第101話 vsゼッペル・アウルノート ~戦闘に特化された男編~
「へっくし!」
深夜のフィティング艦内。その格納庫の入り口を跨いだタイミングで、カイトはくしゃみをした。時刻で考えれば冷え込んでもおかしくはないが、空調が利いている艦内で急に風邪を引くのはどうにも解せない。
「風邪ですか、ボス」
「……誰かが噂でもしてるんじゃないか?」
余談だが、シンジュクでゲイザーと戦って以来、風邪薬は毎日飲んでいる。
「風邪薬は自分のを使う。貴様は黙って案内しろ」
「了解、ボス」
まあ、案内といっても既に格納庫に入っているのだ。
この艦に収納されているブレイカーの数が限られており、尚且つ探し人が乗る機体が特機であることを考えると、探し出すのはそんなに難しいことではない。
「あれか」
実際、カイトがきょろきょろと見渡せばすぐに見つかる始末である。
彼はイルマの案内に頼ることなく、速足で鬼のもとへ向かう。
「ぬ」
が、しかし。
そんなカイトの進行を塞ぐようにして、イルマが立ち止まった。彼女はゆっくりとカイトに振り返ると、鬼を指差し言う。
「ボス、ゼッペルはあの鬼のコックピットにいます。付いて来てください」
「いらん。貴様に合わせる理由がない」
「付いて来てください」
「自分のペースで行くと言っているんだ」
「付いて来てください」
「どけ」
「付いて来てください」
「……」
「付いて来てください」
5回である。よもはや、これだけ自分の意思をゴリ押してくる秘書もそうはいないだろう。
イルマ曰く、『私はあなたの所有物です』とのことだが、早くもその言葉に疑問を覚えた。
「お前、もしかして俺の言うことがきけないのか?」
ぴくり、とイルマの肩が震えた。
彼女は首を横に振ると、カイトの言葉を否定する。
「まさか。私はボスの為に存在しています。ボスの決定に文句を言う輩がいるのであれば、それを制裁するのが私の役目です。逆は決してありえません」
よくもまあ、そんな口を叩けたもんである。
カイトは呆れながらも、イルマの歩行ペースに合わせて鬼へと向かうことにした。舌戦でこの女に勝てないのは、夕方証明されたばかりだ。
「どうでもいいが、なぜ5回も同じことを言った?」
「なんのことでしょうか」
「おい」
意外といい根性をしていやがるな、とカイトは思う。
ただ、彼の不機嫌さを察知したのか、イルマは声のトーンを若干落として言った。
「ただ、私はこの5年間ボスの為に生きてきました。ボスとしては納得できないかもしれませんが、一度勝負して納得していただいた以上、あまり無下にして欲しくはありません」
「……善処しよう」
これが本音か。
自分の都合の悪いことは誤魔化したままでいる辺り、ちょっと捻くれているが、その気持ちがわからんでもない。
イルマがこの5年間、具体的にどのような日々を過ごしてきたのかは知らないが、彼女の言葉にはカイトにも覚えがある。今では遠い思い出だが、自分がエリーゼに抱いていた気持ちも、言葉にすれば似たようなものになっていただろう。
それを思うと、あまり無下に扱うのも躊躇われた。
特に自分とエリーゼの結末を考えれば、余計に。イルマが全く同じ感情を自分に抱いている確証はどこにもないのだが、当時の自分と重ねてしまったのは確かだ。
なので今は、イルマの言葉を少しだけ尊重する。
「ボス、会話ついでにお伺いしたいのですが」
「なんだ」
イルマは先導したままカイトに問う。
「ゼッペルに会って、どうするのです? ボスの秘書は私だけいればいい筈ですが」
「調子に乗るな。ついでに言えば、俺は元から秘書など必要じゃない」
そんな柄でもないし、秘書が必要になるほど労働をしているわけでもない。
イルマみたいなのが増えたとしても、迷惑なだけだ。だが、そのような答えを呟いたところでイルマは納得しないだろう。ゆえに、カイトは本音を答えを口にする。
「だが、そうだな。敢えて言えば、どのくらい強いのかを見てみたい」
