第85話 vs姉妹と師匠と英雄と
刀身に弾かれた光の水飛沫が、獄翼に降りかかる。
何時かのデジャブを感じながらもスバルは電磁シールドでこれを防御。同時に大きな衝撃が獄翼を襲うが、構ってなどいられない。
「か、壁はまだ!?」
『話しかけないでくだださい! 気が散ります!』
服に仕込んでおいた折紙から、とんがり帽子を被った少女の悲鳴にも似た叫びが聞こえる。
彼女も必死なのだ。何時もなら理由も無く吐かれる暴言が飛び出してこないのがいい証拠である。
メラニーの状況を問いつつも、スバルは獄翼の被害状況を表示させた。
僅かに電磁シールド越しに着弾したが、機体損傷率はそこまで深刻な物ではない。直撃を受けているわけではないので、当たり前と言えば当たり前だ。
しかし、何時でも確認できるようにしていなければ不安でたまらない。
今は刀身が耐えてくれているとはいえ、巨人から発せられる光の波が何時まで続くのかも分からない。刀身で全部受け切れたらよし。そうでない場合は、その時が来るまでにメラニーの壁が張り終わるのを祈るほかない。
「うわっ!?」
獄翼を再び振動が襲う。
再び刀身から漏れ出したエネルギーの波が牙を剥いてきたのかと思ったが、
「あ、あれ?」
違う。
よく見れば、こちらに向かって発射されている巨人式エネルギーランチャーの向きが少しずつ上に向けられている。
横ならまだ分かる。
だがそれで上に向ける選択肢を、なぜ巨人が取るのだろうか。
疑問は、すぐに解消された。
巨人の足下に寝転がるダークストーカー。漆黒の罪人が両足を巨人の銃口に向けて放っていたのだ。
蹴り上げられた銃口が天に向けられ、光の柱が雲を貫く。
『人の師匠に何してるんですか、このツノゴキブリ!』
『切れないなら、力で押しきるまでです!』
ダークストーカーに搭乗するシルヴェリア姉妹が、それぞれ巨人に向けて敵意を送る。
『アウラ』
『オーケー、姉さん!』
姉が名を呼びかけると、妹はそれだけで意図を理解した。
蹴り上げ、巨人が後退すると同時にダークストーカーは突進。アウラを取り込んだ際に具現化したローラースケートによる加速の賜物だ。
『せぇい!』
アウラが吼える。
ダークストーカーの操縦は、後部座席に座る妹の意思に託されていた。彼女は普段の戦闘と同じ感覚で足を前に突き出し、巨人に向けて蹴りを放つ。
その意思を汲み取り、ダークストーカーが彼女の求める動きを再現した。
足底で回る車輪が巨人の肌に押し付けられる。一度はその回転によって肉を抉ったが、今度は力任せに蹴り上げるだけだ。
強烈なハイキックを受けた巨人が両腕を解き放ち、大の字になって転倒する。
『お待たせしました。攻撃に移ってください』
メラニーから通話が入る。
その声を聞いたと同時に、獄翼は展開させていた電磁シールドをオフに切り替えた。
「くそっ!」
窮地はなんとか逃れることは出来た。シルヴェリア姉妹による素早い転機のお陰だ。
しかしそれでも、スバルは悪態をつくことしかできない。
既に考える事を放棄しているとはいえ、あの化物には驚かされっぱなしだった。獄翼とダークストーカー最大の強みである刀が通用していない事実が、少年の焦りを加速させている。
「アーガスさん、なんか良い手はないの!?」
今、この場で一番巨人について詳しそうな男に問うてみる。
だが、英雄から返ってきた答えは予想に反してあっさりとしたものだった。
「ある」
「あるの!?」
「うむ。奴の細胞を塵ひとつ残らず消し飛ばすことだ」
あっさりと言ったが、非常に難しいリクエストである。
エネルギーランチャーで穴をあける事ができたとはいえ、その後平然とした顔でやり返すような生物なのだ。しかも学習次第で皮膚も堅くなるおまけつきだった。
「これまでの奴の行動を見るに」
そんなスバル少年の焦りを、声色で感じ取ったのだろう。
アーガスは少しでも少年の不安を和らげるために、口を開いた。
「特定の武器に対して身体を順応させる為に、一日の猶予が必要とみられる」
つまり、だ。
「今、あいつに始めて見せた武装こそが奴を倒す手段となりえるのだ」
スバルは反射的に放り捨てていたエネルギーランチャーを見やる。
こいつだ。こいつをぶっ放して、塵一つ残さずに焼き尽くす。現状、スバルに残された手段はこれだけである。
