第96話 vsパツキンナルシスト薔薇野郎 ~美しき私へ編~
飛行戦艦が飛び立つ。
砂埃を大きく巻き上げつつ、ゆっくりと浮き上がるそれはトラメットから離れ、雲の中へと消えていった。
その様子を眺めていた影が三つある。
その中の一人――――アーガス・ダートシルヴィーは静かに呟いた。
「行ったか」
自分が乗り、大きなダメージを負ってしまった獄翼もあの飛行戦艦に回収されたのを確認している。
と、いうことは詰まり、彼らはアレに乗って新たな旅路へと向かったのだろう。もしかすると、旅の終点になるのかもわからないが。
「ふっ、別れの挨拶もろくにせずに出るとは。せっかちな物だ」
お陰であの少年に詫びる事が出来なくなってしまった。
心残りがあるとすれば、それだけだ。彼には頭を下げても下げたりない。
果たしてこの先再開するかも怪しいものだ。二度と顔を合わせないのであれば、こんなに悔いが残る最後は無いだろう。
「司令官、この先どうするのですか?」
背後から声をかけられる。
振り返れば、一旦こちらに戻ってきたアウラがカノンと絆創膏を貼りあいながら質問してきている。
「どうする、とは?」
「勿論、これから新人類軍としてどう動くのか、です。反乱宣言をしちゃったと伺ってますが」
シルヴェリア姉妹とは違い、堂々とした宣戦布告だ。
それを公衆の前で行ったのだから、言い逃れは出来ないのだろう。
「言い訳をするのは美しくないな。私はあの時、私なりに本音で戦いを挑んつもりだったよ」
「しかし、このままではもう……」
「覚悟の上だ」
英雄が故郷の街を見やる。
恐らく、連行しにくる兵がやってくるまでの期間は長くはない筈だ。新生物が消滅したことを知ったレオパルド部隊が帰国したのだから、自分のことは既にリバーラ達に知られていると思っていい。
「ウチの今のリーダーに口添えすれば、多少は融通が利くかもしれませんが」
「気持ちだけ受け取っておこう。美しい私は、自らの罪を少しでも償わなければならん」
その為にスバルとマリリスに自分を殺すよう勧めたのだが、それは二人にとって重しになってしまった。
少なくとも、今こうして自分の身が無事なのだから、彼らに渡したダークグリーンの薔薇は手を付けられていないのだろう。許してくれたのかは分からないが、それでもアーガスは自分を許せる気にはなれなかった。
「君たちも、もう行きたまえ。何時までもこの美しすぎる裏切り者と一緒に居ては、必要以上に目立ってしまうぞ」
ふははは、と笑いつつアーガスはシルヴェリア姉妹を置いてトラメットへと歩を進めた。
メラニーの光波熱線によって荒野となった大地を一歩一歩踏みしめる。
直後、彼がつけた足跡から緑が生え始めた。まるでアーガスが大地をペイントしていくかのように、緑が荒野を染め上げていく。
『綺麗』
カノンの機械音声が僅かに響いた。
簡単な感想だったが、アーガスはそれでも満足げに笑みを浮かべ、思う。
当然だ、と。
何故ならば、自分こそが英雄として謳われた男。
天と地と海が作り上げた奇跡の産物。天然記念美貌。
アーガス・ダートシルヴィーその人だからだ。
自分の未熟を恥じ、少年と少女に許しがたい行為を働いてしまったとしても。この大地と、磨きあげてきた美しさは本物だ。
自分が犯した罪は非常に重い。重すぎて、押し潰されてしまいそうになる程に。
それでもアーガスは、美しくあれと思う。
「ああ、アスプル。見ろ」
今はもういない家族に向けて、英雄は言った。
雲の中から顔を出した太陽に照らされ、トラメットの街が輝く。
ここは緑と大地の国、トラセット。
復讐と悪意が入り混じり、ダークグリーンに染まった国。
苦しく、辛い事があった。泣き叫び、己の非力さを呪った。
故郷を見ると、それらの辛い思い出が胸に釘を刺す。