トラメットでレオパルド部隊を相手に戦った時、カイトは誰かが犠牲になる可能性を覚悟していた。否、覚悟せざるをえなかった。新生物との戦いの後で獄翼がスクラップになりかけていたのが一因だが、その状況から一気に逆転してみせたインパクトは大きい。
そして恐らく、鬼を操縦している新人類も同じくらい強いのだろう、とカイトは予想していた。もしもゼッペルが自分たちに襲い掛かってきたとして、果たして抑えることができるのか。頭の中ではそんな考えが一人歩きしている。
「本人に興味が湧いたって言うのが、一番適しているかもしれん」
「なるほど」
頷きつつも、イルマは問う。
「では、ボスは私にも興味を抱いてくれているのですね?」
「いや別に」
カイトの前方を歩くイルマの肩が、がっくりと項垂れたのが見えた。
神鷹カイト。同情はしても、根は素直な男である。
「納得がいきません。ボス、訂正を要求します」
「どの辺に訂正があると言うんだ」
「ボスにとって一番役に立つのは私の筈です。腕の精算も全部私がやりました」
「別に俺はゼッペルにそういう感情を抱いているわけじゃないぞ」
露骨に対抗心を燃やすイルマを余所に、ふたりは鬼の真正面に到着する。
イルマは面白くなさそうな表情のまま鬼に振り向くと、中にいるであろう兵に呼びかけた。
「ゼッペル・アウルノート。出てきてください。ボスがお呼びです」
場を静寂が支配した。
鬼から返答はない。本当にコックピットにいるんだろうな、とさえ思える程、格納庫は静かだった。
だが、静寂は長くは続かない。たっぷり1分くらいだろうか。イルマの言葉からそのくらい経過した後、鬼から青年の声が響いた。
『ボス?』
「このお方です」
リーダーと呼ぶと怒られると思ったのだろう。
イルマは敢えて呼称を使わず、カイトを直接見せることでゼッペルに認識させる。
「あなたに会ってみたいのだそうです」
『それはご苦労なことだ。しかし、もう少し時間を考えてほしいものだな』
少し言葉を聞いて、カイトは理解する。
ゼッペル・アウルノートはイルマと比べても、思考を教育されたわけではない。彼女に施された教育の分もすべて戦闘につぎ込まれたのだ。だとすると、イルマのように付き従うことを喜びとはしていない。気に入らないと思えば、そのまま襲い掛かってきても不思議ではないのだ。
「夜分遅くに来たことは謝る。だが、お前がまだ起きていられると聞いてな」
『あなたは、起きていられないのか?』
「少なくとも、いつか寝ないと倒れる」
ここまで戦うことに特化された新人類はこの世に存在しない筈だ。不眠不休で戦い続ける戦士など聞いたことがないし、新人類王国に務めていた頃でもそんな戦士の存在は耳にしたことがない。
そういう意味では、カイトはゼッペルを『オンリー1』であると認識している。
「それに、今を逃すとお前と喋る暇がなくなりそうだ」
『そこまでして私と接触する理由を伺ってもいいかな?』
「最強の兵と呼ばれるお前に興味がある」
『あなたが最強の兵と呼ばれたからか?』
「それもある。だが興味があるのは、ゼッペル・アウルノートがどれだけ凄い奴なのかっていうことだ」
その言葉に対し、返答はなかった。
代わりに口を開いたのは、鬼のコックピット。そのハッチがゆっくりと開く音である。露わになったコックピットブロックから、ひとりの青年が身を乗り出した。
「お前がゼッペル・アウルノートか」
青年の姿を、カイトはまじまじと観察する。
見たところ、年恰好は自分たちと同じくらいだろうか。整った顔立ちに、顔の右半分を完全に覆っている前髪が特徴的な男である。
男はカイトを見上げると、ぼそっと言う。
「そうだ」
それだけ言うと、ゼッペルは跳躍。
綺麗な放物線を描きつつ、カイト達の横の通路へと着地した。
「なにかご感想は?」
笑みを浮かべ、ゼッペルは問う。
その微笑が妙に挑発的に見えるのは、きっと己の力を誇示してのことだろうな、とカイトは思った。もしかしたら知らない内にこの男に対抗意識を燃やしている可能性も捨てきれないのだが、カイトはあくまで冷静な態度のまま、ゼッペルの第一印象を口にする。
