第104話 vs映像記録
ウィリアム・エデン。年齢、24歳。
XXXの中では一番年上であるが、戦場において前線に出しゃばったことはない。
生まれ持った異能の力は催眠術。催眠にかかった旧人類は永遠に彼の手駒になり、死ぬまで操り人形のままである。
その特性ゆえに、彼は後衛であることを望んだ。ウィリアムは身体能力に特化された新人類ではなく、前線で戦えば足手纏いになることがわかりきっていた。だからこそ己の立ち位置を早い段階で決めて、サポートに回る事を望んだ。XXXの勝利は最大の喜びであり、自分がその輪にいる事実が幸せだった。
そんなウィリアムが新人類王国から逃げ出したのには理由がある。
リーダーを務める年下の少年、神鷹カイトが受けた過度なまでの調整だ。その内容は思い出すだけでも寒気がする。
何度か敵兵に同じことをやらせてみたが、とても人間がやるような実験ではなかった。カイトが再生能力の保持者でなければ、今頃こうして到着を待つ事もなかっただろう。
ウィリアムは会議室のど真ん中でおもむろに手鏡を取り出し、身だしなみを確認する。
寝癖なし。髭もきちんと剃ってある。ネクタイもばっちりだ。
6年ぶりに再会する仲間に見せる自分は、しっかりしたものでなければならない。身だしなみは最低限のマナーだ。清潔感のある服装と容姿に整えることで、嫌悪感をなるだけ削っていく。
ウィリアムは己が嫌悪感を持たれていることを知っていた。
仲間たち。特にカイトからは、時々叱られていた。理由は簡単だ。旧人類に術をかけ、無意味に殺していったからだ。
民間人に自害を迫った時なんか一晩中カイトに叱られた。年下に怒られる姿は、客観的に見て非常にカッコ悪い物であっただろう。
だが、それでカイトに嫌悪感を抱いたかと言われれば、答えはNOである。彼は自身の身を削り、自分たちを救ってくれたからだ。それはきっと、エイジやシデン達もそうだろう。
ゆえに、ウィリアムは感謝こそすれど恨むことはしない。
仮に6年ぶりの再会を果たし、カイト達がまだ自分に嫌悪感を抱いていたとしても、だ。
そんなことを考えていた時である。
「失礼します」
会議室の扉から軽いノック音が聞こえた後、『元部下』の声が聞こえてきた。ウィリアムは手鏡を仕舞うと『どうぞ』と答えて来客の訪問を歓迎する。
会議室の自動ドアがスライドした。
その真正面にいる青年が鋭い視線をウィリアムに送ってから、部屋へと入る。
あの眼光。
間違いない。
ウィリアムは青年の姿を視界に収めると、椅子から立ち上がった。
「やあ、カイト」
6年ぶりの再会である。
前に会ったのは16歳の時だから、今の彼は22歳の筈だが、時の流れは意外と人を変えないものだ。
ウィリアムの目の前にいる青年は、6年前に比べてあまり違和感が無かった。ほんの少しだけ纏う空気は変わっているのだが、容姿は殆ど変らない。よくもこれで今まで王国を誤魔化してきた物だと、素直に思う。
「ウィリアム。久しぶりだな」
「よぉ!」
軽い挨拶をしたカイトの後に続き、もう一人青年が足を踏み入れてきた。
身長180センチ越えで、目元に残る切り傷。彼もまた、6年前のチームメイトであることをウィリアムは記憶している。
「エイジ。元気だったかい」
「お陰様でな」
ぷらぷらと手を振ると、エイジは手頃な椅子に着席。
豪快に背伸びをした後、早速本題に移った。
「で、人類の脅威ってなんなんだ?」
前置きも何もない、直球の質問である。
もっとなにか言われるのでは、と身構えていたウィリアムも、これには面食らった。カイトが静かにエイジの隣に座るのを確認すると、ウィリアムは口を開く。
「他に何かないのかい?」
「人類の脅威以外に、大事な話があるのか?」
至極全うな台詞である。
元々、彼らを呼び出した理由は人類の脅威に立ち向かう為に力を貸してほしいからだ。それを全面に出されると、ウィリアムとしては頷かざるをえない。
