第32話 vsカツ丼屋
メイド服に身を包んだ元チームメイト(22歳、男)に連れられ、カイトとスバルはアキハバラの狭い道を歩く。てっきり近くのメイド喫茶にでも連れて行かれるのかと思ったが、全く違う方向に向かっていた。
つまり、シデンはわざわざ他の店の近くに出向いてチラシを配っていたのである。これは営業妨害なんじゃないかとスバルは思うが、彼がどんな人間なのかもわからないままツッコミを入れると危険な気がしたので何もしゃべらずにいた。
カイトが無言でコブラツイストを決めてくるのだ。同期であるこの男女が絞め技を決めてきてもおかしくはないだろう。
「ついたよ。ここがウチ」
そんな事を考えていると、シデンの足が止まった。
ソレに釣られ、ふたりの足も止まる。そして目の前にそびえる建物と、看板に視線を向けた。
「カツ丼屋?」
「ぼろっちぃ一軒家じゃないのか」
「両方正解だよ。ほら、そこに看板あるじゃない」
スバルの目の前にあるスコップの形をした看板に『ちからみなぎる カツ丼があいてだ!』と記されていた。
これが店名なのだろうか。これをみただけではなにかのパロディと勘違いされて、そのまま素通りされるのがオチな気がする。だがそれ以前に店として致命的なのは、殆ど民家と変わらない作りであることだ。玄関先に暖簾でもたらせばまだ違うだろうに、スコップ型の看板しか置いていない。
果たしてシデンが客寄せして、リピーターがつくのかどうか疑わしい。
「というか、ウチって言ったなお前」
カイトが半目でシデンを見る。
すると彼は笑顔で『うん』と頷いた。
「王国を出てから買った、自慢の一軒家。どんな豪邸よりも素敵に見えるよ」
「中古で幾ら?」
「……さ、入ってよ」
カイトの野暮すぎる質問に一瞬身を凍らせた後、シデンは木造のドアを開けて中へと入った。この時点でもはや店ではなく、ただのボロい一軒家である。カイトとスバルは思わず顔を見合わせてしまった。
「ここ、カツ丼屋なんだよな」
「ああ、あいつが配ったチラシの地図もここに矢印が付いている」
カイトがチラシに目をやる。可愛らしくプリントされた女の子とカツ丼のラインナップがこれでもかと言わんばかりに並べられている、中々目まぐるしいチラシだった。カツ丼と女の子のどちらをプッシュしたいのか、いまいちわからない。
「ふたりとも何してるのさー! 早くしないと冷めちゃうよー!」
カイトが中で少し暴れただけで壊れてしまいそうな一軒家の奥からシデンがふたりを呼びかける。どうやら頼んでもいないのに既に作っているらしい。こちらはマトモに払える金も少ないと言うのに、勝手な物だ。
「……勢いで来たけど、今が逃げるチャンスだな」
「またそんな事を言う」
カイトはシデンを新人類軍からの刺客ではないかと疑っていたが、スバルはそうは思っていない。その辺も含めて本人に話を聞いてみないとわからないことだ。それに少々強引ではあるが、ご飯を食べさせてくれると言っているのだ。無下にするのは失礼と言うものだろう。
「カノンと妹さんの時もそうだけど、なんで昔の仲間に対してそんなキツイのさ。自殺しようと思ったのがそんなに負い目なわけ?」
あまりに進歩がない。というか、前回の失敗を改める気配が無い。その態度に少しムカついたスバルが、少し意地悪な質問をした。
すると予想外な事に、カイトは迷う事も無く即答する。
「別にそれで居辛いわけじゃない。ただ、俺とアイツらは仲間じゃないだけだ」
「どうせまたアンタが勝手にそう思ってるだけじゃないの?」
「お前に何がわかる」
「少なくとも、俺は嫌いな奴に飯は出さないよ」
スバルはそう言いながらもドアを開けた。それを見届けてから暫くして、カイトも舌打ちしてから店の中に入る。やや遅れてから一軒家ともカツ丼屋とも取れる室内に入ったカイトは、テーブルに置かれたカツ丼と味噌汁。そしてキャベツの盛り合わせを見る。
「いらっしゃーい!」
手を合わせ、シデンがそれを出迎えた。メイド服でありながらも『お帰りなさいませご主人様』と言わないのは、あくまで彼がメイドではなく単純な趣味で着ているからなのだろう。
もっとも、それ自体もちょっとした偏見ではあるのだが。
「……ふん」
カイトは睨みつけるようにして食卓をガン見する。目の敵にしているのか、単純に食べたいからなのかはわからなかったが、少なくとも苛々していることだけは事実なのだろうとスバルは思った。
しかし、仮にもカツ丼屋を謳っていると言うのにテーブルが食卓一つだけとはどうなのだろう。
「さあさあ、ふたりとも座って! そして冷めないうちに食べてよ!」
シデンはカイトの態度に気付かないのか、妙にニコニコしながら彼の背中を押す。最終的には無理やりスバルの隣に着席させた後、自分は向かい側に座った。両手に顎を乗せ、笑顔で眺めてくる。
食べてよ、と言ってはいるがこんなに見つめられては食べにくかった。
スバルは困ったような表情をした後、カイトの方を向く。
「……なんだよ」
「いや、どうにかしてくれないかな、と」
