第1話

「なんだこのミッションは。ようするに子守か?」


 千谷からの指示書を見て、俺は思わずそんなことをボヤいてしまった。


「ま、そう取ってもらっても構わないけど、その娘も君と同い年よ、一応ね」

「そうはいってもポインターとしてのキャリアが違う」


 千谷が持ってきたミッションは、ある新人ポインターのサポート、そして監視というものだった。

 だがそもそもからしてまず『ポインターのサポート』というのがおかしい。

 従来なら、ポインターは独立した存在として自己責任でこの門津市で行動するものである。

 もっとも、それだけではフライに対抗できない場面も多いので、多くのポインターは市内にいくつか存在する、ポインターの寄り合い組織である【ギルド】に所属することになる。

 俺のようにどこのギルドにも所属しない奴もいないわけではないが、あくまで少数派である。俺にしても、今回のように千谷を通してポータル社から直接ミッションを受けるような立場なのだから特殊な例だ。


「そもそも、俺向けにこんなミッションが用意されるってことは、この娘もワケアリってことなんだよな?」


 ポータル社が強い関与をしているということは、実験体としての要素の強いポインターであるのは間違いない。それこそ、ポインターという概念さえも手探りであった最初期ポインターである俺と同じようにだ。


「そ、彼女、シマノちゃんも君と同じ、私たちポータル社の管理下にあるポインターよ」


 返ってきたのは予想通りの言葉。

 それを聞いて、俺は口を開く気にもなれず、黙ったまま顔をしかめる。


「でも、この娘の事情は君よりもさらに特殊なのよね」


 対照的に、千谷は少しニヤついて俺に視線を向けてくる。

 その言葉は、相変わらずこちらの心境を見透かしているかのようで気分が悪い。

 もちろん、千谷は俺の感情など気にすることもなく話を続ける。


「彼女の名前は島野美佳シマノミカ。一年前のポータル事故時から行方不明になっていたんだけれど、一週間前、門津市内のゲート付近にて発見されたのよ」

「発見?」

「そう、発見。ポインターに志願してこの街に来たわけではなく、この街の中で見つかったってわけなのよ、このシマノって娘は」


 意味はわかるが、俺はその言葉を理解できないでいる。

 一年前の行方不明者が、どうして今発見されたのか。


「どこか外から侵入してきたとか、そういうわけじゃないのか?」

「最初はポータル社もその線も考えていたんだけど、彼女の身体、色々おかしいところがあってね。まあ、別に君に説明はしないけど」


 あらためて不服の表情を示しておくが、俺はなにも口には出さない。

 出しても無駄なことは知っている。


「そもそも彼女が発見されたきっかけは、この娘自身がフライと酷似した反応を示して、虫取り棒に引っかかったからなのよ。この意味、わかる?」

「……このシマノという少女は、フライであると?」

「正解。実際ポータル社の内部では、その可能性は低くはないと考えられているわ」


 あの日の、全ての始まりがそうであったように、フライはいつだってこの街に突然現れる。

 それを解消すべく、ポータル社は廃墟地域も含めた門津市内の各所を監視する移動式無人探査装置【フライネット】、通称虫取り棒を開発した。全地形対応型の六輪の足回りを持つ車体に、各種センサーを搭載した棒状のアンテナを立てていることが名前の由来だ。

 技術はともかく構造自体は単純で、フライ出現時に発生する特定の次元の歪みを察知し、即座にポータル社の監視システムに報告する仕組みとなっている。

 これが門津市の各所に配備され、二十四時間体勢でフライの出現を監視することを可能にしたのだ。

 そんなフライを探知するシステムに、そのシマノという少女が引っかかったらしい。


「もっとも、ちゃんと会話が出来てこちらとのコミュニケーションも成立する。一年間行方不明だったとはいえ、この世界にれっきとした身分や過去の痕跡も存在している。ま、怪物というよりは人間に近いんじゃないかしら」