だが、それは抜きにして気になる事があった。
「シデンに、イルマはどうした? 旧人類も2人ほど連れてきていると聞いたが」
会議室の自動ドアを再び見やる。
カイトとエイジ以外に誰も入ってくる気配は無く、元部下のイルマでさえも部屋の中に入ってこようとはしなかった。
「俺達が代表で話を聞く」
「代表?」
訝しげにドアを見つめるウィリアムに向けて、カイトは言う。
「話を聞くだけなら、全員でやる必要はない。それに、トラセットでみんな疲れてる」
もっともな台詞だな、とウィリアムは思う。
トラセットでの戦いの結末がどうなったのか、ウィリアムもイルマから聞いている。ゆえに1日で旧人類であるスバル達の疲れが抜けないのは納得できるが、カイト達の心の奥底にそれ以上の感情が潜んでいることをウィリアムは理解していた。
まあ、それは仕方がない。
自分の今の立ち位置を含め、彼らにはわからないことだらけだろう。いきなり人類の脅威が現われたから一緒に戦おうなんて言った所で、素直に『はい、そうですね』と納得してくれる性格でないのは十分承知だ。
要するに警戒されているのでる。イルマも近づけさせず、2対1にさせたのがいい証拠だ。
本来ならもっとフレンドリーに、順序を踏んでから本題に入りたかったが、こうなっては仕方がないだろう。下手に機嫌を損ねれば、この2人を敵に回しかねない。
それだけは何としても避けたかった。
「わかった。では早速話をしよう」
本来ならイルマに操作させる予定だったノートパソコンを起動させ、会議室の中央に備えられていたモニターが光る。
ウィリアムはそのまま会議室の明かりを弱めると、パワーポイントを起動させた。事の顛末を説明する為に用意した、簡単な資料だった。
だが、それでも簡単な挨拶だけで再会を果たすのは心苦しい。
ウィリアムは話を始める前に、2人の顔を眺めてから言った。
「まず最初に、2人とも……いや、シデンを含めて3人か。よく無事に生きていてくれたね。あの爆発の中、みんなの安否を確認できなかったから心配だったんだ」
「好きで生きてたわけじゃないがな」
そっぽを向くようにして視線を逸らすカイト。
その態度に思わず首を傾げるが、エイジがすかさずフォローに入った。
「みんなの安否って事は、ヘリオンやエミリアがどうなったのかわかんねぇのか?」
「ヘリオンはわからないが、エミリアとは途中まで一緒だったよ。ただ、追手の目を誤魔化すために別行動をして、それ以来さっぱりだ」
なるほど、とエイジは頷いてから会議室のモニターに視線を向ける。
挨拶はそろそろ終わりにして、はやいところ本題に入れと言う無言の合図だった。その意思を汲み取ったウィリアムは、最低限の昔話を惜しみながらも切り上げ、話し始める。
「結論から言うと、人類の脅威とは」
パワーポイントの見出しが捲られ、早速結論が提示される。
そこにはでかでかと、嫌でも目立つような文字でこう記されていた。
「地球外生命体だ」
「ちきゅうがいせいめいたいぃ?」
エイジが顔をしかめがら言う。
その言葉の意味がわからないわけではない。だが、突然言われてもリアティが無さすぎるのだ。
「それは宇宙人なのか?」
腕を組みつつ、カイトが問う。
だがその質問に答える為に、ウィリアムは数秒の時間を要した。どう表現すればいいのか、迷ったのだ。
「どちらかといえば、隕石だ」
「は?」
なんじゃそりゃ、といった様子でエイジが身を乗り出した。
見れば、カイトもリアクションに困っている。エイジはともかく、カイトのこういった表情は見ていてとても新鮮だった。だが、ウィリアムは楽しんでこんなことを言っているわけではない。
「アルマガニウムの隕石の話は知ってるだろう」
「当然だ。一般常識だぞ」
今からおおよそ一世紀ほど前。地球に隕石が降り注いだ。
