第75話 vs終末論
タイラントとXXXには因縁がある。
なにを隠そう、彼女もXXXの候補生に挙げられた新人類だ。彼女の能力は触れた物を破壊するという、非常に強力な物だった。
当時は今ほど強力ではなかったとはいえ、本人を鍛え上げれば人体を軽く破壊できる暗殺者に育つと言われており、将来を期待されていたものだ。
実際、現在の彼女は王国の中核をなす人物である。
まだ20代とはいえ、多くの部下を従えている上に王子から直接呼出しを受ける程には偉い。
比較してみれば、結果的にはXXXよりも明るい未来を歩んでいる。
しかし彼女はXXXという集団には決して快い感情を持っていない。
リーダーを務めるカイトに妹分のシャオランとメラニーが倒されたのもあるが、最大の理由は過去に行われた交流戦にあった。
そもそも彼女がXXXに所属しなかったのには、理由がある。
そこに配属されるよりも前に、彼女にお声がかかったのだ。自分の下で戦ってみないかと、スカウトされた。当時、ただの少女でしかなかったタイラントは素直に喜んだものだった。それが尊敬する女性兵からなら尚更である。
当時、新人類王国には女性を中心にした戦闘部隊があった。
そのリーダーで且つ、タイラントをスカウトした人物こそが、プレシアと呼ばれる王国の英雄だ。
王国で戦う女性兵は、その多くが彼女を憧れとしていた。凛として戦い抜く姿は誰よりも美しく、配下には多くの部下を従えていたのである。
王の気まぐれな行動を制することができるのも、彼女が圧倒的な人気を誇っていたからだった。一部では彼女こそが女王になるべきだという声まで挙がった始末である。王政なのにそれはどうなのかと首を傾げる状態ではあるが、それだけ人気が高かったのだ。
彼女の配下になることは、女性兵にとって高級ネックレスを購入するよりも大事なスティタスとなった。そんな彼女に、タイラントはスカウトされたのだ。しかも彼女直々に。飛びつかない理由がなかった。
だが、僅か数年後。
彼女の――――彼女たちの信じる物を根源から覆す大事件が起きてしまった。
1年に1度行われる各部隊の交流戦。代表として出場したプレシアが、たったひとりの少年兵に敗北したのである。
しかもその少年兵は、その年に『腕試し』という名目で王から参加を推薦された少年だった。XXXのリーダー、神鷹カイトが新人類王国の兵達の前で初めてその真価を発揮した瞬間でもある。
試合時間、僅か6秒。
相対したプレシアの一撃を回避し、彼女の背後に回りこんで首を絞めた。内容としてはこれだけだった。
ここまでならまだ良かったのだ。ところが、試合終了後にカイトは首をへし折ったのである。新人類王国でも発言力が高く、多くの人望を一身に受けていた人物を、あろうことか交流戦で殺したのだ。
これにはタイラントを始めとした部下一同や、グスタフのような古くから仕える戦士もカンカンになって飛び出したのだが、
『いいよ。不問!』
内部戦争にまで発展しかねないこの殺人を、王はこの一言で済ませてしまったのである。勿論、いかに王とはいえ文句は言いたくなる物だ。
だが、新人類王国にはルールがある。
『まあ、怒るだろうけどね。この国だと勝った奴が勝つの。君たち、プレシアを倒したこの子に勝てるの? それに負けちゃった以上、プレシアはそれまでだったわけだしね』
その一言で、タイラントたちは押し黙ってしまった。
当然ながら、それでもカイトに戦いを挑んだ戦士もいる。だがそういう兵は、全員倒されてしまった。彼が当時、王国最強の兵と呼ばれたのはこの辺のエピソードが影響している。
この件でXXXは王国の中でもトップクラスの戦闘集団として立場を確立させ、発案者のリバーラ王は発言力をますます高めていき、絶対王政としての方針を完全なものとした。
要するに、プレシアは王の立場をより一層強める為のダシに利用されたのだ。その事実が、プレシアの部下たちにかつてない衝撃を与えた。
彼女の腹心であった女性は、ショックを受けているタイラントにこう語っている。
『辛いかもしれない。だがタイラント。お前は決してこの現実に負けてはならない』
