第十五章 遭遇
レオナさんを肩に乗せて、丘を駆け下り、農村部から町の中心部へと向かう。
走っている途中で、血相を変えて逃げまどう男性に話しかけた。
「おい、どうした!! 一体何があったんだ!?」
「うるさい、どけえええええ!!」
……俺は男性に突き飛ばされて、地面を転がった。立ち上がり、尻に付いた砂を払う。すると今度は家財道具を風呂敷に詰めて、逃げている女性がいたので話しかけてみる。
「ちょっとすいません!! 一体、何があったんですか!?」
「うるさいわね、どいてちょうだい!!」
……またも俺は突き飛ばされた。立ち上がり、同じように尻についた砂を払い……そして叫ぶ。
「いや誰か説明してくれよ!! 何が起きてんのか分かんねーじゃん!!」
レオナさんが憤る俺の耳元で囁く。
「人間なんてパニックになると、こんなものよ。誰もが自分の身が大事。いちいち他人に状況説明なんかしてくれないわ」
「でもコレ、ゲームでしょ!? 説明がないと、どんなイベントか分かりませんよ!!」
「うん。じゃあホラ、あそこに鍛冶屋があるわ。剣のサビ取りがてら、店主に聞いてみましょう」
「な、なるほど! そうですね……」
鍛冶屋に入ると、ヒゲを生やした店主らしき中年の男性が慌てながら、仕事で使う道具のような物を大きな箱に詰め込んでいた。近くにある炉の中に火は既になく、消し炭があるだけ。鉄を打つ叩き台の上にも何も乗っていない。
俺は店主におずおずと尋ねる。
「あのー。剣がサビちゃって。サビ取ってくれませんか?」
「バカか、お前!! 今それどころじゃあねえんだよ!!」
「す、すいません! じゃあサビは取ってくれなくていいです! でも教えてください! 一体、何があったんです?」
店主はバカを見るような目を一瞬した後、叫ぶ。
「ゴブリンが攻めて来たんだよ!!」
俺はレオナさんと顔を見合わせた。その後、店主に確認する。
「い、いや、だって、テッドの町って、ゴブリンが入れないように四方を堀で囲ってるんじゃ……?」
レオナさんも俺の隣で「そうよ」と、コクコク頷いている。店主は荷造りする手を止めず、面倒くさそうに言葉を吐く。
「五十年に一度の大干ばつで掘の水が干上がっちまったんだよ! それで奴ら、堀を楽々横切り、町門を壊して、侵入してきたんだ!」
鍛冶屋の言葉に、レオナさんは口に手を当て、驚愕の表情を浮かべていた。
「ゴブリン襲来……! こんなイベントがあるなんて……!」
そんなレオナさんとは逆に、俺の気持ちは高揚していた。
つ、遂にモンスターが出現したのか! 今まで幼馴染みに襲われたり、幽霊に祟られたり、変態に拷問されたり、そんなのばっかだったけど、これでやっとモンスターと戦えるんだ! ようし、ようやくまともなVRMMO・RPGになってきたぞ!
俺は興奮しつつ、店主にお願いする。
「あのー、やっぱり剣のサビ取ってくれます?」
「お前、話聞いてたのかよ!! ゴブリンが攻めてきたって言ってんだろ!! そんな暇ねえよ!!」
「いやそうかも知れないけど、サビを取ってくれたら俺もゴブリンと戦えるんですよ!」
「知らねえよ! 大体サビつくまで放っておく方が悪いんだ! 日頃から自分の剣を大事にしねえからだろが!」
「でもコレ、手に取った瞬間からサビてたんです!!」
「はぁ? その剣、お前のじゃねえのか? 何処にあったんだよ?」
「俺の部屋です!!」
「頭おかしいのか、お前は!! ああ、もうバカに関わっちゃあいられねえ!! とにかく俺は逃げる!! 磨きたきゃ、そこに砥石があるから勝手にやってろ!!」
「あのー、やり方は?」
「砥石、手に持って根本から剣先に向けてシュコシュコ擦るんだよ!! バカ!!」
それだけ言うと、店主は店を出て行ってしまった。
仕方なく鞘から剣を抜き、サビて真っ茶に変色した刀身を砥石で擦ってみる。
『シュコ、シュコ、シュコ、シュコ、シュコ、シュコ』
む! な、なかなか頑固なサビだな! 全然、取れないぞ!