見るからに不機嫌そうに腕を組み、食卓で構えるカイト。彼としてもこの状況は好ましくない筈だと思っていたが、直前の言い争いが彼をイラつかせていたらしい。カイトは『あ、そう』とだけ言ってシデンへと向き直った。
「言っておくが、金は無いぞ」
「いいよそんなの。今日は記念すべき6年ぶりの再会なんだし、久々に3人で語り合おうよ!」
その言葉にカイトの目つきが更に鋭くなる。
「3人?」
言いつつ、カイトは横にいるスバルに指を向ける。それを見たスバルが反射的に自分に指を向けるが、シデンは首を横に振った。
「ここ、ボクとエイちゃんの家なんだ。このカツ丼も彼が用意した物だよ」
言い終えると同時。カイトが勢いよく食卓から立ち上がった。
あまりにも勢いがつきすぎて、彼が座っていた椅子が転倒する。
「……エイジがいるのか」
「うん。今は台所で後片付けしてると思うよ。なんなら、呼んで来ようか?」
「いらん!」
そういうとカイトは食卓から離れ、真っ直ぐ玄関へと向かって行く。明らかに速足だった。
「ちょ、ちょっとカイトさん!」
ただでさえご機嫌斜めな彼の態度が更に傾いたのを見て、スバルが慌てて止めに入る。
「どうしたんだよ、急に」
「帰るぞ」
「え!?」
元々、カイトはここに来ることを渋っていた。だからそう言いだすのはある程度予測はついていたのではあるが、キッカケが予想外だった。急に出てきた『エイジ』なる人物の名前で、カイトの態度は豹変したのである。
「カイちゃん!」
シデンが寂しそうな表情をカイトに向ける。だが彼はそれを気にする様子も無く、再び玄関に向けて足を前に出した。その表情に何の変化も無い。
「お、なんだ。もう帰るのかい」
と、そんな時だった。
食卓の奥からゆっくりと男が姿を現した。左目に何かで切り付けられた痕跡が残っており、それと少々大きめな身長が威圧感を出していたが、スバルの第一印象としてはその程度だ。旧友に再会したかのような喜びの表情が、それを軽く上書きする。
目に傷があることを除けば、気さくそうなお兄さんであるとスバルは思う。
「よっ! 久しぶりだな」
エイジが右手を挙げ、カイトに呼びかける。
それに背を向けたままのカイトは、無言で彼に視線を送る。
「……っ!」
だが、それだけだった。
カイトはすぐに首を元に戻すと、玄関へ歩いていく。心なしか、それが逃げているようにスバルには見えた。
「先に用事だけ済ませる。飯を食いたいなら好きにしろ。1時間後に拾いにいく」
「お、おう」
スバルに向けて言うと、カイトはカツ丼屋から出て行った。
暗に放ったらかしにするぞ、と言っているような物ではあるのだが、彼の言葉には有無を言わせない迫力があった。この1週間で彼と言い争っていたスバルも、素直に頷いてしまう。
「……なんだよ。愛想ない人」
カツ丼屋に取り残されたスバルは、玄関から消えたカイトの背中に向けてそう呟いた。それに乾いた笑いをかけるのはエイジである。
「まあ、アイツがそういう奴なのは知ってるよ。知ってるから、お前は特に気にすることはねぇさ」
肩をぽん、と叩き彼は笑顔で言う。
「しかし、驚いたな。まさかあの野郎が連れを作ってるとは」
倒れた椅子を元に戻したシデンも、その言葉に頷いた。まあ、その気持ちもわからないでもない。ヒメヅルに暮らしていた時も割と一匹狼だったのだ。誰かと一緒に行動しているのは珍しいだろう。自分からついて行ったカノンとアウラに比べると、今のスバルの立場は大分特殊な物であると言えた。
「お前、名前は?」
「スバル。蛍石スバルだ」
「俺は御柳エイジだ。よろしくな!」
エイジが握手を求めてきたので、それに応じる。
がっしりと掴まれ、力強く腕を振るった。思わず肩が取れるんじゃないかと思うような衝撃がスバルを襲うが、幸いにもちょっと痛む程度で留まった。
「アイツとつるんでるって事は、もしかして俺達の事も知ってるのか?」
「うん、まあ少しは」
肩を押さえつつ、スバルは応える。
「知ってて自分から残るのか。大分度胸座ってるな、お前」
「慣れたんだよ。後、あの人に比べたら人を見る目はあるつもりだよ」
肩をぐるんと回し、違和感が少なくなったところでスバルは再び着席。
箸を持ち、手をわせてから『いただきます』とカツ丼を貪り始める。よほど空腹だったのだろう。彼の丼は一瞬の内に白いご飯が消え去っていた。
「俺からも聞いていい?」
「なんだ」
丼をテーブルに置いた後、スバルは少し気になったことをカツ丼屋のふたりに尋ねた。
「なんであの人、あんなにムキになってるんだ?」
あくまで感じただけだが、カノンとアウラが襲来してきたときに比べても嫌悪感。もしくは距離を置きたがっていたように見える。あんなにヒステリックな態度の彼を、スバルははじめて見た。
「そうだなぁ。あくまで多分だけど」
すると、エイジとシデンは腕を組んでしみじみとした表情を天井に向ける。遠い昔を思い出しているかのような顔だった。
「アイツの中で、俺たちは13歳の時から何も変わってないのかもしれねぇな」
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