第二十三章 行き止まりの町

 自分が出した結論なのに、当の自分がそれを信じたくなかった。しかし、テスラの豹変は俺の推測が正しかったことの何よりの証明だった。


 テスラは口元を大きく歪めていた。


「お前の言った通りだ。この檻の中のゴブリンは七年前、巣から僕がさらった。そして今、殺した片眼はコイツらの父親だ」


 レオナさんが小さな口をあんぐりと開けていた。


「ま、マジ……!?」


 そしてアリシアも声を震わせる。


「そ、そんな……! テスラ様……どうしてアナタがそんなことを……?」


 その時。ガバンの屋敷の扉がきしむ音を立てて、開いた。そこから出てきたのは優雅な黒のドレスに身を包んだ町王ガバンであった。ゆっくり歩を進めたガバンはテスラの隣で立ち止まり、汚い物を見るように足下に転がる片眼の死体を一瞥した。


「テスラ。殺してしまったの?」


「はい。非常の際ならば」


「そうですか。まぁいいでしょう。また違うゴブリンの子をさらえば良いのだから」


 かつて心優しく俺を抱擁してくれた気品漂う女性は、悪魔のように下品な笑みを見せていた。アリシアが耐えられなくなったように叫ぶ。


「ガバン様!! 一体なぜこんなことを!?」


 ガバンは冷たい視線をアリシアに投げかけた後、嗤う。


「ゴブリンの恐怖は人民をこの町に縛り付ける格好の道具なのよ」


「縛り……付ける?」


「この世界のいかなる王や帝の支配下にも置かれず、一つの国家としての機能を有する完全独立自治体――それがテッドの町なの」


 言いながら、ガバンがテスラの手に腕を絡ませた。次はテスラが口を開く。


「実はゴブリンは危害さえ加えなければ、そうそう人を襲ったりする魔物じゃあないんだ。だが人間に対する憎悪を持った時の、あの凶暴さは利用できると踏んだんだよ。外からはテッドの町に近付く者を牽制し、内からは町を出ようとする愚か者を縛る為にね」


 ガバンがテスラの顔に唇を近づける。


「そう。全ては私とテスラの王国の維持の為……」


 そしてガバンとテスラは口づけを交わした。俺の傍でレオナさんがプルプルと震えている。


「さ、最ッ低!! テスラがこんなヒモ野郎だっただなんて!! NPCの中で一番好きなキャラだったのにぃっ!!」


「カムイといい、テスラといい……レオナさんって男運なさそうですよね……」


「うっさいわね!!」


 だが、いつものようなレオナさんとのバカ話もそこまでだった。キスを終え、ガバンから離れたテスラは剣を上段に構え――そして姿を消した。


 ――や、ヤバっ!?


 一瞬、攻撃を予想して身構えたが、テスラの矛先は俺ではなかった。


「ぐわあああああああっ!!」


 テスラは檻を運んできた衛兵達を一瞬のうちに叩き斬っていた。


「て、テスラ!! お前、自分の部下まで殺すのかよ!?」


 俺は叫ぶが、テスラは全く意に介しないように落ち着いていた。感情に乏しい声でぼそりと呟く。


「テッドの町の謎を知った者、そして謎に近付こうとした者は、全て殺さなければならない」


 俺はごくりと唾を飲み込んだ。


 そうか。仮に謎に気付けなくても、結局プレイヤーはこの後、テスラに暗殺されるってことか。ゴブリンの王をも上回る最強のNPC『雷鳴のテスラ』。コイツを倒さなきゃあ町を出られない。つまり、これこそが真の『生存確率0・1%』……!


 テスラが俺を見据えながら、剣を向けた。


「ヒロ。そう言えば、お前は脱町したがっていたな。だがお前が生きてこの町を出ることは決してないと断言しよう」


 ぐっ! 町の謎は解けた! だが、これから先はどうしたら? 通常のゴブリンに勝てない俺が、片眼の動きが見えない俺が、テスラに敵う訳がない!


「一つ面白いことを教えてやる。僕は先程からずっと手を抜いて戦っているんだ。実は雷鳴神速には、もう一段階、速度を上げた『雷鳴神速・ディスペア』がある。冥土の土産にお前にそれを見せてやるよ。とは言っても、お前の目には何も映らないだろうがな」


 いや、それはそうだよ! 普通の雷鳴神速ですら見えないのに、そんなのどう転んだって見える訳ねえじゃん! 冗談言ってんじゃねーよ!


