第65話 vs勇者の弟 ~なにもない編~

 マリリスは見る。

 暴徒と化した国民を。

 自分と同じ国で暮らす者が、この国に立ち寄っただけの反逆者たちに襲い掛かる異様な光景だった。


「アスプル様。これはどういうことなんですか!?」


 檻に閉じ込められた状態で、彼女は問う。

 疑問に思うのは彼女だけではない。ここに集まった国民の全員が暴徒と化したわけではないのだ。突然のことに戸惑う者も、同じ疑問を抱いている。

 そこまでしなければならないのか、という良心との葛藤だ。


「彼らはこの国に害を為す方々ではない筈です!」

「その通りだね」


 アスプルが振り向き、檻に近づく。

 変わり果てたマリリスの姿を視界に収めながらも、彼はゆっくりと答える。


「でもね。彼らは最初から餌だったんだ」

「餌?」


 アスプルは頷く。

 

「君も聞いただろう。大樹は餌を求めているんだ。そして進化している」

「なにを仰られているのですか?」


 アルマガニウムのエネルギーが必要なのは、先程アーガスが説明してくれた。

 だが、相手は所詮植物の筈だ。

 例え食べたとしても、いずれは枯れ果てる宿命ではないのか。


「君にはこれが、ただの植物に見えるのかい?」


 凍りついた目で、アスプルが睨みつける。

 思わず背筋が凍えた。

 屋敷で優しい笑みを浮かべる好青年の姿はどこにもない。

 まるで親の仇でも見るかのような目で、彼はマリリスを捉えている。


「やめないか」


 檻が無ければそのまま首を締めに来ているのではないかと思える程の勢いで詰め寄ってきていたアスプルを宥めるように、アーガスは近づく。


「アスプル、彼女を連れて行くよ。彼はまだ空腹だ」

「……わかっています」


 アスプルは手を振り、使用人たちに合図をする。

 何人かの男が集まって移送檻の運搬が始まった。マリリスの視界が、徐々に暴徒と反逆者たちから遠ざかっていく。

 思わず彼らのいる方向に顔を向けた、その時だった。


『アスプル君!』


 きぃん、とノイズ音が響く。

 暴徒を食い止めるエイジとシデンの陰に隠れながらも、彼は拡声器を使ってこの国の友人に呼びかけた。


『俺達を騙したのか!? あの時一緒に散歩して、話し合った事も全部ウソなのかよ!』


 背中を向けたアスプルが歩を止める。

 ゴルドーやアーガスに訝しげな視線を向けられるが、それでも彼は悩むように立ち止まっていた。


『最初から俺たち全員を餌にする気だったのか!? マリリスが苦しんだ姿を見て、その力に頼る為に!』


 彼の言葉が、胸に突き刺さる。

 全ては父親の言いつけだった。

 偶然やってきた極上の餌を逃すまいとする父の為に彼らを祀り上げ、そして滞在するように勧めたのだ。

 結果的に、ひとりだけで足りたのだが。


『なんとかいえよ!』


 異国の少年が声を震わせる。

 彼との交流は、たった数日だ。

 だがそのたった数日で、彼はこんなにも呼びかけてくる。

 暴徒に揉まれながらも、懸命に。


「アスプル!」


 気付けば、身体は振り返っていた。後ろから兄が叫ぶが、知ったことか。

 彼は父親の立っていた演説台に上がると、マイクの電源を入れる。


「嘘なものか!」


 アスプルは叫んだ。

 その咆哮を聞いた暴徒たちが、思わず動きを止めて次期当主に振り返る。


「確かに最初から餌にするつもりだった。だが、君と個人的に話したことは紛れもなく私の本心だ」

『だったら!』

「だからこそ私は、ここで夢を果たしたい!」


 スバルは絶句する。

 彼の気持ちは本物だった。同時に、彼の覚悟も確立している。


「私は君が羨ましい。君には仲間がいる。旧人類という生まれでも、戦う術がある。だが私にはなにもない!」


 兄、アーガスは勇者だった。

 彼は全てを持っている。


 人望も。

 力も。

 美しさも。

 父親の信頼も、彼が持っている。

 旧人類として生まれた自分には、なにもなかった。


「私は、兄にはできないやり方をやるしか己の存在を誇示できない。だが、その為の先駆者となることはできなかった」


 マリリスに視線を向ける。

 その眼光に気づいた少女が、僅かに身震いした。


「スバル君、例え歪んだ道だとしても祖国の為に戦いたいと思う気持ちはいけないことか?」

『そ、それは……』


 異国の友人が口籠る。

 彼は優しい少年だ。疑うことなどせずに、こちらの誘いに乗ってくれた。

 そして自分に出来た初めての友人でもある。

 もしも餌としてではなく、友人として一緒に戦ってくれと願ったら彼はどうしていただろう。

 自分が選ぶ道を、祝福してくれただろうか。


「私は戦う。兄にはできない手段で、大樹のエネルギーを使って!」

『それで悲しんでいる子が、君の目の前にいるんだぞ!』


 確かにマリリスとゾーラの一件は、不幸な出来事だった。

 彼女たちのことを想うと、胸が痛くなる。

 だがそれ以上に、


「だが、その力こそ私が長年欲しかった物なんだよ!」

『アスプル君!』

「私を止めたいなら、止めてみてくれ。君が新人類軍を止めたように!」


 言い終えると、アスプルはマイクの電源を切る。

 それを合図とするようにして、国民たちは再びスバル達に押し寄せてきた。次期当主の覚悟を、そのまま自分自身の意思とするように。

 その光景を見届けた後、アスプルは背を向けて家族と共に大樹へと向かっていく。


「くっそ! めんどくせぇな!」

「いっそのことここで止めちゃう?」

「殺さないでよ。そんなことをしたら、もう手を取り合えない!」


 カイトが栄養にされた、という言葉を聞いて苛立ちが増し、力を使おうとするふたりをスバルが押し留める。

 

