第86話 vs黄金の美少女破壊光線 ~特大版~

 アーガス・ダートシルヴィーは偉い人だ。

 どのくらい偉い人かと言えば、新人軍に所属してから僅か4年という短いキャリアでありながら、異国の地で大使館を任されるくらいには偉い。


 彼はブレイカーの動かし方も理解していた。

 それだけに特化された新人類に比べたら操縦テクニックは落ちるが、それでも引き金を引くくらいはできる。

 だから、操縦席に座ること自体は特に抵抗は無かった。

 抵抗があったのは、本来この場所に陣取るべき少年が戦いで犠牲になった事だ。

 アーガスは彼に対し、後ろめたさを持っている。

 彼の管轄内で少年の父は死んだ。そして彼の仲間も皆、今回の一件で倒れてしまっている。全て自分たちがしでかしたことだ。


 アーガスはただ思う。


 すまない、と。

 

 それ以外の言葉を吐き出すことが出来なかった。

 あの少年や、同居人の超人。果てには巻き込まれた街娘や国民たちの事を思うと、胸が痛む。心が軋む。


 どうしてあの時、間違っていると言えなかったのだろう。

 どうしてあの時、彼らのように身体を張ってまで立ち向かう事をしなかったのだろう。


 今は倒れた、XXXの超人は言った。

 痛みはお前の物だ、と。

 それを背負って今を生きていくためには、どうすればいいか。罪に対し、罰を受けろというのであれば、喜んで受け入れよう。

 だが、その前に。

 己の心に、貫くような痛みを与えたアイツを野放しにしておくことだけは、許せない。

 あれは自分の罪の化身だ。だからこそ、自分が倒さなければならない。


「オ、オオオオオオォォォォォォォッ!」


 英雄が吼えた。

 そんな彼の一面を見るのは、元部下のメラニーでさえも初めてのことであった。

 激情が英雄から放たれる。彼の怒りをそのまま背負い、獄翼から放たれたエネルギーランチャーの光が巨人を襲う。


 命中。

 光の先端が巨人に着弾したのを、アーガスは見た。


 どうだ。

 己の視力をフルに生かし、アーガスは巨人を見やる。

 だが、彼の視線の先にいたのは巨人などではなかった。

 

 赤い肉団子。


 トラセインに解き放たれた巨大芋虫が獄翼に切られ、苦しみ悶えながらも形を変えた姿だった。


「このタイミングで!?」


 事の一部始終を見守っていたメラニーから聞いている。

 あの巨人は、芋虫から肉団子になる事で己の肉体を凝縮し、今の巨人の形になっていると聞いた。

 その形態になったと言う事は、また形態を変化させるつもりなのか。

 エネルギーランチャーの直撃を受け、皮膚が焼かれているこの状況下で。


「司令官、アレはヤバいんじゃないですか!?」


 襟の中から僅かに角を見せる折紙から、そんな声が聞こえてくる。

 同調を解除したダークストーカーからだった。スバルがやられたショックから少しは立て直したのか、鼻水の音までは聞こえない。

 もっとも、あの時鼻水を流していたのは人口声帯で喋る姉の方で、今声をかけてきたのは妹の方なのだが。


「ああ、ヤバいだろうね!」


 そんな妹の声に、アーガスはそう答える事しかできなかった。

 巨人の身体は大凡20メートル。このままの大きさであれば、射線を調整することで十分身体全体を消し飛ばす事もできる。

 ただ、身体を変貌させて凝縮していた肉が解き放たれた今の新生物は、直径40メートル近く。ここまで巨大になられてしまっては、精々穴をあける程度しか期待はできない。

 

 せめてもっと巨大な射撃兵器が欲しい。

 考えられる可能性として、元の芋虫ですら飲み込んでしまいそうな巨大な兵器。すぐさまアーガスが思いついたのは、宇宙を漂うデブリを落とすというものだったが、そう都合よく宇宙からの支援攻撃が飛んでくるとは思えない。


