第109話 vs最終確認

 時刻は正午。

 この日、戦艦フィティングの格納庫ではこれから行われる『遊園地突入作戦』の最終確認が行われていた。


「言うまでもないが、俺達の最終目的は遊園地ではなく、あくまで怪獣だ」


 格納庫に集う乗組員たちの正面に立ち、パイロットスーツに身を包んだカイトが説明を行う。放っておけばそのままヘルメットを被り、バイクで走り出しそうな衣装である。だが、今この場に限って言えば、彼の服装は正装であるといえた。

 フィティングの格納庫において、パイロットスーツを着用していない者はいない。それこそ、着用していないのは動物やキャプテンだけだろう。


「今回の作戦では目的をハッキリさせる為に、場所と目標の名前をきちんと区別することにした。目的地は『遊園地』。目標は『星喰い』と命名している」


 放っておけば住処の山がどんどん広がり、地球自体が呑み込まれるであろうという予想から生まれた名称だった。集まった兵達の中に紛れ込んでいるスバルも、その名前を耳にした瞬間、嫌でも実感する。本格的に地球の命運を分ける戦いなんだ、と。


「場所はグルスタミト。ヴァージニア州にある立入禁止区域だ。遊園地がある山を取り囲む形で、俺たちと新人類軍の艦が並ぶ」


 そうやって、山から出てきた怪獣を一網打尽にする準備を整える。逃げる場所など無い様、空の向こうから衛星も目を光らせているほどだ。

 だが、これはあくまで前準備である。

 真剣な作業が待ち構えているのは、ここからだ。


「今回の作戦の肝は、星喰いを山の中から誘き出すことにある。まず、最初にこちらから4機。新人類軍から4機、先行部隊が穴の中に突撃を開始する」


 カイトは目の前に並ぶ屈強な兵士たちを一瞥すると、突入メンバーを発表していった。


「オズワルド・リュム大尉」

「はっ!」


 初老の白人男性が敬礼し、僅かに一歩前に出る。

 彼は5年前に遊園地へと辿り着き、五体満足で生還できた唯一の兵士だった。今回の作戦は彼が入った穴の中に再び突入する為、必然的に経験者が選ばれる。しかし、オズワルドが突入メンバーに選ばれた理由はそれだけに留まらない。

 彼はスバルを含んだパイロットたちとの演習で高い得点を獲得し、見事突入隊の指揮官に任命されたのである。要するに、経験と技術のふたつを兼ね揃えているのだ。これにはスバルも文句はなく、拍手を送らざるを得ない。本職とはいえ、彼がブレイカーのゲームで旧人類と引き分けたのは始めてだった。


「次。蛍石スバル」

「お、おう!」

「スバル君。敬礼しておきなって。凄く浮いてるから」


 名前を呼ばれて、反射的に身体が震えたスバルを、シデンが小声で諭した。

 そのアドバイスを受け、少年はぎこちない敬礼を作ってみせる。周囲の兵士たちは、民間人である彼の存在になんの疑問も抱いていなかった。彼らは皆、ウィリアムの術に落ちた扱いやすい兵なのである。

 しかし、彼の目に適っただけあって、ブレイカーの操縦に関してはプロフェッショナルだ。そんな中でトップクラスのオズワルドと引き分けたスバルの存在は、徐々に彼らに受け入れられていった。小さな拍手が沸き起こり、少年のメンバー入りを歓迎する。操られているとはいえ、中々気のいい連中だった。


「尚、搭乗される獄翼には、更に3人乗る」


 今回ラーニングすることができる新人類の紹介だ。

 ここに関しては、スバルも最後まで聞かされていなかった。彼はオズワルドの隣で固唾を飲みながらも、カイトの言葉を待つ。


「パターン1、マリリス・キュロ」

「は、はい!」


 名前を呼ばれたマリリスがスバルの隣へと移動した。

 余談だが、フィティングの格納庫に集められた戦士たちはその9割が男性である。残り1割が女性なのだが、パイロットという職業柄か、中々屈強な女性が揃っていた。きっつい眼光と、鍛え上げられたボディが男たちを寄せ付けない。