「殺しなさい。テスラ」


 ガバンが冷酷に言い放つ。無言でそれに応えるように、テスラは腰を低くし、剣を後方に構えた。それはまるで獲物に襲いかかる野生の虎のような体勢だった。そして鋭い眼光が俺を射る。


「喰らえ……!『雷鳴神速ライトニング・エクストリームディスペア』……!」


 ああっ!! 結局、こうなるのか!! このままあっさり殺されちまうのかよ!! 畜生!! 痛覚はリアルより鈍いっていっても、死ぬとなるとやっぱり激痛が襲ってくるのか!? そしてそんな思いして起きた後、ソフトもハードもブッ壊れてるとか、マジありえねえええええええええ!!


 歯を食いしばり、目を瞑る。


 だが。予想した激痛はいつまで経っても訪れなかった。


 不思議に思い、ゆっくりを目を開く。そして……俺はそこに信じられない光景を見た。


「あ、アリシア……?」


 俺の目の前でアリシアが胸から血を流し、地面に倒れ伏していた。テスラが「ふん」と鼻を鳴らす。


「幼馴染みをかばったか」


 バカな! アリシアが俺を? そ、そんな筈がない! だって!


 俺はアリシアに駆け寄り、体を起こした。ドクドクと胸から溢れ出る出血。素人目にもそれは致命傷だと分かった。


「な、なんで!? どうしてお前が俺を助けるんだよ!? お前は俺を殺したがってただろ!?」


 アリシアは口から血を吐きつつも、どうにか訥々と言葉を紡ぐ。


「ゆ、夢の中でね……兄さんが言ったの……『もう許してやれ。ヒロは悪くない』って……」


 腕の中で俺を見上げるアリシアは、初めて会った時の優しい幼馴染みの表情に戻っていた。


「あはは……私……今までずっとヒロに酷いことしたよね……だからヒロが傭兵になったって聞いた時……私も傭兵になって守ってあげようって思ったんだ……」


「アリシア……お前……」


「ねえ、ヒロ……私、嬉しかったんだよ……いつか結婚したいって言ってくれたこと……ホントに嬉しかったんだ……」


「あ、アリシア! 待てよ! 死ぬなって!」


「ヒロ……私と兄さんの分まで生きて……ね……」


 そうしてアリシアは瞳を閉じた。

 

 俺はアリシアをそっと地面に横たえた後、レオナさんに尋ねる。


「レオナさん。この世界で死んだNPCが生き返ることはあるんですか?」


「いいえ……ないわ……」


 レオナさんはゆっくりと首を横に振った。


 ははっ。だろうな。このリアルを極限まで追求したクソゲーに、そんな都合の良い展開がある筈がない。『死んだ者は生き返らない』――それがリアルだ。マーチンの時だって、そうだったじゃないか。わかってた。わかってたよ。


 テスラは剣を肩に乗せて退屈そうに言う。


「おい、ヒロ。葬儀はそろそろ終わったかい?」


 そしてテスラは先程と同じ『雷鳴神速・絶』の構えを取った。


「その女は無駄死にだったな。せっかくの犠牲もお前の命が数分延びただけに過ぎないのだから」


 ……そう、これはゲーム。たかだかVRMMO。死んだのもNPC。そんなのわかってる。だけど、だけど、


「クックク! 行き止まりデッドエンドだよ、ヒロ!」


 ……だけど!! この野郎は!! 現実以上にムカつくんだよ!!


「ヒロ君っ!!」


 レオナさんが叫ぶ。それと同時に青白く稲光る軌道。常識を遙かに超えた脚力から繰り出された超高速の必殺技は、だが、俺の前髪を僅かに切り落としただけだった。


 ずざざざざ、と土煙を上げ、テスラが俺から数メートル離れた位置で立ち止まる。


「偶然、首を逸らしたか。だが次はない」


 そして獣の体勢を取り、剣を中段に構える。


「雷鳴神速・絶……!」


 音の速さも超える静謐さを持って、テスラは俺に突進してくる。そして剣を俺の頭部に向けて振り払おうとしていた。だが、テスラの剣が俺の頭部に近付いた瞬間、俺は鞘から抜いた剣をテスラの剣に軽く当て、その軌道を変えた。


 先程のように背後で土煙を上げ、停止したテスラは驚愕の表情を見せていた。


「バカな!? 今のは偶然じゃない!! 剣を当てた!! ゴブリンの動きすら見えないクズが『雷鳴神速・絶』を捉えたというのか!?」


 驚いていたのはテスラだけではない。


「な、何なの、ヒロ君!? 意味わかんない!! 何よ、この少年マンガみたいな展開は!? 訳がわからな過ぎて何だか、もうちょっとキモいんだけど!!」


「キモい言うな!!」


 ……いやまぁ、だけど、俺だってこの変化に驚いている。この時、この場所、この相手に、カムイの言った『裏技』が発動出来たことに対して。


 そして俺は、カムイがオーベルダイン歴程に書いていた言葉を思い返していた……。

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