かるむ

@tdj

第1話 プロローグ


「よし、僕の勝ちだ」

「ちくしょおおおおおおおお! お前、何でそんなに飯食うの早いんだよ!?」

 昼休み。食堂中に高田裕樹の絶望的かつ悲痛な叫び声が響き渡った。 周りで食事をしていた生徒たちは何事かと目を丸くし、驚いた表情で目こちらを見ている。

 敗者には罰ゲームの早食い競争。 挑んできたのは裕樹の方だったが、勝ったのは僕だ。

「というか、激辛醤油味噌豚骨ラーメンで僕に早食い勝負を挑む方がおかしいよ。僕が辛いのが大好きだって知っているでしょ?」

「俺の第七感が 「イケるよ! 今日超絶イケるよ!」 って囁いたんだよ!」

「なんか一つ多いからね。 第六感だから。 それより、約束の罰ゲームをやってもらおうか」

 敗北にショックを受けている裕樹に追い打ちをかける。 罰ゲームという言葉を聞いた途端、裕樹の顔はブルーマンも真っ青な程に血の気を失っていた。

「悪い、家のガス栓を止めてこなかった。今から帰って止めないと」

「それ、部屋に入った瞬間死ぬから。というか僕たち、寮生活じゃん。 家、ないじゃん」

「ちくしょう……。 なら逃げる」

「おお、なんて男らしい」

 食堂を去ろうとするその肩を僕は逃がすまいとおもいっきり手で掴んだ。

「はーなーせー!」

「やだ。離せって言われて離す奴なんかいないよ」

「なーなーせー!」

「誰だよ」

「相川だよ!」

「だから誰」

 裕樹は柔道部のようなガッシリとした体を左右に大きく揺らし激しく抵抗する。 大きな駄々っ子の力技に僕の体力も限界を迎えようとしていた。

「おいおい……みんなが見ているぞ。 恥ずかしいな」

 一人の男が僕たちの前に現れた。

「慶二! 良かった……助かったよ。 お願い、裕樹を押さえて! 罰ゲームから逃げようとしているんだ」

 現れたのは崎岡慶二。 僕らより年上の兄貴的存在だ。 その見事なまでに整った端正な顔立ちから、女子生徒や女子教員からの人気は抜群だ。さらに年上特有の落ちついた雰囲気やリーターシップを兼ね備えており、周囲からの信頼度も抜群というおまけ付きだ。

「まったく。 賭けありの勝負というのは、罰ゲームやそれに準ずる何かがあるから燃えるんだろ? なら、そのリスクを背負い戦ったのなら敗者はそれを受け入れないとつまらないだろ。 少なくとも俺は罰ゲームから逃げるような奴とは遊びたくない」

「……あー! もうわかったわかった! 受けろよ、罰ゲーム」

「いや、受けるのお前な」

「たった一文字間違っただけだろ! 受けるよ罰ゲーム!」

 慶二の言葉を耳にした裕樹は、抵抗をやめ、開き直り気味に降伏宣言を行った。

「最初からそうしておけばよかったのに。 まったく」

 近くに慶二がいて助かった。 まぁ慶二は大抵僕が困った時、なぜか近くにいてくれるんだけど。 しかしそれも、大抵何をするにも一緒に行動しているから当たり前といえば当たり前か。

「うむ、よろしい」

 降伏宣言を聞いた慶二は安心したように頷いた。

「ちくしょう……。 それより罰ゲームってなんだっけ」

「忘れたの?」

 忘れていたのに、あんなに抵抗していたのか。

「今回の罰ゲームって一体なんだ? 俺も気になるな」

「あぁ、そうか、慶二は知らないで当然だよね。 今回の罰ゲームは――」

 僕は今回の罰ゲームについて改めて慶二と裕樹に説明をした。 ちなみに、毎回のことであるが、僕らの罰ゲームは、好きな人を発表したり、近所の犬の尻尾を踏む等というような生ぬるいものではない。

 それこそ、その罰ゲーム一つで一人の人間の過去の栄光や信頼、実績を一瞬にして奈落の底まで叩き落とすような非常に残酷なものだ。

 過去には裕樹が女子寮の女風呂に突入したということがある。 が、もちろんただ突入しただけではない。 脱衣所にある女子の、しかも僕らの間でのブサイクランキング一位殿堂入りの女子の下着を付けた状態で突入したのだ。

