うみへ
何かにつけて憂鬱が付きまとう。
憂いの存在しない世界などあるのだろうか?
私は海を目指していた。
それは、恐らく無謀な試みで、私以外の誰にも理解出来ないだろう。
別に誰に共感して欲しい訳では無いが、私は孤独だった。
産まれた瞬間から今まで、憂鬱と孤独を感じない日は無かった。
命在るもの全てが同じだと笑われるかも知れない。
孤独こそが自我を発生させるエッセンスなのだと諭されるかも知れない。
だが、私は孤独も憂鬱も好きでは無い。
私は脚を止めて、空を見上げた。
海から吹き上げる上昇気流を捕まえたのだろう、真っ青な空の高い場所で鳶がゆっくりと旋回している。
海は、近い。
直感が告げる。
自然に、急ぎ足で風が吹き抜ける方角を目指した。
感覚を研ぎ澄ませば、海を感じる事が出来そうな気がした。
数ヶ月前……
久しく逢っていなかった同胞と再会した。
私達は同じ母を持つが、互いの名も知らないのだ。
とても、兄弟などと呼ぶ気には成れなかった。
そんな同胞に、久し振りに再会したからと言って、私は然して嬉しくも無かったが、彼は饒舌に自分の夢を語った。
海は全ての根元で在り、全ての終着点なのだと。
祖先を振り返れば必ず海へと辿り着くのだと。
だとすれば、現在の自分達がどんな進化を経たにしても最後は海に帰るべきなのだと。
だから、自分は海を目指すのだと。
それは、何処か胡散臭くて、何か取り止めもない宗教じみたフワフワとしたモノを連想させる話だったが、私は彼の話を最後まで黙って訊いた。
そして、私は何故か彼と別れてから直ぐに、彼の後を追う様に海を目指していた。
そして、今……
永遠と思える程の水平線が続いていた。
真っ青な水面にギラギラと光が降り注いでいて直視出来ない程に輝いていた。それは、驚いた事に白い砂浜に壮大な水面が静かに押し寄せては、当然の様に引いて行く。
潮の満ち引きが、地球の自転と重力、月の重力で引き起こされる現象なのは知ってはいたが、実際に目の当たりにすると言葉に出来ない衝撃を受けた。
私は時間を忘れて初めて見る世界に酔いしれた。
やがて、痛い程に照り付けていた太陽が傾いた頃に、今にも海水に侵入しようとする同胞に気付いた。
『互いに頑張って辿り着いたな!』
そう叫ぶつもりだったが、私の喉は得体の知れない恐怖に閉じたままで声を発する事が出来なかった。
やがて、壮絶な絶叫と共に海に溶けて消え行く同胞の姿が視界に飛び込んだ。
意味が解らなかった。
神の怒りに触れたのか?
それとも、超自然的な何かの力に措かされたのか?
私には、理解出来ないが、実際に彼は海に溶けて消えた。
私は、呆然自失になりながらも駆けていた。
彼を飲み込んだ海に駆けていた。
しかし、私の身体は粘膜に覆われていて、その粘膜に砂浜の細やかな砂がまとわりつて思う様には進まない。
しかも、その砂には何故か私達の苦手な塩分が微量だが付着しているらしく身体の至る所が焼ける様に熱い。
私は更に急いで海水に向けて進んだ。
同胞の為などではない。
焼ける様に熱い身体を洗い流す為に、塩分を避ける為に大量に分泌し続けている粘液によって失った水分を補給する為に。
そうだ、生きる為にだ。
私は、誰からも疎まれ不必要とされ軽蔑されてきた。
私は、望んで現在の姿を手に入れた訳では無いが。
聞けば、人間にも白や黄色や黒で差別され、言語や宗教の違いから争いさえ起こると言う。
欲を満たす為なら、同じ種で殺し合う程に憎み合うと言う。
私達には人間が産み出した武器やテクノロジーは到底真似できない。
それどころか、人間の世界から見れば私達は地上に存在する必要など無いのだろう。
だが、私は生きる。
人間から蛞蝓と呼ばれ嫌われようと関係無い。
強く生きるのだ。
それにしても、海に近付けば近付く程に塩分が増えて行く様な気がする。
早く、洗い流さなければ……
早く、喉を潤さなければ……
早く……
【おわり】
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