第66話 vs神鷹カイト ~飛ばせ鉄拳編~
それは、スバル達が巨大チューリップ騒ぎに巻き込まれた時刻まで遡る。
神鷹カイトはこの日、過去22年で1,2を争うであろう最悪の目覚めを迎えていた。
「……なんだ」
「え、えへ。えへへ……」
なにが最悪っていえば、目覚めたら隣で幸せそうな顔をしているエレノアがいるのである。その表情のとろけ具合は、まるで熱に炙られたチーズのようだ。
しかし過去に何度も説明しているように、カイトはエレノアが嫌いである。
なにが悲しくて昨晩改造手術を施してきた奴に一日中見つめられていなければいけないのか。
「ふへへ……と、ところでさ。どうだい、それの調子は」
一方のエレノアは、既に感極まったばかりに蕩けていた。
なぜか。
先日、彼女はカイトの腕にある物を取り付けたのだ。
義手である。大樹から作りだし、加工して完成させたカイト用義手。
本人曰く、『DNAは採取済みだから、それも破損したら修復が勝手に始まるよ』とのことだが、カイトからしてみれば何時の間に摂取したんだという話だ。
ただ、丁度欲しいと思っていたのは事実である。
「……まあ、悪くはない」
「本当かい!?」
素直な感想を述べると、エレノアは今にも鼻と鼻をぶつけんばかりの勢いで迫ってきた。
吐息が口元に伝わってくる。
人形の筈なのだが、妙に生暖かい。
「近い。退け。早速これで殴るぞ」
右腕に取り付けられた『黒い腕』を振りかぶり、エレノアを威嚇する。
彼女はしぶしぶと元の位置に戻りながらも、次の感想を求めた。
「爪は変わらず出るかい?」
その言葉に従い、失う前と同じ感覚で脳から命令を送る。
本来生えている左手から出現するのと同じ、5つの光が爪先から飛び出してきた。
「大丈夫そうだね。ああ、よかった」
「おい、これはどこからとってきた」
安堵しているエレノアに向かい、カイトは問う。
この爪、確かアキハバラでシャオランと戦った際に骨と一緒に吐き捨てられた筈だ。その後は骨と一緒に回収され、まだ武器になるだろうと判断したので獄翼のコックピットの中で保管している――――筈なのだが、同じ加工をされた刃物が、なぜか目の前にあった。
「そりゃあ、君たちのコックピットの中には私の特性ハエ型人形が住み付いているからね! 会話を始め、中になにがあるのかまでお見通しなんだよ」
「テメェ、盗りやがったな」
今度コックピットの中を徹底的に掃除して虫一匹はいらないようにしてやろう。カイトはこの時、強く決心した。
荒ぶる気持ちを落ち着かせ、カイトは頭を抱える。
「いや、まあそこは1兆歩くらい譲って良しとしよう。貴様には聞きたいことがある」
「なに? なになに?」
「顔を近づけるな」
再度生暖かい息が口元にあたったので、押し退ける。
人形は『ああん』といいながらその場に倒れ込んだ。いちいち芸が細かい。
「そもそも、これはなんのマネだ」
失った右腕と変わらない爪を手に入れた。
正直、そこは素直に嬉しい。なんやかんや嫌いつつも彼女が作る物の完成度の高さについては、一目置いている。
だが、こんなものを送ってくる理由が判らない。
「昨日はあのまま人形にされるかと思ったぞ」
「当然、私としてもそうしたかった」
様々な人形のデザインが描かれているデッサン画をちらつかせながら、彼女は答える。やけに生々しい物をみせられたが、あえて突っ込むまい。
だが、そんな物を用意している以上、カイトを素材にした人形の作成という目標はまだ捨てていないようだ。
「でも、一応仕事だから」
「仕事?」
「そう、私は今、雇われの身なんだ。君たちの力になる為のね」
記憶違いでなければ、彼女は元々囚人で、しかも脱走した身である。
そんな彼女にわざわざ接触して、自分たちの支援をするように頼み込んだ物好きがいるのか。
カイトは少々考え込み、幾つか候補を立てる。
「まさかと思うが、トラセットの住民か?」
「いや。寧ろ、そっちは今君が一番警戒しなきゃいけないところだね」
そりゃあそうだ。
なにせカイトを行動不能にまで陥れているのはトラセットが誇る勇者様である。
「クライアントが気になるかい?」
「……まあ、な」
右肩から生える黒い腕に視線を向ける。
肌触りは木材からできているとは思えないほどゴツゴツしており、まるで籠手がくっついているかのような錯覚を覚えた。
強度の方はまだ検証していないのでなんともいえないのだが、カイトのDNAを加えて自己修復が出来るならあまり気にならないと思いたい。
まったく、よくできていると思う。
「資材は全部そのクライアントが調達したのか?」
