第70話 vsパツキンナルシスト薔薇野郎 ~勇者の苦悩編~
ダートシルヴィー家にとって、当面の邪魔者は4人の反逆者達だ。
その中でもっとも単体戦力で弱いのは蛍石スバルであるとアーガスは考えている。だが同時に、キーマンになるのも彼であることをアーガスは予測していた。
恐らく他の3人よりも、スバル少年に絡まれる方が厄介なことになる。それを感じていたからこそ、アーガスは提案した。
「私が残ります」
集団の先頭に立っていたアーガスが、最後尾へと移動する。
彼はアスプルを一瞥した後、呟く。
「案ずるな。殺しはしない。ただ、残りの時間を美しい夢の中で過ごしてもらうだけだ」
英雄の左手に青薔薇が出現する。
それを確認すると、アスプルは無表情のまま兄へいう。
「たったひとりの旧人類を足止めする為に、英雄が残るのですか?」
「意地悪だな、アスプル。だが君の願いを叶える為には私は邪魔なはずだ」
「……私は兄さんのそういうところが嫌いだ」
「そうか。兄として、美しい気遣いのつもりだったのだが」
言いつつも、アーガスは苦笑。
眼前にいる弟と本音で言葉を交わすのは、これが始めてだった。
喜ばしいことだが、この数日で少し変わったな、とアーガスは思う。
「彼の影響か?」
「私は彼のファンです」
意外な言葉が飛び出した。
てっきり友人か、もしくは割り切って敵ですとでもいうのかと思ったが。まさかファンと言い切るとは。
「意外だな。君が誰かに憧れるとは」
「あの場で叫んだのは本心ですよ。私は彼が羨ましかった。旧人類でありながら、諦めない彼が」
随分と昔の話だが、街で話題になったことがある。
内容は新人類に挑み続ける旧人類、というものだった。
プロスポーツ選手に始まりブレイカーの開発者に至るまで、新人類の中で結果を出し続けた旧人類の戦士たちの名前が、次々とあげられていった。
そんな中でアスプルが注目したのは、自分と年齢が変わらない日本の少年である。
「私は生まれてすぐに諦めた。あなたという偉大な先駆者がいたからだ」
隣に超人がいた点ではスバルとて変わらない。
ブレイカーズ・オンラインと呼ばれるお遊びは、全国大会入賞者の9割以上が新人類で埋め尽くされている。そんな中で少ない1割未満に入りこんだあの少年にアスプルは羨望の眼差しを送った。
彼の身の回りにはXXXの神鷹カイトもいる。彼との共同生活の中で、決して埋まらない才能の壁を感じたことがあるだろう。
しかし彼は、今この場にいる。戦う力を持って、カイト達と肩を並べていた。その事実がなによりも衝撃的だった。
「私にはその諦めの悪さが、泣きたいほどに羨ましい」
「アスプル」
弟の本音を、アーガスは静かに受け入れる。
思えば、彼がこんな風に感情を露わにすることは非常に珍しいことだった。
「だからこそ、お前は先に進むべきだ。違うか?」
アーガスが弟に囁く。
彼なりに、アスプルの苦悩は知っているつもりだった。
また、彼がなにをしたいのかも。
「兄さん」
「なんだ?」
アスプルが兄を呼ぶ。
小さな呟きだったが、しかし。アーガスはその声を聞き逃さなかった。
「さようなら」
「ああ。さらばだ」
アスプルが英雄に背を向ける。
父と移送檻を追いかけ、アスプルは駆けだした。それを見届けると同時、アーガスは青薔薇を改めて前面に向ける。
暗闇の奥から追ってきているであろう少年に向けて、英雄は武器を振りかざした。
「はっ!」
左に握られた青の花弁から、空気の渦が巻き起こる。
渦は次第に膨れ上がっていき、アーガスの前方へ押し出されていった。決して広いとはいえない空間に、嵐が充満していく。
「どわぁ!?」
暗闇の奥から、間抜けな叫び声が響いた。
どうやら思ったよりも接近していたらしい。その事実を認識すると、アーガスは日本で出会った少年に向けて口を開く。
「久しいな、スバル君。美しい私を覚えているかね?」
やや間をおいてから、暗闇から答えが返ってくる。
「アーガスさん!」
「その通り。私はアーガス。美しき美の狩人、このトラセットが誇る英雄であり勇者! アーガス・ダートシルヴィー!」
「その勇者がこんなところでなにをしてるんだよ!」
「もちろん、君の足を止めるのだよ」
暗闇で覆われ、少年の顔は見えない。
だが、会話が成立している以上、そこまで離れていない筈だ。
スバルも同様の答えに辿り着いたのだろう。多少なりとも因縁のある勇者に向けて、彼は叫ぶ。
「俺の足止めに勇者が出張るか普通!?」
「卑下することはない。私はこうみえても君を高く評価しているのだよ」
先程、弟が話した言葉を思い出す。
出会った時は、ただ人がいいだけの少年だと思っていた。
それがまさかここまで来るとは。まったく、人生とはなにがあるのかわからない。
「君は強い。自分が思っている以上に、君には力がある!」
「アンタには劣るよ」
「そうだろうね」
あっさりと頷くと、青薔薇の花弁が大きく揺れた。
その動きに比例して、空気の渦は勢いを増していく。暗闇の向こうにいる少年が苦悶の叫びをあげた。
「どわぁ!」
「君は天然だ。だからこそ、私は君が恐ろしい」
「人をタラシみたいにいわないでくれる!?」
つい先ほど、同居人に妙な勘違いをされたことを思い出して憤慨する。
当然ながらそんなことなど知ったことではないアーガスは、マイペースに続きを口にした。
