ヴァイオレンシア

はじ湖

序章 栄華

 まばゆい光が目の前に現れるのを、彼はただ見ていた。


 広がった白いレースと、紅い皇帝の衣。

 彼女が戴く王冠は、この世界の覇者だけが得る輝きをもって、見守る臣下に膝をつかせていた。


 優と厳の、その両方を同時に目にしているようだった。

 優美に微笑む彼女の唇と、その手にした一振りの大剣。


 見上げれば見上げるほどに、瞳に焼き付けられるその姿。


 彼女がゆっくりと前へ、白い腕を伸ばす。

 彼女の前に膝をつく、自分のもとへと。


 彼女の手から自分の手へと、一振りの重みが委ねられる。

 王家伝来の宝刀が下賜されるまで、この目はただ彼女だけを捉えていた。

 その視線に微笑んでくれる瞳があったから、いつの間にか、つられて自分も笑っていた。


「今までよくこの国に尽くしてくれました」


 そして王から戦士へとつるぎが託されると、艶やかな唇は賛嘆の言葉を紡いだ。

 静まり返っていた玉座の間に一滴の雫が注ぐように、凛とした声が響く。


「どうかこれからもそのまま、この国を勝利へ。天に選ばれし、最後の一国へと導いて下さい」


 それは決まりきった戦士への祝辞の言葉。しかしどこか暖かみに溢れていて。

 笑みを深めたのは、自分だったかそれとも彼女だったか。


「我らが誇る異界の民よ。麗しきその戦果よ。永久とこしえなるこの国を照らす、大きな光であらんことを」


 有り難き幸せと、答える自分の声はほとんど覚えていない。

 ただ思っていた。


 この幸福を、何と代えることができるだろう。

 この胸の震えを、何と表すことができるだろう。


 ただ彼女の笑顔だけは、変わらず目の前にあった。

 そう、この人以外に、この手が守るものはない。


 この世界の扉を叩いた者にとって、これこそが、その手にできる最高の栄華。

 彼女の側にいられる自分にとって、これこそが、示せる最大の親愛の証。


 称える臣下の歓声が、空気を撃つような拍手が、一斉に王宮に響き渡る。

 その真ん中に二人はいた。


 そうだ。忘れない。

 この日のことを、ずっと忘れない。



 戦士はそっと、静かに瞳を閉じると、その記憶を胸の奥深くまで刻み込んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る