「うん。私がちょろまかしても良かったんだけど、生憎囚人になってからマークが厳しくてね」
「そのまま牢屋に行ってていいぞ」
「またまた。そんな心にもないことをいうんじゃないよ」
心からの言葉なのだが、笑顔でスル―された。
だが、仮にも貴重なエネルギー資源であるアルマガニウムの木材を入手する為には非常に高い金額が必要なはずだ。
少なくとも、一般的に取引されているようなものではない。
実際、カイトは商店街で品物を一通り見ている。
「……誰がクライアントだ」
研ぎ澄まされた刀のような眼光がエレノアに向けられる。
彼女はそれに気づくと、笑みを浮かべて返答した。
「イルマ」
「いるま?」
意外とあっさり吐き出されたクライアントの名前に、カイトは首を傾げる。
聞いたことがない名前だった。
「誰だ」
「あれ、知らないの?」
意外そうな顔をしながらも、エレノアはポケットの中から小さな紙切れを手渡す。
名刺だった。
手に取って読んでみると、カイトの目が大きく見開かれる。
「アメリカ大統領……秘書!?」
それがどれほどの肩書か、知らないカイトではない。
アメリカ大統領。イメージとしてはアメリカで一番偉そうにしている人物だ。同時に、旧人類連合の実質的なリーダーになる。
そんな人物の秘書が、わざわざ自分に義手をプレゼントする為にエレノアと接触した。
俄かには信じがたい。
「……これ、本物なんだろうな」
訝しげに目の前の人形を見つめると、彼女は肩を落とした。
「証明する手段はないよ。ただ、言伝があるね」
「言伝? 本人はもう帰ったのか?」
「さあ。私は君の腕の修復と、伝言を頼まれただけだよ。後、報酬としては君の小さい頃の写真を貰った」
「なんだと!?」
反射的に立ち上がり、問い詰めようとする。
だが冷静になって考えてみると、疑問が浮かび上がった。
仮に本物の大統領秘書だったとして、だ。
そんな奴がどうして、自分の写真を持っているのか。真っ先に思い付いたのは、イルマ・クリムゾンという人物が昔の仲間である可能性だった。
「……そのイルマっていうのは、どんな奴だ」
「うーん。特徴としては、目が金色だったね」
確かに特徴的ではある。
カラーコンタクトでもしているのだろうか。
カイトの記憶の中にいるチームメイトに、そんな人物はいない。
「年齢は俺と同じくらいか?」
「いや。寧ろ第二期と同じくらいじゃないかな」
第二期というと、スバルやカノンたちと同じく16歳前後になる。
だがカイトは思う。その年齢で大統領秘書なんかやれるのか、と。
不幸なことに、敵国の情報が出回らない日本のテレビではアメリカの政治家が出てきても大統領本人や国防長官の顔ばかりだった。秘書にまで気を回したことはない。
「……考えても仕方がないか。それで、言伝はなんだ」
カイトは思考を切り替える。
右腕を持ってきたということは、その分の見返りは求められる筈だ。
タダより高い物なんてないのである。
「近々、勇者が新人類王国に反旗を翻すんだって」
「……ほう」
勇者の本音を聞いたカイトには、ある程度推測できた言葉だった。
ならば、旧人類連合の代表としてはそれに加勢しろとでも要求してくるのだろうか。
「それの邪魔をして欲しいとさ」
「なに?」
意外な言葉だった。
世界中探しても他に見ることが出来ない資源、大樹を保持しているトラセットの反旗。この反逆が上手くいけば、旧人類軍としてもいい風向きになってくるのではないだろうか。
例えやり方がいけすかなくても、だ。
「どういうことだ」
「彼女が言うには、木が暴れ出すのを抑えてほしいんだって」
「木?」
しかも、指定してきた相手はトラセットの反乱軍や勇者といった戦力ではなく、木。
食人植物がいるとは聞いたことがあるが、まさかそれの駆除をしろと言ってきているわけではないと思いたい。
「私もどういう意味かはわからない。ただ、彼女曰く。反乱が始まったら、それ以上のことが起こる可能性が高いってさ」
「反乱以上の可能性……」
カイトは考える。
戦争のことではなさそうだ。
では、それ以上のこととはなにか。
口ぶりから察するに、それはアメリカ――――旧人類連合から見て、新人類軍を相手にするよりも脅威であるように思える。
「どうする? 正直、不透明な部分が多いからクライアントのお願いを聞くかどうかは君が判断しちゃっていいと思うけど」
適当に投げやりなことを言うエレノア。
確かに状況はよく見えない。だが、解答自体は既にカイトの中では決まっていた。
「受けるよ」
さて、場面は現在に戻る。