「弟が演説台に向かったとき、私は理解したよ。君はただ守ってもらうだけの少年ではなかった」
彼は弟の心を動かし、日本においては新人類王国が誇る戦士達に向かい、果敢に挑んだ。
その後ろに誰かの支えがあったとはいえ、立派な物だと思う。
「放っておけば、それこそ旧人類連合の象徴になるかもしれない。それは本来、我が国にとっても望ましいことだろう」
だからこそ、国民たちは彼らの来訪を喜んだ。
こころから万歳をし、観光客まで巻き込んで。
だが、トラセットには既に救世主がいた。アーガスよりも遥かに高次元に存在する生命体が、知らない内に存在してたのだ。
正直、アーガスとしてもどれだけソイツを信用していいのかわからない。
餌をやる際、一度間近で見たが英雄の目にはただの化物にしか見えなかった。トラセットを守る英雄という肩書を捨て去っていなければ、すぐにでも攻撃を仕掛けていたと言い切る自信がある。
あの巨大幼虫は気味が悪い物だった。
だが同時に、父やアスプルが取り付けた約束が果たされるのであれば、それに越したことはないとも思った
アーガスは敗者だ。
新人類王国に勇敢に戦いを挑み、敗れた。いわばスバルの先駆者である。
「だが私は、第一に国の存亡を考えなければならない」
「国民の女の子が苦しんでいるのにか!」
英雄の癖に。
勇者の癖に。
国民のひとりも守らず、わけのわからん大樹の力に頼ろうとする姿勢に、スバルは憤怒した。
「アンタには力があるだろ! 俺と違って!」
「だが私は敗者だ。わかるか、スバル君」
数日前に彼の同居人に送った言葉が、再び解き放たれる。
暗闇の中であの少年はどんな顔をしているだろうか。
もしかすると蔑むかもしれない。だがそうされても仕方がないと、英雄だった男は思う。
「私は守れなかった。私にこの国を導く資格はないのだよ」
「そうやってすぐ見捨てるのかよ。父さんの時のように!」
少年の言葉が、己に深く突き刺さったことをアーガスは感じた。
身体の芯から恐怖にも似た悪寒が押し寄せてくる。
「すまないと思ってる」
「思ってるんだったら!」
なぜ向かわない。
たった一度の敗北で、なぜ英雄は己の責務を放棄するのか。
スバルには理解できない。
「女の子を泣かせて、日本で俺の生活を奪っておきながら、すまないで済むと思ってんのか!」
「……変わらないな、君は」
アーガスが自嘲的に笑った。
始めてこの少年と会った時を思い出す。あの時、彼は怖いもの知らずの友達を庇う為に身を挺した。
自分よりも遥かに力のある新人類に向かって行った頃と、全然変わっていない。何度も死にそうな目にあっておきながら、彼は愚直に進んでいった。
「今なら私も、君のファンになりそうだよ!」
右手からも青い薔薇が咲き、前面へと突き出した。
ふたつの青薔薇が重なり合い、渦巻く強風が激しさを増す。彼らを取り囲む大樹の壁が風によって削がれ始めた。
巨大な木を揺るがす強風は、スバル少年の身体をいとも簡単に引き飛ばす。
「うわ!」
「美しく飛びたまえよ。そして君はそのままの君でいてくれ。君のような美しいまでに愚直な人間が、世界には必要なのだ」
嘗て、アーガスはそれを愚かだといった。
だが英雄だった男は気づく。自分こそがそれを一番欲していることに。
それはもう、今の自分では届かない。打ちのめされた自分には、手の届かない場所にある。
「安心しろ。君がここに戻る前に、彼が全てを終わらせるだろう」
それは祖国の繁栄か。新人類王国の破滅か。それにとどまらず、生物の生態系をまるごとひっくり返す破壊の化身になるかもわからない。
どちらにせよ、世界は変わる。
「所詮、強者を倒すのは強者でしかない。その役目を果たすのは敗者ではないのだ」
「なら誰がやるんだ」
暗闇の奥から、聞き覚えのある青年の声が響く。
はっ、と顔を上げる。
まさか、そんな馬鹿な。あの男はつい二日前に生体エネルギーを奪った筈だ。
いかに再生能力があるとはいえ、大使館を預かったギーマですら衰弱死した一撃を受けて、たった二日で復活したというのか。
「君は……!」
闇の中から人影が姿を現す。
間違いない。つい二日前に戦った超人が、吹っ飛ばされた少年を抱えて登場した。
「また会ったな、パツキン」
二日前にはなかった右腕が、アーガスに向けられる。
反射的に彼はいった。
「どうしたのだね、その腕は」
本日三度目の質問。
いい加減、同じ解答を投げるのも面倒になったカイトは至極どうでもよさそうに呟いた。
「くっつけた」
いつからコイツはプラモデルになったのだろう。
そう思いつつも、アーガスは両手の薔薇を再びカイトに向ける。
再び豪風を巻き起こさんと花を揺らすが、しかし。
そんなアーガスの顔面に、前触れもなく飛び込んだ物があった。
カイトの右腕である。
「ほあぁ!?」
突然発射された右腕に戸惑いつつ、間抜けな声をだしながらすっ転ぶ。
顔面目掛けて飛んだロケットパンチは虚しく空を切り、闇の奥へと飛んで行った。
パンチが飛んだ方向に視線を向け、再びカイトに視線を戻す。
見れば、彼に担がれているスバル少年も唖然としていた。
「き、君。腕はどうしたのだね?」
反射的に、そう聞いてしまった。
だがカイトは仏頂面のまま、間抜けにこけた英雄を見やる。
「くっつけたんだ」
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