「けど、このままだといつかは捕まっちゃうよ!」


 シデンが肩を掴んできた男を投げ飛ばしつつ、文句を口にする。

 彼らXXXは身体能力や異能の力を極限まで高めた超人部隊である。

 だが、そこに手加減の文字は存在しない。人を殺さない威力まで弱めた能力の加減は出来ないし、このまま格闘戦で応戦していったらいずれ骨をへし折りかねない。

 更にいうと、スバル少年を多方面から守りながら、自分の守りも対応しなければならないというのが辛かった。


「……仕方がねぇな」


 エイジが諦めたように舌打ちする。

 彼は近くにあったテーブルを掴むと、それを大きく振り回して暴徒たちを牽制した。


「おい、スバル! ここは俺とシデンが引き受けた。お前はアイツらを追え!」

「え!?」

「エイちゃん!?」


 彼の出した提案に、ふたりは目を丸くした。

 よりにもよってここでスバルを単身で向かわせるというのか。


「向こうには国の勇者がいるんだよ!? それどころか、大樹のエネルギーを注入されたマリリスみたいな使用人もいる筈だよ!」

「それでも、俺はコイツを推すね!」


 エイジは知っている。

 彼があの頑固者のカイトを動かしたことを、だ。

 それに今ここで守られているばかりでは、きっと彼は後悔すると思う。


「ダチなんだろ? だったら『せーい』見せて、身体を張ってみろよ」


 それは忘れる筈もない、エイジが教えてもらった仲直りの方法だった。

 今の状況にスバル理論が当てはまるかはさておき、この中でアスプル達を追うべきなのはこの人のいい少年だろう、とエイジは思う。


「突っ込む方法については、俺に考えがある。滅茶苦茶痛いけどな」

「よし、乗った!」

「乗るの!?」


 スバルは即答する。

 考える素振りすら見せずに、少年はエイジに問う。


「で、どうすればいい!?」

「シデン、少しの間ここ任せるぞ!」


 困惑したままのシデンが『ええ!?』と非難の声を上げる。

 が、小さな体で暴徒たちをしっかりと押さえつけている辺り、きちんと頼みは引き受けていた。


「いいか、きっと連中は俺達が知っているのとは別のルートで大樹の中に向かって行ったはずだ」


 そりゃそうだ。

 大樹のエネルギーを注入する為に、わざわざ屋敷に戻る必要はないだろう。


「だが、ここからだとその入り口は見えない。だからお前には、空洞を通ってもらう」

「でも、ここから空洞まで距離があるよ!」


 同じ中央区とはいえ、今は暴徒の波が押し寄せて前に進める状態ではない。

 今から獄翼を呼んで飛び越えたところで、ブレイカーの大きさでは空洞の中に入れないのがオチだ。


「そうだ! だからお前は飛べ!」

「はぁっ!?」


 胸倉を思いっきり掴む。

 エイジは少年の身体を片手で掴むと同時、回れ右。

 空洞があった方向へと、視線を向けた。


「ま、まさか……!」


 スバルはこの体勢に覚えがあった。

 アキハバラで激動神を倒したXXXの禁断奥儀。

 カイト弾の体勢である。


「すっげぇ痛いぞ! いいか、ちゃんと受身取れよ!」

「いやいやいや! 無茶言わないで!」


