第33話 vs残してきた傷口

 結局のところ、査定が終わるのに1時間もかからなかった。

 カイトが売りに出したのは値段5桁はくだらない時計が2点に、首飾りとサングラスの計4点である。合計で6桁を超える値段がかかったのだから、最低でも諭吉の1枚くらいは回収できると踏んだ結果、これらが選定されて売りに出されることになった。4年間働いて稼いだお金で買ったおしゃれ用品がわずか1週間で紙幣に変わるのは中々心苦しい物があったが、カイトはそれをぐっと堪えたる。


 店から出た後、カイトは財布の中身を確認。諭吉が10人ばかし引っ越してきていた。

 取りあえずはこれで何とかするしかあるまい。24時間飛行しっぱなしはスバルの身体が持たない筈だから途中で休憩するとしても、何日かかるかわからない旅だ。あまり楽観視はできない。それでも資金ができたことは喜ぶべきだろう。


 さて、用件も終わった以上、早い所アキハバラから出ていきたいというのがカイトの本音だが、そうもいかない。

 連れのスバルは先程、エイジとシデンが経営するカツ丼屋に置いてきてしまった。我ながら浅墓な行動だと反省する。

1時間後に迎えに行くと言ったのはいい物の、気が進まない。昔のチームメイトは、カイトの目から見ても決して悪い連中ではなかった。問題があるとすれば、きっと自分自身にある。カノンとアウラの一件もあり、そこは理解しているのだ。

 ところがいざ対面してみると汗が止まらず、ついついきつい口調で突き放してしまう。


 要するに、非常に気まずいのだ。

 シデンはまだいい。もうひとりのチームメイト、御柳エイジが問題だった。

 彼は非常に気さくな新人類である。第一期XXXの中ではムードメイカー的な立ち位置で、一癖も二癖もある新人類の子供達を上手く纏め上げてきたのは彼だった。

 立場上、リーダーの座はカイトに委ねられていたが、それはあくまで戦闘能力だけで見られた結果だ。人間的魅力で言えば、自分よりも御柳エイジの方が遥かに優れた新人類であるとカイトは自覚している。彼は誰とでも仲良くなれる、自分にはない才能の持ち主だった。チームの誰かが不安や恐怖に押しつぶされそうになったとき、必ず最初に声をかけるのがエイジなのである。彼はそういうのを察するのが非常に上手いのだ。


 実際、カイトは依存しきったシルヴェリア姉妹の面倒を彼に見させた方がいいのではと何度も思っている。ゆえに自殺した後の面倒は特に心配していなかった。

 それがまさか、こんなキャバクラまがいの街でシデンと共にカツ丼屋を営んでいるとは夢にも思わなかった。


 そこまで思考を働かせたとき、カイトは気づく。

 そういえば自分はまだ飯を食べていない。カツ丼を目の前に出された時は酷く腹が鳴ったものだが、また戻った時に鳴ると非常に恰好がつかないではないか。

 ここは収入も得た事だし、どこかのコンビニでおにぎりでも買って手短に済ませるとしよう。そう思いながらカイトが手近なコンビニを探し始めると、背中から急に引っ張られる。


「ん?」


 力強く引っ張られた訳ではない。

 寧ろ、何かに引っかかった感じだった。その違和感を察したカイトは無言で背後を見る。


 女がいた。帽子を深々と被り、メガネをかけた女がこちらを真っ直ぐ見ている。今のスバルみたいな恰好をした彼女はこちらに近づいてくると、ゆっくりと口を開いた。


「やあ」


 その声には聴き覚えがある。1週間前に襲い掛かってきた人形師の声だ。


「エレノア、何の用だ」


 カイトは特に驚いた様子も無く、彼女に言った。

 

「あれ、気付かれちゃった? 私の熱視線はそんなにわかりやすいかな」

「引き留めておいて何を言う」


 気配もなくカイトの背後に糸を取り付けるような技巧派は、彼が知っている中だと彼女が一番だった。それゆえに知らない女の顔でも特に驚くことは無かったが、目的次第ではまた蹴り飛ばしてやろうとカイトは思う。丁度苛立っていたのだ。偶には堅い物を思いっきり蹴り飛ばしたい時だってある。


「何も無いなら、このまま見る影も無くなってもらう」

「いやだな。今日は戦いに来たんじゃないよ。寧ろ、私も逃走犯だしね」


 くくく、と含み笑いを浮かべてエレノアは言った。彼女は元々囚人である。それが逃げ出したところで特に疑問を抱かないが、だとしても同じく逃亡者であるカイトに接触してくる理由が判らない。カイトが彼女の人形の素体となるなら、どうあがいても戦闘以外のプロセスを踏むことなどありえないのだ。


