第15話 vsカマキリ

「何だ今の動きは!」


 ヴィクターが獄翼の動きに驚愕する。

 全長16,7メートルはあろう巨大ロボットが、ヘルズマンティスの鎌を避ける為にバク転を行ったのである。

 ブレイカー同士の戦いは何度も経験していたが、こんな動きをする奴は初めて見た。

 パイロットは相当な修練を積んでいるのか。それとも、ただ後先考えない馬鹿なのか。


『ヴィクター、大丈夫か?』

「ああ、損傷は蚊に刺されたような物だ」

『それを聞いて安心した。だが今の動きは……』


 エリゴルも不思議に思っていたようだ。

 ヘルズマンティスはカマキリの造形を取り込んだブレイカーである。基本人型のブレイカー戦において奇抜な動きには慣れている筈だったが、そんな彼から見てもバク転するブレイカーは不思議に思えたらしい。


『奴はミラージュタイプだな。背中には飛行ユニットもある』

「益々解せんな。先程まで空中で機動力を活かしていた機体が、急に地上で走り出すとは」


 まるで人が変わったようだ、と思う。

 この場合は機体が丸ごと変わったかのような物だが、その表現しか思い浮かばなかった。

 当の獄翼はシンジュクの街に着地した後、再びこちらに向かって突進してくる。


『考えるのは後だ。ヴィクター、奴を抑えるぞ』

「分かった」


 ガードマンの右手が獄翼に向けられる。

 向けられた掌から青白い光が集い、棒を生成していく。縦の長さを極限まで縮めたバリアだった。オマケとして、先端には刃のような形のバリアを作り上げる。

 擬似的な見えない槍を作りだし、ガードマンはそれを振り回した。


「バリアが役に立たないのであれば、2人で攻めに転じるまで! 敵は私を狙う筈だ。囮になろう。その隙を逃すな」

『良く言ったヴィクター。それでこそ子供達の希望だ!』


 鳩胸3機も散開する。

 ヴィクターもエリゴルも、ここで獄翼を仕留めるつもりだった。






『モグラ頭が何か構えてるのは見えるか?』

「見えないけど、何か持っているのは分かる!」


 見えない武器を持った奴とは戦いたくないと言うのがスバルの本音だ。しかし、最初に倒すべきはモグラ頭のブレイカーだった。

 その意見は2人とも変える気はない。防御の要を最初に潰すことで、他の敵を倒しやすくする為だった。


『あれが飛んできたら俺が動いて仕留める。他は頼んだぞ!』

「任せれた!」


 見えない槍は、スバルから見ればリーチも分からない驚異の武装だ。

 少なくとも初見なら『HPゲージ』やシールド等で耐えながら様子を見る。

 だが獄翼となったカイトはそれを肌で感じ取っていた。彼は己の五感を通じて透明の槍を躱す自信があった。


 獄翼が加速する。

 周囲を取り囲む鳩胸がライフルを発射するが、大地を疾走する獄翼はそれを殆どダッシュで回避していた。人工知能の狙いが定まらないのである。

 何発か命中しそうになったが、それは全て獄翼に装備した電磁シールドで防いだ。

 ガードマンに辿り着くまで獄翼は無傷だった。


 ガードマンが見えない槍を構え、獄翼に向けて突き出す。

 鋼の巨体から放たれた矛先は獄翼の顔面目掛けて真っ直ぐ飛んで行った。


「来た!」

『任せろ!』


 しかし槍が獄翼を貫くことは無かった。

 あろうことか獄翼は見えない槍を跳躍することで躱し、挙句の果てにその柄に着地したのである。

 そのハチャメチャな動きを実現する為に身体を無理やり動かされているスバルは苦悶の表情を浮かばせながらも、笑った。


「まるでサーカスだ」

『じゃあ綱渡りならぬ槍渡りで終わらないところを、見せてやろう』


 獄翼が槍の柄を伝って走り出す。

 まるで時代劇の中に出てくる忍者のような光景だった。

 

 ガードマンが槍を捨て、自らの手前にバリアを展開する。

 それは今までのような壁ではなく、獄翼を囲む透明の檻だった。四方八方にバリアを展開し、獄翼を一部のビルごと完全に閉じ込める。


 しかし、カイトは『己』の両腕を何の躊躇いも無く檻に目掛けて振るった。透明の壁に爪が命中すると同時、青白い衝撃が弾けて壁が切り裂かれる。

 目の前にいるガードマンの両掌が光る。新たなバリアを張る気だ。

 そして破壊した檻の方からも熱源反応を察知する。ヘルズマンティスが鎌を振りかざし、後方から襲い掛かってきた。このカマキリは、透明の檻の真上に君臨していたのである。これでは餌場だ。