後に地球最大のエネルギー資源となるアルマガニウムの原石を積み込んで、だ。
「その中にあったのがアルマガニウムの原石だけではなかったとしたら、どうする」
カイトの眉が僅かに動いた。
目は大きく見開かれ、驚きの表情を作り出す。
「……もしもそれが本当だとして、だ」
「勿論、証拠はある」
カイトの台詞は予想済みだ。
むしろ、カイトでなくとも同じような反応があがるのは目に見えていた。それゆえ、ウィリアムはあらかじめ準備を終わらせている。
「これを見て欲しい」
映像が切り替わり、動画再生アプリが起動し始めた。
ややあってからプレイヤーの表示部分に、ある物が映し出される。
銀色の山だった。
周囲を森に囲まれながらも、どっしりと構える巨大な山脈。傍から見れば綺麗な雪山に見えるかもしれない。
だが、よく目を凝らしてみてみると、
「金属か、これは」
「そうだ。巨大なアルマガニウム反応も出ている。それに、生命反応も」
一見、雪に見える銀の輝きは、自然の中では見ることがない輝きを放っていた。山脈は他の色を纏う事は無く、上から下まで全てが銀色で構成されている。
だが、山ほどの大きさのアルマガニウムが森の中に存在しているなんて世間一般では知られていないことだ。
「現在、この場所は立ち入り禁止区域に指定してある。マスコミは全て僕が抑えた」
「場所は」
「グルスタミト。旧人類連合では、この山のことを『遊園地』と呼んでいる」
その呼称が出てきたところで、カイトとエイジはお互いに顔を見合わせた。
まあ、その気持ちはわからんでもない。
軍部がそういう決定を出した時、ウィリアムも『どっちかといえばマウンテンじゃないのか』と思った。
だが、そう呼ばれるだけの理由がある。
「次にこれを見てくれ」
様々な視点から映し出される銀色の山の映像が切り替わり、突然画面がブラックになる。
別の動画ファイルが再生されたのだとカイト達が気付いたのは、音声が流れてきてからだった。
『これより、山脈の調査を行う。βチームの記録係は私、ミッチェル・グレイ少尉が担当』
若い青年の声だ。
音声だけが流れる中、画面はまだブラックのままである。次の映像に切り替わるまで、ウィリアムは補足を行う。
「5年前の6月18日。山脈に調査団が派遣された。チームは3つ、メンバーは15名」
「映像が暗いのは何故だ」
「山脈には幾つかの大きな洞窟が確認されていて、中に突入したのはブレイカーだったからだ」
「じゃあ、これはブレイカーの視点映像を録画した物か」
エイジの言葉にウィリアムが頷く。
彼は重々しく首を動かすと、視線を僅かに下に向けた。
「生還できたのは、グレイ少尉を含めて2名」
「なんだと」
「ついでにもう少し補足しておくと、グレイ少尉が搭乗していたブレイカーは録画を目的としていたので、彼以外にもうひとり、操縦に専念するパイロットがいた。つまり、生き残ったブレイカーは12機中1機だけだ」
つまり、グレイ少尉が乗った記録用のブレイカーが運よく撃墜を逃れ、命からがら生還したわけである。
その為、これから流れる映像だけが山脈の中の様子を記録していた。この映像を事実であると認識しなければ、山脈について語る事が出来ないのだ。
『おい見ろよ!』
映像が切り替わり、山脈の中の様子が映し出される。
だが、グレイたちの前に広がった光景は彼らの予想を逸脱した物であった。
『グレイ少尉! お前の目には何が見える!?』
『ゆ、遊園地です! それだけじゃありません!』
カメラが揺れ、上下左右に動きだす。
パイロットの心理がダイレクトに伝わってくる、動揺のカメラワークだった。
『空も! 山も! 自然もあります!』
上を向けば夜空に染められた雲が。
下を向けば黒い森が。
左右を向けば、そこには山がある。
正面には、明かりが付いた遊園地。
穴の中に入ったかと思いきや、彼らを待ち受けていた物は『外』だったのだ。
