第95話 vs鬼

 ゼッペル・アウルノートは大きく息を吸い、周りを見渡す。

 トラメットを囲み、無数のブレイカーが各々の武器を構えていた。肩のペイントや機体の統一性の無さを見るに、恐らくは特機で揃えられた一つの部隊なのだろうと予想できる。

 だが、彼は恐れなかった。

 組んでいた腕を解き、無言で構える。

 ゼッペルがファンティングポーズをとると同時、鬼も同じ構えをとった。

 鬼は獄翼とは違い、操縦席が無い。

 後部座席も無ければ、操縦桿すらない。鬼はパイロットの動きを真似して動く、モーショントレースシステムを導入した機体だった。

 ゼッペルはただ鬼のコックピットで突っ立ち、視界全体を覆い尽くすモニター画面で敵を観察しているのだ。


 だが、攻撃命令が出た以上、これ以上の観察は不要だ。

 ゼッペルは顔の右半分を完全に覆い尽くしている前髪を揺らしつつ、右腕を捻る。

 同時に、鬼も同様の動きをとった。無数の赤外線によって読み込まれた超人の動きを忠実に再現し、鬼は拳を突き出す。


「破ッ!」


 ゼッペルが拳を突き出した。

 直後、鬼の右拳が肘を離れて飛んでいく。勢いよく右拳だけを飛ばす古き良きスーパーロボットの代名詞、ロケットパンチだった。


 だが鬼は右腕だけでは満足しない。

 まるで連続してパンチを繰り出すようにして、左の拳もレオパルド部隊に向かって発射する。


『そんな古典的武装で!』


 両拳が向かう先にいるのは、鬼と同じくアーマータイプのブレイカーだ。

 両肩に大砲を担いだブレイカーは、真っ直ぐこちらに飛んでくるロケットパンチに照準を合わせ、引き金を引く。肩に装着されている二つの大砲から光が溢れる。

 僅かなチャージの後、大砲からビームが発射された。

 狙いは狂うことなく、パイロットが狙い定めた両手へと向かってく。


 だがビームが届くよりも前に、拳に変化が訪れた。

 両手の甲から結晶体が噴出したのだ。それは瞬く間に鬼の拳を覆い込み、先端に槍のような棘を生成する。


『なんじゃあれ!?』


 鬼の後ろで、スバルが叫ぶ。

 彼は以前、ロケットパンチを使うブレイカーと遭遇したことがあった。その時はサメの頭が襲い掛かってきたので、殆ど肉食動物から逃げる感覚だったのだが、アレは明らかに違う。傍から見れば拳が凍りついたように見えなくもない。

 

 だが、スバルの想像とは裏腹に。

 透明の槍を構えた両腕は、勢いよく回転をつけてビームを弾く。


『何!?』


 遠距離からの攻撃を弾いた両腕が、敵のブレイカーの胴体に突き刺さった。腕はぐるぐると回転しては鋼の巨体をくり抜き、最終的には背中から飛び出していく。

 パイロットと思われる女性の悲鳴が響き渡った。

 荒野に木霊すそれは、戦いの場を騒然とさせるだけの威力を発揮させる。少なくとも、獄翼の中で怯えたままのマリリスは耳を塞いでいる状態だ。

 一機目を貫いた拳は、まるで何かに導かれるかのようにして他の敵機に牙を剥く。


『アーマータイプは退避を! ミラージュタイプで翻弄するぞ!』


 敵機の誰かが言った。

 鬼の両拳はアーマータイプの装甲を軽く貫く鋭利な槍である。ならば、飛んでくるそれを回避しながら本体を攻撃しようというのだろう。

 空中からミラージュタイプの特機が、飛行ユニットを稼働させつつ接近してくる。それぞれ銃を構えており、その数は大凡15機。


『おい、両腕ないけど大丈夫!?』


 鬼の後ろで膝をついた獄翼が尋ねてくる。

 だがゼッペルはその言葉に耳を傾ける事は無かった。彼がゆっくりと右膝を上げると、床から小さな棒が飛び出す。

 鬼も同じだ。右膝を軽く上げ、僅かに存在している収納スペースから小さな棒を射出する。棒が勢いよく宙へ飛び出すと、ゼッペルは迷うことなくそれを口に咥えた。


『すっげぇ、まるで人間みたい』


 スバルは思わずそんな感想を口にしていた。

 口が開く人型ブレイカーなんて初めて見たし、挙句の果てにその口で何かを咥えるなど想像したことが無かった。


 ただ、鬼が口に咥えた棒を見たスバルは、同時にこうも思っていた。

 あれって剣の柄だよね、と。


「はぁあ――――」


 ゼッペルは咥え込んだまま、深呼吸。

 空を浮くミラージュタイプの群れに微動だにすることなく、精神を統一させる。その間も、ずっと両拳は暴れまわっていた。

 このままあれを放っておくだけで何とかなるのではないかとスバルが思った時、異変は起こる。


 鬼の口部に収まっていた柄から、剣が伸びたのである。

 その刀身は透明だがしかし、太陽から降り注ぐ光を反射させることで辛うじてその形状を確認する事が出来た。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」