 そんな環境の為か、マリリスの登場は男たちから盛大に歓迎された。ぴちぴちのパイロットスーツに、野獣のような視線が突き刺さる。いたたまれないような表情で困惑しつつも、マリリスは堪えた。

 だが、そんな視線も司令官の次の一言で別の方角へ向けられる。


「パターン2、俺」


 ここは鉄板の選択肢であった。

 なんやかんやでカイトと組むのが一番落ち着くし、戦闘スタイルも合っている。なによりオズワルドに何かあった際、彼が直接指示を出せるメリットがあった。


「パターン3、エレノア・ガーリッシュ」

「へ?」


 3人目の名前が発表された瞬間、スバルは間抜けな声をあげた。

 だが、彼の困惑に誰もつっこまない。そのまま押し流すようにしてカイトは続けた。


「スバルに続く突入メンバーを確認する。3人目はカルロ・シュバイカー少尉」

「はっ!」


 カルロ、と呼ばれた黒人青年が前に出る。

 スバルはこの数カ月の訓練で、今回の突入メンバーと交流している。当然、カルロともある。だが、彼との会話は最低限のものだけだ。

 プライベートに関する会話は一切なく、ただ寡黙だったのである。長めの黒髪なのもあり、なんとなくカイトに似てるというのがスバルの印象だった。


「そして最後は、ミハエル・リオルド曹長」

「はっ!」


 やや幼さを残した声が格納庫に響く。

 屈強な戦士たちの中から選ばれた、小柄な少年。オズワルドと並んだら完全に父親と息子にしか見えない彼こそが、最後の突入メンバーであった。

 少し補足説明をしておくが、旧人類連合においてブレイカーの操縦資格は『曹長』以上の階級に与えられる。ミハエルやスバルのような、ブレイカーが操縦できる少年兵はこうした理由で曹長の権限が与えられている。

 

「スバル以外には新人類連合の新型ブレイカー、『紅孔雀』が支給されている。各自、機体チェックは怠るな」

「はっ!」


 突入兵が一斉に返事をした。

 カイトの言葉の意味は、ウィリアムの術にかかっていながらも理解しているのだ。今は味方とはいえ、仮にも敵からのプレゼントである。

 一応、中身を念入りに調査して自爆装置などが無い事は確認しているが、それでも用心を怠るべきではないというのが彼らの考え方だった。ただ、性能は確かである。何度か演習でスバルも操縦したが、加速力は獄翼と引けを取らない。寧ろ飛行ユニットが接続型ではなく、直接固定されているタイプであることを考えれば、獄翼よりも操縦が楽であると言えた。

