第105話 vs人類の脅威
ミッチェル・グレイ少尉の悲痛な叫び声が会議室に木霊する。
彼が見たであろう、ゴンドラの中の女は笑みを浮かべたと思いきや、徐々に体が崩れていった。女だけではない。ゴンドラ、観覧車までもが溶け始め、遊園地そのものが形を変えていく。
「これは」
グレイがカメラの調整を忘れて叫びまくっている為、細かい様子はわからない。
だが、グレイと同じ機体に乗っていたオズワルドがブレイカーの視点を切り替えたお陰で、辛うじて遊園地全体の状況を確認することができた。
アトラクションは完全に溶解している。
きらきらと眩い明かりを放っていたジェットコースターや観覧車は鋼の水に姿を変え、再び形を形成していく。
これと似たような光景を、トラセットで見たことがある。
「新生物の進化と似てるな」
「つぅことは」
溶けた後、何になるのか。
一度前例を見ている以上、想像するのは容易い。きっと目の前に現れたブレイカーをモデルにした姿に変身するのだろう。
カイト達はそう思っていた。
「残念だが、今回はスケールが違う」
だが、その予想はウィリアムによって簡単に打ち砕かれた。
映像の中の遊園地が銀色の液体になり、どんどん膨らんでいく。ここまでの過程は新生物と同じだ。
「お、おい。なんかデカくねぇか?」
唯一の違いがあるとすれば、そのサイズ。
トラセットの新生物は大凡40メートルほどの巨大な肉団子となり、様々な進化を果たした。
だが、今回は軽く見積もってもその倍以上はある。オズワルドの視点になって見上げると、その大きさがよりリアルに伝わってきた。
「ウィリアム。調査に駆り出されたブレイカーの全長は?」
「資料によれば、この時使われたのはミラージュタイプの量産機『蜂鳥』。全長は17メートル程だ」
全長17メートルといえば、獄翼と同じサイズである。
その大きさの巨人が見上げてしまうほどに、銀色の球体は膨れ上がっていた。
だが、巨大化も長くは続かない。
一定のサイズにまで膨れあがった後、球体にひびが入った。
まるで卵が割れるようにして一気に殻が砕け、球体から中身が出現する。
「推定、おおよそ200メートル」
背中に生える、蝙蝠のような禍々しい羽。
長い尾の先端で光る、槍のような突起物。
恐竜図鑑の中のティラノサウルスのような巨大な顎と牙。
それらの要素を全て纏めたうえで、この生物を表現するのであれば、
「大怪獣だ」
映像の中で例えられた大怪獣が、挨拶をするように雄叫びをあげた。
グレイが撮影しているカメラが、怪獣の咆哮で揺れる。それから間もなくして映像が途切れた。
「映像はここで止まっている。恐らく、パニックになったグレイ少尉が途中で止めたのだろう」
「あれが人類の脅威か?」
「そうだ。無事に山脈の穴の中から戻ってきた2人のパイロットは重症を負い、特にグレイ少尉は精神崩壊を起こしている」
「精神崩壊だと?」
さっきの怪獣に襲われて、怪我を負ったのであればわからんでもない。
しかし実際にグレイを襲ったのは精神崩壊である。パニックで気が狂っただけかと思ったが、ウィリアムの口ぶりから察するにそれは違うのだろう。
「多分、ゴンドラの女に見られたのが原因だ」
動画が巻き戻され、ゴンドラで一時停止される。
黒目と赤い瞳孔が印象的な、不気味な女がカイト達に微笑みかけた。
「イルマから聞いたが、トラセットの新生物は音波で君たちを植物人間にしてみせたそうじゃないか。それの亜種だと考えてもいいと思う」
「なら、こいつもアルマガニウムの影響で生まれた新生物なんじゃないのか?」
カイトが疑問を投げる。
だが、ウィリアムは首を横に振る事で回答した。
「山脈で採掘された石を調べたところ、アルマガニウムの原石が埋まっていた隕石と同じ成分が検出された。専門家曰く、これは地球では確認されていない物質だ」
では、どこから運び出されたのか。
決まっている。原石と共に地球の外から来たのだ。そうとしか考えられない。
「じゃあ、この女は宇宙人なのか?」
エイジが新たな疑問を投げた。
ウィリアム曰く、人類の脅威とは地球外生命体であるらしい。ならば大怪獣に変身して見せたこの女こそ、そう呼ぶに相応しいのではないかと考えたのだ。
目玉の不気味加減も、ミステリアスっぽくて違和感がない。
「調べてみたが、彼女はこの遊園地で勤務していた役者だと思われている」
「え?」