「髪。邪魔じゃないのか」
「そうでもない。意外となんとかなるものさ」
現にレオパルド部隊を相手にしたとき、まるで意に介した様子がない。ゼッペルのスティタスの高さがそれとなく伺える要素ではあった。
「それで、私が鬼のコックピットから出てきたところであなたはどうする? このままお茶会でもしようか」
「では、私は紅茶を」
「いらん」
放っておけば本当にイルマが淹れて来そうなので、阻止する。
「……お前から見て、俺の感想はどうだ」
「意外と馬鹿っぽそうかなって思ってるよ」
遠慮のない男だ。
面と向かって、そこまでいうか普通。
「後、」
だが、ゼッペルの言葉は終わらない。
彼は左目にカイトの顔を映しながらも、言った。
「私の方が強そうかなって」
大した自信だ。カイトは心底そう思う。
だが同時に思った。見る目、あるかもしれない、と。
「試してみるか?」
笑みを浮かべつつ、ゼッペルを挑発する。
実際、どちらが強いのかは興味があった。それはゼッペルも同じだろう。一瞬、彼が歓喜の笑みを浮かべたのを、カイトは見逃さなかった。
「では、お言葉に甘えて」
笑みを浮かべたまま、ゼッペルが疾走する。
青年の長い前髪が跳ね上がると同時、黄金に輝く両目がカイトを捉えた。
風圧が圧迫感となり、カイトを襲う。彼は右手の人差し指を構えると、その一本だけに刃を出現させた。
直後、カイトは突っ込んでくるゼッペル目掛けてその一本を振り降ろす。
鈍い衝突音が響いた。
カイトから身体ひとつぶん離れた場所で、ゼッペルが制止する。彼の人差し指からは、カイトと同じように一本の刃が出現していた。だが、全く同じ刃ではない。
透明に輝くそれは、まるでガラス細工のような美しさを放ちながらも、カイトの刃を受けてびくともしていない。
カイトとゼッペルは、お互いの人差し指の凶器と力の均衡によってバランスを保っていた。
「は、は――――!」
乾いた笑いが、人気のない格納庫に木霊する。
歓喜の笑みに揺れながらも、ゼッペルは指を弾き、後退した。
「流石だ。ただの指の一突きとはいえ、私の一撃を受け止めたのはあなたが始めてだよ」
「ただの指の一突き?」
嘘をつけ、とカイトは非難する。
暗がりだったが、カイトは確かに見た。ゼッペルの人差し指から、ガラスのような透明の刃が出現したことを。
同じような透明の刃が、鬼から出現したのも覚えている。
「今のがお前の能力だな。物騒な野郎だ」
この日、カイトは新生物を一度真っ二つにしている。
その爪とぶつかりあって刃零れひとつないとは、まったく恐れ入る力であった。しかも、本人はまだまだ余裕たっぷりな表情をしている。再び構えをとり、再度の攻撃を仕掛けようと一歩を踏み出した。
が、次の一撃がカイトに届くことはなかった。
「ゼッペル!」
間にイルマが割って入ってきたのだ。
彼女はタイラントへと姿を変え、突撃してきたゼッペルを抑えにかかる。
「なにを考えているのですか、あなたは! ボスは――――」
「君に言われるまでもない!」
邪魔をされたゼッペルがイルマを睨み、叫ぶ。
「だが、彼が言ったのだ! 試してみるか、とな。だから私は試す! 自分の力が、あの男を相手にどれだけ通用するのか!」
ずっとカイトの戦闘資料と睨めっこして、この男と肩を並べろとウィリアムに言われ続けた。だが、特化していくたびにゼッペルは思う。肩を並べたところでどうするのだ、と。
「私は知りたい!」
この世界は戦いだらけだ。
戦いから身を守るために力を伸ばす。あるいは、戦いに勝つ為に能力を伸ばす。特化していく理由は、兵士の数だけ存在する。
だが、その中にもひとつだけ心理が存在しているのだと、ゼッペルは思う。
勝利者と、敗北者の関係だ。
「XXXよりも戦闘に特化された私が、本当にこの男を超えることができたのかを!」
「ゼッペル、あなたは自分の言っていることがわかっているのですか!?」
「戦えば誰かは負けるし、誰かが勝つ」
ゼッペルの言葉を代弁するかのように、カイトは一歩踏み出す。