「俺は今日、ムカついてるんだ。用が無いなら消えろ」

「それだよ、私の用事は」


 エレノアが人差し指をぴん、と突きつける。


「何をそんなに苛立ってるんだい」

「わざわざそれを聞きに来たのか」

「そうとも。君のことはなるべく知っておきたいし、9年前と比べてあまりに態度が違うからね」


 その言葉に、カイトは目を見開く。


「見ていたのか」


 何を、とは言わない。彼女の言う昔とは、当時接触していた時期に他ならないのだ。第一期XXXにおけるカイトの立ち位置は、当然ながらストーカーであるエレノアも知っている。


「御柳エイジと六道シデンは、同い年で日系新人類という事で君とよくつるんでいた。偶に外に出てキャッチボールもやっていたね」

「昔の話だ」

「そう、昔の話だ。君たちがボール遊びに興じて10年以上も経っている。疎遠になっていても不思議じゃない。でも、それにしたって君の彼らへの対応は1日でがらりと豹変した」


 第二期XXX。要するにカノンたちが加入した時には、既にカイトの対応はこんな感じだった。彼は第一期XXXを避け始め、特にエイジとは絶対的な壁を作っていたのだ。エイジが何を話しかけても、徹底的に無視を決め込んだのである。


「勿論、子供の話だ。些細な切っ掛けで大喧嘩になる事もある。だがあれから9年も経って、君たちはまだその時の再現をしている。6年の空白もあるっていうのにね」


 まるで彼らだけ時間が止まってしまったようだ、とエレノアは指摘した。カイトは何も言い返さない。ただ無言で、しかし真剣に聞いていた。御柳エイジも六道シデンも、子供の頃から何も変わっていない。それこそ外見だけ成長して、中身がそのままだったと言ってもいいだろう。だからこそカイトもすぐに人混みの中からシデンを見つけてしまった。

 懐かしい気持ちに囚われると同時、責められた気分になった。


「……で、結局お前は何が言いたい」

「忠告だよ。それなりに好意を抱いている君への、ね」


 エレノアはカイトに背を向ける。


「友達は大事にした方がいいよ」

「もう友達じゃない」

「そっか。じゃあそれまでだ」


 でもさ、


「他人も自分も信じられないって、凄い寂しいよね。あんなに手をさしのばしているのに、君は自分から払いのけるんだもの」

「いやに饒舌じゃないか」


 エレノアが人混みの中に消えていく。彼女は本当に戦う気はなかったようで、手をひらひらと振ってカイトから離れていく。


「経験者だからね」


 ぼそりと呟いた彼女の言葉に、カイトは言葉を失った。何時も軽口しか言わない彼女が、この時初めて自分の中にある黒い感情を吐き出したかのようにも見える。


「まあいいや。選ぶのは君だし、そんな君とやっていくのは彼らだ」


 そういうと、エレノアは姿を消した。カイトはこの時、生まれて初めて彼女の言葉に重みを感じていた。人生経験の長さは伊達ではないのだろう。


 だが、余計なお世話という物だ。

 

 カイトは自分の中に沸き立っていく苛立ちを押さえながらも、コンビニ探しを再開した。悔しいが彼女の言う事も一理ある。エイジもシデンも、自分ですらも9年前と同じままだった。ただ再現をしている。彼らが何事も無かったかのように話しかけてきて、自分がそれを避ける。それだけの連鎖だ。


 しかし、ならばどうしろというのだろう。


 9年前、カイトは訓練中にエイジの顔を思いっきり引っ掻いた。その結果、エイジの顔には今も消えない傷跡が残り、他のメンバーにも迷惑をかけることになってしまった。エリーゼも自分の為に銃弾を自ら受けた。


 それなのに、あろうことかチームメイトたちはそれを非難しなかったのだ。せめてお前が悪い、と言ってくれればよかった。そうすればまだ気持ちは楽だったと思う。

 だが彼ら全員が普段と変わらない対応をしてきたのだ。エイジは気軽に遊びに誘ってくる。しかし彼に残った傷跡がカイトを責め立てていた。エイジの顔をした何かが、彼本人の言葉とは別にカイトを非難する。大げさかもしれないが、それが『いつか復讐してやる』とさえも感じた。


 自然とカイトは、エイジたちを避け始めた。無言の非難を受けるよりも、孤独を選んだのである。

 だが9年経った今、彼の顔をまだ直視できない。遺した傷跡が『逃がさないぞ』と迫ってくる。当人たちはあの頃と変わらない。それが逆に、カイトの足取りを重くさせていた。

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