がないから乗せたって」
「例のゴンドラ女に睨まれても、人形のこいつなら効果がないかもしれない。それに、いざとなれば糸を伸ばして遊園地中を探索することができる筈だ」
「いけずなところも好きだよ」
エレノアの台詞をことごとくスルーしたカイトを見て、マリリスはこのふたりの関係を大雑把に察したらしい。気まずそうな表情を作ると、エレノアから視線を背けた。
「新人類王国の方はもういいわけ?」
「私は元々囚人だからね。君たちに負けた後、適当に逃げてきたんだ。そしてイルマ君にスカウトされて、今ではカイト君の専属人形師……あ、ごめん。言ってたら興奮が抑えきれなくて口の辺りから色んな体液が」
「涎は自分で拭けよ」
こんな感じのやり取りをしていく内に、スバルはこの人形師が相変わらずであることを理解する。変わらずカイトのストーカーなので、彼の隣の席に座るだけで、恍惚とした表情を浮かべたままガタガタと震えていた。少し振動が伝わってきて、気持ち悪い。
だが、そんなやり取りをしていく内に、刻一刻と時間は過ぎていく。
『がっはっは! 諸君、作戦開始5分前だ!』
正面モニターがブリッジにいるキャプテン・スコット・シルバーの暑苦しい姿を映しだした。横には団扇を携えたイルマとエイジ、シデンがマイペースに煽いでいる。どうやらブジッジの体感気温はこちらの想像以上らしい。
『ボス。新人類軍から連絡が入りました、向こうの先発隊も準備が完了しているそうです』
「了解した。外の方は任せるぞ」
イルマとシデン、エイジの3人は第二突入部隊にも参加しない。彼らの役目は外の防衛と、星喰いが外に出てきた際の総攻撃だ。
「第一突入部隊、発進用意」
カイトの命令に従い、格納庫からブレイカーが移動していく。リフトに乗り、出撃カタパルトの上に乗った獄翼。既に先頭には『経験者』であるオズワルドの紅孔雀がおり、後ろにはカルロとミハエルの機体も並んでいる。
新型ブレイカー、紅孔雀について解説しよう。
紅孔雀は新人類王国産のミラージュタイプで、今回の作戦の為に開発された機体だ。経緯が経緯な為、生産された数には限りがあるが、その分高い運動能力と、高威力の武装を兼ね揃えている。
その特徴は、飛行ユニットを接続していない点にあると言っても過言ではない。元々ミラージュタイプは装備のカスタマイズ性が売りなのだが、紅孔雀は飛行ユニットを含め、全て固定装備で固められているのだ。
その名の通り、孔雀のように広がる翼。
脇に抱えるエネルギーランチャー。腰に携えたアルマガニウム製の剣。どれをとっても一級品である。想定相手が同じブレイカーではなく、『巨大な怪獣』であるからこそ、高威力と高出力が求めらた。その結果であるといえる。
『カウントを開始するぞ!』
モニターに映るスコットがマッスルポーズを決めながら、秒読みに入る。
あまりに暑苦しいので、カメラの位置を移動させてほしかった。だが、パイロットたちの願いも虚しく、スコットは元気よくポーズを決めて秒読みする。
大人しくカイトの命令通りにビルドアップ『だけ』しておけばいいものを、と叫びたい気持ちがあったが、心の中にしまっておいた。
『3!』
直後、スコットの上半身を包んでいたセーラースーツが、胸板によって弾け飛んだ。
『2!』
腰に巻いていたベルトが千切れ、カメラにぶつかった。
『1!』
スコットのツルピカ頭が、午後の太陽に照らされて眩く輝く。
『作戦開始ぃ!』
スコットの怒声にも似た大声が響いたと同時。
獄翼の前に並んだ紅孔雀のウィングが光を放つ。
『オズワルド機、出撃するぞ!』
ベテランパイロットを乗せた、赤い孔雀が飛び立った。
それを見たスバル。初めて目の当たりにする『巨大ロボットの発進シーン』に感動しつつも、自分も続く。
「蛍石スバル。獄翼、いっきまーす!」
一度言ってみたかった台詞を吐きだした直後、獄翼がカタパルトの上を滑りだす。アニメで見たロボットアニメの名シーンを思い出しながら、スバルは笑った。
「いやっほーい!」
やけにテンションの高いスバルの勢いに釣られるようにして、獄翼が飛翔する。
その光景を見た、後部座席の3人は同時に思った。
楽しそうだなコイツ、と。
「はしゃいでるところ悪いが、目的地までは緊張感を持ってくれよ」
「わかってるってぇ!」
絶対わかってないな、とカイトは思った。