しかし、ならばこそ自分が新たなグリーンに染め上げればいいだけの事。アーガスに残された時間には限りがある。その時間を有効に活用して、昔の美しい緑を再現していこう。
その頃の緑色を思い出しつつ、アーガスは笑う。
「私たちの国は、美しいな」
それから三日後。
復興作業に勤しむ首都、トラセインに再び新人類軍はやってきた。
反乱を仕掛けた自分たちを粛清しに来たのだと街は騒ぐが、それが実現することはなかった。
この国の罪を、一人の英雄がすべて背負ったからだ。
彼は残った使用人に後の指揮を任せ、王国へと帰還することになる。
そこで言い渡されたのは、終身刑だ。
残りの人生を全て冷たく暗い牢屋で送る人生。裁判官から言い渡された残酷な仕打ちに対し、アーガスは無言で従った。その素直さには、裁判官だけではなく傍聴しにきたメラニーですら驚いていたという。
後日、元部下のよしみで面会に来たメラニーは、アーガスに問うた。
「辛いんじゃないですか」
彼は華やかなのが大好きである。
服装も囚人のそれに変えられ、光り輝く装飾品も全て取り上げられた。こんな状態で残りの長い人生を暗く、じめじめとした牢屋で送れる筈がない。そう考えていた。
恐らくは裁判官も同じだろう。
だからこそ、直接的に死刑にするのではなく身も心も疲弊する終身刑に処されたのだ。
そんな考えを持つ元部下に対し、英雄は満面の笑みで応える。
「いや、まさか」
晴れやかな笑顔だった。
ヒマワリのような満面の笑みは、共に日本で働いた時には拝んだことが無い。
「例えどこであろうと、私がやる事は美しく変わりが無いよ」
朝起きて、自身の美しさを高める美貌の熟練度上げ。
その後はテーマソングを一人で歌い、時折自由時間中に生け花をする。
アーガスはトラセットにいた頃と全く変わりのない生活を送っていた。
「国は心配じゃねーんですかね?」
「もちろん、全然心配していない訳ではない。だがここにいる以上、それを考えても意味が無かろう」
ゆえに、祖国のことは住民に任せるしかない。
できることは全部やってきたつもりだ。隣国から狙われるエネルギー資源、大樹も割れてしまった以上、あの国を攻め立てる物好きはもういないだろう。
「ところで」
思い立ったようにして、アーガスが話題を変える。
「君は未だに彼らを追い続けているのかね?」
アーガスがもっとも気がかりなのは、飛行戦艦に乗ってそのまま飛び去ってしまった反逆者一行。その末路についてだ。
復興中の街でマリリスを見かけなかった。恐らく、彼らについて行ったのだろう。その選択は正しい。
マリリスの身体は今や新生物の忘れ形見でもある。新人類王国を始め、様々な国家が彼女の力を欲して動いて来ることだろう。
同時に、マリリスは己の罪の証でもある。
彼女と反逆者たちの無事を祈る事だけが、アーガスにできる唯一の罪滅ぼしだった。
「……私がここにいるなら、答えは分かってるんじゃないですか?」
仮にも上司だった男に対し、メラニーの返答はあくまでそっけない。
当然と言えば当然だ。彼は既に部外者で、反逆者の捜索と撃破はディアマット直々の指令である。そう簡単に話すわけにはいかない。
いかないのだが、しかし。メラニーにしてみれば、これほどナンセンスな質問はない。
メラニーはこう見えて、王国最強の女と呼ばれるタイラントの秘書を務めるくらいには優秀である。そんな彼女がタイラントから離れ、こうして面会に来ている以上、答えは一つしかない。
もしも出撃があったなら、こんな場所に来る筈が無かった。
「まあ、それでも私の下で一時的に勤務してたわけだからね」
「大きなお世話ですよ。全く」
理由はなんにせよ、反逆者への追撃は再開されていない。
その事実にアーガスは僅かに安堵する。その様子をチラ見したメラニーは思わず半目になり、元上司へ言葉を投げた。
「……変わってますよね、アンタ」
「そうかい?」