『なぜですか?』
年端もいかない少女の問いかけに対し、彼女は残酷な願いを口にした。
『今、アレに挑んでも勝てないだろう。私たちでは歯が立たん。だが、お前はアレと殆ど年が変わらない。同時に、私たちの中でも一番若い』
新人類は鍛え上げればその分だけ力が特化される。
もっとも若く、プレシアに直接スカウトを受ける程に見込まれていたタイラントならば、あの化物じみた少年に勝てるだろう、と。彼女はそう見込んでいた。
『プレシア様の仇を取りたいか?』
『はい。勿論です』
『ならば強くなれ。私がプレシア様に代わってお前を鍛え上げる。そしてXXXとかいうふざけた連中を叩きのめせる程の強さを手に入れたら。その時こそが、お前が王国最強の戦士になった証となるのだ。プレシア様の誇りを、お前が取り戻せ』
それから時は流れ、現在。
なんの因果か、当時のXXXの中核をなす人物は王国から離反した。
それだけではない。自分の部下であるシャオランやメラニーを酷い目にあわせている。プレシアの件も合わせて全部カイトがやったことなのだが、誰がやったかなどは彼女にとって問題ではなかった。
タイラントにとって、XXXという集団そのものが既に恩師の仇なのだ。
ゆえに、カイトでなくともその仲間がいれば滅するつもりだった。現に今、目の前にいるXXXの男はボロボロである。
「こいつは俺が倒す」
だが、そんなボロボロな男はふざけた発言をしてみせた。
右腕はもはや使い物にならず、苦悶の表情を浮かべたままの男は、まだ自分を倒すつもりでいるのだ。
「倒せるものなら、やってみろ!」
その言葉に、いらっと来た。
トラセットの大地を一歩踏み出し、タイラントが再びエイジに突進する。
振り上げた右拳が、破壊のオーラを纏いながら繰り出された。
「冗談とか、そんなんじゃないぜ!」
だがエイジ。その右腕目掛けて、左の肘と左足を同時に繰り出した。
ふたつの突がタイラントの右腕を挟み、肉を超えて骨を砕く。
「あぐっ――――!?」
右拳が纏っていた破壊のエネルギーが漏れる。
吹き飛ばされるようにして霧散していったそれを確認しつつも、タイラントは右腕を抑えて後退。
「ぐっ……ぁ!」
肘打ちと膝蹴りを受けた個所が赤く腫れ上がっている。
それどころか、違和感を感じる。試しに何度か肘を折り曲げてみようと思ったが、腕は全くいうことを聞いてくれなかった。代わりに返ってきたのは痛みだけである。
「き、さま……!」
「へへっ、どうよ」
勝ち誇ったような表情で彼女を見る。
だがエイジの方も、全くのノーダメージではなかった。
「正直、割に合わねぇけどよ。このくらいぶつかる覚悟じゃないと、お前を追い返せないだろ」
彼女の右腕を潰した代償は深刻だった。
左肘は弾け、膝からも出血が始まっている。彼女の右腕に触れた瞬間、破壊されたのだ。まともにぶつかった右腕よりはマシなダメージだが、それでも左手を曲げる度に激痛が走り、歩こうとすると倒れそうになる。客観的に見て、どちらが深刻なダメージを受けているかは一目瞭然だろう。
「減らず口を。私にはまだ左腕と足が残っているぞ」
「なら、また潰すだけだ……!」
再度左腕を構え、挑発し続けるエイジ。本気で彼女の四肢を全て潰すつもりだった。
「エイちゃん。次はボクが!」
「引っ込んでろ。ふたりしてコイツに命かける必要はねぇよ」
横で今にも泣きそうな表情をしたシデンが言うと、エイジは即座に切り捨てにかかる。
「それに、王国側はもうひとり来てる。ここで揃ってボロボロになってみろ。後のひとりが好き勝手できちまう」
「それは……そうだけど」
彼の言葉は決して間違っていない。
間違っていないのだが、しかし。このままでは先にどちらが潰れるのか、一目瞭然だった。
「ふざけるな! ただの構成員の雑魚に、私がやられてたまるか!」
タイラントが吼える。
激情に呼応するようにして破壊のエネルギーが彼女を包み込んでいき、周囲の建築物を木端微塵に粉砕していった。
彼女の叫びに恐怖した空気が逃げ惑い、強風となってエイジの肌を襲う。
「ほれ、やっこさん超やる気出してるぜ。退いてないとお前も酷い目にあうぞ」