彼はこめかみを抑えつつも、先行するオズワルドに通信を送る。
「オズワルド、新人類軍の機体は見えるか?」
『もう肉眼で捉えることができている』
「オーケーだ。合流次第、穴へと向かう。手筈通りに先頭は任せるぞ」
『了解だ』
そのやり取りの後、フィティングから出撃した4機は銀色に輝く山の上空で新人類軍の突撃メンバーと合流。7機の紅孔雀と獄翼は嘗てオズワルドが通った穴の中へと移動を開始した。
突入から間もなくした後、オズワルドは全機に声をかける。
『一応言っておく。以前、この穴は遊園地に繋がっているだけだった。だが、あれからどんな変貌を遂げたか分からない。みんな、注意して付いてきてくれ』
『了解した』
『わかりました』
カルロが真っ先に返答し、その後新人類軍を代表して女が返答する。
その声にスバルは聞き覚えがあった。シャオランだ。バトルロイドのモデルとなった機械女が、新人類軍側の突入部隊に抜擢されたのだ。
半年前のアキハバラで遭遇した際、カイトがどんな酷い目にあったのかは今でも鮮明に覚えている。
『スバル君』
そんな事を考えていると、獄翼のもとに通信が入る。
獄翼の後方からついてきている、ミハエルからだった。幼さを残した少年兵は、数少ない同年代の少年に言う。
『新人類軍の方は、少し気にした方がいいと思うよ』
「でも、今は味方だぜ」
『今は、ね。信用しすぎると、後で背中から撃たれちゃうかもって話だよ。司令官が話してただろ』
後ろに本人がいるのだが、その辺はお構いなしでミハエルは続けた。
カイトも特に突っ込む気はないらしい。彼は黙って腕を組み、後部座席のモニターと睨めっこしていた。
「わかってるけどさ。知ってる奴だし」
『知り合いなの?』
「まあ、前にちょっとね」
スバルとミハエルは、同世代というのもあって雑談を交わす仲だ。
アスプルを失い、カイト達とも年が離れている為、もう少し話やすそうな相手がいるのではないかとカイトが感じ、ウィリアムに手配した結果だった。無論、スバルがそれを知る術はない。
「つぅかさ」
そんなスバルが、途端に半目になる。
彼はシャオランを始めとした、この作戦関連で出会った女性たちの顔を思い出しながらも、カイトに向けて言った。
「カイトさん。アンタ幾らなんでも、女運なさすぎだろ」
「うるさい。気にしてるんだ」
思い返せば、今回の件はカイト関連のいざこざを抱えた女が多い。
アトラスなんかがその代表例だ。実際は男なのだが、スバルはその辺の事情を知らないので、特に何か言う必要はないだろう。
「カイト君、ダメだよ私を蚊帳の外にしちゃあ」
隣で退屈そうに足を組むエレノアが、流し目でカイトを見る。
『ボス。そちらは今のところ問題ないでしょうか。流石にエレノアの隣に座るのは、衛生管理上よろしくないかと思います』
いきなり通信に割り込み、イルマが一方的にカイトに問う。
『やあ。お久しぶり。君の味は美味しかったよ。また味わいたいな。あじわいたいな。アジワイタイナ?』
これまた通信に割り込み、シャオランが安定しない口調で話しかけ始めた。
なんというか、濃い。
各々独自のオーラを放っている為か、スバル達は一瞬ながら身震いしてしまった。
傍から見れば、カイトが3人の女に好意を寄せられているように見えなくはない。
見えなくはないが、しかし。彼女たちの背後にある感情をある程度知っているスバルとしては、全く羨ましくない光景だった。
ある者は欲望の赴くままに。
ある者は忠誠心の叫ぶままに。
ある者は減ることのない食欲を満たすために、カイトを取り囲んでいる。
そんな黒い渦のど真ん中に巻き込まれたカイトを、羨ましがるなんてできなかった。むしろ、深い同情すら覚える。彼にはエリーゼという前例もあった。
たぶん、この先ずっと女運に恵まれないんだろうな、と思いながらスバルはぼやく。
「カイトさん。せめて幸せになってくれ」
『司令官。ご武運をお祈りします』
「おいこら」
年下の少年たちからあんまり嬉しくないエールを貰ったカイトは、半目になって抗議した。
余談だが、このやり取りが続く間、マリリスはずっと『3人、いや4人もの女の人を泣かせたんですか!? 不潔です』などと大変な勘違いをしていたのだが、その誤解が解けるのはまた別の話である。
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