 人間に近い、という言葉に、今さらなにも反応はしない。

 自分たちポインターも、既に人間かどうかは怪しいものだ。


「そんな事例は初めてだから、私たちも慎重になっているってわけなのよ」

「そんな人間をポインターにするのか……」

「ああ、それね、そもそもあの娘自身が志願したのよ。まあ、勧めたのは私だけど」

「そうか……」


 その言葉を聞いたあと、少し考え、俺は自分の浅はかさに自己嫌悪を覚える。

 ポインターはたしかに危険な仕事ではあるが、ポインターにでもならなければ、そのシマノという少女は、研究室内で残りの一生を過ごす可能性が高いだろう。この千谷やポータル社は、多くの人類のために一人の人間の人生を犠牲にすることなど躊躇もない。

 ゲートによる物流の維持のために、ポインターと門津市を犠牲にすることだって厭わなかったのだから。


「もっとも、現状ではこの街から出られない体質だから、ポインターとして働いてもらったほうがあの娘自身の気晴らしになるかもしれないって考えもあるわね」

「そりゃ、ポインターならこの街から出られないだろう」

「そして、フライもね」


 そのひとことで、俺はあらためてシマノという少女の現状を思い知る。


「私たちがなにかをするまでもなく、あの娘は最初から籠の中の鳥だったのよ」


 返す言葉も見つけられず、俺は、ぼんやりと千谷の顔を見ていた。


「で、そんなひよこちゃんのお守りを頼めるのも君くらいしかいないのよ。フライがいなくても、この街は危険な街だから」

「……誰がそんな街にしたんだよ」


 頭に血が上りそうなのも必死にこらえ、俺はただそのひとことだけを吐き捨てる。

 ポインターになってこの一年、何度こんな言葉を吐いただろうか。

 もちろん千谷も慣れたもので、俺の嫌味などまるで気にすることもなく笑ったまま座っている。


「まあ、街についてはまたいずれ話し合いをするとして、そのミッション、受けてくれるのかしら?」

「お前が俺が断ることのできるミッションを持ってきたことがあったか?」

「あら、それは君の自由よ。君にだって、それくらいの自由はあるわ」

「自由ね……」


 大きく、わざとらしくため息を付いてみせる。


「……まあいい、丁度俺も一つ確認したいことがあったからな。だから、ミッションにあたってこちらにも一つ条件がある」

「あら、なにかしら?」

「さり気なくでいいから、そのルーキーがミッションに挑む情報を市内に流してくれ。具体的な場所なんかもあるとなおいい」


 自分でも口にしながら外道なことを言っている自覚はあったが、それでも、使えるものは使うべきだ。

 この考え方は、千谷やポータル社となにが違うのか。


「ふーん、それはいいけれど、それってつまり、彼女を餌に釣りをするってことかしら?」

「そういうことになるかもな。ここ最近、どうも変な動きをしている輩がいるみたいなんでな。まだ明確な手がかりはないが、何者かが初心者狩りをしている気配がある。なんとかそいつの尻尾を掴みたい」

「ああ、あの件。たしかにそいつを釣るなら今回のミッションはうってつけかもね」


 実際のところ、そういう治安維持こそポータル社に責任を持ってやってもらいたいところではあるのだが、自主性という名目でポインター側がポータル社の介入を拒否している現実もあり、難しい問題ではある。

 ポインターを取り締まるポータル社の治安維持組織も存在してはいるのだが、組織ゆえのフットワークの重さがあり、今回のような信憑性が曖昧で小さな事案にはなかなか動けない部分もある。

 だからこそ、俺のような存在をポータル社も利用しているのだろう。


「いいわよ、その件ならこちらもどうにかしたいと思っていたところだし。君に任せるわ。たぶん食いついて来てくれるはずよ。彼女、餌としてもかなり上等だから」


 提案したのは俺だったが、千谷の食いつきぶりはさらに上をいくものだった。ポータル社、少なくとも彼女には、初心者喰らいニュービーイーターはかなり気になる問題だったのだろう。


「決まりだな。じゃあ後の事はこちらのやり方でやらせてもらう」

「それはもちろん君のだよ。こちらとしては、シマノちゃんが初ミッションを無事に終えてくれたらそれでいいからね。上手く行くことを祈っているよ」

「そりゃどうも」


 そして俺はミッションに向かうため、千谷の部屋を後にする。

 あちらさんが餌に食いついてくれるか俺の方でも祈るばかりだ。

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