 ゼッペルが吼える。

 彼は上半身を前に突き出すと、鬼の背部に取り付けられた飛行ユニットが火を噴いた。30メートルを超す巨体が宙に浮き、砂埃が大きく舞い上がる。


『うわっ!?』


 砂塵の直撃を受けた獄翼。メインカメラが曇るのを確認すると、スバルは大慌てで視界の回復を図った。

 シデンとカイトが何機か破壊しており、鬼の両腕が大暴れしているとはいえ、敵機の数はまだ20機程いる。ライフルを空中から連射されれば、それだけで大破してしまう恐れがあるのだ。早めに映像を安定させないと、殺されてしまう。


 スバルは砂塵の渦から急ぎ足で獄翼を動かす。

 視界に大きな青空が広がったと同時、何かが爆発する音が上空で響いた。


『!?』


 カメラアイを真上に向ける。

 するとどうだろう。鬼が空中で剣を振るい、ミラージュタイプの敵機を真っ二つに切り裂いているのである。

 剣を振るったと言えば、ある程度はかっこよく聞こえるかもしれない。

 だが鬼はあくまで口で剣を咥え、それを振るったに過ぎない。逆に言えば、それだけでブレイカーを真っ二つにしたことになる。


『……っ!』


 スバルが息を飲みこむ。

 空から降り注ぐミラージュタイプの残骸が、鬼の咥える剣の威力を物語っていた。

 もしもあれを受ければ、同じミラージュタイプの獄翼も胴体を真っ二つにされて大破は逃れられない。


「次はどいつだ」


 ゼッペルが周囲を取り囲むブレイカー達を睨みつける。

 一応、鬼は黒豹のシンボルマークがペイントされているブレイカー達に囲まれている状態だ。本来であれば、追い詰められたのは鬼であって然るべき状況ではある。

 だが、鬼が放つ圧倒的なオーラがそれを逆転させていた。

 解き放たれた腕は未だにブレイカー達を追い続け、彼女たちに安息の時を許さない。

 しかも両腕は射撃攻撃が通用しないときた。

 それならば必然的に本体を攻撃しようと言う流れになるのだが、


『各機、私が仕掛ける。援護を――――!』

「貴様か」


 勇み出た者は、瞬時に切り裂かれる。

 鬼が刃を振るうまでの間に、狙われたブレイカーを含み全機が一斉射撃すればいいかもしれない。

 