宇宙人と呼ばれた女の表情とは別に、女の顔写真が表示された。
名前はマリア・バスカル。記録によれば、遊園地が閉園になって間もなくした頃、他の従業員と共に行方不明になっているらしい。
ゴンドラの女と並べてみれば、確かに同一人物と思えるくらいに似ていた。
「あの遊園地は実在したのか」
「山脈が無ければ、あの場所には遊園地があった。近隣住民に確認はとれている」
それゆえに、信頼できる情報でもある。
「元々森林区域にある遊園地だったから客の出入りはそこまで良くなかったらしい。交通の便もよくないし、閉園前は電源関係のトラブルもあったそうだ」
今にして思えば、その電源のトラブルこそがこの山脈の影響なのだろう。
閉園した後はたまに関係者で集まって、昔を懐かしんでいたのだそうだ。
「なるほど。同窓会で集まっていたら、山脈に取り込まれたってわけか」
「恐らく。そして山脈は、徐々に大きくなっている」
映像が再び切り替わる。
今度は山を真上から眺めた写真だった。写真は2種類あり、上の写真と比べて下の写真は明らかに山の範囲が大きくなっている。近くの山とぶつかっているほどだ。
「上は去年の写真だ。下は今年に入ってからになる」
「1年でこれだけ活動範囲を大きくしているのか……」
まるで近くにある山を食べる為に、腕を伸ばしたようだとカイトは思う。
実際その通りなのだろう。銀の山と『遊園地』は餌を求め、活動範囲を広げている。
このまま放っておけば、地球全体が覆われてしまうかもしれない。
「しかし、わっかんねぇな」
一通りウィリアムの話を聞き終えたエイジが、腕を組みながらぼやく。
「こいつが本当に隕石と同じタイミングで地球にやってきたとして、だ。100年もこいつは地球に潜伏してたわけだよな。誰にも見つからなかったのも不思議なんだけど、どうして今出てきたんだ?」
「さあ、流石にそれは正確な答えを出せない」
だが、想像することはできる。
ウィリアムはこれまで出てきた情報を再度集め、イメージした。
「まず、隕石が落下した。この時、被害は奇跡的に最小限で済んだと言われている」
海に落下した際、津波すら襲ってこなかったのはまったく奇跡だとしか言いようがなかった。
後に、その理由は隕石の中にあったアルマガニウムが安定性を保とうとしたからではないかと推測されたのだが、ウィリアムの考えは違う。
「その衝撃の際、隕石から中身が出てしまった。それがこの怪物だ」
隕石墜落のショックで自分が死なないように力場を安定させる。こうすることで化物も地球も無傷で済み、結果的には隕石とアルマガニウムの原石だけが残ることになる。
「隕石から抜け出た後、こいつは地中に潜っていたんだと思う」
「地中に?」
「ああ。山脈は地面からでてきていることは確認されている。あれを作ったのも化物だと考えるなら、前の住処は地中だと考えるのが自然だ」
では、地中で何をしていたのか。
ここに関しては証拠がある訳でもないので断定的に言う事が出来ないのだが、敢えて候補をあげるのならば、
「地球に落ちた時に出来た傷を癒すか。それとも土の中で地球のエネルギーを食べていたか」
「エネルギーって?」
「そのままの意味だよ。地中でそれとなく地球を食べていたってこと」
いずれにせよ、明確な答えはない。
ただ、それがある日突然地上に姿を現し、堂々と餌を求めるようになった理由はある程度見当がつく。
「今、地上はアルマガニウムで満ちている。用途はそれぞれだが、昔の寝所と同じにおいがする場所は落ち着きがある筈だ」
「なるほど。大体わかった」
完全に『遊園地』の目的を知る為には、本人の口から聞く以外にない。
ゆえに、これ以上話題を続けても不毛だ。カイトはそう感じると、すぐさま別の質問を投げた。
「では、改めて聞こう。お前は俺達に何をさせたい」
「先程もちらっと説明したが、山脈の中から生きて帰ってこれたのは今の所2人だけだ。だが、あの中に入らないことには化物と戦う事も出来ない」
「山脈を爆撃するのは?」
「やったが、効果は無かった」
やったのかよ。
先程流れた銀の山の映像を見る限り、焼野原すら見当たらなかったのだが、つい最近の出来事なのだろうか。
思ってたよりも行動的に動いている同級生に驚きつつも、カイトはウィリアムの言葉を待った。
「恐らく、今の旧人類連合で遊園地に挑めるのはゼッペルくらいだろう」
「回りくどいな。もっとはっきり言え」