「それでもいいよ! このままだと君、死んじゃうよ」
「死んだらそれまでの人生だったってわけだ。残念だけどな」
えらいあっさりと認め、涼しい表情になるエイジ。
覚悟完了にしては潔すぎる。
「けどよ。ただで死ぬ気はないぜ!」
直後、エイジは牙を剥く。使い物にならなくなった右腕をぷらん、と垂らしながらも彼は構えを維持した。
「今度は貴様の身体全部を消し飛ばす!」
「そりゃあ流石に困るな。お前の骨折れなくなっちまう!」
「減らず口もいい加減聞き飽きた!」
滝のように流れ出る破壊のエネルギーが、左拳と共に突き出される。
その勢いに押し出され、破壊力がエイジに襲い掛かる――――筈だった。
だがタイラントの拳は、完全に押し出されることはなかった。
丁度その瞬間、大樹が大きく震え上がったのだ。
樹皮にひびが入り、アルマガニウムの大樹が膨れ上がる様にして破裂する。
「いいっ!?」
「な、なにあれ!?」
その中から地上に現れたのは、彼らの想像を大きく超えた物だった。
全長100メートルはあるであろう、巨大芋虫である。グロテスクな口部を蠢かせつつも、そいつはトラセインの街に降り立ったのだ。
嘗てその名を轟かせた生物学者、シュミット・シュトレンゲルは自伝にてこう明言している。
『私は終末論が好きだ。もし人類が滅ぶ可能性を挙げるなら、私は個人の興味の意を含め、生物学者としてもみっつ。可能性を示したいと思う』
一文を読んだだけで結構絶望的だな、とメラニーは思う。
タイラント共にトラセインの街に降り立った彼女は、街に伏した根っこを眺めつつもページをめくる。
彼女の仕事は、タイラントが戦っている間に新生物の詳細を調べることだった。その為の参考になりそうな本を探している内に偶然見つけたのが、シュミットの自伝である。
生物学者でありながら、事あるごとに人類滅亡説を唱え続けた彼の自伝になら、なにかしらのヒントがあるのではないかと思って購入したのだ。
では実際、ヒントはあったのか。
順番にメラニーは黙読する。
『ひとつは隕石の衝突。かつて地上を支配していた先駆者ともいえる恐竜がこれで絶滅したのは有名な話だ。詳細は省くが、これは説明不要と見ていいだろう』
この辺は直接関わりはないと見ていいだろう。
アルマガニウムが宇宙から降り注いだ隕石に詰まっているという現実はあるが、これが新生物の正体とは考えにくい。
なにせ、傍から見ればただの石ころなのだ。
『ふたつめに、疫病の流行』
メラニーはこの点に着目する。
新生物というからには、生命体なのだろう。そして病原菌も見方によっては立派な生物といえるのではないだろうか。
池の中に住むアメーバのような微生物を頭の中で想像しつつ、メラニーは続きに目を走らせる。
『人類が新人類へとステップアップしたのと同じように、他の生物がステップアップする可能性は十分あるだろう。私が脅威だと感じるのは、インフルエンザのような病気がパワーアップして人類に襲い掛かってきた場合だ』
人類の医療技術も進歩している。
だが進化した病原菌が流行るスピードはそれ以上であると、シュミットは明言する。というか、そうでないと人類滅亡は成立しない。
『新人類が生まれたことを考えると、悪い想像は幾らでもできる。繁殖力だけではなく、人類にとっての殺傷力もその辺の刃物より高くなる可能性は十分ある。最悪、菌が付着しただけで死に至るだろう』
過去、宇宙人が地球に侵攻してくる映画があった。
その映画のラストは結局どうなったのかというと、野生動物の運んできた菌が宇宙人に感染し、全滅したというものだった。
突然変異によって生まれた病原菌が、そのような大量殺戮を人類に対して行わないという確証がどこにあるだろう。
『勿論、この可能性に関しては私の妄想である以上、良い方向に想像することもできる。例えば菌を取り込むことで旧人類が新人類のように変化する、といったような感じだ。要は病気にかかることで人を強制的に進化させるということだ』
もしかすると、いまだに解明されない新人類の出生はこの辺が関係しているのかもしれない。