「そうですよ。元々変人ですけど、正直意味わかんねーです」
「変人とは失礼な。こんなに美しくて美しくて美しいのに!」
牢屋の中でもアーガスは絶好調だった。
下手に相手をするとただウザいだけなのはよく知っているので、敢えて食い掛からないで冷静に対応する。
「アンタもシンジュクで酷い目にあったじゃないですか。それに今回の件だって、アイツらが来なかったらもっと上手い方向に行ってたかもしれません」
結果論ではあるが、蛍石スバルやXXXの反逆者たちが、マリリスやアスプル達に接触しなければ、今頃新生物はまだ生きていただろう。
あの新生物を相手にして新人類王国が勝てたかは非常に怪しい。放っておけば、トラセットの復讐は果たせた可能性が大きかった。
「恨んでるんでしょう。私たちを。それなら――――」
「それでも、だ」
メラニーの言葉を遮り、アーガスは口を開く。
「それでも私は、手段を選ぶ」
言いたい事はわからんでもない。
事実、徴兵された時は腸が煮えくり返る思いだった。どれだけ気丈に振る舞い、能天気に見えていても、それだけは決して変わらない。
「勝利という言葉は甘美なものだ。今の世界は、結果的に勝つ事が出来ればなんでも許されるようになってしまった」
それは新人類王国が敷いたレールでもある。
彼らが定めた『絶対強者主義』は、勝利者が物を言うのだ。敗者には何かを言う権利すら残されていない。
「だからと言って、そこで手段やモラルが損なわれてしまっては……ただ痛みを撒き散らすだけだ。私たちのように」
そんなものは、もうたくさんだ。
戦争と反乱でアーガスはこれでもかと言わんばかりの痛みを経験した。それを新人類王国に向けたところで、何が変わるだろう。
きっと満たされるのは自分の復讐心だけだ。
それでは、美しいとは言えなかった。
「私はアーガス・ダートシルヴィーだ。私は常に己が美しいと思えることをする信条なのだ」
ゆえに、美しくないことはしない。
例え効率的で、確率が高い物だったとしても、それをやってしまうことで自分は醜くなってしまう。
それではあまりに情けなく、恥ずかしい。
「もう迷わないよ。ここで同じことを繰り返しては、弟に笑われてしまう」
例えこの先、一生牢屋の中でも構わない。
自分に嘘をついて生きていくよりかは、ずっとマシな人生だ。
そんなことを考えている内に、看守が近づいて声をかけてくる。面会終了の合図だった。
「ああ、もうこんな時間か。悪かったね、メラニー嬢。最後は私の長い話につき合わせてしまった」
「別にかまいませんよ。もう来ることも無いでしょうし」
「そうか。残念だ」
共に勤めていたマシュラも死んだ以上、もうアーガスに会いに来る物好きは居ないだろう。兵としての経験年数が少ない為、彼は王国での知人が少ないのだ。
その事実を意識すると、少し寂しくなる。
「ではメラニー嬢。すまないが、最後に一つだけ聞いていいかね?」
「なんでしょう」
とんがり帽子を被った少女が席を立ち、訝しげにアーガスを見る。
彼女の双眸を見つめ、アーガスは問う。
「今の私は、美しいか?」
何を馬鹿な事を聞いてるんだ、とメラニーは思った。
突拍子もない質問を前にして彼女は頭を抱えるが、しかし。自分自身でも驚くくらいに、自然と返していた。
「この前に比べたらマシじゃないですかね」
「ふっ、なるほど。ではこれからも精進し続けるとしよう」
満足げに笑みを浮かべ、アーガスは面会室から消えていく。
その後ろ姿は昔に比べて華やかさは無い。
ただ、それでも今の方が活き活きとしている。メラニーの目から見ても明らかだった。
きっとアーガスが今の自分の姿を見れば、うっとりとした顔で呟くのだろう。
今日の私は、世界で一番美しい、と。
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