 完全に挟まれた。

 しかし獄翼はそれを見て、敢えてヘルズマンティスへと跳躍する。

 両腕の巨大な鎌が振り下ろされる。獄翼は鎌の先端に向けて両足を突き出した。

 そこから飛び出したのは両手から生えるのと同じ、アルマガニウムの爪である。足から生えた凶器は、ヘルズマンティスの鎌を弾きながらも三角飛びの感覚で巨大カマキリの胴体を踏み台にした。


 その後の着地先はガードマンの首である。

 獄翼はバリアを飛び越えてガードマンの首に両手を置き、逆立ちの様にバランスを保った。

 傍から見れば完全に的でしかない黒いボディを狙い、鳩胸達がライフルの引き金を引く。だがそれらは全てガードマンが展開していた壁によって阻まれる。


 それを確認した後、獄翼はガードマンの背後に降りた。

 その両腕は、ガードマンの両肩から腰にかけてざっくりと突き刺さっている。ガードマンの瞳から光は失われていた。


『俺の仕事はここまでだ。後は任せた』

「おう!」


 消化した残り時間は約1分。残り時間も約1分。

 しかしそれだけあれば十分だった。バリアを張るガードマンの機能を停止させたのだから、何時も通り戦えば絶対に勝てる自信がスバルにはあった。


 飛び蹴りを受けてバランスを崩し、起き上がろうとするヘルズマンティスに向けてエネルギーピストルを向ける。

 カマキリが飛びかかってくる前に引き金が数回引かれた。弾丸はカマキリの細い身体に全て命中。

 ヘルズマンティスは鎌を振りかざす前に再び崩れ落ちた。


 残ったのは鳩胸3機。ボスキャラ2機を片付けたスバルは、残り時間と戦いながら量産機を片づける為に再び獄翼を疾走させた。

 

 残り制限時間は、55秒。








 突然だが、読者諸兄はハリガネムシと呼ばれる寄生虫をご存知だろうか。

 この寄生虫はカマキリの体内に寄生し、水を感知すると寄生主を誘導して産卵する。この時、ハリガネムシはカマキリの体内から脱出する為、寄生されたカマキリは高確率で衰弱死するのだがここは直接本編とは何の関係も無い事を記す。

 大事なのは、この寄生虫を体内に宿してしまうカマキリをモチーフにした機体が存在しているという事である。


 『人間ハリガネムシ』と呼ばれる新人類、エリゴル・フィンクスはヘルズマンティスのコックピットの中で頭を揺らす。

 獄翼から受けたエネルギーピストルで、巨大カマキリの細い体はボロボロだった。

 装甲の脆さは覚悟していたが、小さな銃でここまで簡単に倒されては流石に悲しい。ヴィクターと組んだ理由は装甲の薄さという弱点を克服する為だった。


「奴らは……?」


 エリゴルは辛うじて生きているメインカメラに視線を向ける。

 鳩胸が獄翼に襲われていた。空を飛ぶ鳩胸は獄翼の爪に捕まり、容赦なく羽を毟り取られる。

 これが最後の1機だったらしく、他の2機は既に破壊されていた。


「おのれ……!」


 鳩胸の痛みがエリゴルの体内に潜む針金のような細い物質に伝わってくる。

 白いメイクが歪み、体内が蠢いた。


「ヴィクター、聞こえるか!?」

『ああ、何とか……』


 腕を丸ごと切り裂かれたガードマンが反応し、ヴィクターの映像が映し出される。

 友の無事をエリゴルは喜んだが、次の瞬間には般若のような形相に変わった。彼の額から血が流れていたのだ。

 己の中にある細い肉体が怒りに震えるのを感じる。


「大丈夫か!?」

『頭の皮が切れただけだ。問題は無い』


 しかし、エリゴルは納得ができなかった。

 問題が無い訳がないのだ。彼の身体に傷がつくという事は詰まり、彼とタッグを組んだ自分の力不足を意味している。

 ヴィクターは自身のバリアが敵に通用しない事を知っていた。その上で敢えて囮役を買って出たのである。


 それなのに、エリゴルはどうだ。


 襲い掛かった筈が、踏み台にされて結局ガードマンを破壊されてしまった。

 エリゴルは己の不甲斐なさを恥じた。そして自身を許せないと、強く思った。


「ヴィクター、脱出してあの機体の特徴を報告しろ。アレに搭載されているのは間違いなく新しい同調機能だ」

『それはいいが、君はどうするつもりだ』


 怒りに歪んだ表情を見て、心配そうに尋ねてきたヴィクターに向けてエリゴルは迷うことなく答える。


「俺の本当の姿を見せてやる」









 最後の1機を破壊した時、残り25秒。

 鳩胸の頭部に突き刺さったダガーを引き抜き、スバルは一息ついた。


「ふぃー」

『何をしてる。さっさとシステムを切れ』


 カイトが急かす。それもその筈、彼はもしかすると一生このままなんじゃないだろうな、という焦燥感に苛まされていた。

 最初はそれなりに落ち着いてはいたが、時間が30秒を切ると流石に焦りが出てくる。

 本音を言うと、さっさとシステムをカットして元に戻りたい。


「分かってるよ。分かってるけどさ……システム起動させたのアンタじゃん?」

『何が言いたい』


 非常に嫌な予感がした。カイトは耳を塞ぎたい気持ちを抑えつつも、同居人の返答を待つ。


「いやさ。俺もドタバタしてて全然気付けなかったんだけど、システムのカットってどうすりゃいいんだ?」


 詰んだ。残り時間20秒でこの展開か。それは幾らなんでもあんまりではないだろうか。

 