 やはり今ある物でなんとか工夫して、あの肉団子を焼き払う手段を考えなければ。

 そんな使命感をアーガスが感じ始めると同時、折り紙から少女の声が響く。


「二機とも、すぐに退いてください!」


 トラメットの壁にいるメラニーが叫ぶ。

 モニターを拡大してみれば、彼女は額に金色の折り紙を当てている。あの折り紙を使った場合、どのような超常現象が起こるのか、元上司であるアーガスはよく知っていた。

 そして都合のいいことに、壁の前にはスバルが街を守るために突き刺したままになっている刀が一本。


「ダークストーカー、聞こえたかね?」

「は、はい! でも、どうする気なんですかあの娘!?」


 アウラが問う。

 するとアーガスは今この場にあるあらゆる可能性を吟味したうえで、こう言った。


「恐らく、我々に残された最後の手段だ!」


 だから彼女の射線上に入ってはならない。

 短い言葉にそんな意志を強く埋め込むと、獄翼は後退。突き立てられた刀の横に陣取る位置で、体勢を立て直す。

 ダークストーカーも同様だった。機体ダメージはそこまで激しくない筈だったが、心なしか動きにキレがない。精神的なダメージがそのまま機体に反映されているように見えた。

 アーガスは思う。彼女たちは不安定だ、と。

 この短い間、よく頑張ってくれたがパイロットに限界が見えている。厳しく言ってしまえば『それでよく兵士として務まるな』と言えるのだが、善意で駆けつけてくれた彼女たちにそれを言うのは非常に心苦しい。

 それに、今はそれを指摘するべき場面ではない。アーガスはそれを深く心に刻むと、メラニーに向けて言った。


「こちらは何時でも大丈夫だ、メラニー嬢。美しく決めたまえ!」

「どうきめろっつーんですかね!?」


 言いつつも、メラニーは心の中で詠唱を済ませた金色の折り紙を壁から放り投げる。

 すると、折紙は吸い寄せられるようにして地面に突き刺さった刀へと向かって行き、刀身へと張り付いた。


 直後、刀が発光。

 眩い光を放つそれは、刃先に向けられている肉団子に向けて大きく口を広げた。


「私の破壊光線は、貼り付ける対象がでかければでかい程、渦巻くパワーも大きくなります」


 メラニーが勝ち誇ったような表情で言う。

 彼女としては、既に勝利を確信しているらしい。


「その図体で、足も無く、羽も無い! 避けれますか、この黄金の美少女破壊光線特大版!」


 ネーミングは、できればもう少々捻ってほしかったところではある。

 しかしそのパワーについては、まさに『折紙つき』。

 刀から特大の光が、扇状に広がっていった。光は大地を抉り、木々を焼き払い、空気に熱を伝えながらも、真っ直ぐ肉団子へと襲い掛かる。


「うっ!」


 眩しい。

 特大版と自負するだけあって、眩さも最高クラスだとアーガスは思う。

 少なくとも、共に勤務してきた中ではこんなに眩いことなど一度も無かった。

 反射的に目を抑え、光が弱まるのを待つ。


 ややあってから、その時は訪れた。

 正面に広がる光の世界が収まるのを確認すると、アーガスは視線を改めて前方へと向ける。


「……やった、のか?」


 見た限り、正面に見えるのは焼野原だけだ。

 黄金の美少女破壊光線(特大版)によって荒野は広がり、その先に生命は生きていない。残っていたとしても、灰になって骨だけだろう。


「どーですか! この天才美少女メラニーさんが、しっかりと引導を渡してあげましたよ!」


 技を仕掛けたメラニーは得意げである。

 だが鼻を伸ばす彼女を余所に、ダークストーカーは振り返ることなく正面を見続けていた。


「どうしたのだね」


 その様子を不審に思ったアーガスが、姉妹に尋ねる。

 僅かながらに震えた声が、襟の中から届く。


「ねえ、司令官。それと美少女さん。さっきのあれって、辺り一面を焼き払ったのよね?」


 アウラの問いに、メラニーは笑みをこぼしながら答える。


「トーゼンです! あれをマトモに浴びて生きてるなら、それこそ生物として終わってますよ。色んな意味で」

「ダークストーカー。まさか、奴はまだ生きていると言うのかね?」


 考えられる限り、最悪の可能性をアーガスが挙げる。

 今ので死んでいないのであれば、打つ手なしだ。エネルギーランチャーに対する回答は出され、巨大な敵を倒せる特大版破壊光線すら通用しないのであれば、もう何をもってあの生命体を戦えばいいのかわからない。