「カノン、聞こえた!?」
『はい、師匠』
通信が聞こえてきたと同時、ダークストーカーの関節部から溢れ出していた発光が止まった。
同調機能を切ったのだろう。制限時間が設定されているのかは知らないが、巨人が大の字になって倒れている最中に体勢を立て直している。
そりゃあ俺だってそうすると、スバルは思う。
「刀は効かない! 電気とローラースケート、もしくは俺が持ってない武装でカタつけるしかないぞ!」
指示を出した。
するとダークストーカー。再び関節部が発光しはじめ、足底に車輪が具現化する。
『了解!』
ある程度予想していたが、有効打になりうる攻撃を仕掛けるにはやはり同調しなければならないようである。
元々ダークストーカーはカノンがスバルに憧れたために、彼の好みに合わせた武装が揃えられていた。その為、獄翼が装備していない武装に限定して攻撃を仕掛けろと言うと、非常に限られてくる。
『姉さん、制限時間は?』
『1分回復してる! 後2分30秒!』
本来の活動時間の半分程度。
接近戦で戦うのであれば、一撃で仕留めなければならないような時間だ。
しかしそれをするには、相手は少々分が悪い。そんな相手を倒すのに相応しい武器は持ってきてはいるが、それも師匠に預けてしまった。
『師匠、私たちが動きを封じます』
だから彼女は、師匠に託す。
その意思を具現化せんと、ダークストーカーは掌を巨人に向ける。黒い指先からばちり、と紫電が溢れだした。
それは徐々に膨れ上がっていき、次の瞬間には巨人に突き出される。狼のように牙を剥き、紫電は巨人に噛みついた。
巨人の身体が大きく震える。
『持って二分です!』
『早く!』
「よっしゃあ!」
それ以上の言葉はいらなかった。
前線に出て戦う三人は共通認識を持っていた。あれを完全消滅させるような大層な武装は、もうエネルギーランチャーしかない、と。
スバルはダークストーカーにそういう武装がないかと若干期待していたが、それは儚く散って行った。
「今度こそ――――」
慎重に、それでいて迅速に照準を巨人に合わせる。
先程は腹を抉る程度にとどまったが、今度は大の字になって倒れている分、身体全体にビームを当てやすい。
射線上に上手く身体全体が入り込むような位置をイメージしつつ、少年は巨人の身体を睨む。
「終わりだ!」
照準を固定させた。
後は引き金を引くのみ。迷うことなく引こうとした、その時だった。
「――――!?」
音が聞こえる。
コックピットという閉鎖空間にも関わらず、関係なしに響いてくる。黒板を爪で引っ掻いたような不快感のするノイズ。
スバルはその正体を知っていた。
「音波だ! カノン、妹さん!」
「心配無用だ!」
対新人類用の殺戮兵器。
あのXXXの先輩戦士達や王国の誇る戦士ですら昏睡状態に陥れた必殺の奥儀も、アーガスの自信に満ちた言葉の前に霞んでいく。
「私の貸し与えた灰色の薔薇は、この程度の音波の侵入を美しく許さんよ!」
現にダークストーカーは体勢をそのままにして、電流を流し続けている。
カイトの時のことを考えれば、頭を抱えて苦しそうにのた打ち回っていても不思議ではなかった。
それをしないということはつまり、効果が無いと言う事だ。
それを意識すると、スバルは無意識のうちに安堵する。
が、
「あれ?」
そこで少年は気づいた。
目の前が真っ暗になっている。照準を合わせた筈の巨人の姿はない。
軽く周囲を見渡してみる。誰もいない。
トラメットの街も、アーガスも、メラニーも、ダークストーカーも、巨人でさえも。
何も見えない。
なにも映らない真っ暗な空間の中に、少年の意識はトリップしていた。
「なんだ!? 何があった!」
折紙に向けて叫ぶ。
だが、紙の向こうからの返答は何も聞こえない。ならば、と思い獄翼のスピーカーを通じて叫ぼうとするが、
「ない!?」
さっきまで握っていた筈の操縦桿が無い。
座っていた筈のメイン操縦シートも無い。
獄翼すらも、無くなっている。
気付けばスバルは、ただ一人真っ暗な空間の中に放り出されていた。
巨人による新たな攻撃かと思い、警戒する。
が、神経を尖らせて周囲を観察しても、彼を歓迎するのは無音のみ。何かが殴ってくる事も無ければ、誰かが襲い掛かってきたわけでもない。
「どこだ!? いるんだろ!?」
