読まない?

@carifa

やなやなの小玉

 聡美が、二組の市成君を好きだと言うので、やなやなの小玉を舐めさせるべきか一瞬迷った。


「市成君は、止めなよ」


 言って、異常な厚みのバーガーに。パサついたバンズに、口の中の水分全てを持って行かれそうでコーラで流し込んだ。


「なんで?カッコいいじゃん」


 聡美は、覗き込むように私を見てから、ジュースのストローを口に含んだ。ぽってりとした、色気のある唇が僅かに濡れていて、私は何故だか嫌な気分に成った。


「ってか、騒がし過ぎない?」


 言ってから、二人して辺りを見回す。昼下りのバーガー店。学生が、私達を含めて三組。サラリーマンの男が一人。中年主婦のグループが一組。普段と特に変わらない風景。


「なんで?いつも通りじゃん。今日の裕子、なんだか変」


 聡美はグイグイとジュースを飲みながら首を傾げた。


 確かに、今日の私は変だ。特に何かがあった訳ではないが、何故か落ち着けない。小さな事に、一々納得が行かないのだ。


「だよね、自分でも分かる」


「どうしたの?何かあるなら相談乗るから言って?」


 聡美がテーブルに身を乗り出して訊ねる。大きく美しい瞳が真っ直ぐに私を見据える。私は、その視線から目を逸らした。


「私の事より、聡美の事でしょ?」


 私の問いに聡美は『だよね……』と小さく呟いて、再度ストローを唇で弄ぶ。私は聡美に分かるように、ため息を吐いた。


 聡美を私のものにして三ヶ月に成る。そろそろ、やなやなの小玉が持つ効力が薄れてもおかしくない時期だと理解もしている。通販で買った品物だということも気になる。


 だが、やなやなの小玉を同一人物に何度も舐めさせるのも危険だ。本人の自覚症状は薄いらしいが、結局最後は膨らみすぎて破裂するらしい。そんな事、私には耐えられない。


 ただ、正直に全てを打ち明けても聡美が、受け入れてくれるとは考えられない。私は、永遠に聡美と親友として生きて行きたいだけなのに、現実は家庭環境も学校も違う私達が交わる接点など何も無い。やなやなの小玉以外に、聡美の気持ちを引き留める事が出来る筈もない。


「あのさ、裕子」


「なに?」


 私は思考を止めることが出来ずに、漫然と聡美の声に首を傾げた。


「永遠って、どんな時間かな……」


 疑う事を知らない無垢な少女のような聡美の声。失なうと自覚してからの苦悩を、想像した事すら無かった自分の甘さを呪う。


「何かの本で読んだけど、永遠って、千畳敷の石畳を天女の羽衣で掃き続けて、その石畳が磨耗して無くなるまでの時間なんだって……でも、なんで?」


「なにが?」


「永遠って意味を何故知りたいのかな?って思って」


 私の問いに、聡美は暫く俯いたまま黙っていたが、次に顔を上げたときには真っ直ぐ私の目を見て答えた。


「私、裕子とずっと親友でいたいの。その為なら、何でも出来るよ。裕子が止めろと言うなら市成君も諦める。だから……」


「だから、何?」


 見詰め返すと、聡美は泣いていた。もしかすると聡美はずっと以前からの小玉の効力など切れていて私の為に騙されている演技をしていたのかも知れない。

 

 いや、そう考える方が、しっくり来る気がする。私は急激に自分の愚かさに気付かされて、泣きたい程恥ずかしくなった。


「ごめんなさい。本当は私、聡美に打ち明けるべき事があるの……あの……あ……」


 突然、唇の動きが緩慢に成り言葉に成らない。


「あが……あがぁ……」


 身体中の動きが、上手く思考とリンクしない。


 なんだ? 

 なんだ、これは?


 思考だけ鮮明なまま身体が麻痺している。


「裕子……ずっと、二人で居たいの私。市成君の事も裕子の反応が知りたかっただけなの。ううん、裕子が嫉妬するのを見たかったの。狡いよね私。」


 身体中の力が抜けて行く気がする。いや、逆だ。


 身体中に何かが注入されていく気がする。空気のような正体のハッキリしない何かが勢い良く私の中に流れ込んで来ているような気がする。


「裕子、大丈夫だよ。この前も裕子は大きく膨らんで普通に戻ったから。今度も上手く行くよ。裕子も私が好きでしょ?だから、大丈夫だよ」


 聡美が必死に訴え掛けているのが、遠くで聞こえる。


 でも、意識が勢い良く膨張している気がする。いや、意識だけじゃ無い。全身の筋肉が、弛緩と膨張を繰り返している気がする。


 意識が遠のく。


 聡美の右手が握り締める、やなやなの小玉セットが納められていた包装箱が、グシャグシャに成っているのが見える。


 そっか、私……


 ハ、ジ、ケ、ル

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