その足音に、ゼッペルとイルマは視線を釘づけにされた。
「お前は勝利者になりたいのか?」
「私は、ただ自分がやって来たことが本当に正しいのかが知りたい。その為に、私は今日まで戦い続けてきた」
それは終わりのないマラソンのようなものだった。
どんなに戦ったとしても、敵が現れる以上終わりなどない。もしもこのマラソンにゴールを設けるとしたら、原点こそが相応しいとゼッペルは定めた。
「自分がやってきたことなど、自分で測ることはできない。数学の答え合わせじゃないんだ」
ならば、誰かに付き合ってもらうしかない。
ゴールと見定めた男が誘ってきてくれたのなら、こんなに喜ばしいことはないだろう。
「神鷹カイト。私はずっとあなたの戦いを見て、それに並ぶために教育を受けた。だが、並んだところでどうする?」
折角この世界に生まれてきたのだ。
やるからには、もっと楽しみたい。並ぶのも、まあいいだろう。問題は並んだ後、どうするかだ。
そんなわかりきった答えなど馬鹿げている。
「さっきの一撃で確信した。私とあなたが戦えば、きっとどちらも大きく傷つくだろう」
「だろうな」
カイトの同意は、ゼッペルに大きな安堵感を与えた。
自分が彼に並んだであろうことが、証明された瞬間だった。
「私は誰よりも強い。その証が欲しい」
「その為の獲物が俺か」
「あなたが私を育てた。一番シンプルなのはあなただ」
「勝手に育てられておいて、よく言う」
いや、彼らを非難するのはお門違いか、とカイトは思う。
ゼッペルやイルマに自分を提供したのはウィリアムだ。果たして彼にとって、ゼッペルは期待通りに育ってくれたのだろうか。もしも期待通りだとすれば、ますます不信感が募っていく。
いったいあの同級生は、人類の脅威とやらに立ち向かった後、自分をどうする気なのだろう。
明らか過ぎるウィリアムの視線を敏感に感じ取ると、カイトは身震いした。
「お前の人格は大体理解できた。今までいろんな奴に会ってきたが、お前は純粋だな」
ゼッペルの本音を聞いた感想がこれだ。
カイトはそれだけいうと、ゼッペルに背を向けた。
「試すのは終わりだ。悪かったな、中途半端に燻らせて」
「なんだと」
後ろで納得がいかないとでも言わんばかりに、ゼッペルが威圧感を放つ。
「逃げるのか?」
「そうじゃない。俺もお前も、まだ大仕事があるだろう」
「人類の脅威ですね」
イルマが言うと、カイトは頷いた。
その詳細はまだよく知らないが、今の大義名分を考えれば、自分の力もゼッペルの力も必要なのだとウィリアムは考えているに違いない。
脱走した新人類軍にすら協力を求めているのだ。どれだけ危険視しているのか、想像するに容易い。
「……いいだろう」
カイトが言いたいことを遠まわしに理解したゼッペルは、イルマから離れて後退する。
だが、その目線はカイトの背中に釘づけだった。
「何時かあなたと戦える日を楽しみにさせてもらう。それくらいならば、構わないだろう?」
「その日が来ないことを祈っておく」
ぶっきらぼうに手を振りながら、カイトは格納庫を後にした。
後ろから早足でイルマがその背中を追いかける。
「ボス!」
「なんだ」
「申し訳ございません。まさかゼッペルがあんな願望を持っていたなんて……」
「いい。お前が気にすることじゃない」
むしろ、向けられた感情は好意的な方であると、カイトは思う。
『敵』とカテゴライズしているわけではなく、どちらかといえば己の力を持て余しているようにも思える。
問題があるとすれば、彼らの方針を定めたウィリアムの方だった。
「イルマ。着いたらウィリアムが直接、これからのことを説明すると言ったな」
「はい、ボス。確かに言いました」
「後どれくらいかかりそうだ?」
問われ、イルマは腕時計を確認する。
時刻は午前2時30分。途中で台風などでも起こらない限り、
「おおよそ7時間です」
長い空の旅は、まだ終わりの気配が見えなかった。
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