少年が叫ぶ。
その声は響く事も無く、ただ少年を息苦しくさせただけだった。
同時に、混乱もさせた。
一体何が起こったのか。他の皆は大丈夫なのかと思っているとき。
それは突然、彼に襲い掛かった。
「――――――――!」
激痛だった。
真上から槍で突き刺されたかの様な激痛が、少年を襲う。
痛みに耐えきれず、少年は悲鳴をあげた。今までの16年間であげたことのない、動物の叫び声のような悲鳴を、力の限り吐き出した。
痛みは頭から全身に流れてくるようにして少年の身体を覆い、意識をブラックアウトさせていく。
堪える術も持たなかった少年は、痛みに屈して転倒した。
『師匠! どうしたんですか、師匠!?』
ダークストーカーから悲痛な呼び声が響き渡る。
カノンが必死に呼びかける中、後部座席に座るアウラは司令官に呼びかけた。
『司令官、仮面狼さんの様子が!』
「分かっている!」
アーガスが毒づく。
数秒前にスバルはダークストーカーの身を案じた。だがその直後、彼から動物の叫び声のような悲鳴が響き渡ったのである。
「アーガスさん、まさか!」
その現象に、メラニーは心当たりがあった。
勿論、アーガスも同じ考えを持っている。
持っているが、しかし。
あれは新人類用の技ではないのか。
相手の脳を刺激し、昏睡状態に陥れる強烈な音波。少なくとも、昨日の段階ではスバルに影響は無かったはずだ。
「確認する!」
アーガスが息を切らしつつも、叫ぶ。
彼は超スピードで獄翼の足下まで駆け寄ると、そのまま跳躍。だらん、と垂れ下がった獄翼の腕に着地すると、そのまま腕を伝ってコックピットまで移動した。
「失礼……」
本来はこういう力任せの行動は、彼の主義に反することだ。
だが今は、状況が状況である。
ハッチに手をつけると、綺麗な顔つきからは想像もできない怪力で、コックピットをこじ開けた。
「……!」
いた。大凡想像通りの惨状になった少年が、コックピットの中で意識を失っている。
アーガスは素早く乗りこんだ後、スバルの頬を叩いて呼びかけた。
「スバル君、気をしっかり持ちたまえ!」
音波を防ぐ灰色の薔薇は、ヒメヅルに迎えに行った際に手渡してはいた。
だがあの後、父親を殺された彼が、何時までも仇から貰ったプレゼントを保持しているわけが無かったのである。
彼の身は無防備だった。
同時に、巨人の学習力を甘く見ていた。
アーガスは返事のない少年を後部座席に運ぶと、拳を震わせつつ言う。
「やられた」
その言葉に、覇気は無い。
ブレイカーに乗らなければ戦力として数える事の出来ない、この中で最も非力だった少年が最初にやられた。
その事実が、アーガスの責任感を大きく揺さぶった。
「スバル君も、脳をやられた」
一瞬、静寂が場を支配した。
ややあった後。その事実を受け入れるのを拒むようにして、ダークストーカーから悲痛な叫びが上がる。
『あれは旧人類には効果が無いんじゃないんですか!?』
「奴にとっては初めから関係なかったのだ! そんなものは!」
やろうと思えば、彼は旧人類だろうが新人類だろうが脳に攻撃することができた。いや、もしかすると今日、やっとできるようになったのかもしれない。
いずれにせよ、巨人にとって『区別』など必要ないのだ。
「昨日は山田君が脅威だったから新人類に攻撃した! 今日はスバル君が脅威だったから旧人類に攻撃した! それだけのことだ」
ダークストーカーの腕から放たれる電撃が、弱まっていく。
制限時間が近づきつつあるのだ。それ以外にも、動揺が強いのだろう。彼女たちはその後、無言だった。
「……許せん!」
代わりに唇を噛み締めたのは、アーガスだ。
彼は後部座席から身を翻すと、メイン操縦席に着席する。
「カノン君、後どれくらい巨人を拘束できる!?」
『ぐじゅ……も、もう限界です!』
折紙の向こうで、鼻水混じりの叫びが返ってくる。
だが、アーガスは敢えて言った。
「10秒でいい! 持たせろ!」
アーガスが操縦桿を握り、獄翼の腕が再びエネルギーランチャーを構える。
照準は既に、理想的な場所にセットされていた。
流石だ。
アーガスは少年の腕前に感心した直後、彼に代わって引き金を引いた。
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