 僅か6ヶ月で、よく1から機体をロールアウトしたもんだと、素直に思う。


「この第一突入部隊が遊園地に突入。女を発見次第、現われるであろう星喰いに狙いを定める」

「もしも女を発見して、星喰いが現われなかった場合は?」


 スバルが質問する。

 まだ質疑応答の時間ではなかったが、カイトは特に咎める事もせずに説明しはじめた。


「女と会話を試みる。いない場合は遊園地を徘徊し、女を見つける」

「遊園地に攻撃はしないのですか?」

「恐らくだが、あれは意思を持っている」


 カイトは知っている。トラセットの新生物は会話するくらいにはコミュニケーション能力が発達していた。

 新生物は意思が安定していなかったが、果たして今回も同じかはわからない。


「可能であれば、話し合いで何とかしたいと思ってる」

「それは新人類軍側も承知ですか?」


 オズワルドが真剣な表情でカイトに視線を向ける。

 過去に仲間を殺された恨みもあるのだろう。僅かな憤慨を、カイトは受け取っていた。


「ああ、向こうも承知済みだ。意思疎通が可能で、退いてもらえるのであればそれにこしたことはない」


 要するに、可能であれば地球から出て行ってくれないかと交渉しようというのである。それが叶わなければ、実力行使。

 なんとも自分勝手な話だが、それだけ危険視しているのだ。寧ろ、新人類軍が星喰いを逃がすのを許したのが意外だった。


「よくあの王が許したよね」

「恐らく、リバーラ王というよりは兵の総意に近い筈だ。連中も新生物の一件であの手の化物の相手はしたくない筈だからな」


 それに、実際に宇宙に逃げられたら手出しは出来ない。

 言い訳は幾らでもできてしまうのだ。


「作戦開始時間は午後3時ジャスト。先発隊が入った後、30分経過するか、連絡を入れ次第、第二部隊が突入する」


 カイトが先程と同じ様に、次なる突入部隊のメンバーを確認していく。

 そんなことしないでもすぐに突入すればいいかもしれないが、いかんせん穴が狭いのだ。ミラージュタイプが入って、激しく動き回るスペースもない。10機以上のブレイカーが一斉に突撃したところで、トラブルに対応できず、ドミノ倒しのように倒れていくのは目に見えていた。


 トラブルが起こる事が前提条件なのが悲しいが、相手が既にトラブルの化身のようなものなので、あまり変わりはしないだろう。


「第二部隊には、新人類王国側の代表も突入する手筈になっている。山脈を破壊するのは第二部隊の仕事だ」


 その言葉が紡がれた瞬間。

 スバル達の表情が僅かに変わった。カイトについていき、最初の会議に参加した面々は知っているのだ。向こうの代表と、大きなトラブルがあったことを。

 彼女は――――いや、彼は最後の会議に出席せず、部屋に閉じこもっていたらしい。


「来れるの?」

「……さあな」


 拒絶した張本人の態度は、あくまでそっけない。

 あの後知った事だが、エリーゼの恰好をした人物は第二期XXXで、シルヴェリア姉妹以上に敬愛の情を抱いていた人物なのだと言う。

 自分を丸ごとエリーゼにしてしまった狂気の沙汰には、彼をよく知るエイジとシデンもドン引きしていた。カイトに至っては、完全に錯乱した始末だ。


「フォローしてあげた方がいいんじゃない?」

「……面と向かう勇気はない」


 司令官という立場の癖に、兵士たちの前で堂々と弱気な発言をしてしまった始末である。彼らはウィリアムの力で特に疑問を抱いていないとはいえ、司令官のテンションが低くなると流石に不安になってくる。

 

「とにかく、その件は後だ。名前を呼ばれなかった者は山で待機。状況が変わり次第、イルマとダックに指示を与えるからソレに従え。何か質問がある奴はいるか?」

「はい」


 一通り作戦会議が終わった後、太い腕が伸びた。

 カイト達は一斉に振り向く。セーラースタイルから溢れんばかりの筋肉を曝け出したままの姿で、フィティング艦長のキャプテン・スコット・シルバーが挙手していた。


「はい、キャプテン」

「待っている間、俺は何をすればいいんだ?」

「ビルドアップでもしておいてくれ」

「がっはっは! 任せろ、得意分野だ!」


 得意分野を任され、急に元気になって笑い出すハゲ頭のマッチョマン。

 格納庫の電灯によって照らされた、ぴっかぴかの胸板が妙に眩しい。正直に言って、目に悪かった。

 

 余談になるが、カイトは指揮を出す立場にある手前、フィティングのブリッジメンバーとある程度の交流を深めている。その中で彼が学んだのは、意外とブリッジを任せられた猛禽類たちが、ジェスチャー上手だと言う事。

 そして艦長であるスコットが、翻訳以外はビルドアップしているだけだということだ。

 カイトはスコットに対し、何も期待していなかった。

 

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