 どうか間違いであって欲しいと願いつつも、英雄はダークストーカーからの返事を待った。


「じゃあ、あれは何よ」


 アウラが言う。

 彼女の声は、完全に震えていた。何かに恐怖した、という表現が当てはまりそうな、そんな声。

 彼女の意思を反映させるようにして、ダークストーカーは前方を指差す。

 砂塵が舞ってよく見えなかったが、指し示されたことで『それ』はよく見えるようになった。獄翼とメラニーの視界にも、それは映り込んでくる。


『……穴、です』


 荒野の中にただ一つだけ開いている、巨大な穴。

 信じられない、とでも言いそうなトーンで人口声帯が口を開いた。


『答えてください。今のは、穴の中でも効果があるのですか?』


 問われた言葉に、メラニーは反応できなかった。

 否、答えなんて判りきっている。彼女の無言が、ダークストーカーに答えを出していた。


『そうですか』


 どこか諦めたようにカノンが呟くと、ダークストーカーは静かにナイフを抜いた。

 同じように、獄翼もエネルギーピストルを抜く。

 今日、始めて獄翼に搭乗したアーガスは急いで装備を確認するが、残された武装で新生物に使用しなかった武装はこれとダガーのみ。なんとも心もとない装備だった。


「ダークストーカー、これ以上の武装を用意することは出来るか?」

『王国にでも帰らない限り、厳しいですね』

「なるほど。では別の方向で攻略法を探そう」


 アーガスは考える。

 新生物が地中に逃げた。その事実は、彼女たちの戦意を大きく削ぎ始めている。

 なんとかして攻略法を見出し、目標だけでも立てなければならない。

 直観的にアーガスは提案した。


「再び敵を捕まえることはできるか?」

『SYSTEMが活動限界時間を迎えています。もう一度使う為には、少なくとも5分は空けないと』

「なるほど。ではそれまでの間、全力で足掻くとしよう」


 一応、手はある。

 地中に潜った新生物を再びダークストーカーが捕獲し、今度は電流を流した状態でメラニーに大技を放ってもらう。

 これなら地中に潜る術も無く、焼き払える筈だ。

 課題は、彼女たちがやられないこと。


「これ以上、誰一人として欠ける事は許されない。全員、それを強く意識してほしい」


 アーガスが言うと、折紙から三つの少女の声が響く。『はい』という、了承の意思だ。

 それを聞いたアーガスは静かに頷くと、周囲に意を配る。


「……いました!」


 最初に異変を察知したのはメラニーだ。

 彼女は地面に突き立てられた刀を指差し、叫ぶ。


「刀の真下です!」


 獄翼とダークストーカーが振り向くと同時、刀が突き刺さっている個所が盛り上がった。

 膨れ上がる大地に向けて獄翼は素早くピストルを向け、発砲。

 大地の中に潜む何者かにダメージを与えるも、地中からの蠢きは止まらない。


「むっ!?」


 直後、地面から黒い影が飛び出してきた。

 それはピストルの射線上を掻い潜り、素早く獄翼の肩を貫いていく。振動がコックピットを襲い、アーガスを揺らした。

 彼の正面モニターに被害報告が出される中、英雄は見る。


「……また、酷く悍ましいな」


 地中の中から、巨人の頭が見えた。

 首から繋がる胴体も健在である。ただ、肉団子よりも前の形態と比べて違うのは、胴体から生えるのが四肢ではなく、無数の黒い触手だった事。

 黒い線は巨人の身体を支え、蜘蛛の足のように大きく広げる事で安定性を保っていた。


 アーガスは思う。

 なるほど、あのたくさんある足を使って穴をあけたのか、と。

 あの一瞬でよくもここまでやれるものだ。呆れて物が言えない。


 だが、嘆息するよりも前にアーガスは叫んでいた。

 

「絶対に街の中に入れてはならん!」


 地中を掘り進んでいった新生物が、壁の目前にまで移動してきた。

 その事実が、彼らを更に追い込み始める。

 だが新生物は、それでもまだ足りないとでも言わんばかりに。頭部に張り付いている赤い結晶体を発光させた。


「えっ――――!」


 新生物の頭部から閃光が放たれる。

 それをブレイカーに乗るパイロットたちが認識したと同時、トラメットを囲んでいる壁の一角が爆発した。

 ついさっきまで、メラニーがいた場所だった。

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