「に、逃げろおおお! 早く逃げろおおおおお!」
……擦っている最中、そんな叫び声が俺の耳に届く。ゴブリン襲来で、外は阿鼻叫喚の巷らしい。
『シュコ、シュコ、シュコ、シュコ、シュコ、シュコ』
「うわあああ! ゴブリンだあああ! ゴブリンが来るぞおおおおお!」
……外でゴブリンに遭遇したであろう人の悲鳴が聞こえた。
『シュコ、シュコ、シュコ、シュコ、シュコ、シュコ』
「ママぁ! ママ、何処なの!? ママーーーー!!」
……小さな女の子の泣き声も聞こえた。
『シュコ、シュコ、シュコ、シュコ、シュコ、シュコ』
……そして……俺はサビたままの剣を地面に思い切り叩き付けた。
「やってらんねええええええええええええええ!!」
「ど、どうしたの、ヒロ君? 急に?」
「どうしたもこうしたもないですよ!! 町の人達がモンスターに襲われている時に砥石で剣、研いでるRPGの主人公います!?」
「でもサビを取らないと、その剣、使えないわよ?」
「棍棒代わりにはなりますよ! とにかく俺、行ってきます!」
外に行こうとすると、俺の顔の前で、レオナさんが両手を広げた。
「ダメよ!! 絶対にダメ!! ゴブリンは鬼のように強いのよ! ってか鬼だけど! とにかく外に出ちゃあダメよ!!」
「れ、レオナさん?」
レオナさんの差し迫った表情に違和感を覚えた。アリシアに危うく殺されそうになっていた時ですら、ここまで狼狽えてはいなかったと思う。
「ゴブリンと戦えば、アナタに勝ち目はない! 120%確実に死ぬ! ゴブリンはそれほどまでに強い敵なのよ!」
「で、でも、町の人が、」
するとレオナさんは真顔になった。そして静かに言葉を発する。
「ヒロ君、落ち着いて聞いて。今まで黙っていたけど……実はこのキワクエで死んだら、とても大変なことになるのよ」
「えっ……!」
そ、そういえば……今更だが、俺はこのゲームで死んだらどうなるのか知らない!
「ま、ま、まさか!! もしかしてゲームオーバーになったら、現実でも死んじゃうとか……そ、そういうことなんですか!?」
心臓をバクバクさせながら尋ねたのだが、レオナさんは首を横に振った。
「マンガやライトノベルの読み過ぎよ。いくら『リアルを極めたゲーム』といっても、所詮は市販されている家庭用VRMMO。流石にそんなデスゲーム的な展開はありえないわ」
「じ、じゃあ一体?」
「……壊れるの」
「な、何がですか? か、体の一部がですか?」
「いいえ。違うわ。このキワクエのプレイ中に死ぬとね……」
レオナさんは、ぼそりと呟く。
「ソフトとハードが同時に壊れるのよ」
「!! ソフトばかりか、ハードもろとも!? そ、そんな!!」
デスゲームとは違う意味で俺は戦慄していた。キワクエのソフトは定価で一万円。現在使用中のハード『VR・NX』は定価で十万、中古でも五万はする高価なものだ。
「いやどんなゲームですか、コレ!! こんな仕様で、よく当時、問題になりませんでしたね!?」
レオナさんは大きめの溜め息を吐き出した後、物憂げな表情をした。
「ヒロ君……薄々気付いていると思うけど……これは『最低のクソゲー』よ」
「遂に……言っちゃいましたね……!!」
「『プレイヤーが死んだらハードも死ぬ』――このゲームシステムのせいで、十年前、多くのユーザーがメーカーに対して訴訟を起こしたわ。メーカーである『シュクエニ』は巨大な権力と豊富な資金でどうにかそれを握りつぶしたらしいけどね。やってみて実感してるでしょうけど、キワクエには他にも色んな問題がアリアリ。やがて『最低最悪の超絶クソVRMMO』として、キワクエは歴史の闇に葬られたの。……ね? このゲームを売ろうとすると逆に買い取り料まで取られるという訳がこれで分かったでしょう?」
「いやだから、そんなゲームをなぜ定価で俺に!?」
「それはともかく、ヒロ君。いったんログアウトしましょう。あまり攻略サイトに頼るのはよくないけれど、今回ばかりは仕方ない。帰ってオーベルダイン歴程を見て、どういった方法を取るのがこのイベントにベストなのか、考えるのよ」
「は、はぁ……」
確かに死んだら十万円以上の損害と考えると、ログアウトして攻略法を見た方がいいのかも知れない。
「ヒロ君。トリプルタッチしてみて」
レオナさんに言われ、何もない空間を人差し指でチョンチョンチョンと叩く。すると背景が透過され、セーブメッセージが現れた。
「よかった。まだセーブは可能みたいね。じゃあ離脱しましょう」
レオナさんはログアウトを急がせるが、俺はどうしても外の様子が気になっていた。
「あの、レオナさん! ちょっとだけ! ほんのちょっとだけ見てもいいっすか? ゴブリン!」
懇願するように手を合わせる俺に、レオナさんは仕方なさそうに頷いた。
「そこの扉の隙間から、チラ見するだけよ」
「すいません!」
ワクワクしながら扉をゆっくり開き、外を窺う。やがて遠くの方、視界に映った生物に、俺は喫驚した。
それは今までプレイしたVRMMOで出てきたゴブリンとは全くの別物だった。
黒い体毛に覆われた猿のような小柄な体躯。黄色く濁った目玉と、ひしゃげた鼻。口元から覗く牙。片手に棍棒を持ち、ゴブリンはゆっくりと徘徊するように町を歩いていた。
「す、すげえ!! すっげえリアル!! 新種の野生動物みたい!!」
興奮してそう叫んでしまい、レオナさんに窘められるが、俺の視線はその一匹のゴブリンに釘付けだった。
やっぱり思った通りだ! NPCも人間そっくりにリアルだから、きっとモンスターもリアルだと思ってたんだよな! いやー、これはマジで早く戦闘してみたい!
動物園の動物を見るように呑気にゴブリンを眺めていた俺だが、しばらくして気付く。ゴブリンがゆっくりと歩を進める先には、
「うわああああああああああん!! おかあさん!! おかあさーーーーーん!!」
年端もいかない女の子が道の上で腰が抜けたようにしゃがみこみ、迫るゴブリンに怯えて泣いていたのだ。
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