親のDNAによる関連付けが薄いといわれている以上、非情に弱い菌が胎児に付着して、結果的に新人類として生まれてくるのではないだろうか。
そんな推測が延々と書き綴られているが、その辺も確証が薄い話だ。
メラニーはシュミットの熱弁を聞き流すようにしてページを飛ばすと、最後の可能性の項目へと目を向ける。
『最後の可能性としては、新人類を超えた種の誕生だ』
ドンピシャだった。
『現在の旧人類と新人類の関係。そして最初は等しく海の中で暮らしていた生物が、進化したら食らいあっている。ゆえにこの可能性は切り捨てられない』
もしも旧人類と新人類。その次に来る形で新たな種が誕生すれば、そこまで大きな問題にならないかもしれない。
問題は相手が新人類すら大きく超える力を持っていた場合だ。
シュミットはこの生物が、現代に生まれてしまったと仮定してシミュレートしている。
『まず、現在の地球は人類が支配している。だがその人類も、今や大きくふたつに分かれて争っている。その理由も『私たちが優秀だから、君たちは従え』というものだ』
新生物が同じ思想を持たないと言い切れるだろうか。
ましてや、この地上に多くいるのは劣っているとされている旧人類だ。新生物から見れば、地上に君臨している多くの生物が蟻のように見えるだろう。
支配欲があるかはさておき、少なくとも玩具レベルにまでは見下される筈だとシュミットは考えていた。
『もしくは体のいい餌かもわからない。少なくとも、我々人類は現在地上にいるどの生物よりも恵まれた栄養を取り入れているのだ』
もしもそんな奴が現われたとして、果たして勝てるのか。
シュミットは自身で挙げた課題に対し、このような回答を残している。
『例えば教育を施して人類に刃向わないようにするとしよう。だが、そうしたところでなにがきっかけになって人類に興味を失うかわからない』
で、あれば。
『手っ取り早いのは、戦うことだ。戦って勝つことで、脅威を駆除する。カウボーイが銃を持つのと似たような理由だ』
ただ、懸念点がある。
『人類の持つ技術を彼らに見せるのは、非常に危険だ。なぜならば、先人の渡ってきた失敗をなにも知らないまま、彼らはその技術を得ることが出来るからだ』
技術を得た彼らが、人類と比べてどんなスピードで進化していくのか。
例えばより高性能のブレイカーを信じられないような短時間で作り上げたり、人類だけを抹殺する生物兵器の開発だってできてしまうかもしれない。
人類が技術を見せることで、その手助けをするのだ。
『できないと言い切る保証は誰にもできない。彼らは我々の想像を遥かに超える生命体であり、同時に神秘なのだ。新人類のような存在が現われた以上、どうして非現実だと笑うことが出来ようか』
実際その通りだ、とメラニーは思う。
この世界は少し前まで通じた常識が、完全に通用しない世界になってしまった。
そんな世界で『非常識』を訴えたところで、笑い飛ばされるのは目に見えている。
それに、新生物は姿を現している。
真っぷたつに割れ、大樹をへし折りながらも這い出てくる巨大生物。
あれが新生物だとすると、非常に面倒なことになる。
シュミットの考察が未来予知の如く的中していたとして、あのサイズの芋虫を駆除するにはブレイカー辺りの兵器を出したいのが本音である。
だが彼の考察によれば、ブレイカーのような兵器を出すこと自体が危険なのだという。単純な殴る、蹴るといった暴行で果たしてあれを倒すことができるのだろうか。
メラニーがそう考えていると、彼女は街に侵入してきた黒い飛行物体に気付いた。
思わず頭を抱えてしまう。
折角先人が考察に考察を重ねたうえで注意してくれているのだから、それを素直に聞いておけよ、といいたい。
もっとも、今飛来してきた技術の塊――――獄翼はかつてシンジュクで自分たちを酷い目に合せた男たちが奪取した機体だ。
どうなろうと構いはしない。
懸念点があるとすれば、あのロボットを見て巨大生物がなにを学ぶか、であった。
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