第16話 vs神鷹カイト

 暗闇の中でスバルの意識は覚醒した。

 だが、そこは先程まで座っていた獄翼のコックピットではなく、薄暗い部屋の中だった。


「何だ?」


 周りをきょろきょろ見渡し、自分の現状を確認する。

 服は普段通り。獄翼のような巨大ロボットも居ない。特に自分の身体に変わったところも無い。


「カイトさん?」

 

 自分と共に獄翼に乗っていた――――途中から獄翼になってしまった同居人の名前を呼ぶ。だが、返事は無い。何度か大声で呼んでみる物の、帰ってくるのは不気味な静寂だけだった。


「何なんだよ、これ」


 自身が先程行った事を思い出す。獄翼で巨大ハリガネムシの頭を貫き、中にいた男を殺した。直接それを行ったのはカイトだが、男がどうなったのかを見たし、その時獄翼を動かしたのは自分だ。レバー越しとは言え、今でもナイフをハリガネムシに突き刺した感触が手に残っている。

 その光景がスバルの脳裏にフラッシュバックするが、彼は首を振ってそれを払った。


 と、そんな時だった。


 呼吸音が聞こえる。

 息を吸い、そして吐くだけの簡単な音だ。それがすぐ近くから聞こえてくる。

 自分以外の何者かが、其処に居た。


「誰!?」


 呼吸音が聞こえる方向に振り向く。

 そこには椅子に座った少年がいた。背恰好から考えて、恐らく小学生か中学生くらいの年齢だろう。

 そんな幼い少年が、椅子に縛り付けられている。正確に言えば、全身が見えなくなる程にロープで固定されていた。

 挙句の果てには鉄のマスクを顔面に装着されて、喋る事もできずにいる。こんな物をつけていれば喋れないのも当然だろう。

 子供に対し、なんて酷いことをするのだ。


「大丈夫か、君!」


 少年の惨状を見たスバルが駆け付ける。

 彼を固定するロープを取り外してやろうと、椅子に手をかけた。しかし彼の手は椅子を貫通し、触れる事ができない。

 

「え!?」


 想定外の出来事に、バランスを崩して倒れ込む。

 それと同時、真っ暗な空間に明かりが灯された。


「彼の罪を言い渡そう」


 それはまるで裁判所だった。

 中央の巨大な席に偉そうな男が座り、少年を睨みながら言葉を紡ぐ。

 その左右にはそれぞれ女性が座っており、左右対称の表情をしていた。少年側から見て右側は心配そうな顔を。左側は詰まらなさそうに欠伸をしている。


「この少年は訓練中に同じチームの少年を殺しかけている。被害者の少年は、引っ掻かれた傷が原因で今も目が見えていない。騒動を止めようとした他のメンバーも重症だ」


 少年が男を睨み返した。

 僅かに見えるそのネームプレートには『XXX所属 神鷹カイト』と書かれている。

 

「XXXは次期メンバーが加入されることが決まっている。そんな中、このような内部崩壊の危険性を持つ者を置いておくわけにはいかない」


 その言葉に、カイト少年は何の反応も示さなかった。

 興味がない、と言っても差し支えないだろう。少年の視線は男から右側にいる女性へと移っていた。

 スバルも自然とその女性を見る。

 金髪の綺麗な髪が目に留まる美女だった。身体の美しい曲線を見るに、恐らくモデルもこなせるだろう。今にも泣きだしてしまいそうな悲しい表情をしており、不謹慎だがそれが一層彼女の美しさを際立てている。