 そしてそれが彼にとっては当たり前のように、ゆっくりと肩まで湯船につかり、頭を洗い、体を洗い、さらにもう一度湯につかるという、ど変態を超えた快挙を成し遂げたのだ。

 もちろん、女風呂には悲鳴と怒声が木霊した。それを僕らは風呂場近くの外から聞いていたのだ。

 しかし、いくら女子生徒が先生を呼ぼうにも僕らが出入り口をのカギを外から閉めているので誰も先生に通報することができなかったということだ。

 翌日から彼の評判は、2千円札以下の利用価値のない存在、となったのだった。 それ以降、彼は今でもたまに廊下ですれ違った女子から後ろ指を指される存在となっている。

「――というのが今回の罰ゲームの内容。 裕樹は思い出したよね?」

「な、なに……俺はそんな事をするのか!」

「いや何をそんなこと初めて聞きましたよみたいなリアクションしてんの……」

「初耳だぞ。 ファーストイアー!」

「なんか違う」

「なるほどな」

 僕の説明を聞いた慶二はニヤリと笑う。

「でも今回はそこまでキツくないんじゃないか?」

「じゃあ慶二さん、やりますか? ん? お? んー?」

「いや、やめておくよ。 だって俺負けてないし」

 正論である。

「じゃあ行こうか。 場所はそうだな……三階の階段でいいかな」

「マジでやるのか……」

 さっきまで慶二に見せていた狂犬のような態度はどこにいったのだろうか。 今そこにいるのは、罰ゲームに脅え、唇をプルプルと震わせる子羊だった。

「大マジだよ。さぁ行こう。 慶二も来る?」

「いんや、行きたいところだがちょっと用事があって行けない。だから、代わりにこれを渡そう」

 慶二は乱雑にポケットを漁ると、一つのボイスレコーダーを取りし、それを僕に渡した。

「それで現場の声を録音しておいてくれ。今回の罰ゲームからしてかなりの声が拾えるんじゃないか」

 そこまで言われて、ようやく慶二の狙いを理解することができた。

「わかった。 よし、行こうか被告人・裕樹」

「テープレコーダーの意味がさっぱりわからん」

 僕よりもたくさんのクエスチョンマークを頭に浮かばせた裕樹は納得できないまま、疑問だけを胸に抱え食堂を後にした。


 食堂をあとにした僕と裕樹は階段の踊り場へと来ていた。

 見上げれば次の階へと進む階段がそこにはある。 すなわち、僕らが立っているのは階段の一番下、そこから階段を見上げる形で僕らは立っていた。

「さて、やろうか。 今なら人も少ない。 だから大丈夫さ、うん」

「いやぁ……。 でもどうせ次に女子生徒が階段を上り始めたらよ……するんだろ?」

 絶望を感じているのだろうか、裕樹はリストラを宣告されたサラリーマンのように青ざめた表情とうつろな眼で僕を見ている。

「まぁね。 大丈夫、大丈夫」

「まるで他人事だな!」

「他人事だよ。 あ、ほら来たよ。 えーっと……三人か」

 僕たちの前を短いスカートの裾をヒラヒラと躍らせている三人の女子生徒が通り過ぎて行った。 昼食後なのだろうか、和やかな雰囲気で談笑を交えながら、ゆっくりと階段を上って行く。 今回のターゲットはこの女子生徒三人だ。

 まぁ今回の罰ゲーム、女子生徒なら誰でもいいんだけどね。 というか、女子生徒でなければ成立しないんだけど。

「ほら早く! 時間がないよ!」

 僕は慌てて裕樹の方を振り向き、罰ゲーム開始の合図を出した。

「ちくしょおっ! さらば人望!」

 最初から人望なんてもんはないだろ、という言葉は心にしまい込み、僕は成り行きを見守ることにした。

 僕は階段下に裕樹一人を残し、少し離れたところで身を低くして様子を伺うことにした。

「うらあああああああっ!」

 神輿を担ぐ男のような気合の入った雄叫びをあげると同時に、裕樹はその場で勢いよく体を曲げ、ブリッジの体勢をとった。 地面に頭がつきそうなぐらいに顔を低い位置にセットすると、その体勢から階段を見上げた。

 そう、今回の罰ゲームとは、裕樹が階段下でブリッジを行い、女子生徒のスカートの中を覗くという犯罪なのだ。 もし階段を上っている女子生徒が振り向きブリッジを行っている裕樹に気付くともう最悪。 裕樹は身動きがとれないまま悲鳴浴びせられる。

 ただ覗くのではなく、ブリッジという体勢にしたのは見つかった時に簡単に逃げられないようにするためだ。

 しかし、ちょっとここで予想外のことが起こった。

 僕の計算では、女子生徒が下から浴びる変態の卑猥な視線にすぐに気付くと思ったのだが、なかなか気付かず一向に振り向こうとはしない。 最悪、他の生徒がこの裕樹の行為を目撃してくれたらいい晒し者にできるのだが、食事中の生徒が多いのか、人が通る気配がない。

 もう少しで三人は階段を上り終えてしまう。 だめだ。 このままでは罰ゲーム不成立。

このままでは裕樹が誰にも咎められることなくパンツを覗いたという事実だけが残り、もうそれは彼にとっては罰ゲームではなく、単なるご褒美だ。

 だから僕は、去りゆく女子生徒の背中に向かって大声で叫んだ。

「あー! ヨダレをだらだら流し、ブリッジをしながら、か弱き女子生徒のスカートの中を覗く某教授もびっくりの超絶変態がいるぞ!」

「てめええええええええええ!」

「え?」

 僕の声に気付いた女子生徒三人は足をとめ、肩越しに振り向いた。

「キャーっ! なんかいるぅ!」

 女子生徒の一人がその視線の先にいる変態に向かって声をあげる。

「やだぁ! 気持ち悪い!」

「死ね! この下衆野郎!」

「あたいのパンツもっと見て。げへげへへへへ……ふぉおおおお!」

 若干一名獣が混じっていたようだ。 二人の女子生徒はブリッジをした状態の裕樹へと罵声を浴びせた。 そりゃそうだろう、振り向けば、男がブリッジをしながら自分たちのスカートの中を覗いているのだから。 まぁ一名例外がいたようだけど。

 そして、これこそが慶二が僕にボイスレコーダーを渡した理由だ。 現場の声を保存しておきたかったのだろう。

「じゃあ僕、先生呼んでくる」

「ちょっと待てやっ! このまま置いて行くな……ってなんだお前! ちょ、こっち来るな!」

「はぁはぁ……あたいのパンツが目当てだったんでしょ? はぁはぁはぁ、ほぅら、たっぷり相手してあげるから。ほれ、ほれ!」

「いやあああああああああああああああああああああああああああああああ!」

「ふぉあああああああふぉっふぉっふぉおおおおお」

フロア全体に広がる絶叫が職員室に向かう僕の耳にまで響いてきた。 まぁ何があったか知らないけど、大丈夫だろう、うん。

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