第99話 vs疫病神
誰が言ったのかは知らないが、こんな名言がある。
すべての事柄に意味のないことなどない。あるのは必然のみである。
ちょっと違ったかもしれないが、子供ながらに『へえ』と頷いていたものだった。
しかし、もしもこの言葉が本当に正しいのであれば。
スバルは開きっぱなしになっている扉から声援を投げてくる3人の仲間の顔を見ながら、思う。
果たしてこれも必然なのだろうか、と。
「照らします! 私がスバルさんを照らします!」
「出せ! 出すんだスバル!」
「大丈夫、ボク達がついているからね!」
恨めしげな視線を向けられていることなど、彼らは一切気にしていない。エイジも、シデンも、マリリスも、みんな懸命にエールを送り続けているのだ。それ自体は非常に嬉しい。
嬉しいが、しかし。
時と場所を考えてほしかった。
蛍石スバル、16歳。
彼は今、男子トイレの個室にいた。状況だけ掻い摘んで説明すると、スバルは男子トイレの個室で、仲間達(女子含み)から喧しいほどの声援を送られているのである。
最悪だ。はっきり言って最悪の気分だ。
こんな状況では落ち着いて用を済ませることも出来ない。いったいなぜ、こんなことになってしまったのだろう。
考えるまでもない。
イルマの話が終わり、休憩を促されて部屋に案内された。すべてはそこから始まっていたのだ。
スバルはその時のことを思い出し始める。
あれは確か、夕方を回った辺りだっただろうか。イルマに連れられ、フィティングのゲストルームへと案内されたスバル達は、3つの扉の前で立ち止まった。先頭に立つイルマが振り返り、立札の『GUEST』の文字を確認しながら言った。
「こちらの3部屋が皆さんに使っていただくお部屋になります。ベットはふたつなので、ふたりずつ分けれれば丁度いいでしょう」
「ふたりずつ?」
カイトが首を傾げる。彼は仲間達へと振り返ると、丁寧に指で数えていった。自身を含めて5人しかいないのは、指で数えなくてもわかる単純な計算である。
「ひとり余るが」
「私とリーダーは必然的にセットなので、この組み合わせで問題ありません」
「なんでだ」
「私は常にリーダーの傍で控え、役に立つという義務があるからです」
あっさりと言ってのけた同室宣言に、カイトはがっくりと項垂れた。
もうなにを言ってもこの女には通用しないんだろうな、という諦めの感情も含まれているのだろう。大きく吐き出された溜息が、彼の気苦労を表現していた。
特にカイトは第二期の面々よりも鬱陶しいであろうイルマに、ちょっとした嫌悪感を抱いている。ゆえに、彼女からリーダー呼びされても全然嬉しくない。このままいけば、今度シルヴェリア姉妹に再会した時にストレスをぶつけてしまう恐れがある。
ゆえに、彼は提案した。
「今から俺のことはボスと呼べ」
「了解、ボス」
「いいんだ、それ」
だが、呼び名がボスへと変わったところで本題が終わったわけではない。誰がどういう組み合わせで寝泊まりするか、非情に困ったことになった。
と、いうのもマリリスをひとりにさせるのが非常にあぶなっかしいのだ。今や彼女は新生物の影響を受けた、貴重な生物である。いかにイルマが友好的な態度を示しているとはいえ、単独にさせるのはなるだけ避けたかった。
「どうする?」
「そうだな。やっぱ俺やスバルよりだったら、シデンと一緒の方が幾分か楽じゃねぇか?」
医務室のベットで寝ている間にマリリスの鱗粉を受け、再び骨が繋がったエイジとシデンが話し込む。
だが、そんな会話に待ったをかける声が響いた。
「全員でひとつの部屋がいい」
スバルだ。
彼はわざわざ挙手し、自分の意見を発表したのである。
突然の『みんな一緒に寝ようよ』発言は混乱を呼んだ。特にマリリスに。
「す、スバルさん! 不潔です!」
「いや、そういう意味じゃなくてね」
どういう意味かはきちんと理解しているわけではないのだが、顔を真っ赤にしながら抗議してくるマリリスを見るに、ちょっとえっちな妄想が働いちゃったんだろうな、とスバルは思う。
本音を言えばラッキースケベなら大歓迎なのだが、それ以上に気がかりなことがあった。
「この人と離れたら、多分俺達はまたトラブルに巻き込まれるぞ」