 研究者らしい白衣を身に着けているが、それも相まってスバルは思わず『天使かこの人は』と口にする始末だった。


「処分に関して何か言う事は無いかな?」


 男が左右に佇む女性に言う。

 ソレに対し、左側の女は長い欠伸を終えた後に答えた。


「処分するのであれば、私が貰いたい」

「何だと?」


 男が訝しげな視線を送る。

 だが左側の女性はそれを気に留めることも無く、続けた。


「感情があるからこんな無用な集会ができるんだ。ならば、それを無くせばいいと思わないか?」

「鎧持ちに改造する気か?」

「さあ、ね。いずれにせよ、彼の再生能力は結構レアなんだ。ここで失うには勿体ない」


 女性が少年に向けて情熱的な視線を送る。そこには個人や異性としての興味は無く、まるで玩具を欲しがる子供の様な無邪気さしかなかった。

 しかし少年はそれを無視して、右側の女性を見つめていた。それ以外が見えていないかのようである。

 視線が絡み合うことなく少年にフラれた左側の女性は、右側の女性に対して問いかけた。彼女は少年の保護者だった。


「どうかな、エリーゼ」

「……」


 エリーゼ、と呼ばれた右側の女性が少年に無言で近づく。

 左側の女性も、男も、カイト少年も、スバルでさえもそれを黙って見つめていた。

 エリーゼがカイトの目の前に立つ。

 彼女は少年の目の前で銃を抜いた。


「君の手で処分する、と?」


 左側の女性は先程までの退屈そうな顔が嘘のように笑いながらも、エリーゼに言う。

 

「彼等の心のケアは私の担当です。幼い彼が問題を起こしたのであれば、それは私の責任になります」

「自分の手でケリをつけたいと言うのか。良いだろう。確かにXXXは君の保護下にある。君がやるのが筋という物だな」


 男がエリーゼの言葉に頷く。

 そして静かに発砲の許可を下した。


「ありがとうございます」


 エリーゼは笑みを浮かべ、引き金に指をかける。

 カイト少年はそれを無言で見つめていた。彼の視線はエリーゼに釘づけだった。


「頭か心臓に何発かいれろよ。一発じゃ死なないのは確認済みだ」

「そうですか。では遠慮なく全弾いただきましょう」


 銃口が少年から離れる。彼女は自身の左足にそれを向けた後、躊躇うことなく発砲した。エリーゼの身体が静かに崩れ落ちる。

 

「何!?」


 エリーゼ以外の全員の目が見開く。

 しかし彼女はそれ以上の問答を切り捨てるかのように、這い蹲りながら言う。


「確かに、彼の不祥事は監督している私の責任でもあります。ですので、私が全責任を負います」


 まるで少年を守る様に、彼女は這いながらも銃口を自身に向ける。


「弾丸はまだ5発残っています。彼の心臓に撃ち込むはずだった分を、全て私が……受け止めましょう。どうか、それでお許しを」


 男も、左側の女性も、カイト少年も、スバルも彼女の行動にただ呆けるしかなかった。辛うじて男が言葉を紡ぐことができたが、それでも彼女の常識を逸した行動の前に戸惑いを隠せない。


「な、何のつもりだ!?」

「ご覧のとおりです」


 エリーゼは迷うことなく即答した。


「彼は私の夢なんです。だから私が壊させません。もしも壊れる事があれば私が守らなければなりません。彼等を任された時から決めていました」

「君にとってその夢とは、五体不満足になってでも叶えたいものなのか?」

「夢とは、そういうものではないでしょうか」


 彼女の表情と意思は変わらない。

 その笑顔が、恐ろしい迫力を放っていた。この場にいる全員が、彼女に支配されている。


「エリーゼ、あなたの夢は何?」


 左側の女性が問う。

 だが、それに対するエリーゼの解答は突拍子も無い物だった。

 

「私の夢は、最強の人間。私は、それが見たい」

「最強の人間……? 私の『鎧』ではなく、その少年がか!?」

「ノア。貴女の鎧は確かに凄いわ。でもあれは人間じゃないの」


 ゆえに、エリーゼはノアの意見を認めない。

 彼女が最強の兵器を作ったのであると主張するのであれば、それは認めよう。だがエリーゼの終着点は兵器ではない。


「私が見たいのは私の『最強の人間』です。意思の無い鎧では、決して果たせない夢です」

「その少年が果たすと言うのか? 仲間を殺しかけるような奴が、お前の言う最強の人間だと言うのか!?」


 ノアは憤慨する。だが、エリーゼは彼女の言葉に首を横に振った。


「どんな事情があったのかは分かりません。ですが、彼は優しい子です。私は彼を信じます」


 その言葉に、カイト少年の目から涙が流れた。

 それがエリーゼの解答だった。


 結局、エリーゼがカイトに撃ちこまれる筈の弾丸を全てその身に浴びる事でこの裁判モドキは終わった。弾丸は全て彼女の急所を外していたとはいえ、暫く車椅子の生活を余儀なくされてしまった。