『急いで『SYSTEM X』を検索しろ。20秒以内に停止方法を探せ。俺はこんなところで人生を終わらせたくない』

「いやいやいや! 幾らなんでも20秒は無理!」

『それでもやるんだ! 俺が元に戻れる可能性があるうちに!』


 カイトの悲痛な叫びがコックピットに響く。相当焦っているのが分った。

 その勢いに押され、スバルがモニターを操作して『SYSTEM X』を調べ始めた。しかし、やはり時間が足りない。絶対的に足りな過ぎる。

 

「えーっと、えーっと、えーっと!」

『急げ急げ! ハリーハリー!』

「うるさいよ! ちょっと黙って!」


 この人こんなキャラだったっけ、と思いながらスバルは検索する。『SYSTEM X』の文字は何度か出てくるが、どれも起動の仕方だけでそれ以外の事が書かれていない。割とやばい気がしてきた。


 残り、18秒。


 スバルとカイトの焦りはピークに達していた。

 コックピットの少年は必至な形相になってモニターを睨みつけ、ロボに取り込まれた青年の精神はイライラしながらもじっ、と堪えていた。彼が人間だったら顔面蒼白な上に汗まみれだったことだろう。


 だから、ギリギリまで気付けなかった。


 獄翼の背後からゆっくりとヘルズマンティスの残骸が近づいてくる。まるで松葉杖のように鎌で己を支える姿は、非常に痛々しかった。

 だがエリゴルにとっては幸いなことに、相手は動かない。仕掛ける分には絶好のチャンスだった。


 ヘルズマンティスの外装にひびが入る。

 頭を突き破り現れたのは、巨大なハリガネムシだった。頭部が鋭利な刃物になっているソレは、見方によっては『巨大な針金』であると言える。

 カマキリの身体から徐々に抜け出すハリガネムシは、獄翼に狙いを定めた。

 直後、ハリガネムシは寄生体から勢いよく飛び出す。巨大な針金が空を切り裂き、獄翼の黒い装甲を食い千切らんと襲い掛かる。


『!?』


 しかし、カイトはハリガネムシの気配を肌で察知した。

 素早く振り返ると、彼はハリガネムシの首根っこを掴む。


「え、ちょ!?」


 スバルの動きが獄翼に支配される。

 巨大なハリガネムシの存在に戸惑いつつも、獄翼はハリガネムシをコンクリートの大地に叩きつけた。

 それはカイトが無意識に行った動作なのだろう。

 装備されたヒートナイフを腰から素早く引き抜き、ハリガネムシの頭部に向けて振りかざす。


「あ……」


 その時、スバルは見た。

 地面に伏せられたハリガネムシ。その透明な頭部を通して、コックピットの様子を見る事ができた。

 男がいる。白メイクに髪を逆立てている、ちょっと不思議なビジュアルセンスだった。

 だが、その男は何処か諦めたような表情をしてこちらを見上げている。

 獄翼のカメラ越しに、男とスバルの視線が合う。


『これまで、か』


 男はコックピットに貼り付けられた無数の写真の一つを手に取り、呟いた。

 同時に、スバルの腕が獄翼に引っ張られる。


『すまない。俺は君達の希望になれなかった。許してくれ』


 ハリガネムシのコックピットにヒートナイフの切っ先が叩きつけられた。

 鋼の頭が弾け、一瞬でコックピットが赤く染まる。中にいた白メイクの男は即死だった。

 まともな肉片が残っているかすら怪しい。


「……!」


 その光景を見たスバルは、息を飲んだ。

 殺した。カイトと動きがリンクしているとはいえ、確実に自分が彼を殺した。ブレイカーの規格外な大きさのナイフをコックピットに突き刺し、彼をミンチにしたのだ。

 しかし、獄翼は納得していなかった。

 彼はナイフの引き金を引こうと、スバルの操作を促す。





 その瞬間、制限時間が0になった。




 コックピットの中に喧しい警告音が鳴り響く。


「制限時間が!」


 直後、少年の意識は暗転した。

 まるでモザイクがかかったように、視界が灰色の雲に包まれていく。

 ただ、薄れゆく意識の中でスバルは己の手に残る『ナイフを突き刺した感覚』が残っているのを確かめていた。

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