志望動機原風景
鯣 肴
志望動機原風景
女の頭に浮かぶ景色。昔からずっと同じ。そこでは女は少女だった。
くらやみにおおわれた世界。そこで少女はひとりぼっち。
周囲から聞こえるのは虫の鳴き声のみ。幸い寒くはなかった。しかし、自分がどこにいるのかは全く検討がつかない。そのまま自分は帰れないのかと、少女は大きくなる不安を抱え切れなくなる。すると、当然足も止まる。そしてしゃがみ込んでしまった。
喉から小さな高鳴り声を出し、頬を伝う止まらない涙。手を顔に添えたことで、次は、指、手の甲を伝い、腕を流れ落ちていく。
誰もこない。
少女は地面を潤む目で見る。目が慣れてきたのか、足元に小さな二つの水溜りが形成されていることに気づく。それがどんどん広がっていき、つながった。
そのときだろうか。その水面が光ったような気がした。一瞬、またたき程度。そんな短い時間。しかし、確かに光ったのだ。
少女は鳴き声を上げるのをやめ、辺りをさっと見渡す。涙はまだ止まっておらず、水の粒が空中を舞う。
しかし、その光はない。誰も居ない。雲間から薄く、月の光が差すのみだった。少女は再びしゃがみ込む。
すると、足元の水溜りで、黄緑の点が、光る。動く点。今度は涙も止まった少女。少女の手にその光が灯った。左手の甲に。黄緑の光を放つ、虫。
幸い、少女は虫が平気だったようである。特に怖がることもなく、それを手の甲に乗せたままじっと見つめていた。
それはうっとりするほど優しげで、儚げな光だった。少女はずっとそれを見つめていた。
そして、心が緩み、安らぎを感じ始める。そのうち意識を手放した。
「……ん……、……ちゃん、大丈夫??? ××ちゃん!!!」
背中に感じる暖かさ、それと自身の心を奥底から安らげる声。よく聞き覚えのある声。
少女は目を覚ました。そこに居たのは少女の母親だった。辺りはすっかり明るくなっており、蝉の声が響き渡っていた。もう昼であったのだ。少女の左手に宿っていた光は跡形もなかった。あれは一体何だったのか……。
「ということが昔ありました。」
「なるほど。」
「それで、私はその光が何かひたすら調べました。すると、それがゲンジボタルの光であったことが分かったのです。」
屋内。少々広めの会議室。そこには、パイプ椅子に座った、少女ではない、黒いスーツを着た若い女性がいた。それに加え、女性を机越しに挟んで、上品な身なりをして、真剣な眼差しで女性を見つめる壮年の男性たちがいた。
かつて少女だった女性は続けて口を開く。それは締めの言葉だった。
「それが私がこの研究に取り組みたいと思った切欠です。」
「なるほど、わかりました。では結果は後日郵送でお知らせ致します。」
これは、大学院の入学試験の面接だったのだ。
女性は席から立ち上がり、
「ありがとうございました。」
と、綺麗なお辞儀をし、踵を翻し、部屋の出口まで進んでいった。
そして、扉を開け、最後にもう一度お辞儀をして、部屋から退出した。
志望動機原風景 鯣 肴 @sc421417
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