空洞の中にスバルを誘導したカイトは、両手から爪を伸ばすことで暴徒たちを威嚇しながらもエイジたちの視界に入るように移動していく。
歩を進めながらも、空洞に近づこうとする者から目を離さない。
「おい、このアホ!」
エイジが見える位置まで移動すると、カイトは叫んだ。
その声に反応し、友人が振り返る。
「あれ、カイト!?」
「カイちゃん、大樹に食べられたんじゃないの?」
「食われてたまるか。それより、さっきのあれはなんだ。俺が来なかったらスバルが死んでたぞ」
会話し始めたのを好機と捉えたのか、暴徒のひとりが空洞に突撃する。
直後、一気に距離を詰めてきたカイトによって足払いを受けた。転倒する暴徒。その足を担ぎカイトは暴徒の波の中へと放り投げる。
「大丈夫だ。覚悟が出来た奴は死なねぇ! アキハバラで売ってる本じゃ常識だ!」
放り投げられた先にいたのはエイジだ。
彼はよくわからない理論を口走りながらも、投げ飛ばされた暴徒をキャッチ。そのまま近くの建物の屋上に目掛けてぶん投げた。暴徒の悲鳴が木霊し、どさりと生々しい音が響き渡る。
その光景を見た他の暴徒達が、たじろぎ始めた。
「あれ、お前右手どうした!?」
攻めあぐねる暴徒を余所に、エイジは友人の変化を確認する。
本日二度目の問いに対し、カイトは簡潔に答えた。
「改造手術を受けた」
「え、なにそれ!?」
「すっげぇ! 変身とかできるのか!?」
真顔で言ってのけた友人に、それぞれ疑問の言葉と歓喜の表情が投げつけられる。
後者は特撮番組と勘違いされた気がしなくもないが。
「変身は出来ないぞ」
「なぁんだ」
肩を落とし、大きく溜息。
露骨にがっかりされた。
それはそれでちょっと悲しい。
「変身は出来ないが」
暴徒達に背を向け、カイトは大樹を見上げる。
右腕を用意してくれたクライアントは、この木を危惧しているようだ。
いや、今となっては木の力を利用しているゴルドーとその息子たち。そして木にエネルギーを注入されたマリリスのことを指しているのかも。
どちらにせよ、木は邪魔なのだろう。
カイトはそう判断すると、右手を大樹に向けて伸ばす。
「できることは増えた」
直後、カイトの右腕が勢いよく飛び出した。
肘の先が分離し、右拳のグーパンチが大樹に向かって真っすぐ飛んでいく。
「はぁ!?」
「おおっ!?」
その光景をみた友人ふたりと、暴徒達は驚愕する。
カイトの右腕が飛び、大樹に向かってパンチをしかけたのだ。
等身大ロケットパンチだった。
渾身のグーパンチが大樹に命中する。
ずしん、という振動がトラセインの街に響いた。
見るからに重そうな一撃が放たれたのを確認すると、カイトは呟く。
「おお……本当にいい仕事してるな、あいつ」
肘に仕掛けられた糸が高速で回転する。
大樹に命中した右腕がその勢いによって引き戻され、あっという間にカイトの右肘と結合した。
友人たちが暴徒達を退け、急ぎ足で彼に駆け寄ってくる。
「す、すすすすっげえええええぇぇっ!」
エイジが湧いた。明らかに目がキラキラしている。
先程落胆した表情はどこへ行ったのやら。
「カイちゃん、ちょっと見ない間に少し変わったね」
シデンはあまりの光景に、目を擦っていた。
それを聞いたカイトは思う。
これは少し変わった程度なんだな、と。
「やいやい住民共。このロケットパンチを食らいたくなければ、道を開けやがれぇ!」
エイジが先頭に立ち、カイトを指差しながら暴徒達に向かって叫ぶ。
カイトは自分たちの光景を客観的に見て思った。
印籠を持って周りの連中を土下座させる時代劇みたいだな、と。
とはいえ、突然のロケットパンチは効果抜群だった。
暴徒達は攻めあぐね、押し寄せるような勢いは完全に失っている。
畳み掛けるなら今がチャンスだ。
「ん?」
反逆者3人がそう思った時である。
彼らは周囲を取り巻く異変に気づいた。暴徒達も同じだ。
「お、おい。なんだこれ」
大地が揺れる。
徐々に地面が膨れ上がり、まるでなにかが土の中で泳いでいるかのようにしてヒビが走った。
それが幾つも出現し、波のようにトラセインの街を揺さぶっていく。
直後、ヒビが割れて大地から長い影が飛び出した。
「あれは――――!」
シデンとエイジは、その正体を知っていた。
つい昨日、あれと似たような細長い物を見たばかりである。
「根っこだ!」
正体を見たエイジが叫ぶ。
その掛け声が中央区に響き渡ると同時、トラセインの街を無数の根っこが呑み込んだ。
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