「ならそうしよう。新人類軍と協力して遊園地に入って、化物を倒してもらいたい」
最初からそう言えばいいのに、とカイトは思う。
ウィリアムの言葉はどうにも勿体ぶる傾向がある。もっとゆっくり話したいのかは知らないが、シデンにスバル達の面倒を押し付けてしまっている手前、あまり長々と話す気は無かった。
「それは旧人類代表として、か?」
「そうだ。XXXの指揮を務めていた君に、代表として出てもらいたい。勿論、イルマもつける。そうすれば問題なく代表としては振る舞えるはずだ」
器用に変身する大統領秘書の顔を思いだし、カイトは少し苛立った。
確かに大統領秘書を務めた経験があるイルマが近くに居れば、ある程度はなんとかなるだろう。だが、代表としての面子を気にするならイルマ本人にやらせればいい。
「俺が代表になるメリットがない」
「君にはない。だが、旧人類連合にはある」
「どんな理由か聞いていいか?」
「新人類王国が、始めて異端分子を取り逃がしたことになる」
実際、既に取り逃がしてしまっているわけなのだが。
それが旧人類連合の代表として立てば、相手側にプレッシャーをかけることができるとウィリアムは考えている。
しかも代表として立つのは、嘗て新人類最強の男として王国に君臨したカイトだ。彼の影響力がどの程度の物か、ウィリアムはよく知っているつもりだった。
「少なくとも、第二期XXXは僕らに協力してくれる筈だ。それだけでも王国を支え続けた絶対強者主義は揺れて、民は強い不安に煽がれる」
民とまでは言いすぎかもしれない。
どちらかといえば、新人類軍に務める兵士達だろう。自分たちは常に勝者であるべきという姿勢が、始めて完全に打ち砕かれるのだ。
それだけでも今後の戦いに大きく関わってくる。
「ウィル」
そこまで語ったところで、カイトが不意に愛称で呼び始めた。
ウィリアムは知っている。カイトが自分を『ウィル』呼ばわりする時。
それは、怒っている時だ。
「お前は俺をどうする気なんだ」
「敢えて言うなら、こちらの司令塔になって欲しい」
「断る」
あっさりとした回答だった。
昔のように怒鳴られることは無かったが、視線からもひしひしと感じる事が出来る怒気が、確かにウィリアムを捉えている。
「もうこれ以上、ボロボロになるのは御免だ」
「そうさせない為に、僕はイルマとゼッペルを派遣したんだ」
「ウィル!」
これ以上の問答は不要である。
一言でその意思を叩きつけると、カイトはウィリアムを睨んだ。
「今の事情はわかった。確かに、このままいくとアレは人類の脅威になるかもしれない。今回だけは引き受けてやる」
だが、
「それ以上は無しだ。俺たちは王国や旧人類連合とは関わらない。全員だ」
最後の言葉を特に念入りに押していくと、カイトは席から立ち上がる。
それを会議終了の合図と受け取ったエイジも、続けて立ち上がった。
「カイト」
そのまま立ち去ろうとするカイトの背中に向け、ウィリアムは語りかける。
「僕はリバーラ王のいう絶対強者主義は、的を得ていると思っているよ。この世界を収めるのは力ある者がするべきだ」
だが、今の世界でその座に相応しいのはリバーラではない。
特定の政治家が座るべきかと言われれば、それも違う。口だけで戦う彼らよりも、もっと痛みを知っていて、同時に相手を黙らせる力がいる。
今、目の前にいる男のように。
「僕が知る限り、君が一番適してると思うよ。君は最強の人間なんだからね」
「聞かなかったことにしてやる」
振り返る事はなく、カイトは会議室から出ていった。
一応、エイジは顔をしかめながらフォローに入る。
「もうアイツにとってエリーゼ関係は禁句だ。気を付けておいた方がいいぞ」
「何かあったのかな?」
「言いふらすようなもんじゃねぇよ。取りあえず、詳しい日程と計画が決まり次第また連絡してくれ。じゃあな!」
エイジが会議室から退出すると同時、ウィリアムは軽く溜息をついた。
詳しい日程やプランもなにも、先程説明したのが殆どそれなのだ。拒否された以上、新たに練り直すしかないのだが、そのあたりを理解しているのか疑問である。
「仕方がない」
ウィリアムは肩をすくめ、ノートパソコンを叩く。
開いていたファイルが一通り閉じられ、新たなファイルがクリックされる。
ファイル名は『第2プラン』と示されていた。
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