「なぬ」
カイトを指差し、スバルは言う。
思わぬところで指を突きつけられた張本人は、心外だとでも言わんばかりの口調で反論した。
「失礼な。俺は疫病神じゃないんだぞ」
「だって考えてみてくれよ。これまでの行動を」
ヒメヅルではスバルが徴兵された際、マシュラを殺して騒ぎをおこした。
シンジュクではスバルをゲームセンターに行かせている間、エレノアの襲撃を受けた。
アキハバラでも同じだ。こちらはエイジたちを避け、別行動をとっている間にサイキネル達の襲撃を受けた。
そして最近のトラセットでは、彼だけ別行動している間にアーガスに倒され、スバル達は色んなトラブルに巻き込まれた始末である。
エイジとシデン、更にはマリリスが半目になってカイトを見た。
若干非難めいている視線を受け、カイトは居心地の悪そうな表情をつくる。
「……カイト」
「カイちゃん」
「カイトさん」
男たちが追いつめるようにして一歩踏み出したと同時、彼らはハモりながらカイトに迫った。
『今日は皆で一緒に寝るぞ!』
「お、おう」
こうして彼らはこの日、全員が一緒の部屋で寝泊まりすることになった。
ふたつあるシングルのベットはマリリスとイルマが使うことになり、男性陣はそれぞれソファーや床で、他の部屋から毛布を拝借することでなんとか暖をとろうという話で落ち着いた。
そして夜も更け、仲間達も寝静まった頃。
神鷹カイトはひとり、ゆっくりと目を覚ました。彼は床で眠るエイジを起こさないように、そっと毛布をどかすと慎重な足取りで出口へと近づいていく。
抜き足、差し足、忍び足とはまさにこのようなことをいうのだろう。
「どちらへ?」
そんなカイトの背中に、小声で話しかける人物がいた。
振り返るまでもない。押しかけ秘書が起きてきたのだ。タイミングを考えても、最初から起きていたとしか思えないのだが。
「音を出すな。このまま部屋を出るぞ」
「了解」
だが、カイトにとってはこれも想定内である。
眠りにつく仲間達を一瞥しながらゲストルームから抜け出すと、カイトは改めてイルマへと向き直り、言う。
「貴様にいくつか確認したいことがある」
「なんでしょう、ボス」
「この艦の乗組員はどうなっているんだ?」
このゲストルームに来るまでの間、彼らは他の乗組員と一切出くわさなかった。強いて言えば、食堂でコックと出会ったくらいだ。
仮にも飛行する戦艦を動かすのだから、かなりの大人数が勤務して然るべきではないかというのがカイトの意見だった。
「乗組員は、コックや私を含めて36名です」
「……ほう」
大体、学校の1クラス分くらいの人数であろうか。そう考えればそれなりの数がいるかもしれないが、しかし。今はスケールが違う場所にいるのだ。
イルマやコック以外の30人で、350メートル級の船を動かしているとは到底思えない。例えアルマガニウムを搭載していたとしても、メンテナンスや操縦といった部分にはどうしても人手が必要なのだ。それを30人程の人数で行っているとは、にわかに信じがたい。
「その辺は明日、艦長に挨拶をすればわかると思います」
「なぜすぐに艦長のところに挨拶しにいかなかった」
「あの時間、とてもくさいですから」
なにをいっているのだ、こいつは。
イルマの口から出た答えに対し、カイトは訝しげな目線を送るだけだった。
「夜、清掃が行われます。朝はまだ大丈夫なレベルなので、その時にまたご案内します」
「……じゃあ、その時を楽しみにしておいてやろう」
これ以上話すと、またわけのわからない事態に発展しかねない。
艦内の乗務員については、機会があるということなので大人しくそれを待つ事にしよう。
「じゃあ次だ」
「はいボス。なんなりと」
黄金の瞳がカイトに向けられる。
どことなく期待に満ちた輝きを前にして、カイトは僅かに目を逸らした。
「鬼のパイロット……ゼッペルとか言ったな。今も起きているのか?」
「はい。彼は不眠不休で戦える兵士ですので」
不眠で戦う戦士というのは、カイトも初耳である。
XXXとして身体能力を極限まで伸ばしてきた自分たちでさえ、不眠不休で戦い続けることは不可能なのだ。最低限の栄養補給と、睡眠が無ければいつか倒れてしまう。
