百合生活
和菓子屋和歌
夏の章
第1話「夏の始まり」
日常は退屈だ。
だから常に刺激を求める。
慣れは恐ろしいものだ。
だから常に変わっていたいと思う。
なんて、取り留めのないことを考えながら、晴天の空を眺める。教室の窓から見える青空には、雲がひとつもない。照りつける太陽の熱に頭がとろけてしまいそう。眠気で瞼が重くなり、気を緩めるとそのまま眠ってしまえる自信がある。
机に広がるノートには中途半端に文字が書かれていて、黒板の半分もまだ写しきれていない。急いで書かなければ消されてしまう。そう思ってノートに続きを書こうとペンを持った瞬間、数学教師は式と解を消し始める。私は一気にやる気が失せて、今度こそ居眠りの体勢になる。
「比奈理ちゃん」
横の席から私を呼ぶ声がして、少しだけ顔を上げる。
「どうしたの。百合子」
ちっともオシャレじゃない眼鏡に切りそろえられた前髪、長く伸ばされた後ろ髪は二つに分けられて三つ編みになっている。ショートカットの私とは正反対の髪型だろう。そんな十人が十人とも真面目な生徒と言いそうな容姿の彼女、長内百合子は少し呆れた顔で私を見ていた。
「退屈なのは分かるけれど、寝たら駄目だよ」
「別に、私が授業中どうしようが百合子には関係ないでしょ」
「そうだけれど……でも寝ちゃ駄目だからね。寝たら怒るよ」
ほんの少しだけ怒った顔になり、私は動揺した。けれど私はその動揺を悟られないように顔を背ける。
「百合子に怒られても怖くないし」
「もう、比奈理ちゃんなんて知らない。勝手にすれば」
そこで会話は終り、百合子は再び数式を解くことに集中したらしい。私は本格的に眠気が襲ってきたのでゆっくり瞼を閉じる。
「比奈理ちゃんの、ばか」
百合子のその一言が聞こえたのを最後に、私は深い眠りに落ちた。
若干大きすぎるチャイムの音で、私は目が覚める。
目を擦りながら上体を起こすと、さっきまで真面目に席についていたクラスメイトが、教室のあちこちでグループを形成して会話をしていた。
特別仲の良い子が同じクラスにいない私は、お昼休みなどになるといつも別の教室に行くのだが、確か今日は……。
「比奈理ちゃん」
百合子は私の前の席に座り、頬杖をつきながらこちらを見ていた。その顔には笑みが浮かんでいた。どうやらさっきの授業のことはもう忘れたらしい。
「いつもの場所、先に行ってるね」
お弁当が入っているだろう包みを提げ、教室から出て行く百合子。
そうだ、今日は月曜だった。
毎週月、水、金曜日は一緒に昼食を食べると約束してしまったのだった。
「めんどくさいなぁ」
そう呟きながら、私ものろのろと教室を出る。
「まぁ、でも。こういうのも悪くないかな」
いつの間にか歩くスピードが早くなる。私も彼女の手前では悪態を吐いているが、この日が待ち遠しくてたまらなかったらしい。体は正直なのです。
歩きなれた廊下をいくつも通っていると、やがて人気がなくなっていく。学校の裏門の近くにあるベンチに、百合子が一人で座っていた。
「遅いよー」
甘えたような声を出す百合子。
「ごめんごめん。寝起きだったから行動がおそくなっちゃった」
私のその一言で思い出したのか、百合子は笑顔から一変、怒った顔になる。
「今度からは授業中に寝ないこと。分かった?」
そんな顔も、私は可愛いと思う。
「うん、分かった。今度からはあんまり寝ないようにするよ」
私は百合子がかけている眼鏡を外すと、その奥の瞳を見つめる。まるで黒い宝石のようなその瞳がゆっくり瞼の奥に隠れ、百合子は何かをねだるように顔を向けてくる。
私もゆっくりと目を閉じて、百合子のその潤んだ唇に私の唇を重ねる。
一秒。たった一秒そうした後、私は百合子から顔を離すと彼女の頭をなでる。
「もうおわり?」
「早くご飯食べないとお昼休み終わっちゃうから」
「そうだね。じゃあお昼にしよっか!」
百合子の頬が若干赤くなっているのは、きっと暑さのせいだけじゃない。私の頬もきっと赤く染まっているだろう。
「はい、比奈理ちゃんの分」
私は渡された包みを開けて、手を合わせて「いただきます」と呟くように言ってからお弁当を頬張る。
夏が近づき、段々と暑さも本格的になってきた七月。
私と百合子の関係が始まってもうすぐ一年経つ。そして高校生になってから二度目の夏。
去年は色々あって夏祭りも花火も海も、夏らしいことを百合子としていない。だから、今年こそは必ず実行しようと、私は思っている。
空は晴天、空気も熱く嫌になる。けれど、横に百合子がいるだけでこの季節も悪くないと思えてしまうのは、もう惚れ惚れするくらい百合子に夢中な証拠だろうか。
「さて、と」
交際開始からもう少しで一年。
今年も百合子と一緒に、この百合生活を満喫しますか。
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