 仮にエイジが手加減してくれたとして、だ。

 あれはカイトが投げられるからこそ成り立つ必殺技である。

 力任せに人を投げ飛ばせば、衝突の瞬間に骨が折れておしまいだ。

 それがわからない程、スバルは馬鹿ではない。


「友達とマリリスが待ってるぞ!」

「……わかった、やって!」

「いいの!?」


 暴徒たち懸命に捌きつつ、シデンがつっこむ。

 だが、悩んでる余裕が無いのも事実だ。

 例え骨が折れようと、足が動けばそれでいい。

 それくらい開き直らないと、もうこの状況を打破できないとスバルは覚悟した。


「おっしゃ、よく言った! 行ってこい、必殺!」


 必殺をつけたら死ぬの俺じゃないかな。

 そう思いながらも、スバルは身体の力を抜く。


「スバル弾だぁ!」


 勢いよく、少年の身体が飛び出す。

 スバルの身体は空を切り、空洞目掛けて投げ出された。

 強烈な風圧が、少年の顔面に襲い掛かる。


「ぐっ――――!」


 僅かながらに目を開けるのが精一杯だったが、それでもなんとか激突までの間に視界を広げて、受身をとらねばならない。

 ダメージを最低限に抑え込まないと、全身骨折が待っている。

 彼らの後を追えなくなるのは、勘弁だ。

 懸命に腕を伸ばし、スバルは受身を取るべく力を入れる。


「あほ」


 と、そんな時。

 聞き慣れた声が、一陣の風と共にスバルの耳元に囁かれる。


「え?」


 身体が抱え込まれた。

 誰かに掴まれた、と理解したのは黒い旋風が地面に下りたのと同時である。


「あ!」


 投げ飛ばされた身体が大地についたのを確認し、スバルは顔を上げた。

 するとどうだろう。

 彼の目の前には、何事もなかったかの様子で神鷹カイトがいた。


「か、カイトさん!」

「よう。待たせたな」


 本当だよ、と叫びかけたところでスバルは口籠る。

 というのも、彼の身体には本来ない筈のものがついていたからだ。


「ど、どしたのその腕?」


 彼の右腕が、生えていた。

 あのアキハバラの戦いで切り落した筈の右腕が、彼の肩から伸びてきているのである。

 混乱するスバルを余所に、カイトはいう。


「話は後だ。あんな馬鹿みたいな投げ方をしたってことは、お前は先を急いでるんだろ」


 空洞の前に暴徒たちが群がり始める。

 国の為に少年を捕まえようとすると彼らの前に、カイトが立ち塞がった。


「行け」

「で、でもアンタ栄養にされたって」

「俺を誰だと思ってる。一日寝たらどうってことない」


 本気で言ってるのだから始末が悪い。

 しかも目がマジだ。どこまで本当なのか、表情から伝わりにくいのも相まって非常に面倒くさい。


「……本当の、本当に大丈夫なんだよな?」

「ああ」


 同居人の少年に背を見せ、カイトは短く答える。

 

「お前は、自分にできることをしろ。それができればいい」


 その言葉に無言で頷いた直後。

 スバルは空洞の中へと駆け出して行った。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る