だが、イルマは言った。ゼッペルはそれすらやってのける、戦う事に特化された新人類なのだと。
「会わせろ。今すぐにだ」
興味が湧いたというのもある。
だが、それ以上に。XXXすら超えているかもしれない、戦う事に特化された兵士。そいつがどんな考え方を持ち、どんな顔をしているのか。それを早い段階で確認したかった。
「構いませんが、他の皆さんは宜しいのですか?」
「いい。みんな疲れてるのは事実だ」
それに、
「疫病神扱いされて、文句がないわけじゃないんだ。俺がいなくなった途端にトラブルが起きるなら、ここで証明してもらう」
要は何事もないことを証明して、疫病神なんて不名誉な称号を蹴り飛ばしてしまいたいのだ。
例えスバル達が認識していなくても構わない。彼らが『疫病神』と自分を呼ぶたびに、鼻で笑ってやれるくらいの余裕を持つ。それができればいい、と。
この時はそのくらいの気持ちで考えていた。
こうして、火種は振りまかれていった。
もぞもぞ、と毛布にくるまった何かが蠢く。
今にもソファーから転がり落ちてしまいそうになりながらも、毛布の中身が顔を出した。目元を抑えつつ、スバルは言う。
「……トイレにいきたい」
彼の呟きにも似た一言は、周りで寝ていた仲間たちを現実の世界へと引き戻す。特に隣で寝ていたシデンは、ちょっと不機嫌気味だった。彼はジト目でスバルを睨みつつ、言った。
「ちょっと。折角寝てるんだから、もうちょっと綺麗に表現してくれない?」
「……具体的には?」
「お花畑に囲まれたいとか」
乙女チックな表現である。
オブラードに包んではいるが、それは自分には合わないな、とスバルは思った。
「……あれ?」
目元を擦り、スバルは気づく。
シデンとは反対側に寝ていた筈のカイトがいないのだ。ご丁寧に毛布をどけて、中身だけが綺麗に消えている。
そこでスバルとシデンの意識は完全に覚醒した。彼らはソファーから飛びあがると、迷うことなく部屋の明かりを点ける。
「んぐ……!」
「うぅー!」
床で寝るエイジが寝返りをうち、ベットの中で眠るマリリスが毛布の中にもぐりこんだ。典型的な動きではあったが、今はそれどころではない。疫病神が消えたということはつまり、トラブルの始まりを意味しているのだ。
呑気に寝てなんかいられない。
「大変だ、カイトさんが消えた!」
「ええ!?」
「なんだとぉ!?」
事の重大さを知るエイジとマリリスが飛びおきた。
そのタイム、わずかに1秒。
「どこにいきやがった、あの疫病神は!」
「わかんない。俺達が起きた時は、こんなんだった」
エイジとスバルがやり取りしている中、シデンは時計を確認する。時刻は深夜2時。まあ、トイレを催して行くのであれば納得できる時間帯ではあるのだが、
「大変です! イルマさんもいません!」
押しかけ秘書もセットでいないとなると、話は別だ。
彼らが知る中でもっともトラブルを起こしそうな人材がイルマ・クリムゾンである。彼女は不気味なうえに、不安要素の塊でもあった。
「おい、やべぇぞ。このままだと、人類の脅威って奴が来ちまうんじゃねぇのか?」
夕方にイルマから説明された、人類の脅威。
その正体は不明だが、新人類王国と共に戦わなければならないと判断された程の存在である。もしも本当にこのタイミングでこられたら、最悪であった。
「皆さん、何か変わったことはありませんか?」
とりあえず、現状でなにも起こっていないかを確認する為、マリリスが問う。
男性陣が周りの状況を見渡し、部屋の中にこれといった異変がないと確認したところで、
「あ」
と、スバルがなにかを思い出したかのように言った。
仲間たちはスバルに詰め寄り、問いただす。
「どうしたの、スバル君!?」
「なんだ! なにが起こった!?」
「スバルさん、大丈夫です。みんな一緒なら赤信号だって怖くありませんよ!」
今にも顔と顔がぶつかるんじゃないかという勢いで迫る3人から若干の距離をとり、スバルは遠慮がちに言った。
「……トイレに行きたいけど、道わかんない」
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