 裁判が終わった後、カイト少年は拘束が解かれた。彼は真っ先に彼女の元に駆け寄り、彼女の為に生きる事を誓った。

 生まれて初めて誰かに感謝したいと思った。

 彼女の為に全てを捧げようと誓った。

 その為に戦って、生きて彼女の求める物になる事を決めた。


 神鷹カイトは、この日からエリーゼの物になった。






「エリーゼ!」


 神鷹カイトは獄翼のコックピットの中で飛び起きる。

 身体中が汗だらけで、顔色も良くない。悪夢でも見ていたかのような気分だった。

 否、実際アレは彼からしてみれば悪夢だ。

 自分の人生の転機となった、最悪の日だった。


「……スバル」


 数秒間周囲を確認して、前方のスバルに声をかける。

 状況はよく分かっていない。制限時間が0になってからカウントダウンが『マイナス2分』を記録していることから、そう時間は経過していない事が分る。

 だが、それ以外何がどうなったのか分からない。

 自分が完全に意識を取り戻したのか。もしくは代わりにスバルが獄翼に取り込まれた可能性もありうる。

 確認も含めて、前方に座る同居人の安否を確かめたかった。


「スバル?」


 スバルは返事をしない。

 コードが繋がれたボウルのようなヘルメットを被ったまま、ピクリとも動かない。

 だが、彼の口からぼそぼそと何か聞こえてくる。カイトは耳を澄ました。すると信じられない言葉を聞いた。


「エ……リー…………ゼ」

「!?」


 全身に雷にでも撃たれたかのような衝撃が走る。

 何故スバルが彼女の名前を知っているのか。そもそも彼は今、どうなっているのか。


 ここで彼は一つの仮説を立てる。

 先程、自分もエリーゼが出てくる夢を見た。いや、あれは夢と言うよりも思い出だ。カイトが13歳の頃に起こった実話である。

 もしも同調機能である『SYSTEM X』が二人を繋いでおり、そのせいで同じ思い出を共有しているのだとすれば――――


 カイトはスバルのシートに手を伸ばした。

 彼に被さっているヘルメットを取り外し、頬にビンタを食らわせる。


「おい、起きろ!」


 カイトの声が、スバルの意識に響いた。






 

 エリーゼがカイトを庇う形で裁判を終わらせてから、スバルの意識はまたモザイクに包まれた。次に気が付いた時、彼は廊下のど真ん中に立っていた。周囲に人の気配は無く、幾つもの個室に繋がる自動ドアだけがある。


「今度は何だ?」


 きょろきょろと周りを見渡す。

 カイトの姿は無い。エリーゼの姿も見えないし、ノアや男(裁判長)の姿も見えない。知っている顔は、誰もいなかった。


 かなり衝撃的な映像だった。あれが事実だとすると、カイト少年は思春期にかなりの美人に守られ、その上彼女の夢の為に生きる事を決意していたという事になる。同じチームの仲間を殺しかけたというのも気になる話だ。

 正直な所、夢にしては中々現実味がある物を見せつけられている気がする。

 だが、カイトの過去を見ているとなると一つの疑問が思い浮かぶ。


 アーガス達からXXXの話を聞いてから疑問に思っていたが、そもそも何故彼は王国から日本のド田舎に移り住んだのか。

 爆発事件に巻き込まれて死亡扱いになった、とメラニーは言っていた。

 だが、それで生きていたのならば戻ればいい話ではないだろうか。裁判沙汰になるような騒ぎは起こしていたようだが、エリーゼが守ってくれたのであれば彼の居場所はある筈だ。寧ろその居場所に戻ろうとしないのが不自然だと思う。