『オズワルド、今何時だ!』
『まだ昼の12時だ! 夜になるには早すぎる!』
グレイは同じコックピットに搭乗した同僚に確認することで、カメラ時刻に異常がない事を理解した。
同時に、ここが自分たちの住む世界とはまるで違う所なのだということも。
『β1より各機へ。一旦、深呼吸だ』
慌てふためく隊員たちに、部隊長を務める男が声をかける。
隊員たちはその指示に従うと、部隊長は状況を確認していった。
『β2、α部隊とγ部隊の反応は?』
『両方とも健在です。我々も含め、全てが山脈の中で健在』
『了解。みんな、聞いての通りだ』
穴に飛び込んだつもりが、どういうわけか外にいた。
だがここはまだ山の中である。その事実を確認すると、部隊長はチームに指示を出す。
『ここは俺達の想像を超える場所らしい。しっかりと記録をとって帰るぞ。β4、わかったな』
『了解!』
部隊長からの念押しにも似た指示に、グレイとオズワルドが了承の言葉を投げる。
それに満足すると、部隊長はもっとも目立つ建設物に注目した。
『β4、あのイヤでも目につく遊園地をよく撮っておけ。もしかすると、あれがあるのは俺達の場所だけかもしれん』
『了解』
その言葉を反映するかのようにして、カメラ映像がズームアップされる。
グレイの操作するカメラは遊園地にあるアトラクションを1つずつ、確実に捉えた。
コーヒーカップ。
メリーゴーランド。
ジェットコースター。
海外の建築物を模したアトラクション。
ゴーカートもある。
それら全てが、無人で稼働していた。
周囲は真っ暗だが、遊園地は宝石のように光り輝き、存在感を放っている。注目してくださいと言わんばかりだ。
グレイも気になっていたのだろう。カメラは時折、無人の操作室をゆっくりと通り過ぎて行った。
そうやって一通りのアトラクションを撮影したところで、カメラは遊園地のシンボル、観覧車へと視線を移す。
この遊園地で一番印象深いのが、観覧車だった。
なんといっても、建築物として一番大きい。ズームにする前、遠くから見ていても存在感が他のアトラクションと違って段違いなのだ。
「前もって言っておく」
グレイのカメラが観覧車のゴンドラを映し始めたと同時、ウィリアムは口を開いた。
映像に釘付けになっていたカイトとエイジは、視線をそのままにして耳だけを傾ける。
「これはすべて実際に起こった、無編集映像だ。断じて特撮などではない」
カメラがゴンドラの中身を映しながら、ひとつずつ観覧車のてっぺんへとカメラを上げていく。
「よく覚えておけよ」
カメラがてっぺんのゴンドラを映した。
その瞬間、音声が僅かに乱れる。
『隊長! 隊長!』
『どうした、β4、なにがあった!?』
映像に何が映ったのかも知らず、部隊長がグレイに語りかける。
今この瞬間にも、カメラはグレイに恐怖を与えていた。そしてその映像は、この場でカイトとエイジを唖然とさせている。
『ひ、人がいます! 観覧車のてっぺんに、人が! お、女が!』
『なんだと!?』
部隊長を含め、この時同行していた者はオズワルドを除いて知る事も無かったのだが。
てっぺんのゴンドラには、グレイの言う通り女が座っていた。
白いドレスを身に纏い、黄金のティアラで着飾っている美しい女性。その出で立ちは、まるで結婚式で着用するウェディングドレスである。
だが、ただの女でないのは一目瞭然だった。
場所が場所なのもそうなのだが、何よりも不気味だったのはその瞳。
女は真っ黒な目玉に赤い瞳孔を剥き出しにして、カメラに視線を向けていたのだ。
まるでこちらを見ているかのように。
直後、女は笑みを浮かべた。
舌なめずりしながらも、にっこりと。
「これが、人類の脅威だ」
グレイの狂ったような悲鳴が、動画ファイルから溢れだした。
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