『着弾は!?』

『してるわよ! してるけど、』


 だが、しかし。

 鬼の装甲は、いかなる物も受け付けない。

 実弾兵器も。エネルギーピストルも。


『無傷なのよ、あのブレイカー!』


 言い終えたと同時、鬼に挑みかかったブレイカーが剣によって胴体を真っ二つにされる。

 鬼による支配力が、また格段に強まった瞬間でもあった。


「次は誰だ」


 鬼が再び睨む。

 その様は、ある意味処刑人のように見えた。一人一人をじっくりと眺め、前に出た者を瞬時に刈り取る死刑執行人。

 あらゆる攻撃を受け付けず、ただ一方的に攻撃を仕掛ける驚異の存在。

 その姿を見た者は、全員が圧巻の表情だった。


「勝てるな、これは」


 カイトが呟く。

 その言葉を否定せんとタイラントが彼を睨むが、


「……くっ!」


 言葉に出来なかった。

 強い。あまりに強すぎる。イルマに連れてこられたアーマータイプのブレイカーは、タイラントが知る限り、最強のブレイカーだった。

 それこそ、散々『旧人類NO1』と王国内で言わしめたスバルさえも超えて。


 もしもアレを動かしているのが新人類だとして、何かしらの能力を使って部下たちを蹂躙してるのだとしよう。

 果たして勝てるだろうか。

 グスタフに自分、神鷹カイト。そして他のXXXのメンバーに鎧持ち。

 強力な新人類がランクインする脳内掲示板に、青いブレイカーに乗るであろう誰かの影が入り込んでくる。

 彼女の脳内ランキングの、堂々の上位の位置に。


「どうします、ミス・タイラント」


 自分そっくりの姿に変身したイルマが、青白いオーラを発しながら警告する。


「あなたは部下を大事にする信条だと伺っています。ここで退くならよし。さもなければ、ここで全員鬼に潰されることになります」

「オーガ……それがアイツの名か」


 イルマを見やると、タイラントは冷めきった表情で続ける。

 ゆっくりと右手をあげ、カイトを指差しながら。


「一つだけ聞きたい。お前たちは、ソイツの味方か?」

「はい」

「そうか」


 迷うことなく紡ぎだされた言葉に、タイラントは笑みを浮かべる。

 だが、その笑みも一瞬だ。彼女はすぐに表情を引き締め、舌打ちをしてから叫ぶ。


「撤退だ!」


 号令を聞いたブレイカー達が、戸惑いをみせながらも命令に従っていく。

 後方にさがる最中にオーガに襲われないかと警戒しながらも、だ。

 鬼の両腕が肘に戻り、結合する。一応、鬼側は逃げるのであればこれ以上戦う気はないらしい。

 やや経った後、再びトラメットの上空に黒い渦が発生する。

 生き残ったブレイカーの一機に飛び乗り、タイラントとメラニーがカイト達を見やる。


「屈辱は必ず晴らす。私の手で」


 そう言い残した直後、タイラントたちは渦の中に消えていった。


 タイラントたちが消えてから数分程周囲を警戒した後、緊張の糸を解くかのようにしてオーガが着地する。

 それを戦いの終幕だと受け取ったスバル達もようやく獄翼から降り、カイト達と合流する事が出来た。


「カイトさん」

「まあ、待て」


 面と合わせて再会を喜ぼうとするスバルを手で制止する。

 カイトはイルマへと視線を向け、言う。彼女は既にタイラントへの変身を解き、元の大統領秘書の姿へと戻っていた。


「味方だと言ったな。あれはそのまま受け止めてもいいんだろうな」

「勿論です。その為に私たちが来ました」


 鬼が僅かに頷く動作を見せる。

 青いブレイカーのパイロットは、中から出てくる気配が無かった。


「アメリカが迎えに来たと思って良いのか?」

「アメリカと言うよりは、私たちの上司が皆さんをお迎えしたいと願っている。そう言った方がいいでしょう」

「上司?」


 訝しげな視線をカイトが向けると、イルマは相も変わらず無表情なまま答える。


「今、旧人類連合は事実上、一人のリーダーによってまとめられています」

「なんだと」


 そんな筈はない。

 カイト達は無言でそんな反論をイルマに示す。


「確かに、旧人類連合はアメリカを始めとした多くの国によって成り立っています。ですが、それが一人の新人類の手によって既に掌握されているのです」


 イルマはカイトの瞳を見据え、続ける。


「元XXX所属、ウィリアム・エデン。精神操作を扱う彼が、我々の指揮をとっていると言えばお分かりでしょうか」


 カイトの。いや、XXXに所属していた者達の表情が一斉に凍りついた。

 その変化を見逃す筈も無く、スバルは聞く。


「ど、どうしたんだよ。仲間なんだろ?」


 ウィリアムという名には聴き覚えがある。

 確か、トラセットに来る前に聞いた残りのXXXのメンバーの名前だ。

 共に脱走した仲間であるのなら、もっとウィリアムの差し金に喜んでもいいはずだと。スバルはそう考えていた。


「ああ、そうだな。確かに仲間ではある」


 今にも崩れそうな身体をシデンに預け、エイジが呟く。

 その顔色は悪く、青ざめている原因がタイラントから受けた傷のせいではないことを理解することが出来た。


「ウィリアムさんと言う方は、どんな方なのですか?」


 スバルと同じく疑問に思ったのだろう。

 マリリスが顔を覗きこみ、カイトに問いかける。


「ウィリアムは……一言で言えば、反旧人類思想の持ち主だ」


 反旧人類思想。

 要約すれば、旧人類は新人類の下で一生奴隷として過ごせと言うような主張の持ち主である。その考え方には個人の差は生じるが、基本的に旧人類には良い感情をもっていない。

 

 そんな奴が、よりにもよって旧人類連合を掌握している。

 内部でどんなことが起きているのか、想像するだけで恐ろしい。


「まあ、色々と思う事はあるでしょう」


 彼らの不安を察したイルマが、敢えて否定することなく言葉を紡ぐ。

 その態度は、ウィリアムの根源が変化していないことを裏付けていた。


「本人からメッセージも預かっています。どうか一度、我々の船に来ていただけないでしょうか」

「船?」

「はい」


 イルマが頷くと同時、彼女は大空を見上げる。

 その動作に釣られ、スバル達も一斉に上を見た。


「げっ!?」


 すると、だ。

 ステルスオーラを解除し、透明の膜が溶ける事で彼らの目の前に巨大な影が映り込む。

 全長300メートル以上。鬼が10体並んでも尚、余りある巨大な船影が空に出現する。誰がどう見ても、それは空飛ぶ戦艦だった。


「飛行戦艦、フィティングです。着艦しますので、参りましょうか」


 名前なんか誰も聞いちゃいなかったが、イルマは至極丁寧に教えてくれた。

 そして同時に、誰も一緒に行くとは言っていないのにスタスタと移動し始めている。


「な、なあ。着いて行っていいの?」


 流石に突然の飛行戦艦の出現には呆気にとられた。

 スバルはカイト達に耳打ちし、確認を取る。彼らの反応から察するに、ウィリアムと言う人物はどうにもヤバそうだ。

 少なくとも、反旧人類思想であるなら、スバルは非常に危うい立場になる気がしてならない。


「……行く以外の選択肢はないだろ」


 溜息をつき、カイトは顔を横に向ける。

 もうマトモに動く事が出来ない程くたくたになり、飛行ユニットも無くなった獄翼の惨めな姿があった。

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