 先程の映像を前提にした話ではあるが、そんな居場所を捨ててまでヒメヅルで隠れていた理由がわからなかった。


「ん?」


 熟考している内に、スバルは異変に気付いた。

 ある自動ドアの隙間から、黒い霧が溢れている。以前、カイトが電子レンジを壊して黒煙を家中に蔓延させたことがったが、あれとは完全に別物なのだとスバルは思う。

 全身に寒気がした。

 あの扉に近づくな、と本能が警戒している。

 しかし、


「…………他に、何も無いしな」

 

 何か出来る事がある訳でもない。

 他に行く宛てがある訳でもなく、ただ立ち尽くすよりだったら調べた方がいいと思った。

 意を決すると、スバルは黒い霧が溢れる自動ドアを開けた。だが、室内の様子は一目見ただけでは分からない。黒い霧が暗闇の役目を果たし、視界を完全に塞いでいた。


 ドアを開けた事で霧が抜け出し、暗闇が徐々に晴れていく。

 

 カイトの背中が見えた。

 今度は見覚えがある。スバルと出会った時のカイトの後ろ姿だ。この姿を4年間も見てきたのだ。見間違う筈がない。

 

 だが、彼の様子はおかしかった。

 全身が震えている。寒いのかと思ったが、彼は冬でも半袖で平気な顔をしているような奴だ。それはあり得ない。

 良く見れば、彼の両手は血塗れだった。

 先程まで獄翼の両手に生えていた爪から、赤い液体が滴り落ちる。

 この様子から、スバルは一つの回答を得た。


 彼が誰かをここで殺した。しかも、狼狽えている。

 だが、誰を――――

 

 カイトの膝が折れる。彼の表情が怯えているのが分った。

 スバルは恐る恐る、彼の背後から覗き込む。

 顔は見えなかった。だが、すぐ横にある車椅子と死体が着ている白衣。

 そして血まみれになった金髪は、先程見たばかりだった。


「エリ――――――」







「おい、起きろ!」






 強烈なビンタを頬に受けて、スバルの頭が覚醒する。

 頬が真っ赤に張れ、思わずスバルはそこを抑える。まるで虫歯にでもなったかのような光景だった。


「痛っ……あ、あれ?」


 だが、その痛みでスバルはようやく現実に戻ってこれた。

 見れば、目の前にはカイトがいる。そしてここが先程まで操作していた獄翼のコックピット内であることも、ここにきてようやく理解した。


「あ、カイトさん」

「おい、何を見た?」


 胸倉を掴まれ、恐ろしい形相で睨みつけられる。

 怒っていると言うよりも何処か焦っているかのように見えた。


「え、えと……」


 先程見た光景を思い出す。鮮明な映像は頭の中に出てこないが、アレは間違いなく彼にとって禁忌の代物だ。

 本物かどうかは置いといて、その確信がスバルにはあった。


「エリーゼって人が、子供を守ってた」

「それだけか?」

「う、うん」


 真面目な表情の彼に嘘が通じないのを、スバルは知っていた。だから事実を伝える。

 それ以降の言葉が彼に通用するかは自信が無い。


 刃のような鋭い目つきに睨まれ、まるで彼の爪先を喉に付きつけられているかのような錯覚を覚えた。

 緊張の汗が流れる。彼の返答次第で、己の人生を左右する何かが動く予感さえした。


「……わかった。『SYSTEM X』に関しては逃げた後じっくりと確認する」


 目つきがやや穏やかになる。

 そして一歩引き、後部座席に座る。


「また何時敵が来るかもわからん。さっさと飛ばしてくれ」

「わ、わかった」


 正直に言えば、聞きたいことは山程ある。

 だが、今は逃げるのが先だ。その意見にスバルは同意する。


 しかし、獄翼の飛行ユニットを起動しながらもスバルは思う。

 本当に彼と共に逃亡生活を送って、無事でいられるのか。先程見た映像の事を思うと、不安な気持ちを抑える事が出来なかった。

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